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第二章 協力関係
第七話 特訓の始まり
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手始めに水道事業の話し合いを進めたシャーロットと王太子。
議論が一段落し、お茶菓子をいただきながらしばらく言葉を交わしていると、ふいに彼が口を開く。
「この距離は平気?」
この距離、というのはテーブルを挟んで対面している彼とシャーロットの距離のことを言っているのだろう。
おおよそ二メートル。近過ぎはしないものの、それほど離れているわけでもない。
王太子は彼女の許容範囲がどこまでなのか、どのような状況なら症状が出ないのか気になったらしい。
シャーロットが頷くと、彼は安堵の表情を浮かべた。
「自分から触れるのは?」
「ええと……ダメな場合もありますね」
ダンスの際には、気を抜くと何度も突き飛ばしそうになる。
昨日王太子に握手を求められた際、体に反応があったことは記憶に新しい。
すると彼は、しばらく思案して告げた。
「俺の身体、触ってみる?」
「えっ」
一瞬セクシャルな方の意味で取ってしまい、シャーロットは固まった。
昨夜、恋愛モノを読んだ影響を多分に受けている。
落ち着きなさいシャーロット。目の前の御方がそんなことを仰るはずないじゃない。
彼女は煩悩を振り払い、もう一度言葉の意味を取り直した。
しかし、結局王太子の身体に触れるという意味に変わりはないことに気付く。
彼の広い胸と顔を交互に見て、シャーロットは狼狽えた。
症状を直すことに協力してもらうのは非常にありがたい。だが、それとこれとは話が別だ。
相手はあの王太子殿下。当然恐れ多いという感情が先走る。
触れることはおろか、数日前まで言葉を交わすことも滅多になかった人物である。
そんな人物の御身体に触れる──そう考えるだけで、妙な力が入った。
「誠に恐縮ですが、お気持ちだけ頂いておきます」
善意を向けてもらえただけで、十分だ。シャーロットがそう答えると、彼は続ける。
「そう?でもダンスの時が大変って言ってたから、身体に触れながら慣れていくのが良いと思ったんだけど」
正論過ぎる。
シャーロットは頭を抱えた。
彼の言うことは最もだ。
症状を直すということは、男性と接しても拒否反応が出ないようにするということである。
そのためには男性自体に触れ、少しずつ慣れていくのが一番だろう。
筋道の理解はできる。しかし、その相手役が王太子だ。
はい分かりましたと即答するのは、やはり躊躇われる。
すると、なかなか踏み切れない彼女に対し、彼は言った。
「じゃあ、手だけにしようか。それなら大丈夫?」
こちらの事情を考慮し、気遣いを見せる王太子。
その瞳に見つめられ、シャーロットはこの場で断ることに申し訳なさを感じ始めた。
彼は自分の症状の克服に協力しようと行動してくれている。歩み寄ってくれている。
それを無下にするのは、相手に失礼ではないか。
症状の克服を目指しながらも、一番そのゴールから遠ざかっていたのは自分自身だったのだ。
そう気付き、シャーロットは腹を括った。
「分かりました。御手に、触れますね」
彼女の決意に、王太子は頷いた。
彼のすらりと伸びた指に、自身の指を近付ける。
ごくりと息を飲み──そっと、触れた。
「大丈夫?」
僅かに震えを見せたシャーロットを目にして、王太子はそう尋ねる。
彼女はというと、自国の王太子に右手だけでも触れているという状況に、自分の中の何かが爆発してしまうかのような感覚に陥っていた。
「だだだだだ大丈夫です……!」
絶対に大丈夫ではないな。
王太子は笑声を押し殺した。
雨に濡れた子犬のように小刻みに震える彼女を見て、悪戯心が刺激される。
我ながら性格が悪い。
良からぬ意志が首をもたげたが、王太子はそれを静かに心の奥に閉じ込めた。
彼女の症状は、誘拐されかけたことがきっかけだと聞いた。
不用意に行動を起こせば、間違いなく彼女は克服への道から逸れてしまうだろう。
協力する側として、そのような事態は避けるべきだ。
そうして彼は、賢明な判断をした。
「手、離すね」
「は、はい」
二人を繋いでいたものが切れる。
シャーロットは今になって、自身の心音が早鐘を打っていることを認識した。
ちらりと王太子を見ると、いつものごとく微笑んでいる。
「続きは来週にしよう」
「はい……えっ!?」
来週。
彼女は目を見開いた。
症状を直すところまで進めるということはそういうことなのだろう。
しかし手すら触れることが恐れ多い男性相手に、自分の気を保つことができるかどうか、不安が募る。
やはり丁重に断ろうか──そんな思いが表れ始めた。
しかし彼女の口が開かれる前に、王太子はにこやかに言った。
「今度は林檎のタルト、多めに用意しておくね」
林檎のタルト。
シャーロットの瞳が誘惑に揺れる。
「希望があれば追加で頼むこともできるよ」
追い討ちをかけんばかりにさらなる魅惑が告げられ、シャーロットの天秤は、完全に傾いた。
もちろん、今後も癖の克服に協力してもらう方である。
「よろしくお願いいたします!」
絶品スイーツには勝てない。誘惑は見事に彼女を、その沼に引き込んだ。
「うん、こちらこそ今後もよろしく」
王太子は穏やかに微笑む。
そうして、シャーロットと彼の協同戦線は築かれていった。
議論が一段落し、お茶菓子をいただきながらしばらく言葉を交わしていると、ふいに彼が口を開く。
「この距離は平気?」
この距離、というのはテーブルを挟んで対面している彼とシャーロットの距離のことを言っているのだろう。
おおよそ二メートル。近過ぎはしないものの、それほど離れているわけでもない。
王太子は彼女の許容範囲がどこまでなのか、どのような状況なら症状が出ないのか気になったらしい。
シャーロットが頷くと、彼は安堵の表情を浮かべた。
「自分から触れるのは?」
「ええと……ダメな場合もありますね」
ダンスの際には、気を抜くと何度も突き飛ばしそうになる。
昨日王太子に握手を求められた際、体に反応があったことは記憶に新しい。
すると彼は、しばらく思案して告げた。
「俺の身体、触ってみる?」
「えっ」
一瞬セクシャルな方の意味で取ってしまい、シャーロットは固まった。
昨夜、恋愛モノを読んだ影響を多分に受けている。
落ち着きなさいシャーロット。目の前の御方がそんなことを仰るはずないじゃない。
彼女は煩悩を振り払い、もう一度言葉の意味を取り直した。
しかし、結局王太子の身体に触れるという意味に変わりはないことに気付く。
彼の広い胸と顔を交互に見て、シャーロットは狼狽えた。
症状を直すことに協力してもらうのは非常にありがたい。だが、それとこれとは話が別だ。
相手はあの王太子殿下。当然恐れ多いという感情が先走る。
触れることはおろか、数日前まで言葉を交わすことも滅多になかった人物である。
そんな人物の御身体に触れる──そう考えるだけで、妙な力が入った。
「誠に恐縮ですが、お気持ちだけ頂いておきます」
善意を向けてもらえただけで、十分だ。シャーロットがそう答えると、彼は続ける。
「そう?でもダンスの時が大変って言ってたから、身体に触れながら慣れていくのが良いと思ったんだけど」
正論過ぎる。
シャーロットは頭を抱えた。
彼の言うことは最もだ。
症状を直すということは、男性と接しても拒否反応が出ないようにするということである。
そのためには男性自体に触れ、少しずつ慣れていくのが一番だろう。
筋道の理解はできる。しかし、その相手役が王太子だ。
はい分かりましたと即答するのは、やはり躊躇われる。
すると、なかなか踏み切れない彼女に対し、彼は言った。
「じゃあ、手だけにしようか。それなら大丈夫?」
こちらの事情を考慮し、気遣いを見せる王太子。
その瞳に見つめられ、シャーロットはこの場で断ることに申し訳なさを感じ始めた。
彼は自分の症状の克服に協力しようと行動してくれている。歩み寄ってくれている。
それを無下にするのは、相手に失礼ではないか。
症状の克服を目指しながらも、一番そのゴールから遠ざかっていたのは自分自身だったのだ。
そう気付き、シャーロットは腹を括った。
「分かりました。御手に、触れますね」
彼女の決意に、王太子は頷いた。
彼のすらりと伸びた指に、自身の指を近付ける。
ごくりと息を飲み──そっと、触れた。
「大丈夫?」
僅かに震えを見せたシャーロットを目にして、王太子はそう尋ねる。
彼女はというと、自国の王太子に右手だけでも触れているという状況に、自分の中の何かが爆発してしまうかのような感覚に陥っていた。
「だだだだだ大丈夫です……!」
絶対に大丈夫ではないな。
王太子は笑声を押し殺した。
雨に濡れた子犬のように小刻みに震える彼女を見て、悪戯心が刺激される。
我ながら性格が悪い。
良からぬ意志が首をもたげたが、王太子はそれを静かに心の奥に閉じ込めた。
彼女の症状は、誘拐されかけたことがきっかけだと聞いた。
不用意に行動を起こせば、間違いなく彼女は克服への道から逸れてしまうだろう。
協力する側として、そのような事態は避けるべきだ。
そうして彼は、賢明な判断をした。
「手、離すね」
「は、はい」
二人を繋いでいたものが切れる。
シャーロットは今になって、自身の心音が早鐘を打っていることを認識した。
ちらりと王太子を見ると、いつものごとく微笑んでいる。
「続きは来週にしよう」
「はい……えっ!?」
来週。
彼女は目を見開いた。
症状を直すところまで進めるということはそういうことなのだろう。
しかし手すら触れることが恐れ多い男性相手に、自分の気を保つことができるかどうか、不安が募る。
やはり丁重に断ろうか──そんな思いが表れ始めた。
しかし彼女の口が開かれる前に、王太子はにこやかに言った。
「今度は林檎のタルト、多めに用意しておくね」
林檎のタルト。
シャーロットの瞳が誘惑に揺れる。
「希望があれば追加で頼むこともできるよ」
追い討ちをかけんばかりにさらなる魅惑が告げられ、シャーロットの天秤は、完全に傾いた。
もちろん、今後も癖の克服に協力してもらう方である。
「よろしくお願いいたします!」
絶品スイーツには勝てない。誘惑は見事に彼女を、その沼に引き込んだ。
「うん、こちらこそ今後もよろしく」
王太子は穏やかに微笑む。
そうして、シャーロットと彼の協同戦線は築かれていった。
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