伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第四章 窮地と平穏

第二十一話 朝食

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 どこからか、鳥のさえずりが室内に届く。しばらくして、シャーロットの新緑の瞳がうっすらと開かれた。

 顔を動かすことなく、少しの間ぼんやりと目の向く方を眺める彼女。
 今日はやけに天井が遠いわね──そんなことを思った時、はっとした。

「ここ、王宮……」

 昨夜の一連の出来事を振り返りつつ、シャーロットは上体を起こす。
 ベッドから下り、すぐそばに置かれていた水差しの水を飲んで喉を潤わせた時、扉がノックされた。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 入ってきたのはフローラだ。

「シャーロット様、おはようございます」
「おはようございます、フローラさん」

 にこやかな笑みを浮かべるフローラは、室内のカーテンを開けた。

 窓の外へ目をやると、フォード伯爵邸が丸ごと入ってしまいそうなほど広い庭園が見える。昨夜のパーティーで訪れた庭園とは違うもののようだ。

 朝日に照らされ、美しく咲く花々。差し障り無ければ、見に行ってみたい。

 帰る前に聞いてみようかと思案しつつ、支度を始める。

「お召し物は何になさいますか?」

 クローゼットを開けるフローラ。中にはドレスや靴、髪飾りなど様々なものが収納されている。

「そうですね……落ち着いた上品な感じが良いです」
「でしたら、こちらはいかがでしょう」

 シャーロットの要望を受けたフローラが手に取ったのは、紺色のドレスだ。
 それほど胸元が開いているわけではなく、袖も肘の辺りまであり、露出は控えめである。所々レースや白糸の刺繍が施され、まさに上品という言葉に当てはまるドレスだ。

 袖を通し、鏡の前に立つ。

 髪は、上品なドレスに合わせて下方でまとめ、小振りの髪飾りを付けてもらった。
 化粧も昨日ほど華やかなものではなく、血色感を出す程度に抑えたものだ。しかしその自然な風合いは、全体としてよく調和していた。

「とてもお綺麗です」
「ありがとうございます。フローラさんのおかげです」

 少し照れた様子で言葉を返すシャーロットを鏡越しに見て、フローラは形容しがたい気持ちが込み上げるのを感じた。

 王宮に勤めている以上、社交界の噂はそれなりに耳に入ってくる。目の前にいる彼女──シャーロット・フォード伯爵令嬢が、密かに『夜半の白雪』と呼ばれていることは知っていた。

 昨夜初めて間近で姿を見た時の第一印象は、儚い天使。今、はにかんでいる彼女に対する印象は、愛らしい天使。心が締め付けられるとは、まさにこのことを言うのだろう。要するに、尊い。

 身分が物を言うこの社会では、使用人を軽んじる貴族達もいる。実際に、フローラもパーティーの給仕でそのような態度を取られたことがあった。

 しかし、ドレスを身に纏い鏡の前に立つ彼女は違った。初対面での挨拶の時や羽織を持っていった時、紅茶を淹れた時──様々な場面で、彼女はお礼を告げる。

 些細なことかもしれないが、それをしない者が存在するのだ。
 美貌や身分を持ちながら、感謝を忘れぬ姿勢。出会ったばかりのシャーロットにフローラが敬慕の念を抱くのは、不思議なことではない。

 諸々の準備を終え、フローラは口を開いた。

「では、広間へご案内します」
「お願いします」

 部家の扉が開き、廊下へと進み出る。フローラの後に続いて歩きながら、シャーロットはゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 広間は庭園の横に位置するため、大きな窓から景色が見えるという。しかも王宮の料理人が作ってくれる朝食となれば、美味しいのはまず間違いない。

 非常に楽しみなのだが、問題は同席者だ。先程フローラから聞いた伝言が本当ならば、自分はこれから王国のトップ達と食事を共にすることになる。



「シャーロット様」

 着替えを済ませた後、ふいに王宮の侍女がやってきて、フローラに何かを伝えたのが数分前。

 少し慌てた様子で戻ってきたフローラに、シャーロットは顔を向けた。

「何かあったんですか?」

 聞くと、フローラは徐に口を開いた。

「先程国王陛下と王妃様、王太子殿下から朝食のお誘いがありまして……」

 彼女の言葉を脳内で繰り返す。やや間を開けて、シャーロットは目を見開いた。

「え!?」

 その後身支度をもう一度確認し、緊張の面持ちで部屋を出たのだ。



 広間に向かいながら、シャーロットは深呼吸を繰り返した。

 このような日が来るとは全く想像していなかったため、心の準備が未だできていない。しかし、やり遂げるしかないのだ。できるだけ落ち着いて、彼らとの食事を楽しもう。

 ごくりと息を飲んだシャーロットは、目前に迫っている大きな扉を見据えた。この奥が、広間らしい。

「こちらです」

 案内してくれたフローラに礼を告げる。今一度自身の身形を確認した後、前を向いた。

 そして、扉が開かれる。

 朝日の差し込む広い空間、大きなテーブルを挟んで座る国王夫妻と王太子殿下の姿。彼らの目が、シャーロットを捉えた。

「お待たせしてしまい申し訳ありません。フォード伯爵家の長女、シャーロット・フォードでございます。この度は朝食の席に招いてくださり、至極光栄に存じます」

 恭しく頭を垂れる。大理石の床を見つめながら、シャーロットは自身の心音がドクドクと脈打つのを感じた。

「フォード伯爵令嬢、顔を上げてくれ」

 社交界デビューの時にも聞いた荘厳な声。シャーロットが上体を起こすと、王太子と同じ紫の瞳と目が合った。

「我々も先程到着した。気にせずともよい。こちらへ」

 国王は、シャーロットに席に着くよう促した。

 国王の隣に王妃が着席しており、彼らの向かいに案内される。シャーロットの隣には王太子が腰を下ろしている。

「突然食事に誘ったゆえ、フォード伯爵令嬢に無理を言ったのではないかと思っていた」
「とんでもございません。驚きましたが、このような栄誉に与りまして嬉しく思っております」

 心なしかやや不安気な表情を浮かべる国王に、シャーロットは笑顔で答えた。

「そうか……良かった」

 国王は威厳のある面持ちで呟く。王妃と王太子は、その様子を見てにこにこと笑みを浮かべた。
 国王の表情はあまり動いていないが、機嫌が悪いわけではないらしい。

「昨夜は多大なるご配慮を頂きまして、心身ともに安らぎました。誠に感謝申し上げます」
「ゆっくり休めたならば、こちらも一安心だ」
「そうね」

 両陛下は穏やかな声音でそう言った。王太子も隣で柔らかな笑みを浮かべている。

 パーティーでの出来事を心配してくれただけでなく、衣食住の便宜まで図ってくれた三人の恩は、決して忘れまい。

 すると、王妃が微笑みながら言葉を続けた。

「フォード伯爵令嬢──シャーロットさんと呼んでも良いかしら?」
「はい、もちろんです」
「ありがとう。シャーロットさんには食べ物の好き嫌いがないと聞いたから、料理人に一任して用意してもらったわ。でも、何かあれば無理はしないでね」
「恐れ入ります」

 一通りの挨拶が済んだところで、食事が運ばれてくる。

 とろりとしたチーズの乗ったバゲットに湯気の上るポタージュ、彩り鮮やかなサラダ。ベーコンエッグや野菜のキッシュ、食後にはデザートもあるらしい。

 ごくりと唾を飲み込み、いざ、実食。

 バゲットはパリパリとした食感で、香ばしいガーリックバターが鼻腔をくすぐる。濃厚なミルクの入ったポタージュは深みのある味がして、体が芯から温まるように感じた。

 その他、視覚、嗅覚、味覚で楽しませてくれる料理の数々。前々から思っていたが、やはり宮廷料理は素晴らしい。

「とても美味しいです……!」
「それは良かったわ」
「好きなだけ食べるがよい」
「では……ありがたく頂きます」

 そうして、優雅な食事の時間が進んでいった。
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