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1章・家族の絆
謁見
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カイエン達は王城へと向かった。
街の大通りを真っ直ぐ歩き、幾つもの尖塔が連なったかのような背の高い荘厳な城へと着く。
リーリルもサニヤも、天まで届けと言わんばかりの巨大な城に圧倒されていた。
王城というものは、やはりその威容を人々に誇示する必要がある。
この城に圧倒された旅人や商人の口伝によって、周辺国へとその国力を示すことが出来るのだ。
結果、一つの抑止力として働くのである。
リーリルやサニヤが圧倒されるのも当然であった。
また、王城の入口にはピカピカによく磨かれた鎧を着た衛兵が立っている。
よく手入れされた鎧もまた威容を示す。
綺麗に姿勢を正し、城の前に来る人を真っ直ぐと見つめる兵士。
これもまた、威容を示す。
全て虚栄ではない。
まさにこの国の国力というものを示す為に計算されたものなのである。
カイエン達が近づくと、兵士が一人「失礼」と道を塞ぐ。
「ガリエンド家。次男のカイエンだ。勅令により妻と娘を連れて登城に参った」
兵士が門の横にある小さな詰め所をチラリと見ると、覗き窓から他の兵士が腕を丸にしてる。
詰め所の中に今日来る人の情報がメモされているのだろう。
「どうぞ」と兵士が門の前から退いて、カイエン達を通した。
リーリルとサニヤは兵士の威圧感に城の威圧感も相まってドキドキしていたようだが、退いてくれてホッと胸を撫で下ろしている。
カイエンはそんな二人へ「皆いい人達だよ。心配いらない」と笑っていた。
カイエンにとって、彼らはかつて共に戦地で助け合った仲間なのだから、衛兵という仕事の為に威圧的態度を取っていようが、プライベートな姿をよく分かっているのだ。
そして、三人が城へ入ると、すぐに黒の燕尾服を着た案内人がやって来る。
彼はカイエンの名を聞くと真っ直ぐに進み、三人を城の奥、謁見の間へと案内した。
謁見の間は高い天井だ。
真っ赤な玉座とその周りには真っ赤な布が垂れ下がっている。
入口から玉座へ真っ赤な絨毯が真っ直ぐと伸びていた。
部屋の左右の壁は段状になっていて、人が座れるように真っ赤な絨毯が敷かれている。
既に何名か貴族の男女が座って、カイエン達を見ながらヒソヒソと話していた。
そして、玉座の正面には椅子が三脚。
カイエン達が座るための椅子だ。
人々の目が集まる所にある椅子は、まるで裁判所の被告席のようである。
これから行われるカイエン達の謁見が、任命では無く、晒し上げにも近い罰が待っている事を示していた。
「座ろうか」
「はい」
だが、三人が恐れる事はしない。
覚悟はしていた。
それに、きっとこの家族ならば乗り越えられない事など無いと思っていたのである。
やがて、一人、また一人と貴族が増えて、カイエン達の左右の段状の壁へ座った。
人が増える度にヒソヒソ声が大きくなっていく。
「あの人がガリエンド家の名声を落とした――」
「無教養な村娘ですって――」
「娘は肌の色が違うようだが――」
断片的ながら、三人へ聞こえてくる悪口じみた話。
具体的になんて言っているのか分からないが、実際の所、悪口を言っていると思っても間違えた話では無いだろう。
だが、その噂が何だというのか。
カイエンは胸を張って椅子に座っている。
何も悪い事はしていない。
どんな人に何であろうと言ってやろう。
リーリルとサニヤは僕の家族だと。
しかし、そんならカイエンであるが、聴衆が増えてくると、その聴衆をキョロキョロと見始める。
「あなた。どうしたの?」とリーリルが聞くと「いや。なんでもないよ」とカイエンは前を向いた。
カイエンはかつて自分が結婚していた相手とその人との子供が居るのでは無いかと気になっていたのである。
かつて愛した妻と子だ。気にならないわけない。
しかし、どうにも見当たらないし、それに、今はもうリーリルとサニヤが居るのだから、あまり気にしても仕方ないかと思うのであった。
「静粛に」
禿げ上がった頭となめ回すような目付きの大臣が、玉座の隣に立って厳かに言うと、皆が静まり返る。
「王が来られる」
玉座の左右に立っている近衛兵が槍の石突きをガンと床へ打ち付けると、皆が立ち上がった。
そして、ゆっくりと、厳かに謁見の間の奥より王が姿を見せる。
白鬚の混じる黒い髭。
目尻に皺の多い眼は鋭く、威圧的である。
いやはや王の風格と言うべきか。
一目見て只者では無い事が分かる。
ドッカリと玉座に座ると、まさに睥睨と言うべき威圧的視線でカイエン達三人を見つめた。
誰もが畏怖し、頭を垂れる眼だ。
しかし、カイエン達は顔を下げずにハッタと王を見返す。
これまた威風堂々たる態度である。
あまりに威風堂々とした態度のため、聴衆の貴族達は王を前に不遜な態度になるのでは無いかと三人をはらはらと見た。
「ほう。流石は防府太尉の息子だけはある」
一方の王は玉座の肘掛けで頬杖を付いて、感心したように言う。
「お主の事は知っている。サリオンと共に余の良い配下となるだろうと期待していたのであるが」
サリオンとカイエン。
軍略と兵指揮、内政、外交をそつなくこなす二人。
一国の王ならば喉から手が出る程に欲しい人材であろう。
「現に、開拓を予定以上の速さで終わらせたそうではないか。村人にやる気をどうやって出させた? 鞭でも打ったか?」
「いえ。共に過ごし、共に暮らし、同じ村の仲間として共に歩んでいったまでで御座います。私は不肖な身にて何も成していません。全ては村の人々の力で御座います」
カイエンの言葉にフンフンと相槌を打ちながら、王は水を一口飲んだ。
「なるほどなるほど。しかし、民は仲間では無いだろう? 奴らは税をちょろまかし、余らの苦労も知らずに贅の限りを尽くす不届き者だと陰口を叩く。無知で愚かで教養の無い野蛮人。あるいは民こそが我々にとっての獅子身中の虫。そうであろう?」
「そのように思ったことは一度もありませぬ。貴族とは衆生の為に尽くすものでございます」
貴族は礼節を尊び、大衆よりも深い見識と知識で以て人々に尽くして導く。
それが貴族の矜持というものである。
カイエンはこの貴族の矜持を言ったのであるが、観衆の貴族達からは失笑が漏れていた。
それが許せなかったのは誰であろうリーリルである。
カイエンの妻として、そして、カイエンの領民として、決してそのようないがみ合いは無かったのだと伝えたく口を開いた。
「わ、私達はカイエン様に陰口なんて叩いていません。共に協力して――」
「お主には聞いておらん」
つまらなそうな眼でリーリルを見ながら言葉を遮った。
その威圧感にリーリルは顔を下げないまでも、絶句してしまう。
リーリルのそんな様子を見た後、王は再びカイエンを見た。
「確かにそう言う理念はあるが、理念と実際は違うであろう?」
そう。
理念と実際は違う。
貴族は人々に尽くして導くべしと言っても、実際に矜持を守る貴族達が居るだろうか?
もしもこの貴族の矜持を守る者が居たとしたら、とんだ愚か者であろう。
だから、カイエンに失笑したのである。
しかし、カイエンは馬鹿にされた笑いを向けられながらもなお、「私はそう思いません」と言い放った。
「ふむ。そうだな。そうであったな。お主は飢饉の際に王都へ食糧を送らずに民へ分けた男であったな」
十年近く前の、カイエンが左遷された時の事を思い出すして、溜息をつく。
「防府太尉から言われていたと思うが、余の口からも今一度聞こう。鎮守公の娘と婚姻を結び、ガリエンド家とラクラロール家の堅固な結びつきを以て余を助けてはくれぬか?」
鎮守公とはラクラロール家の当主である。
「申し訳ありませぬが……」
当然ながら、カイエンの答えは一つだ。
王は深い深い溜息をつき、「ならば、もう良い」と言う。
すると、玉座の横に待機していた大臣が一歩前に出てきて任命書を読み上げだした。
「ガリエンド家次男。カイエン・ガリエンド。そなたの開拓における功績著しく。ここに辺境伯の爵位に任命する。
もって、辺境伯としてハーズズルージュ領主の赴任を命ずる。
これはそなたの能力を高く評価する事による任命である。我々の期待を裏切らないように、くれぐれも厳正に治めるように」
カイエンは昇進した。
今までは貴族として最も下位である男爵の位であったが、四階級程を飛び級した辺境伯への昇進だ。
だが、果たしてこれがカイエンを評価してのことでは無いのが明白であった。
なぜならば、ハーズルージュとは国の東端に位置する街であり、最大の敵国であるオルブテナ王国との最前線である。
ガリエンド家が王都から西方を主な領土に任命される点を鑑みても、一族との連携が取れない東方へ配置するという孤立無援だ。
しかし、だからといって任命を拒否する事など出来ない。
「慎んで拝命致します」
こうして、カイエンを辺境伯としてハーズルージュへと赴任することが決まり、謁見は終わった。
果たして謁見と呼んで言い内容だったかの是非は置いておいて、謁見は終わったのである。
「カイエン」
謁見の間から出たとき、一人の青年が声を掛けてきた。
屋敷で唯一、カイエンへ笑顔で手を振った青年である。
「やあ、テュエル。リーリル、サニヤ、紹介するよ。僕の従兄弟のテュエルだ」
テュエル・サーラルと言い、ガリエンド家の宗家でカイエンの従兄弟に当たる。
幼くして父親が戦死し、一時ニルエドの元で育てられていたため、カイエンにとっては兄弟も同然な男であった。
その後、すぐに母方の家系へ引き取られたため、苗字はガリエンドでは無いが、サーラル家としてはガリエンド家との繋がりを保ちたいため、あくまでもガリエンドの家系として扱われている
「妻のリーリルです。初めまして、テュエル様」
リーリルが頭を少し下げると「初めまして。奥方様」と、テュエルは胸に手を当てて深々と頭を下げる。
一方、サニヤはツーンと唇を尖らせてそっぽを向いていた。
「サニヤも挨拶を」
カイエンに促されるも「この人もお父様をいじめた奴らの仲間じゃん」と言うので、テュエルは「確かに」と苦笑した。
「すまない。テュエル。サニヤは良い子なんだが」
「いや。いいさ。それより、カイエン。これから大変だろう? 何か手助け出来る事はあるか?」
テュエルはカイエン達が東方の前線へ向かうことに対して心配に思い、助けへ来たのだ。
カイエンにとってこれほどの嬉しい事は無かった。
「そうだな……。じゃあ、腕の立つ女将(にょしょう)を一人。与力として送ってくれないか」
テュエルの部下でありながらも一時的にカイエンの指揮下で動く人をお願いする。
なぜ女なのか。
テュエルはすぐに察して「奥方様と娘様の為か」と頷いた。
いざとなったときのため、リーリルやサニヤの世話をしながら二人を守れるのは女性の方が都合が良いという意味だ。
「分かった。すぐに一名、腕の立つ奴を送ってやるよ」
そう言ってテュエルはカイエン達と別れた。
ひとまず、一つの懸念は消えたか。
カイエンには部下が居ないが、少なくともリーリルやサニヤの警備を行える人が必要だったのだ。
男の護衛では、リーリルやサニヤを四六時中見守る事も出来ないのだから当然である。
出来れば、リーリルとサニヤへ一人ずつ護衛を付けたいので、もう一人欲しい所であったが、贅沢は言えなかった。
しかし、その問題もすぐに解決する事となる。
それは三日後の事であった。
カイエン達は王都よりそのままハーズルージュへ向かう事になっていたので、旅装等の準備を終わらせて出発しようかと言うとき、屋敷の門が叩かれて一人の騎士が訪ねて来たのである。
ややエラの張った顎。キュッと結ばれた唇。
釣り上がった目尻。太い指に日焼けした肌。
お世辞にも美人と言えない彼女はラーツェ・パンサと名乗り、ルーガの個人的な配下である寄子の騎士と言った。
主ルーガの名によりリーリルとサニヤを護る為に訪問したという。
本来、領主には王から派遣される公兵や騎士を部下にするのだが、戦力の補備として公兵以外にも私兵を雇う事が出来た。
そして領主の爵位や階級に応じて、その私兵の中から個人権限により騎士を一時的に任命する事ができるのであるが、それが寄子の騎士と言う。
つまり、王都の王侯貴族の息が掛かっていない安心できる騎士だと言えた。
「ルーガ様の命により、身命を賭してお守りいたす」
さすがにルーガの寄子と言うだけあり、ルーガを思い起こさせる雰囲気である。
頼りになることだろう。
カイエンはラーツェを部屋へ招き、リーリルとサニヤと顔合わせをさせる。
ラーツェは椅子に座るように促されても絶対に座らず、床に片膝を付いて頭を垂れた。
「ルーガ様より、尊敬する兄君と聞いております。無礼は働けませぬ」
そのような事であったらしい。
リーリルはとかくこのように堅苦しい接せられかたに慣れてないため「いえ、そのようなお気遣いを受けるような身分ではありません」と困惑してしまう。
一方、サニヤはそんな彼女の態度に「無礼をしたのはあいつなのに」と呟いていた。
あいつとはルーガの事だ。
ルーガはカイエンを木の剣でしこたまに殴ったのに、部下には慇懃な態度を取らせるのかと不愉快に思ったのである。
また、サニヤはルーガを敵だと認識しているので、ルーガの意図が読めなくてイラついていた。
「大人しく椅子に座られてはどうですか? 奥方様が困られてますよ」
さらに部屋の隅からそう声がして、ラーツェは部屋の隅を見やる。
そこには、一人の女性が壁にもたれて立っていた。
「カイエン様に寄子騎士が居たとは知りませんでしたが?」とラーツェが聞くと、女性はペコリと頭を下げる。
「失礼。テュエル・サーラル様の寄子の騎士、サルハ・パルトです」そう言って、サルハはラーツェを睨み、ラーツェもサルハを睨んだ。
自分一人が居ればカイエンとその家族を守れるのだから、お前は邪魔だという眼である。
このサルハはテュエルがカイエンに約束していた派兵の女将だ。
二人の間に不穏な空気が漂ったため、カイエンとリーリルは狼狽えていた。
今にも斬りあうのでは無いかという不安が出るほどに不穏である。
まさか与力として派兵された騎士がブッキングしてしまうとはカイエンも思わなかった。
そもそもの話をすれば、ルーガが何の話も無く、寄子を派兵したのが問題なのである。
規律に厳しいルーガが表だって父ニルエドに反逆するような真似は出来ず、さりとてカイエンを見捨てられずにとった苦肉の策でもあったのだが。
しかし、なんにせよカイエンにとっては戦力が一人でも居るのは喜ばしい。
王侯貴族の顔に泥を塗ったカイエンへ、怒り任せに暗殺者を送り込む者も居るかも知れなかったからだ。
それに、ハーズルージュへの道程に王国からの兵は追従しない。
通常、王の勅命で動くのならば王都の公兵が配下として付き従うのであるが、今回のカイエンには公兵が付けられてなかったのである。
また、カイエンには私兵が居ない上に、私兵を雇う金も無い。
なので、ハーズルージュへ向かう途中で魔物や猛獣に襲われた時にリーリルとサニヤを護る仲間が必要だったのだ。
「あなた方の主人が誰であれ、今は私の配下です。争いだけは絶対にやめて頂きましょう」
なので、カイエンはラーツェとサルハを快く迎え、争いをしないことを厳命したのであった。
街の大通りを真っ直ぐ歩き、幾つもの尖塔が連なったかのような背の高い荘厳な城へと着く。
リーリルもサニヤも、天まで届けと言わんばかりの巨大な城に圧倒されていた。
王城というものは、やはりその威容を人々に誇示する必要がある。
この城に圧倒された旅人や商人の口伝によって、周辺国へとその国力を示すことが出来るのだ。
結果、一つの抑止力として働くのである。
リーリルやサニヤが圧倒されるのも当然であった。
また、王城の入口にはピカピカによく磨かれた鎧を着た衛兵が立っている。
よく手入れされた鎧もまた威容を示す。
綺麗に姿勢を正し、城の前に来る人を真っ直ぐと見つめる兵士。
これもまた、威容を示す。
全て虚栄ではない。
まさにこの国の国力というものを示す為に計算されたものなのである。
カイエン達が近づくと、兵士が一人「失礼」と道を塞ぐ。
「ガリエンド家。次男のカイエンだ。勅令により妻と娘を連れて登城に参った」
兵士が門の横にある小さな詰め所をチラリと見ると、覗き窓から他の兵士が腕を丸にしてる。
詰め所の中に今日来る人の情報がメモされているのだろう。
「どうぞ」と兵士が門の前から退いて、カイエン達を通した。
リーリルとサニヤは兵士の威圧感に城の威圧感も相まってドキドキしていたようだが、退いてくれてホッと胸を撫で下ろしている。
カイエンはそんな二人へ「皆いい人達だよ。心配いらない」と笑っていた。
カイエンにとって、彼らはかつて共に戦地で助け合った仲間なのだから、衛兵という仕事の為に威圧的態度を取っていようが、プライベートな姿をよく分かっているのだ。
そして、三人が城へ入ると、すぐに黒の燕尾服を着た案内人がやって来る。
彼はカイエンの名を聞くと真っ直ぐに進み、三人を城の奥、謁見の間へと案内した。
謁見の間は高い天井だ。
真っ赤な玉座とその周りには真っ赤な布が垂れ下がっている。
入口から玉座へ真っ赤な絨毯が真っ直ぐと伸びていた。
部屋の左右の壁は段状になっていて、人が座れるように真っ赤な絨毯が敷かれている。
既に何名か貴族の男女が座って、カイエン達を見ながらヒソヒソと話していた。
そして、玉座の正面には椅子が三脚。
カイエン達が座るための椅子だ。
人々の目が集まる所にある椅子は、まるで裁判所の被告席のようである。
これから行われるカイエン達の謁見が、任命では無く、晒し上げにも近い罰が待っている事を示していた。
「座ろうか」
「はい」
だが、三人が恐れる事はしない。
覚悟はしていた。
それに、きっとこの家族ならば乗り越えられない事など無いと思っていたのである。
やがて、一人、また一人と貴族が増えて、カイエン達の左右の段状の壁へ座った。
人が増える度にヒソヒソ声が大きくなっていく。
「あの人がガリエンド家の名声を落とした――」
「無教養な村娘ですって――」
「娘は肌の色が違うようだが――」
断片的ながら、三人へ聞こえてくる悪口じみた話。
具体的になんて言っているのか分からないが、実際の所、悪口を言っていると思っても間違えた話では無いだろう。
だが、その噂が何だというのか。
カイエンは胸を張って椅子に座っている。
何も悪い事はしていない。
どんな人に何であろうと言ってやろう。
リーリルとサニヤは僕の家族だと。
しかし、そんならカイエンであるが、聴衆が増えてくると、その聴衆をキョロキョロと見始める。
「あなた。どうしたの?」とリーリルが聞くと「いや。なんでもないよ」とカイエンは前を向いた。
カイエンはかつて自分が結婚していた相手とその人との子供が居るのでは無いかと気になっていたのである。
かつて愛した妻と子だ。気にならないわけない。
しかし、どうにも見当たらないし、それに、今はもうリーリルとサニヤが居るのだから、あまり気にしても仕方ないかと思うのであった。
「静粛に」
禿げ上がった頭となめ回すような目付きの大臣が、玉座の隣に立って厳かに言うと、皆が静まり返る。
「王が来られる」
玉座の左右に立っている近衛兵が槍の石突きをガンと床へ打ち付けると、皆が立ち上がった。
そして、ゆっくりと、厳かに謁見の間の奥より王が姿を見せる。
白鬚の混じる黒い髭。
目尻に皺の多い眼は鋭く、威圧的である。
いやはや王の風格と言うべきか。
一目見て只者では無い事が分かる。
ドッカリと玉座に座ると、まさに睥睨と言うべき威圧的視線でカイエン達三人を見つめた。
誰もが畏怖し、頭を垂れる眼だ。
しかし、カイエン達は顔を下げずにハッタと王を見返す。
これまた威風堂々たる態度である。
あまりに威風堂々とした態度のため、聴衆の貴族達は王を前に不遜な態度になるのでは無いかと三人をはらはらと見た。
「ほう。流石は防府太尉の息子だけはある」
一方の王は玉座の肘掛けで頬杖を付いて、感心したように言う。
「お主の事は知っている。サリオンと共に余の良い配下となるだろうと期待していたのであるが」
サリオンとカイエン。
軍略と兵指揮、内政、外交をそつなくこなす二人。
一国の王ならば喉から手が出る程に欲しい人材であろう。
「現に、開拓を予定以上の速さで終わらせたそうではないか。村人にやる気をどうやって出させた? 鞭でも打ったか?」
「いえ。共に過ごし、共に暮らし、同じ村の仲間として共に歩んでいったまでで御座います。私は不肖な身にて何も成していません。全ては村の人々の力で御座います」
カイエンの言葉にフンフンと相槌を打ちながら、王は水を一口飲んだ。
「なるほどなるほど。しかし、民は仲間では無いだろう? 奴らは税をちょろまかし、余らの苦労も知らずに贅の限りを尽くす不届き者だと陰口を叩く。無知で愚かで教養の無い野蛮人。あるいは民こそが我々にとっての獅子身中の虫。そうであろう?」
「そのように思ったことは一度もありませぬ。貴族とは衆生の為に尽くすものでございます」
貴族は礼節を尊び、大衆よりも深い見識と知識で以て人々に尽くして導く。
それが貴族の矜持というものである。
カイエンはこの貴族の矜持を言ったのであるが、観衆の貴族達からは失笑が漏れていた。
それが許せなかったのは誰であろうリーリルである。
カイエンの妻として、そして、カイエンの領民として、決してそのようないがみ合いは無かったのだと伝えたく口を開いた。
「わ、私達はカイエン様に陰口なんて叩いていません。共に協力して――」
「お主には聞いておらん」
つまらなそうな眼でリーリルを見ながら言葉を遮った。
その威圧感にリーリルは顔を下げないまでも、絶句してしまう。
リーリルのそんな様子を見た後、王は再びカイエンを見た。
「確かにそう言う理念はあるが、理念と実際は違うであろう?」
そう。
理念と実際は違う。
貴族は人々に尽くして導くべしと言っても、実際に矜持を守る貴族達が居るだろうか?
もしもこの貴族の矜持を守る者が居たとしたら、とんだ愚か者であろう。
だから、カイエンに失笑したのである。
しかし、カイエンは馬鹿にされた笑いを向けられながらもなお、「私はそう思いません」と言い放った。
「ふむ。そうだな。そうであったな。お主は飢饉の際に王都へ食糧を送らずに民へ分けた男であったな」
十年近く前の、カイエンが左遷された時の事を思い出すして、溜息をつく。
「防府太尉から言われていたと思うが、余の口からも今一度聞こう。鎮守公の娘と婚姻を結び、ガリエンド家とラクラロール家の堅固な結びつきを以て余を助けてはくれぬか?」
鎮守公とはラクラロール家の当主である。
「申し訳ありませぬが……」
当然ながら、カイエンの答えは一つだ。
王は深い深い溜息をつき、「ならば、もう良い」と言う。
すると、玉座の横に待機していた大臣が一歩前に出てきて任命書を読み上げだした。
「ガリエンド家次男。カイエン・ガリエンド。そなたの開拓における功績著しく。ここに辺境伯の爵位に任命する。
もって、辺境伯としてハーズズルージュ領主の赴任を命ずる。
これはそなたの能力を高く評価する事による任命である。我々の期待を裏切らないように、くれぐれも厳正に治めるように」
カイエンは昇進した。
今までは貴族として最も下位である男爵の位であったが、四階級程を飛び級した辺境伯への昇進だ。
だが、果たしてこれがカイエンを評価してのことでは無いのが明白であった。
なぜならば、ハーズルージュとは国の東端に位置する街であり、最大の敵国であるオルブテナ王国との最前線である。
ガリエンド家が王都から西方を主な領土に任命される点を鑑みても、一族との連携が取れない東方へ配置するという孤立無援だ。
しかし、だからといって任命を拒否する事など出来ない。
「慎んで拝命致します」
こうして、カイエンを辺境伯としてハーズルージュへと赴任することが決まり、謁見は終わった。
果たして謁見と呼んで言い内容だったかの是非は置いておいて、謁見は終わったのである。
「カイエン」
謁見の間から出たとき、一人の青年が声を掛けてきた。
屋敷で唯一、カイエンへ笑顔で手を振った青年である。
「やあ、テュエル。リーリル、サニヤ、紹介するよ。僕の従兄弟のテュエルだ」
テュエル・サーラルと言い、ガリエンド家の宗家でカイエンの従兄弟に当たる。
幼くして父親が戦死し、一時ニルエドの元で育てられていたため、カイエンにとっては兄弟も同然な男であった。
その後、すぐに母方の家系へ引き取られたため、苗字はガリエンドでは無いが、サーラル家としてはガリエンド家との繋がりを保ちたいため、あくまでもガリエンドの家系として扱われている
「妻のリーリルです。初めまして、テュエル様」
リーリルが頭を少し下げると「初めまして。奥方様」と、テュエルは胸に手を当てて深々と頭を下げる。
一方、サニヤはツーンと唇を尖らせてそっぽを向いていた。
「サニヤも挨拶を」
カイエンに促されるも「この人もお父様をいじめた奴らの仲間じゃん」と言うので、テュエルは「確かに」と苦笑した。
「すまない。テュエル。サニヤは良い子なんだが」
「いや。いいさ。それより、カイエン。これから大変だろう? 何か手助け出来る事はあるか?」
テュエルはカイエン達が東方の前線へ向かうことに対して心配に思い、助けへ来たのだ。
カイエンにとってこれほどの嬉しい事は無かった。
「そうだな……。じゃあ、腕の立つ女将(にょしょう)を一人。与力として送ってくれないか」
テュエルの部下でありながらも一時的にカイエンの指揮下で動く人をお願いする。
なぜ女なのか。
テュエルはすぐに察して「奥方様と娘様の為か」と頷いた。
いざとなったときのため、リーリルやサニヤの世話をしながら二人を守れるのは女性の方が都合が良いという意味だ。
「分かった。すぐに一名、腕の立つ奴を送ってやるよ」
そう言ってテュエルはカイエン達と別れた。
ひとまず、一つの懸念は消えたか。
カイエンには部下が居ないが、少なくともリーリルやサニヤの警備を行える人が必要だったのだ。
男の護衛では、リーリルやサニヤを四六時中見守る事も出来ないのだから当然である。
出来れば、リーリルとサニヤへ一人ずつ護衛を付けたいので、もう一人欲しい所であったが、贅沢は言えなかった。
しかし、その問題もすぐに解決する事となる。
それは三日後の事であった。
カイエン達は王都よりそのままハーズルージュへ向かう事になっていたので、旅装等の準備を終わらせて出発しようかと言うとき、屋敷の門が叩かれて一人の騎士が訪ねて来たのである。
ややエラの張った顎。キュッと結ばれた唇。
釣り上がった目尻。太い指に日焼けした肌。
お世辞にも美人と言えない彼女はラーツェ・パンサと名乗り、ルーガの個人的な配下である寄子の騎士と言った。
主ルーガの名によりリーリルとサニヤを護る為に訪問したという。
本来、領主には王から派遣される公兵や騎士を部下にするのだが、戦力の補備として公兵以外にも私兵を雇う事が出来た。
そして領主の爵位や階級に応じて、その私兵の中から個人権限により騎士を一時的に任命する事ができるのであるが、それが寄子の騎士と言う。
つまり、王都の王侯貴族の息が掛かっていない安心できる騎士だと言えた。
「ルーガ様の命により、身命を賭してお守りいたす」
さすがにルーガの寄子と言うだけあり、ルーガを思い起こさせる雰囲気である。
頼りになることだろう。
カイエンはラーツェを部屋へ招き、リーリルとサニヤと顔合わせをさせる。
ラーツェは椅子に座るように促されても絶対に座らず、床に片膝を付いて頭を垂れた。
「ルーガ様より、尊敬する兄君と聞いております。無礼は働けませぬ」
そのような事であったらしい。
リーリルはとかくこのように堅苦しい接せられかたに慣れてないため「いえ、そのようなお気遣いを受けるような身分ではありません」と困惑してしまう。
一方、サニヤはそんな彼女の態度に「無礼をしたのはあいつなのに」と呟いていた。
あいつとはルーガの事だ。
ルーガはカイエンを木の剣でしこたまに殴ったのに、部下には慇懃な態度を取らせるのかと不愉快に思ったのである。
また、サニヤはルーガを敵だと認識しているので、ルーガの意図が読めなくてイラついていた。
「大人しく椅子に座られてはどうですか? 奥方様が困られてますよ」
さらに部屋の隅からそう声がして、ラーツェは部屋の隅を見やる。
そこには、一人の女性が壁にもたれて立っていた。
「カイエン様に寄子騎士が居たとは知りませんでしたが?」とラーツェが聞くと、女性はペコリと頭を下げる。
「失礼。テュエル・サーラル様の寄子の騎士、サルハ・パルトです」そう言って、サルハはラーツェを睨み、ラーツェもサルハを睨んだ。
自分一人が居ればカイエンとその家族を守れるのだから、お前は邪魔だという眼である。
このサルハはテュエルがカイエンに約束していた派兵の女将だ。
二人の間に不穏な空気が漂ったため、カイエンとリーリルは狼狽えていた。
今にも斬りあうのでは無いかという不安が出るほどに不穏である。
まさか与力として派兵された騎士がブッキングしてしまうとはカイエンも思わなかった。
そもそもの話をすれば、ルーガが何の話も無く、寄子を派兵したのが問題なのである。
規律に厳しいルーガが表だって父ニルエドに反逆するような真似は出来ず、さりとてカイエンを見捨てられずにとった苦肉の策でもあったのだが。
しかし、なんにせよカイエンにとっては戦力が一人でも居るのは喜ばしい。
王侯貴族の顔に泥を塗ったカイエンへ、怒り任せに暗殺者を送り込む者も居るかも知れなかったからだ。
それに、ハーズルージュへの道程に王国からの兵は追従しない。
通常、王の勅命で動くのならば王都の公兵が配下として付き従うのであるが、今回のカイエンには公兵が付けられてなかったのである。
また、カイエンには私兵が居ない上に、私兵を雇う金も無い。
なので、ハーズルージュへ向かう途中で魔物や猛獣に襲われた時にリーリルとサニヤを護る仲間が必要だったのだ。
「あなた方の主人が誰であれ、今は私の配下です。争いだけは絶対にやめて頂きましょう」
なので、カイエンはラーツェとサルハを快く迎え、争いをしないことを厳命したのであった。
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