没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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1章・家族の絆

道程

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 カイエン、リーリル、サニヤを乗せた馬車が王都ラクマージを出発してハーズルージュへ向かう。

 貴族が新領地へ赴任するための旅立ちならば、通常、見送りは兵士や王城に務める貴族達が集まって豪勢に行われるものであるが、今日の見送りはニルエド達カイエンの両親とメイド達だけであった。

 王城の貴族達にとって、やはりカイエンの往く末など興味も無いのだろう。

 御者はその見送りを見て「うへえ。貴族の見送りでこんな人が少ないのは初めてだ」とぼやいた。

 この御者はカイエン達が王都へ来たときと同じ、あのバンドラだ。

 しかし、来たときに比べて彼の顔は優れない。
 それもそのはず、カイエンのような落ちぶれていくだけの男を乗せても彼の評価に繋がらないのだからやる気など出ようはずも無いのだ。
 
 バンドラは馬車の中から楽しげに聞こえる家族の談笑を尻目に、溜息を付いていた。

 恐ろしい統治能力で人並み外れた開拓をした期待の領主と聞いていたのに、蓋を開けてみればこんな楽観おとぼけ領主とは。
 こんな人のために二度も働いた所で、貴族に私の良い評価なんて届くものか。

 そんな溜息であった。

 しかし、馬車の左右に馬を並べる二人の騎士は違う。
 やる気に満ち溢れた眼で周囲を旺盛に警戒し、何かあれば即応する態勢であった。

 この二人は主の命によりカイエンの与力として配下となったのであるからして、カイエンへいかに助力するかによって相手の主よりも自分の主の方が上だと示そうとしている。

 カイエン達家族の自分への評価こそが主の評価となる。
 役に立つと思われればこそ、主の命をより忠実にこなしたということ。
 
 二人の騎士は対抗心を燃やしていた。

 休憩の時には、いかに自分や主が素晴らしいかをカイエン達家族へ話したりする。
 例えばラーツェは猛将として名高いルーガがいかに勇猛果敢であるかを話し、ルーガ直々に手ほどきを受けた自分を頼って欲しいと自慢した。

 そんなラーツェにサニヤは「お父様の事をいじめた技で?」とツンケンとした態度で言うため、ラーツェは黙ってしまった。

 それ見たことかと、今度はサルハが主と自分の話をする。
 主テュエルは戦武者のルーガと違い、内政や外交の腕前も評価され、ルーガよりも階級が上だと言う。

 ルーガは内政や外交下手であり、戦手柄はあるのに爵位は男爵の位なのだが、テュエルは子爵であった。
 
 さらに、サルハはテュエルから準女男爵の位を戴いているため、序列もラーツェより上だと自慢した。

「肩書きばっかりじゃん。お父様は小さい村の領主だったけど、誰よりも凄いもん」

 またサニヤがそう言うので、サルハは肩書きを話すばかりで実力を話さなかった自分を恥じて黙ってしまう。

 そんなサニヤをカイエンはたしなめる。
 ルーガは誰よりも心優しく、自分を殴り続けた時も、本当は助けようとしてくれたのだと。
 また、爵位の授与とは血筋によって与えられもするが、ルーガもテュエルも跡取りでは無いため、爵位を自分で勝ち取った彼らの実力なのだと説明した。

「なんでお父様はあんな奴らの味方するの!」

 サニヤはそんなカイエンの態度が気に入らなくて、ついには怒鳴ってしまう。

「そうだな。サニヤは僕の味方になってくれてるのに、僕がルーガやテュエルの味方をしたら駄目だよな」

 サニヤの頭を撫でながらカイエンは「でも」と言葉を続ける。

「サニヤもルーガも、テュエルも、皆味方なんだよ」
 
 サニヤは納得出来ないみたいにツーンと唇を尖らせて「私、別にお父様の味方じゃないし」と呟くのであった。

 サニヤはまだ若く、感情の整理がつかないきらいがある。
 カイエンへの想いでさえも好き嫌いの間で揺れ動く矛盾の感情なのに、なんでルーガやテュエルを味方だと肯定できようか。

 そんなサニヤをリーリルは抱き寄せて、微笑んだ。

 サニヤはムウッと不愉快そうな声を出したものの、リーリルの体にもたれ掛かってリラックスした。

 なんだかんだと言いつつ、リーリルに抱かれていると安心するのだろう。

「やめてよ。お母様」
「やめなーい」

 リーリルが意地悪くクスクスと笑うと、サニヤはふんっと鼻を鳴らした。

 カイエン達家族のいつもの風景だ。

 しかし、ラーツェとサルハはそんな風景を見て「娘様が不機嫌だ。なんとか機嫌をとらねば」と思う。
 自慢話では信頼を勝ち取れない。信頼は行動で示さねば得られないと気付いた二人は、先にサニヤの機嫌をとった方が勝ちだと思うのであった。

 休憩後の道程では、ラーツェとサルハの争いは激化する。
 激化と言っても目に見える戦いでは無い。
 水面下の争いである。

 近くに茂みがあれば魔物か猛獣が居ないか見てくると言い、
 土の道になると、ぬかるみや倒木で進行不能になってないか見てくると言う。

 また、休憩になればラーツェはすぐさまお茶を点てた。
 水を沸かし、腰の袋から茶葉を取り出す。

「お茶をどうぞ。紅茶でございます」

 カイエンとリーリルはありがとうと紅茶を受け取ったが、サニヤは「牛乳が良い」と不機嫌に紅茶を受け取った。

 おまけに、紅茶が熱いと文句を言う始末である。

「サニヤ。せっかく淹れてくれたのだから、ありがとうと言って、文句を言っちゃダメよ」

 リーリルに諭されたサニヤはふんっと鼻を鳴らして「ありがとう」と不服な顔で言った。

 肩を落とすラーツェの次にサルハは「それではおやつを取って見せましょう」と弓に矢をつがえ、ピュンと小鳥を射殺す。

「皮を塩で味付けにして焼くと、これがカリカリで美味しいのです」

 したり顔でカイエン達家族へ見せるが、サニヤは「おやつだったら野イチゴとか食べれば良いじゃん。何も殺さなくてもさ」と言うのであった。

 これにサルハは顔を俯かせて「申し訳ありません」と謝る。
 そんなサルハにリーリルは「せっかくですから食べましょう」と言った。

 塩をまぶして焚き火で小鳥を焼くと、なんだかんだとサニヤは小鳥を食べている。

「サルハさんの取った小鳥は美味しいわね。サニヤ」とリーリルが聞けば「美味しくない」と言ってポリポリと小さな口を動かして食べたのであった。

 なんだか空回り気味なラーツェとサルハであるが、彼女達の行為は決して無駄な行いでは無い。
 カイエン達にとってどれほど助かっている事か。
 しかし、ただ、サニヤがラーツェとサルハを毛嫌いしているから、まるで空回りをしているように見えるだけなのだ。

 ある時には茂みに待ち伏せをしていた大型猫科の猛獣をいち早く見つけて槍で突き殺した。
 またある時には、森林の中を進もうとした時に蜂の巣を幾つか見つけ、大事になる前に迂回する事も出来た。

 夜になればサルハは手慣れた様子で火を付ける。
 火付けは旅において非常に重要な特技で有り、火付けの得意な者は重宝されやすい。

 一方ラーツェは手慣れた様子で料理を作った。
 彼女の馬荷には様々な調味料があり、それで料理をするのである。

 干しキャベツと乾し肉のスープで、非常に簡素な料理であるが、調味料を良いバランスで入れたこのスープに、黒パンを浸して食べると……もう!
 これにはさすがのサニヤも文句の付けようが無かったのか、憎まれ口一つ無く渋い顔で黙って、黒パンを三個も食べてしまった。

 このスープを飲んだサルハもあまりのおいしさに歯噛みして悔しがる程である。

「お母さんの料理も負けるかも」

 リーリルもモグモグと食べて、マーサ以上の美味しさかも知れないと思うのであった。

「騎士なのにこれほどの料理が出来るなんて珍しいですね」

 カイエンもまた舌鼓を打つ。

「私は騎士になる前、メイドだったのです。その時の経験が役に立てて嬉しく思います」

 昔取った杵柄というものだ。
 だが、メイドから騎士とは驚くべき出世だろう。

 カイエンは舌鼓の次に舌を巻いて、「一体どういう経緯でですか?」と聞いた。

「はい。昔色々とありましてメイドになったのですが、このような顔ですので、あまり重宝されてなかったのです。ですがルーガ様に見出されまして、兵として雇われ、そして騎士へと叙勲されたのです」

 貴族のメイドと言えば顔が一様に綺麗なものだ。
 接客などもするので、やはり美人を侍らせていれば格が上がるというものである。
 それに対してラーツェはあまり美人ではない。
 いや、顔のパーツそれ自体は悪いものではないが、いかんせん顔がキツすぎるのである。
 
 美人と言うには愛嬌がなさ過ぎる顔なのだ。

 なので、ラーツェは当初雇われた貴族からあまり良い扱いを受けず、もっぱら下っ端メイドの仕事ばかりをさせられていた。
 ある日、その屋敷にやってきたルーガはラーツェの手足や眼を見て、戦いの才があると言ったのである。
 その後、その貴族からルーガの元へと雇われたという経緯だ。

「だから、ここまで料理が旨いのですね」

 ずっと料理をしてきたのであろうとカイエンには容易に想像がついた。
 それに、指もよく見たらリーリルに負けず劣らずのひび割れである。
 掃除や洗濯の水仕事をよくやっていたのであろう、働き者の手だ。
 
 努力のたまものとも言えた。
 ラーツェにとって良い環境ではなかっただろうが、少なくとも今は役に立ってくれている。

 こうして、この旅はラーツェとサルハのお陰で不自由の無い旅であった。
 もちろん、バンドラの馬車使いも見事なものであったが。

 なので、本来は一ヶ月かかる旅程なのに半月後で遠方にハーズルージュの城壁が見える所まで来ることができたのである。
 もちろん、半月後で到着出来た理由は他にもあり、例えば、奇跡的に魔物に遭遇しなかった事も挙げられた。
 とはいえ、これほどの時間の短縮が出来たのは、ひとえに三人のお陰であろう。

 特にリーリルは身重でもあるので、早く着ければ早く着けられるだけリーリルの体にも障らない。
 なのでカイエンは三人の働きに心から喜んでいた。

 しかし、さあ街道を真っ直ぐに進むだけだという時、ラーツェとサルハが同時に槍を構える。

「バンドラ。気をつけろ」

 御者のバンドラへそう言うが、バンドラは全く何が何だか分からずに困惑した。

「野盗だ」

 街道の左右には背の高い草。
 待ち伏せには最適。

「このような集落の近くでですか?」

 バンドラが焦ったように聞く。
 ハーズルージュにほど近いのに関わらず野盗とは確かに奇妙である。

 領主の在住する町というものは、当然兵士も多いので治安が良いものであるが、なぜ野盗が跋扈するというのか。

「妙だが、事実だ」

 ゆっくり馬と馬車が動く。
 ラーツェとサルハは周囲を警戒し、バンドラはビクビクとしていた。

 その時、ガサガサと左右の草が揺れる。

「バンドラ! 走れ!」

 サルハが声を張り上げ、バンドラは手綱で馬の背をはたいた。

「カイエン様! 掴まっててくだされ!」

 バンドラはそう言い、馬車がぐんと速度を上げる。

 サルハはすぐさまラーツェへ右前に位地取るよう指示し、自身は馬車の左後方へ位置した。

 すぐさま左右の草から布で顔を隠した野盗が姿を現すが、突然の加速に置いてけぼりになっている。

 バンドラが本当に居たと思いながらも野盗を置いてけぼりにできてホッと胸を撫で下ろした。
 が、サルハはまだ来るぞと叫ぶ。

 果たして、ザザザと前方の茂みが揺れると槍を持った野盗が現れて道を塞いだ。

 野盗が持つ槍は、槍といっても丈夫な木の棒にナイフを付けただけの簡易槍であった。

 彼らが槍を突き出して止まれと言うが速いか、ラーツェは槍をしごき、道を塞いでいた野盗を即座に突き殺す。

 彼女はその手応えのなさに驚いた。
 あまりに弱すぎる。

 しかし、左右の茂みの揺れを見れば、恐らくは三十人近く居るであろう。
 野盗でそれだけ数が居ると言うことは、安定して略奪が行えるかなり手練れの集団と言う事を示す。
 しかし、数が多い割に弱い。
 まるで新興の盗賊団のような弱さにラーツェは奇妙に感じた。

 すると、左側面の茂みより馬が併走してくる。
 同じく顔に布を巻いているが、筋骨隆々の男で、明らかに風格が違う。

 今度はサルハがその男へ槍を突く。
 しかし、男は槍をガシリと掴んで止めてしまった。

 男が不敵な笑みを浮かべて槍を引いた瞬間、サルハは槍をパッと離す。
 
 引いた勢いで男の姿勢が崩れる。
 サルハは手綱を左へ引き、馬体を男の馬へぶつけた。

 男の体勢がさらに崩れるやいなや、サルハは腰の剣を引き抜き、男の頭を脳天から真っ二つに斬り捨てた。
  
 頭が二つに裂けた男の体が茂みの中へドウッと倒れる。
 
 茂みの中から悲鳴が上がり、引いていくさざ波のように野盗達は逃げていった。

 先の男がリーダー格の男であったのであろう。
 その男が倒されて戦意を喪失したと見える。

 バンドラは「お見事です」と満面の笑みと安堵のため息をついた。

 サルハはそんなバンドラへ、油断はできないからこのまま急いでハーズルージュへ向かうように言う。

 バンドラはまた襲われては堪らないと馬の背を手綱で打った。
 その速度を落とさずに進む馬車の中から、カイエンは外を見ている。

 先ほどの男が乗っていた馬が、興奮状態で茂みを駆けていくのが見えた。
 力強い足の筋肉の馬が、どうやら血を見て興奮しているようだ。

 カイエンはその馬が戦い慣れしていない農耕馬だと気付いた。
 
 さらにあの野盗達の様子からして、恐らくあの野盗達は周辺の集落の村人達に違いないと思う。

 数からして集落まるまる野盗となったのであろうか?
 なぜ村人達が野盗達などになったのか?

 考えるカイエンを乗せて、馬車はハーズルージュへ到着するのであった。
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