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第五章 ライバル登場?
第二十八話 立役者達
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「……」
会場の雰囲気が目に見えて良いものに変わっていく様子を見て、公爵令嬢はその場を静かに離れる。
出入口付近まで辿り着いたその時、ふと彼女に声をかける者がいた。
「仕掛けたなぁ。ジェシカ・オルドリッジ公爵令嬢?」
やれやれと首をすくめた青髪の男は、微笑を浮かべながら会場の中央を見遣る。
先程まで、シャーロット・フォード伯爵令嬢に向けられていた疑念。今は打って変わって、多くの人々が彼女に進んで話しかけている。
男の目には、彼らがそれを社交上の義務で行っているのではなく、単純な興味で行っているように映った。
シャーロット・フォード伯爵令嬢という女性は、これまで社交界に滅多に姿を見せなかった。どのような人物なのか、全く掴めない霧のような人だった。
そんな女性が社交界に現れると、当然人々は彼女を見定めるかのように視線を向けることになる。
そこで少しでも彼らにとって悪いことがあれば、彼らが攻撃の姿勢を取るのにそれほど時間はかからない。
しかし、彼らにとって良いことがあれば、話は簡単だ。彼らはその女性に好意的に接するようになる。
何らかのきっかけが出来れば、人の行動は変わるものだ。そのきっかけを作ったのは、この場合──。
「あなたも人のことは言えないでしょう?ルーサー・スプラウト公爵子息」
目の前で不敵な笑みを浮かべつつ、振り返る公爵令嬢。その姿はやはり、秀麗だ。
そんな彼女を見て、ルーサーは言った。
「お互い似た者同士といったところか」
「あら、影でこそこそ動いていたあなたの方がよっぽど素晴らしい立役者だと思うけれど」
「これはこれは、お褒めに預かり光栄だな」
皮肉をものともせず飄々と返答する目の前の男を横目に、ジェシカは赤ワインを一口流し入れる。
そしてシャンデリアで煌々と照らされる会場を眺めながら、彼女はぽつりと尋ねた。
「いつから知っていたの」
「それは、伯爵令嬢に対する社交界の見方のこと?それとも──君が、今日決行した作戦を練っていたこと?」
「どちらもよ」
男のわざとらしい言い方に不服を覚えつつも、表情には出さずそう告げる。
「前者は約一か月前から。後者はここ最近だよ、君が誘導を始めてからだ」
またしても彼の言葉選びに反発心が首をもたげる。
しかし、誘導などしていない、と否定することはできない。
王太子の婚約者の座を狙う令嬢たちにそれとなく情報を流し、シャーロット・フォード伯爵令嬢という共通の「敵」を認識させる。その上で今日、王太子とのつながりを敢えて公衆の面前で追及し、伯爵令嬢の能力を皆に理解してもらう──。
これが、ジェシカの練った計画だった。
王太子妃候補の令嬢たちは、聡明だ。王太子が直々に彼女を擁護することが何を意味するか、汲み取っていることだろう。
そうでなくとも、事業に対する彼女の貢献は驚愕物だった。
知識があるだけでなく、それを事業計画作成に落とし込む力。先程の王太子の簡単な説明ですら、彼女の怜悧さが伝わってきた。
「以前から王太子妃を目指していた君にしては、潔い切り替えだな」
ルーサーが疑問を口にする。
ジェシカは、数年前から王太子妃になるべく努力を続けてきた。その努力が実を結び、社交界では淑女の鑑と言われるまでになった。
そんな彼女が、悪役に見えるようなやり方だったとはいえ、最終的に伯爵令嬢の肩を持った理由。
「私、あの子のこと気に入ったみたいなのよ」
儚そうに見えて芯の強いところ。領民を尊敬できるところ。そして、思った以上に賢いところ。
ここ最近の接触で、彼女の人となりをほんの少し知った。
「もともと王太子妃は父の期待に応えようとして目指しただけだったから」
「そうなのか」
同じ公爵家の者として、何か思うところがあるのだろう。ルーサーはそれ以上追及しなかった。
こういうところは、知り合って数年経っても変わらない。ジェシカは隣で会場を眺めるルーサーの気遣いに、むず痒くなった。
そんな感覚をかき消すように、彼女は口を開く。
「ところで、あなたの方はどうなの。色々と調整したんでしょう?参加者の顔ぶれを見れば予測がつくわ」
数日前、ルーサーは王太子とフォード伯爵令嬢をこのパーティーに招待すると言った。それを聞いてジェシカは作戦実行を今日にしようと決めたのだが、どうやらルーサーの方はやや大変だったらしい。
事を上手く運ぶためには、舞台を万全に整えておく必要がある。
彼は、男尊女卑思考の強い者や失業者救済に寛容ではない者など、フォード伯爵令嬢の活躍に異を唱える恐れのある者がこのパーティーに参加しないように、影で手を回していたのだ。
「難航したが、良い経験になったよ」
ルーサーは自身を労うための晩酌さながら、ワインを一口飲む。
そして、苦笑しながらこう付け加えた。
「最初はギルバートが調整しようとしてたんだが、俺が止めたんだ。やり過ぎる予感がしたから」
長年親友をやっているルーサーは、苦笑しながら件の王太子を見遣る。
一人の令嬢にあれほどの関心を見せ、さらには自らの時間と労力を使って行動しようとする彼の姿を、ルーサーは見たことがなかった。
彼女のことになると、親友は爽やかな笑顔で敵を潰しにかかる。
それは、以前の王宮パーティーで伯爵令嬢に詰め寄った侯爵子息に対する、彼の行動が示していることだ。
事前に侯爵家が黒だとにらみ証拠を集めていたらしいが、あの日の追い上げは圧巻だった。パーティーもあったのによく動けたなと、感心してしまったほどだ。
「たぶん、相当だと思うよ」
彼の言葉に、ジェシカは先ほどの出来事の流れを思い返した。
王太子の、タイミングの良い登場。なぜか用意されていた、事業内容に関する書類。まるで計算されていたかのように、事が運んだ。
いや──実際、計算していたのだろう。
ルーサーと王太子は親友。そして、ルーサーはジェシカの思惑を知っていた。これらを考慮すると、ルーサーが王太子に、ジェシカの動向を伝えていても何らおかしくはない。
彼女自身も、薄々分かってはいた。王太子が伯爵令嬢に向ける、執着に近いとも言える想いに。
その感情がなければ、わざわざ王宮に毎週呼び寄せるわけがない。
現にジェシカの父親は財務官として様々な業務に携わっているが、多忙な王太子からの要望で、大抵は報告書の提出のみで済ませると言う。
つまり、一人の人物のために時間を作って会うという行為そのものが、王太子にとっては特別なことなのだ。
「……あの子、大変ね」
「同感だ」
人の恋愛にとやかく言うつもりはないが、こればかりは同情してしまった二人。
王太子が大きく動くのに、そう時間はかからないだろう。ただ、愛があるなら、これも一つのやり方なのかもしれない。
彼らは会場の中央にいる件の男女二人を見ながら、ワインを飲み干した。
蒸し暑かった空気は、いつの間にか涼しげな風を感じるほどに落ち着いている。それは今宵の一波乱を、柔らかに包み込むようだった。
会場の雰囲気が目に見えて良いものに変わっていく様子を見て、公爵令嬢はその場を静かに離れる。
出入口付近まで辿り着いたその時、ふと彼女に声をかける者がいた。
「仕掛けたなぁ。ジェシカ・オルドリッジ公爵令嬢?」
やれやれと首をすくめた青髪の男は、微笑を浮かべながら会場の中央を見遣る。
先程まで、シャーロット・フォード伯爵令嬢に向けられていた疑念。今は打って変わって、多くの人々が彼女に進んで話しかけている。
男の目には、彼らがそれを社交上の義務で行っているのではなく、単純な興味で行っているように映った。
シャーロット・フォード伯爵令嬢という女性は、これまで社交界に滅多に姿を見せなかった。どのような人物なのか、全く掴めない霧のような人だった。
そんな女性が社交界に現れると、当然人々は彼女を見定めるかのように視線を向けることになる。
そこで少しでも彼らにとって悪いことがあれば、彼らが攻撃の姿勢を取るのにそれほど時間はかからない。
しかし、彼らにとって良いことがあれば、話は簡単だ。彼らはその女性に好意的に接するようになる。
何らかのきっかけが出来れば、人の行動は変わるものだ。そのきっかけを作ったのは、この場合──。
「あなたも人のことは言えないでしょう?ルーサー・スプラウト公爵子息」
目の前で不敵な笑みを浮かべつつ、振り返る公爵令嬢。その姿はやはり、秀麗だ。
そんな彼女を見て、ルーサーは言った。
「お互い似た者同士といったところか」
「あら、影でこそこそ動いていたあなたの方がよっぽど素晴らしい立役者だと思うけれど」
「これはこれは、お褒めに預かり光栄だな」
皮肉をものともせず飄々と返答する目の前の男を横目に、ジェシカは赤ワインを一口流し入れる。
そしてシャンデリアで煌々と照らされる会場を眺めながら、彼女はぽつりと尋ねた。
「いつから知っていたの」
「それは、伯爵令嬢に対する社交界の見方のこと?それとも──君が、今日決行した作戦を練っていたこと?」
「どちらもよ」
男のわざとらしい言い方に不服を覚えつつも、表情には出さずそう告げる。
「前者は約一か月前から。後者はここ最近だよ、君が誘導を始めてからだ」
またしても彼の言葉選びに反発心が首をもたげる。
しかし、誘導などしていない、と否定することはできない。
王太子の婚約者の座を狙う令嬢たちにそれとなく情報を流し、シャーロット・フォード伯爵令嬢という共通の「敵」を認識させる。その上で今日、王太子とのつながりを敢えて公衆の面前で追及し、伯爵令嬢の能力を皆に理解してもらう──。
これが、ジェシカの練った計画だった。
王太子妃候補の令嬢たちは、聡明だ。王太子が直々に彼女を擁護することが何を意味するか、汲み取っていることだろう。
そうでなくとも、事業に対する彼女の貢献は驚愕物だった。
知識があるだけでなく、それを事業計画作成に落とし込む力。先程の王太子の簡単な説明ですら、彼女の怜悧さが伝わってきた。
「以前から王太子妃を目指していた君にしては、潔い切り替えだな」
ルーサーが疑問を口にする。
ジェシカは、数年前から王太子妃になるべく努力を続けてきた。その努力が実を結び、社交界では淑女の鑑と言われるまでになった。
そんな彼女が、悪役に見えるようなやり方だったとはいえ、最終的に伯爵令嬢の肩を持った理由。
「私、あの子のこと気に入ったみたいなのよ」
儚そうに見えて芯の強いところ。領民を尊敬できるところ。そして、思った以上に賢いところ。
ここ最近の接触で、彼女の人となりをほんの少し知った。
「もともと王太子妃は父の期待に応えようとして目指しただけだったから」
「そうなのか」
同じ公爵家の者として、何か思うところがあるのだろう。ルーサーはそれ以上追及しなかった。
こういうところは、知り合って数年経っても変わらない。ジェシカは隣で会場を眺めるルーサーの気遣いに、むず痒くなった。
そんな感覚をかき消すように、彼女は口を開く。
「ところで、あなたの方はどうなの。色々と調整したんでしょう?参加者の顔ぶれを見れば予測がつくわ」
数日前、ルーサーは王太子とフォード伯爵令嬢をこのパーティーに招待すると言った。それを聞いてジェシカは作戦実行を今日にしようと決めたのだが、どうやらルーサーの方はやや大変だったらしい。
事を上手く運ぶためには、舞台を万全に整えておく必要がある。
彼は、男尊女卑思考の強い者や失業者救済に寛容ではない者など、フォード伯爵令嬢の活躍に異を唱える恐れのある者がこのパーティーに参加しないように、影で手を回していたのだ。
「難航したが、良い経験になったよ」
ルーサーは自身を労うための晩酌さながら、ワインを一口飲む。
そして、苦笑しながらこう付け加えた。
「最初はギルバートが調整しようとしてたんだが、俺が止めたんだ。やり過ぎる予感がしたから」
長年親友をやっているルーサーは、苦笑しながら件の王太子を見遣る。
一人の令嬢にあれほどの関心を見せ、さらには自らの時間と労力を使って行動しようとする彼の姿を、ルーサーは見たことがなかった。
彼女のことになると、親友は爽やかな笑顔で敵を潰しにかかる。
それは、以前の王宮パーティーで伯爵令嬢に詰め寄った侯爵子息に対する、彼の行動が示していることだ。
事前に侯爵家が黒だとにらみ証拠を集めていたらしいが、あの日の追い上げは圧巻だった。パーティーもあったのによく動けたなと、感心してしまったほどだ。
「たぶん、相当だと思うよ」
彼の言葉に、ジェシカは先ほどの出来事の流れを思い返した。
王太子の、タイミングの良い登場。なぜか用意されていた、事業内容に関する書類。まるで計算されていたかのように、事が運んだ。
いや──実際、計算していたのだろう。
ルーサーと王太子は親友。そして、ルーサーはジェシカの思惑を知っていた。これらを考慮すると、ルーサーが王太子に、ジェシカの動向を伝えていても何らおかしくはない。
彼女自身も、薄々分かってはいた。王太子が伯爵令嬢に向ける、執着に近いとも言える想いに。
その感情がなければ、わざわざ王宮に毎週呼び寄せるわけがない。
現にジェシカの父親は財務官として様々な業務に携わっているが、多忙な王太子からの要望で、大抵は報告書の提出のみで済ませると言う。
つまり、一人の人物のために時間を作って会うという行為そのものが、王太子にとっては特別なことなのだ。
「……あの子、大変ね」
「同感だ」
人の恋愛にとやかく言うつもりはないが、こればかりは同情してしまった二人。
王太子が大きく動くのに、そう時間はかからないだろう。ただ、愛があるなら、これも一つのやり方なのかもしれない。
彼らは会場の中央にいる件の男女二人を見ながら、ワインを飲み干した。
蒸し暑かった空気は、いつの間にか涼しげな風を感じるほどに落ち着いている。それは今宵の一波乱を、柔らかに包み込むようだった。
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