15 / 111
1章・家族の絆
道程
しおりを挟む
カイエン、リーリル、サニヤを乗せた馬車が王都ラクマージを出発してハーズルージュへ向かう。
貴族が新領地へ赴任するための旅立ちならば、通常、見送りは兵士や王城に務める貴族達が集まって豪勢に行われるものであるが、今日の見送りはニルエド達カイエンの両親とメイド達だけであった。
王城の貴族達にとって、やはりカイエンの往く末など興味も無いのだろう。
御者はその見送りを見て「うへえ。貴族の見送りでこんな人が少ないのは初めてだ」とぼやいた。
この御者はカイエン達が王都へ来たときと同じ、あのバンドラだ。
しかし、来たときに比べて彼の顔は優れない。
それもそのはず、カイエンのような落ちぶれていくだけの男を乗せても彼の評価に繋がらないのだからやる気など出ようはずも無いのだ。
バンドラは馬車の中から楽しげに聞こえる家族の談笑を尻目に、溜息を付いていた。
恐ろしい統治能力で人並み外れた開拓をした期待の領主と聞いていたのに、蓋を開けてみればこんな楽観おとぼけ領主とは。
こんな人のために二度も働いた所で、貴族に私の良い評価なんて届くものか。
そんな溜息であった。
しかし、馬車の左右に馬を並べる二人の騎士は違う。
やる気に満ち溢れた眼で周囲を旺盛に警戒し、何かあれば即応する態勢であった。
この二人は主の命によりカイエンの与力として配下となったのであるからして、カイエンへいかに助力するかによって相手の主よりも自分の主の方が上だと示そうとしている。
カイエン達家族の自分への評価こそが主の評価となる。
役に立つと思われればこそ、主の命をより忠実にこなしたということ。
二人の騎士は対抗心を燃やしていた。
休憩の時には、いかに自分や主が素晴らしいかをカイエン達家族へ話したりする。
例えばラーツェは猛将として名高いルーガがいかに勇猛果敢であるかを話し、ルーガ直々に手ほどきを受けた自分を頼って欲しいと自慢した。
そんなラーツェにサニヤは「お父様の事をいじめた技で?」とツンケンとした態度で言うため、ラーツェは黙ってしまった。
それ見たことかと、今度はサルハが主と自分の話をする。
主テュエルは戦武者のルーガと違い、内政や外交の腕前も評価され、ルーガよりも階級が上だと言う。
ルーガは内政や外交下手であり、戦手柄はあるのに爵位は男爵の位なのだが、テュエルは子爵であった。
さらに、サルハはテュエルから準女男爵の位を戴いているため、序列もラーツェより上だと自慢した。
「肩書きばっかりじゃん。お父様は小さい村の領主だったけど、誰よりも凄いもん」
またサニヤがそう言うので、サルハは肩書きを話すばかりで実力を話さなかった自分を恥じて黙ってしまう。
そんなサニヤをカイエンはたしなめる。
ルーガは誰よりも心優しく、自分を殴り続けた時も、本当は助けようとしてくれたのだと。
また、爵位の授与とは血筋によって与えられもするが、ルーガもテュエルも跡取りでは無いため、爵位を自分で勝ち取った彼らの実力なのだと説明した。
「なんでお父様はあんな奴らの味方するの!」
サニヤはそんなカイエンの態度が気に入らなくて、ついには怒鳴ってしまう。
「そうだな。サニヤは僕の味方になってくれてるのに、僕がルーガやテュエルの味方をしたら駄目だよな」
サニヤの頭を撫でながらカイエンは「でも」と言葉を続ける。
「サニヤもルーガも、テュエルも、皆味方なんだよ」
サニヤは納得出来ないみたいにツーンと唇を尖らせて「私、別にお父様の味方じゃないし」と呟くのであった。
サニヤはまだ若く、感情の整理がつかないきらいがある。
カイエンへの想いでさえも好き嫌いの間で揺れ動く矛盾の感情なのに、なんでルーガやテュエルを味方だと肯定できようか。
そんなサニヤをリーリルは抱き寄せて、微笑んだ。
サニヤはムウッと不愉快そうな声を出したものの、リーリルの体にもたれ掛かってリラックスした。
なんだかんだと言いつつ、リーリルに抱かれていると安心するのだろう。
「やめてよ。お母様」
「やめなーい」
リーリルが意地悪くクスクスと笑うと、サニヤはふんっと鼻を鳴らした。
カイエン達家族のいつもの風景だ。
しかし、ラーツェとサルハはそんな風景を見て「娘様が不機嫌だ。なんとか機嫌をとらねば」と思う。
自慢話では信頼を勝ち取れない。信頼は行動で示さねば得られないと気付いた二人は、先にサニヤの機嫌をとった方が勝ちだと思うのであった。
休憩後の道程では、ラーツェとサルハの争いは激化する。
激化と言っても目に見える戦いでは無い。
水面下の争いである。
近くに茂みがあれば魔物か猛獣が居ないか見てくると言い、
土の道になると、ぬかるみや倒木で進行不能になってないか見てくると言う。
また、休憩になればラーツェはすぐさまお茶を点てた。
水を沸かし、腰の袋から茶葉を取り出す。
「お茶をどうぞ。紅茶でございます」
カイエンとリーリルはありがとうと紅茶を受け取ったが、サニヤは「牛乳が良い」と不機嫌に紅茶を受け取った。
おまけに、紅茶が熱いと文句を言う始末である。
「サニヤ。せっかく淹れてくれたのだから、ありがとうと言って、文句を言っちゃダメよ」
リーリルに諭されたサニヤはふんっと鼻を鳴らして「ありがとう」と不服な顔で言った。
肩を落とすラーツェの次にサルハは「それではおやつを取って見せましょう」と弓に矢をつがえ、ピュンと小鳥を射殺す。
「皮を塩で味付けにして焼くと、これがカリカリで美味しいのです」
したり顔でカイエン達家族へ見せるが、サニヤは「おやつだったら野イチゴとか食べれば良いじゃん。何も殺さなくてもさ」と言うのであった。
これにサルハは顔を俯かせて「申し訳ありません」と謝る。
そんなサルハにリーリルは「せっかくですから食べましょう」と言った。
塩をまぶして焚き火で小鳥を焼くと、なんだかんだとサニヤは小鳥を食べている。
「サルハさんの取った小鳥は美味しいわね。サニヤ」とリーリルが聞けば「美味しくない」と言ってポリポリと小さな口を動かして食べたのであった。
なんだか空回り気味なラーツェとサルハであるが、彼女達の行為は決して無駄な行いでは無い。
カイエン達にとってどれほど助かっている事か。
しかし、ただ、サニヤがラーツェとサルハを毛嫌いしているから、まるで空回りをしているように見えるだけなのだ。
ある時には茂みに待ち伏せをしていた大型猫科の猛獣をいち早く見つけて槍で突き殺した。
またある時には、森林の中を進もうとした時に蜂の巣を幾つか見つけ、大事になる前に迂回する事も出来た。
夜になればサルハは手慣れた様子で火を付ける。
火付けは旅において非常に重要な特技で有り、火付けの得意な者は重宝されやすい。
一方ラーツェは手慣れた様子で料理を作った。
彼女の馬荷には様々な調味料があり、それで料理をするのである。
干しキャベツと乾し肉のスープで、非常に簡素な料理であるが、調味料を良いバランスで入れたこのスープに、黒パンを浸して食べると……もう!
これにはさすがのサニヤも文句の付けようが無かったのか、憎まれ口一つ無く渋い顔で黙って、黒パンを三個も食べてしまった。
このスープを飲んだサルハもあまりのおいしさに歯噛みして悔しがる程である。
「お母さんの料理も負けるかも」
リーリルもモグモグと食べて、マーサ以上の美味しさかも知れないと思うのであった。
「騎士なのにこれほどの料理が出来るなんて珍しいですね」
カイエンもまた舌鼓を打つ。
「私は騎士になる前、メイドだったのです。その時の経験が役に立てて嬉しく思います」
昔取った杵柄というものだ。
だが、メイドから騎士とは驚くべき出世だろう。
カイエンは舌鼓の次に舌を巻いて、「一体どういう経緯でですか?」と聞いた。
「はい。昔色々とありましてメイドになったのですが、このような顔ですので、あまり重宝されてなかったのです。ですがルーガ様に見出されまして、兵として雇われ、そして騎士へと叙勲されたのです」
貴族のメイドと言えば顔が一様に綺麗なものだ。
接客などもするので、やはり美人を侍らせていれば格が上がるというものである。
それに対してラーツェはあまり美人ではない。
いや、顔のパーツそれ自体は悪いものではないが、いかんせん顔がキツすぎるのである。
美人と言うには愛嬌がなさ過ぎる顔なのだ。
なので、ラーツェは当初雇われた貴族からあまり良い扱いを受けず、もっぱら下っ端メイドの仕事ばかりをさせられていた。
ある日、その屋敷にやってきたルーガはラーツェの手足や眼を見て、戦いの才があると言ったのである。
その後、その貴族からルーガの元へと雇われたという経緯だ。
「だから、ここまで料理が旨いのですね」
ずっと料理をしてきたのであろうとカイエンには容易に想像がついた。
それに、指もよく見たらリーリルに負けず劣らずのひび割れである。
掃除や洗濯の水仕事をよくやっていたのであろう、働き者の手だ。
努力のたまものとも言えた。
ラーツェにとって良い環境ではなかっただろうが、少なくとも今は役に立ってくれている。
こうして、この旅はラーツェとサルハのお陰で不自由の無い旅であった。
もちろん、バンドラの馬車使いも見事なものであったが。
なので、本来は一ヶ月かかる旅程なのに半月後で遠方にハーズルージュの城壁が見える所まで来ることができたのである。
もちろん、半月後で到着出来た理由は他にもあり、例えば、奇跡的に魔物に遭遇しなかった事も挙げられた。
とはいえ、これほどの時間の短縮が出来たのは、ひとえに三人のお陰であろう。
特にリーリルは身重でもあるので、早く着ければ早く着けられるだけリーリルの体にも障らない。
なのでカイエンは三人の働きに心から喜んでいた。
しかし、さあ街道を真っ直ぐに進むだけだという時、ラーツェとサルハが同時に槍を構える。
「バンドラ。気をつけろ」
御者のバンドラへそう言うが、バンドラは全く何が何だか分からずに困惑した。
「野盗だ」
街道の左右には背の高い草。
待ち伏せには最適。
「このような集落の近くでですか?」
バンドラが焦ったように聞く。
ハーズルージュにほど近いのに関わらず野盗とは確かに奇妙である。
領主の在住する町というものは、当然兵士も多いので治安が良いものであるが、なぜ野盗が跋扈するというのか。
「妙だが、事実だ」
ゆっくり馬と馬車が動く。
ラーツェとサルハは周囲を警戒し、バンドラはビクビクとしていた。
その時、ガサガサと左右の草が揺れる。
「バンドラ! 走れ!」
サルハが声を張り上げ、バンドラは手綱で馬の背をはたいた。
「カイエン様! 掴まっててくだされ!」
バンドラはそう言い、馬車がぐんと速度を上げる。
サルハはすぐさまラーツェへ右前に位地取るよう指示し、自身は馬車の左後方へ位置した。
すぐさま左右の草から布で顔を隠した野盗が姿を現すが、突然の加速に置いてけぼりになっている。
バンドラが本当に居たと思いながらも野盗を置いてけぼりにできてホッと胸を撫で下ろした。
が、サルハはまだ来るぞと叫ぶ。
果たして、ザザザと前方の茂みが揺れると槍を持った野盗が現れて道を塞いだ。
野盗が持つ槍は、槍といっても丈夫な木の棒にナイフを付けただけの簡易槍であった。
彼らが槍を突き出して止まれと言うが速いか、ラーツェは槍をしごき、道を塞いでいた野盗を即座に突き殺す。
彼女はその手応えのなさに驚いた。
あまりに弱すぎる。
しかし、左右の茂みの揺れを見れば、恐らくは三十人近く居るであろう。
野盗でそれだけ数が居ると言うことは、安定して略奪が行えるかなり手練れの集団と言う事を示す。
しかし、数が多い割に弱い。
まるで新興の盗賊団のような弱さにラーツェは奇妙に感じた。
すると、左側面の茂みより馬が併走してくる。
同じく顔に布を巻いているが、筋骨隆々の男で、明らかに風格が違う。
今度はサルハがその男へ槍を突く。
しかし、男は槍をガシリと掴んで止めてしまった。
男が不敵な笑みを浮かべて槍を引いた瞬間、サルハは槍をパッと離す。
引いた勢いで男の姿勢が崩れる。
サルハは手綱を左へ引き、馬体を男の馬へぶつけた。
男の体勢がさらに崩れるやいなや、サルハは腰の剣を引き抜き、男の頭を脳天から真っ二つに斬り捨てた。
頭が二つに裂けた男の体が茂みの中へドウッと倒れる。
茂みの中から悲鳴が上がり、引いていくさざ波のように野盗達は逃げていった。
先の男がリーダー格の男であったのであろう。
その男が倒されて戦意を喪失したと見える。
バンドラは「お見事です」と満面の笑みと安堵のため息をついた。
サルハはそんなバンドラへ、油断はできないからこのまま急いでハーズルージュへ向かうように言う。
バンドラはまた襲われては堪らないと馬の背を手綱で打った。
その速度を落とさずに進む馬車の中から、カイエンは外を見ている。
先ほどの男が乗っていた馬が、興奮状態で茂みを駆けていくのが見えた。
力強い足の筋肉の馬が、どうやら血を見て興奮しているようだ。
カイエンはその馬が戦い慣れしていない農耕馬だと気付いた。
さらにあの野盗達の様子からして、恐らくあの野盗達は周辺の集落の村人達に違いないと思う。
数からして集落まるまる野盗となったのであろうか?
なぜ村人達が野盗達などになったのか?
考えるカイエンを乗せて、馬車はハーズルージュへ到着するのであった。
貴族が新領地へ赴任するための旅立ちならば、通常、見送りは兵士や王城に務める貴族達が集まって豪勢に行われるものであるが、今日の見送りはニルエド達カイエンの両親とメイド達だけであった。
王城の貴族達にとって、やはりカイエンの往く末など興味も無いのだろう。
御者はその見送りを見て「うへえ。貴族の見送りでこんな人が少ないのは初めてだ」とぼやいた。
この御者はカイエン達が王都へ来たときと同じ、あのバンドラだ。
しかし、来たときに比べて彼の顔は優れない。
それもそのはず、カイエンのような落ちぶれていくだけの男を乗せても彼の評価に繋がらないのだからやる気など出ようはずも無いのだ。
バンドラは馬車の中から楽しげに聞こえる家族の談笑を尻目に、溜息を付いていた。
恐ろしい統治能力で人並み外れた開拓をした期待の領主と聞いていたのに、蓋を開けてみればこんな楽観おとぼけ領主とは。
こんな人のために二度も働いた所で、貴族に私の良い評価なんて届くものか。
そんな溜息であった。
しかし、馬車の左右に馬を並べる二人の騎士は違う。
やる気に満ち溢れた眼で周囲を旺盛に警戒し、何かあれば即応する態勢であった。
この二人は主の命によりカイエンの与力として配下となったのであるからして、カイエンへいかに助力するかによって相手の主よりも自分の主の方が上だと示そうとしている。
カイエン達家族の自分への評価こそが主の評価となる。
役に立つと思われればこそ、主の命をより忠実にこなしたということ。
二人の騎士は対抗心を燃やしていた。
休憩の時には、いかに自分や主が素晴らしいかをカイエン達家族へ話したりする。
例えばラーツェは猛将として名高いルーガがいかに勇猛果敢であるかを話し、ルーガ直々に手ほどきを受けた自分を頼って欲しいと自慢した。
そんなラーツェにサニヤは「お父様の事をいじめた技で?」とツンケンとした態度で言うため、ラーツェは黙ってしまった。
それ見たことかと、今度はサルハが主と自分の話をする。
主テュエルは戦武者のルーガと違い、内政や外交の腕前も評価され、ルーガよりも階級が上だと言う。
ルーガは内政や外交下手であり、戦手柄はあるのに爵位は男爵の位なのだが、テュエルは子爵であった。
さらに、サルハはテュエルから準女男爵の位を戴いているため、序列もラーツェより上だと自慢した。
「肩書きばっかりじゃん。お父様は小さい村の領主だったけど、誰よりも凄いもん」
またサニヤがそう言うので、サルハは肩書きを話すばかりで実力を話さなかった自分を恥じて黙ってしまう。
そんなサニヤをカイエンはたしなめる。
ルーガは誰よりも心優しく、自分を殴り続けた時も、本当は助けようとしてくれたのだと。
また、爵位の授与とは血筋によって与えられもするが、ルーガもテュエルも跡取りでは無いため、爵位を自分で勝ち取った彼らの実力なのだと説明した。
「なんでお父様はあんな奴らの味方するの!」
サニヤはそんなカイエンの態度が気に入らなくて、ついには怒鳴ってしまう。
「そうだな。サニヤは僕の味方になってくれてるのに、僕がルーガやテュエルの味方をしたら駄目だよな」
サニヤの頭を撫でながらカイエンは「でも」と言葉を続ける。
「サニヤもルーガも、テュエルも、皆味方なんだよ」
サニヤは納得出来ないみたいにツーンと唇を尖らせて「私、別にお父様の味方じゃないし」と呟くのであった。
サニヤはまだ若く、感情の整理がつかないきらいがある。
カイエンへの想いでさえも好き嫌いの間で揺れ動く矛盾の感情なのに、なんでルーガやテュエルを味方だと肯定できようか。
そんなサニヤをリーリルは抱き寄せて、微笑んだ。
サニヤはムウッと不愉快そうな声を出したものの、リーリルの体にもたれ掛かってリラックスした。
なんだかんだと言いつつ、リーリルに抱かれていると安心するのだろう。
「やめてよ。お母様」
「やめなーい」
リーリルが意地悪くクスクスと笑うと、サニヤはふんっと鼻を鳴らした。
カイエン達家族のいつもの風景だ。
しかし、ラーツェとサルハはそんな風景を見て「娘様が不機嫌だ。なんとか機嫌をとらねば」と思う。
自慢話では信頼を勝ち取れない。信頼は行動で示さねば得られないと気付いた二人は、先にサニヤの機嫌をとった方が勝ちだと思うのであった。
休憩後の道程では、ラーツェとサルハの争いは激化する。
激化と言っても目に見える戦いでは無い。
水面下の争いである。
近くに茂みがあれば魔物か猛獣が居ないか見てくると言い、
土の道になると、ぬかるみや倒木で進行不能になってないか見てくると言う。
また、休憩になればラーツェはすぐさまお茶を点てた。
水を沸かし、腰の袋から茶葉を取り出す。
「お茶をどうぞ。紅茶でございます」
カイエンとリーリルはありがとうと紅茶を受け取ったが、サニヤは「牛乳が良い」と不機嫌に紅茶を受け取った。
おまけに、紅茶が熱いと文句を言う始末である。
「サニヤ。せっかく淹れてくれたのだから、ありがとうと言って、文句を言っちゃダメよ」
リーリルに諭されたサニヤはふんっと鼻を鳴らして「ありがとう」と不服な顔で言った。
肩を落とすラーツェの次にサルハは「それではおやつを取って見せましょう」と弓に矢をつがえ、ピュンと小鳥を射殺す。
「皮を塩で味付けにして焼くと、これがカリカリで美味しいのです」
したり顔でカイエン達家族へ見せるが、サニヤは「おやつだったら野イチゴとか食べれば良いじゃん。何も殺さなくてもさ」と言うのであった。
これにサルハは顔を俯かせて「申し訳ありません」と謝る。
そんなサルハにリーリルは「せっかくですから食べましょう」と言った。
塩をまぶして焚き火で小鳥を焼くと、なんだかんだとサニヤは小鳥を食べている。
「サルハさんの取った小鳥は美味しいわね。サニヤ」とリーリルが聞けば「美味しくない」と言ってポリポリと小さな口を動かして食べたのであった。
なんだか空回り気味なラーツェとサルハであるが、彼女達の行為は決して無駄な行いでは無い。
カイエン達にとってどれほど助かっている事か。
しかし、ただ、サニヤがラーツェとサルハを毛嫌いしているから、まるで空回りをしているように見えるだけなのだ。
ある時には茂みに待ち伏せをしていた大型猫科の猛獣をいち早く見つけて槍で突き殺した。
またある時には、森林の中を進もうとした時に蜂の巣を幾つか見つけ、大事になる前に迂回する事も出来た。
夜になればサルハは手慣れた様子で火を付ける。
火付けは旅において非常に重要な特技で有り、火付けの得意な者は重宝されやすい。
一方ラーツェは手慣れた様子で料理を作った。
彼女の馬荷には様々な調味料があり、それで料理をするのである。
干しキャベツと乾し肉のスープで、非常に簡素な料理であるが、調味料を良いバランスで入れたこのスープに、黒パンを浸して食べると……もう!
これにはさすがのサニヤも文句の付けようが無かったのか、憎まれ口一つ無く渋い顔で黙って、黒パンを三個も食べてしまった。
このスープを飲んだサルハもあまりのおいしさに歯噛みして悔しがる程である。
「お母さんの料理も負けるかも」
リーリルもモグモグと食べて、マーサ以上の美味しさかも知れないと思うのであった。
「騎士なのにこれほどの料理が出来るなんて珍しいですね」
カイエンもまた舌鼓を打つ。
「私は騎士になる前、メイドだったのです。その時の経験が役に立てて嬉しく思います」
昔取った杵柄というものだ。
だが、メイドから騎士とは驚くべき出世だろう。
カイエンは舌鼓の次に舌を巻いて、「一体どういう経緯でですか?」と聞いた。
「はい。昔色々とありましてメイドになったのですが、このような顔ですので、あまり重宝されてなかったのです。ですがルーガ様に見出されまして、兵として雇われ、そして騎士へと叙勲されたのです」
貴族のメイドと言えば顔が一様に綺麗なものだ。
接客などもするので、やはり美人を侍らせていれば格が上がるというものである。
それに対してラーツェはあまり美人ではない。
いや、顔のパーツそれ自体は悪いものではないが、いかんせん顔がキツすぎるのである。
美人と言うには愛嬌がなさ過ぎる顔なのだ。
なので、ラーツェは当初雇われた貴族からあまり良い扱いを受けず、もっぱら下っ端メイドの仕事ばかりをさせられていた。
ある日、その屋敷にやってきたルーガはラーツェの手足や眼を見て、戦いの才があると言ったのである。
その後、その貴族からルーガの元へと雇われたという経緯だ。
「だから、ここまで料理が旨いのですね」
ずっと料理をしてきたのであろうとカイエンには容易に想像がついた。
それに、指もよく見たらリーリルに負けず劣らずのひび割れである。
掃除や洗濯の水仕事をよくやっていたのであろう、働き者の手だ。
努力のたまものとも言えた。
ラーツェにとって良い環境ではなかっただろうが、少なくとも今は役に立ってくれている。
こうして、この旅はラーツェとサルハのお陰で不自由の無い旅であった。
もちろん、バンドラの馬車使いも見事なものであったが。
なので、本来は一ヶ月かかる旅程なのに半月後で遠方にハーズルージュの城壁が見える所まで来ることができたのである。
もちろん、半月後で到着出来た理由は他にもあり、例えば、奇跡的に魔物に遭遇しなかった事も挙げられた。
とはいえ、これほどの時間の短縮が出来たのは、ひとえに三人のお陰であろう。
特にリーリルは身重でもあるので、早く着ければ早く着けられるだけリーリルの体にも障らない。
なのでカイエンは三人の働きに心から喜んでいた。
しかし、さあ街道を真っ直ぐに進むだけだという時、ラーツェとサルハが同時に槍を構える。
「バンドラ。気をつけろ」
御者のバンドラへそう言うが、バンドラは全く何が何だか分からずに困惑した。
「野盗だ」
街道の左右には背の高い草。
待ち伏せには最適。
「このような集落の近くでですか?」
バンドラが焦ったように聞く。
ハーズルージュにほど近いのに関わらず野盗とは確かに奇妙である。
領主の在住する町というものは、当然兵士も多いので治安が良いものであるが、なぜ野盗が跋扈するというのか。
「妙だが、事実だ」
ゆっくり馬と馬車が動く。
ラーツェとサルハは周囲を警戒し、バンドラはビクビクとしていた。
その時、ガサガサと左右の草が揺れる。
「バンドラ! 走れ!」
サルハが声を張り上げ、バンドラは手綱で馬の背をはたいた。
「カイエン様! 掴まっててくだされ!」
バンドラはそう言い、馬車がぐんと速度を上げる。
サルハはすぐさまラーツェへ右前に位地取るよう指示し、自身は馬車の左後方へ位置した。
すぐさま左右の草から布で顔を隠した野盗が姿を現すが、突然の加速に置いてけぼりになっている。
バンドラが本当に居たと思いながらも野盗を置いてけぼりにできてホッと胸を撫で下ろした。
が、サルハはまだ来るぞと叫ぶ。
果たして、ザザザと前方の茂みが揺れると槍を持った野盗が現れて道を塞いだ。
野盗が持つ槍は、槍といっても丈夫な木の棒にナイフを付けただけの簡易槍であった。
彼らが槍を突き出して止まれと言うが速いか、ラーツェは槍をしごき、道を塞いでいた野盗を即座に突き殺す。
彼女はその手応えのなさに驚いた。
あまりに弱すぎる。
しかし、左右の茂みの揺れを見れば、恐らくは三十人近く居るであろう。
野盗でそれだけ数が居ると言うことは、安定して略奪が行えるかなり手練れの集団と言う事を示す。
しかし、数が多い割に弱い。
まるで新興の盗賊団のような弱さにラーツェは奇妙に感じた。
すると、左側面の茂みより馬が併走してくる。
同じく顔に布を巻いているが、筋骨隆々の男で、明らかに風格が違う。
今度はサルハがその男へ槍を突く。
しかし、男は槍をガシリと掴んで止めてしまった。
男が不敵な笑みを浮かべて槍を引いた瞬間、サルハは槍をパッと離す。
引いた勢いで男の姿勢が崩れる。
サルハは手綱を左へ引き、馬体を男の馬へぶつけた。
男の体勢がさらに崩れるやいなや、サルハは腰の剣を引き抜き、男の頭を脳天から真っ二つに斬り捨てた。
頭が二つに裂けた男の体が茂みの中へドウッと倒れる。
茂みの中から悲鳴が上がり、引いていくさざ波のように野盗達は逃げていった。
先の男がリーダー格の男であったのであろう。
その男が倒されて戦意を喪失したと見える。
バンドラは「お見事です」と満面の笑みと安堵のため息をついた。
サルハはそんなバンドラへ、油断はできないからこのまま急いでハーズルージュへ向かうように言う。
バンドラはまた襲われては堪らないと馬の背を手綱で打った。
その速度を落とさずに進む馬車の中から、カイエンは外を見ている。
先ほどの男が乗っていた馬が、興奮状態で茂みを駆けていくのが見えた。
力強い足の筋肉の馬が、どうやら血を見て興奮しているようだ。
カイエンはその馬が戦い慣れしていない農耕馬だと気付いた。
さらにあの野盗達の様子からして、恐らくあの野盗達は周辺の集落の村人達に違いないと思う。
数からして集落まるまる野盗となったのであろうか?
なぜ村人達が野盗達などになったのか?
考えるカイエンを乗せて、馬車はハーズルージュへ到着するのであった。
34
あなたにおすすめの小説
騎士団の繕い係
あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる