伯爵令嬢の前途多難な婚活──王太子殿下を突き飛ばしたら、なぜか仲良くなりました

森島菫

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第五章 ライバル登場?

第二十七話 策略

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「お父様から聞いたのだけれど……以前から、王太子殿下と行動を共にしているらしいわね」

 上品な口調の中にどこか刺を含ませて、オルドリッジ公爵令嬢がシャーロットに問いかける。

 やはり、王太子とのことを追及されるようだ。

 この先の波乱を思い、シャーロットはごくりと息を飲み込む。

「……はい。週に一度ほど、お会いしております」

 彼女がそう答えると、公爵令嬢は僅かに口端を上げた。まるで、獲物が罠にかかったと喜ぶかのように。

 気付けば、周囲の人々がこちらの様子を伺っていた。そして聞こえる、囁き声。

「ほら……やっぱりそうなのよ」
「私も噂を聞いたことがあるわ」
「どうして伯爵令嬢がそんなことに……?」

 広がる波紋は留まることを知らない。疑念や衝撃、好奇など、様々な視線に一気に晒された。

 新規公共事業の協力者として王宮に通い続け、四か月が経っている。

 その間、王太子の従者であるハリスや王宮に宿泊した際にお世話になったフローラ、そして国王陛下と王妃様など、ごく少数の者たちとしか直接関わったことはなかった。
 そのため、このように他の貴族たちに追及されることもなかった。

 しかし、四か月間毎週のように王宮に通っていることが彼らの耳に入らないわけはないのだ。

 逆に四か月もの間誰からも斬り込まれなかったのは、ひとえに王太子の計らいで、人通りの少ない通路を案内されていたからなのだろう。

 貴族たちの多く行き来する場所を通れば、自ずと彼らの目に入る機会が増える。そして、話しかけられる機会も増えるはずだ。

 男性への生理的拒否感を抱いていたシャーロットを案じて、王太子はできるだけ貴族たちに会わずに済む方法を取ってくれていた。

 そうは言ってもやはり王宮、それなりに人の目はある。シャーロットは、いずれ気付かれることを理解していた。

 公爵令嬢に皆の前で絡まれるとは思っていなかったが。

「王太子殿下に必要とされるあなたの才能がどんなものなのか、ぜひ聞かせてもらいたいわね」

 彼女の前を塞ぐように立つ公爵令嬢は、にこやかにそう言った。

「……私は以前から、新規公共事業に関わっております。殿下とは、その事業の打ち合わせのためにお会いしているのです」

 深呼吸をした後、明瞭にそう告げる。はっきりと公爵令嬢の目を見据えると、彼女は眉を上げた。

「あら、いくら最近女性の地位が向上しているとはいえ……専門家ではないあなたが、一体どのように事業に貢献していると言うのかしら」

 彼女の声はよく響く。
 もともと、事の成り行きに注目が集まっており静かだった会場内。おそらく、この場にいる皆に届いていることだろう。

 シャーロットは思案した。

 ここでこれまでの事業内容を説明しても良いのだが、物的証拠がない今、それはただの主観的発言に過ぎない。
 かといって、この会場内に自身の活動を証明してくれるような人物もいない。

 さあ、どうしようか──。

 頭を何とか働かせるが、この状況で上手く切り抜けられる方法が全く思い浮かばない。

 窮地に陥るシャーロット。すると、後ろから爽やかな声が飛んできた。

「彼女の実績が知りたいなら、今から書類でも用意しようか」
「……!」

 遠目でも分かる、煌めく金の髪。一筋の光を宿した紫の瞳。黒に金糸の刺繍が施されたタキシード姿は、以前の王宮パーティーの礼装よりも落ち着いた色合いだ。

 しかし、それが彼の華やかな魅力を存分に引き立てていた。

 会場の視線を集めた彼は、ゆっくりとこちらへ近づく。

 シャーロットは、言い様のない高揚感に包まれていた。

 それでいて、目が合うと強張っていた表情が自然と穏やかになっていくのを感じる。

「王太子殿下……ご機嫌麗しゅう」

 公爵令嬢は、美しい笑みを浮かべて挨拶を述べた。

「ああ」

 にこやかに答える王太子。しかしシャーロットは、彼の瞳に見覚えのある色を感じ取る。

 二人が関わり始めて約二か月が経った頃だったか。シャーロットは王太子の寛いだ姿を見て、もし自分が諜者だったらどうするのか、と言ったことがある。

 その問いに彼は、諜者ではないことは確認済みだと答えた。今目の前にいる彼が浮かべるような、にこやかな表情で。

 何も勘繰らずに見れば、それはただ笑っているように思えるだろう。

 けれどシャーロットは、あの時と同様に、言い知れぬ恐ろしさを感じるのだ。

 思惑も策略も、これまでの言動も、何もかもこの人物に知られているのではないか。彼の掌で、躍らされているのではないか。

 そういう感覚に陥らせる時の彼は、大抵何か計画を持っている。

「オルドリッジ公爵令嬢。君の言い分は聞かせてもらったよ。彼女が事業に貢献している証拠が見たいということだね?」
「ええ、その通りですわ」

 公爵令嬢が頷いたのを確認すると、王太子は後ろを振り返った。そして、いつの間にかすぐ側に控えていた従者のハリスから数枚の書類を受け取り、再び前を向く。

 シャーロットも、公爵令嬢も、会場の人々も、その書類と彼の言葉に意識を傾けた。

 静寂な空間に、彼の声が発せられる。

「これは、シャーロット・フォード伯爵令嬢がこれまで関わってきた事業に関する書類だ」

 視線を手元の紙面に移すと、彼は再び口を開いた。

「王都及び農村部における水道事業について。彼女は、設備状況の調査、工事の人員抽出方法の発案、地理的・経済的・社会的な問題点を踏まえた事業計画の作成──これらの大部分を行った」
「え……大部分を……?」
「水道事業というと、以前このあたりでも工事があったな……」
「失業者にも仕事を与えたのが、高く評価されているわよね」

 人々は各々反応を見せる。そんな中で王太子は、さらに言葉を続けた。

「彼女はその事業にあたり、水と感染症の因果関係も明らかにしてくれた。近頃感染者数が減少しているのは、彼女の気付きがきっかけだ」
「感染症って……少し前まで、猛威を振るっていた……?」
「そういえば、領地での感染症流行が収まってきている」
「最近家族の体調が良くなってきたのは、もしかして」

 シャーロットに対する視線が、徐々に好意的なものに変わっていく。

 ある者は驚嘆、ある者は感謝、ある者は尊敬。

 王太子が持っている書類には王家の紋章が付与され、公的なものであることも、シャーロットの事業関与を語る動かぬ証拠となった。

 そんな様子を、ジェシカ・オルドリッジ公爵令嬢はじっと眺めていた。
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