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2章・父の戦い
謝罪
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そもそもの話しをしよう。
遡って昼間だ。
サニヤが屋敷を勝手に抜け出した時だ。
サニヤは通りを歩いて、ハーズルージュの外へと向かっていたのである。
ちょうど肉屋の前を差し掛かった時、肉屋の窓からサニヤを見る女の子に気付いたのだ。
サニヤが女の子に手を振ると、女の子も笑顔で手を振り替えした。
「そこにいると危ないよ。入って来なよ」
女の子が言って、サニヤは肉屋へ入ると、肉屋の店主はサニヤを快くもてなしたのだ。
どこの子か聞く店主に、サニヤはカイエンの娘と答える。
しかし、肉屋はカイエンの事を知らなかった。
なので、町の新顔に違いないと思ったのである。
この時、既に店主はサニヤの事を狙っていたのだ。
また、女の子はなぜサニヤが外を一人で歩いていたのか聞くので、サニヤは、お母様の好きだった木の実や葉っぱを採ってくるのだと答えた。
そして、お父様とお母様に守られっぱなしなのが嫌なのだとも語る。
サニヤはこの町の人達が怖かった。
だが、カイエンやリーリルと居ると安心出来たのであり、それがサニヤにとっては屈辱だったのである。
いつもカイエンやリーリルを困らせるような事をしておきながら、いざとなればカイエンやリーリルに保護されている自分が許せなかったのだ。
だから、一人で、リーリルを、助けたかったのである。
その話しを聞いた店主は膝を打って、「もしも親となにかあったら、うちに来なよ」と言ったのだ。
「うちならいつでも歓迎だからな」と言って、カウンターへ向かう。
この店主は、反抗期の子供が些細なことでいつだって親と喧嘩する事を知っていた。
そして、サニヤの自立心が高いことにも気付き、そして、罠を用意したのだ。
何かあった時、サニヤがこの肉屋を頼るように罠をかけたのである。
だが、この店主は必ずしも悪人と断言できる人間とは言い切れない。
「お父さんね。今、色々と大変なんだ」
店主の娘はサニヤにそう言ったのだ。
この娘の話では、この店にはよく泥棒が入るのだという。
店主は夜半に起きて、泥棒が入ってこないように警戒するが、しかし、少し寝た隙に泥棒が入ってきてしまう。
だから、この肉屋は大変なんだけど、でも、お父さんは絶対に私の事を見捨てないんだ! と、娘は楽しそうに語ったのだ。
そう、店主は娘を一人抱え、金が無くては生きることも出来ないのであるが、しかし、娘を見捨てる事は絶対にしなかったのである。
代わりに、子供を攫って近隣の村へ売っていたのだ。
これは娘も知らない事であるし、肉屋の店主も必死に隠していた事であるが。
仕方がなかった。
生活するためにはこうするしかなかったのだ。
せっかくまともな仕事をしていても、泥棒が何もかも持っていくのだ。
犯罪に手を染める以外に道は無かった……。
その後、娘から木の実や葉っぱの生えてそうな所を教えて貰い、サニヤは肉屋を出たのである。
「また今度遊ぼうね」と約束して……。
こうして、ベリーやハーブを手に入れたサニヤであるが、数刻前に喧嘩をして、屋敷を飛び出したサニヤは肉屋へ向かい、そのまま肉屋に捕まってしまったのである。
――全体の話は、このような話であった。
「もう良い。殺すなら殺してくれ。だけど娘だけは助けてやってくれ。あんたの娘を攫っといて虫のいい話だとは分かってるけど……俺の宝なんだ……」
店主は苦しそうに呻きながら、死んだ妻との間に出来た一粒種だと絞り出すように言う。
カイエンは店主へ剣を向けたまま考えた。
もしもこの肉屋の立場であったらどうしていただろうか? と。
きっとサニヤを助けるために、僕も他人の子供へ手を出すかもしれない。
そう考えた。
しかし、それでも。
それでもだ。
サニヤに手を出したことを許せないし、罪には罰を与えねばならぬ。
この男を見せしめに殺し、この町の犯罪者が少しでも恐怖するならそれで良いのだ。
「お父様! ダメだよ! だって、家族のためにやったんじゃん! 仕方なかったって言ってるじゃん! 悪いのはお金を盗った人でしょ!」
サニヤがカイエンの剣を持つ手を掴んで、必死に止めようとする。
カイエンだって、この男が必ずしも悪いとは言い切れない事を知っていた。
治安が悪ければ、それだけで、悪事に手を染めねば生きていけない環境なのである。
強いて言えば、この町が悪いのだ。
そして、町を変えるのはカイエンの仕事である。
この男を殺し、町の広場に罪状と共に生首を晒すしか、町を変える方法は無いのだ。
だが、サニヤに止められながら男を見ると、どんどんとヤル気が無くなってくる。
娘の事だけを懇願する哀れな父親が、どうしても憎むことが出来ないのだ。
だが、罪には罰を与えねばならぬ。
そうせねば、ますます悪人はのさばり、善人も悪事に手を出さねばならなくなるのだ。
「お父様!」
サニヤが怒鳴る。
分かってる……。分かってるんだ、サニヤ。
だけど、僕は領主なんだ……。
カイエンは悩んだ。
ギュッと口の中を噛み締め、自分の責務に自己問答したのである。
カイエンが考えに考え、「分かったよ。サニヤ」と言って剣を鞘へ収めるので、店主は脂汗と苦痛を浮かべる顔を意外そうにした。
「僕はあなたを許しましょう」
その言葉に「本当!?」とサニヤが笑顔になる。
友達を裏切らなくて済むという笑顔だろう。
「本当だ」
頷くカイエンは「ただし」と言葉を続ける。
「あなたにはこの町の治安を守って欲しい。そして、あなたのような人を他にも知っているなら、その人にも伝えるんた。『罪を免除する代わりに、領主カイエンの配下として治安を守って欲しい』と」
カイエンが彼の事を考え、そして出した結論であった。
彼は他の誰もが忌避している子供を対象にした犯罪を犯していた、いわば、最悪の人である。
そんな彼の犯罪を免除すると言えば、本当は犯罪などやりたくなかった人達もこぞってやって来るに違いない。
先ず隗より始めよと言う所か。
彼の好待遇を以て、人を集める事にしたのだ。
そして、さらに元犯罪者が犯罪を取り締まる事で治安の回復も見込める。
もちろん、取り締まる人間には信用出来る人が集まらねばならないが、少なくとも、この肉屋の男は信用出来るだろう。
もしも裏切るような事がなれば……その時はきっと見せしめに殺すだろうが、そんな事態にならない事を祈るしかあるまい。
「ありがとう……。ありがとうございます……」
殺されるに違いないと思っていたのであろう男は、涙を流してカイエンに感謝し続けた。
カイエンは、明日またこの肉屋を尋ねる旨を伝える。
逃げたりしたら容赦はしないが、自分に協力するならば、絶対に娘の安心して暮らせる町に変えると約束して、サニヤを連れて帰った。
帰り道は相変わらず酷いもので、酔っぱらいの激しい口論はサニヤに聞かせたくない程口汚い。
時にはサニヤを買いたいなんて言いよってくる、目の焦点の合ってない男が現れたりする。
サニヤは、よくこんな所を自分は通れたものだと思いながらカイエンの腕に抱きついた。
すると、カイエンが大きな手でサニヤの頭を撫でるのだ。
まるで「守ってあげるから大丈夫」と言うように。
安心する。
「……お父様。ごめんなさい」
サニヤは小さな声で呟くように言った。
自分がいかに弱々しく、そして小さく、そして保護されているのかがよく分かったのである。
地下貯蔵庫で身動き取れず、暗闇の中で血と脂の臭いにむせ返っていた恐怖。
そしてカイエンが助けに来てくれた安堵。
自分はただカイエンやリーリルの庇護下で調子に乗ってる生意気な子供なんだとむざむざに感じたのである。
そんなサニヤにカイエンが笑い、「謝るのは僕にじゃ無くて、ラーツェにだろ?」と言うと、サニヤは泣きそうな顔で「許してくれるかな?」とカイエンを見上げる。
「許してくれなくても、謝るしかないさ。サニヤは出来るだろう?」
「うん……。だって私が悪いんだもん」
とはいえ、ラーツェならきっと許してくれるだろう。
許してくれなければ、自分も一緒に謝ろうとカイエンは思いながら、ついに屋敷へと到着した。
サニヤが深呼吸をしていると、カイエンが優しく彼女の背中に手を添える。
その手に勇気を貰ったサニヤは玄関を開けて屋敷へ入った。
カイエンが「たぶん、ラーツェはリーリルの所に居るよ」と言うので、階段を上がって夫婦の寝室へ。
カチャッと扉を開けると、ベッドに横になるリーリルとベッドの脇に立つラーツェが居た。
「ああ。お嬢様。良かった。リーリル様。サニヤ様が戻られました」
リーリルは唇をキュッと結んだまま、サニヤを見る。
「分かってるよ。お母様」とサニヤは思いながらラーツェの前へ立ち、頭をペコリと下げた。
「ラーツェ。ごめんなさい。私、酷い事言って……ラーツェを傷付けた」
ラーツェは突然の謝罪に少し戸惑ったが、すぐに微笑み、膝を曲げて片膝つくと、「ありがとうございます。謝っていただけて、私の哀しみも癒えました」と答える。
許して貰えた事が嬉しかったサニヤは安堵の感情と、もし許されなかった時の不安とが入り乱れて、涙がほろほろと流れた。
鼻水まで流して、顔をくしゃくしゃにしながら「本当にごめんなさいでしたぁ」と、もう一度謝罪する。
謝罪しながらも、心の中で思うのは許されて良かったという気持ちだ。
良かった。許されなかったらどうしようかと思った……。良かった……。
「大丈夫です。サニヤ様がとても反省して下さった事は分かりましたから」
ラーツェになだめられながらサニヤは顔を上げる。
そして、しゃくり上げながらリーリルを見ると「お母様にも、ごめんなさい」と言う。
すると、リーリルは真一文字に結んでいた唇を微笑ませて「よく謝れたわね。いらっしゃい」とベッドの端をポンポンと叩くので、サニヤはベッドの端へ乗った。
「反省できて偉いわ」
しゃくり上げて泣きじゃくるサニヤを優しく抱きしめると、その頭を撫でる。
サニヤはリーリルの胸に顔をうずめて、ずっとごめんなさいごめんなさいと言い続けると、やがて泣き疲れて眠った。
ラーツェがサニヤを部屋へ連れて行こうとするが、リーリルは「今晩は良いわ」と言って、サニヤの靴を脱がせるとベッドに横へさせる。
「今晩だけ、一緒に寝たいの」と、リーリルが言うので、ラーツェは「かしこまりました」と微笑んだ。
カイエンも、リーリルとサニヤの二人を見て微笑ましく思う。
カイエンは、少しずつだが家族の仲が良くなってきていると感じた。
そりゃ家族なんだから喧嘩くらいするさ。喧嘩の後、仲直り出来ればそれで良いんだと思うのであった。
「ところであなた」
リーリルがサニヤの頭を撫でながらカイエンへ語りかける。
「なんだい?」
「サルハはどうしたの? 見えないけれど……」
「あ」
すっかり忘れていた。
カイエンが大急ぎで夜の町へ繰り出すと、大通りにて女狙いの暴漢や悪漢を相手に大立回りを演じているサルハを見つけたのである。
彼女を助け出してサニヤを見つけた旨を話すと、ホッと安心した様子であった。
もっとも、カイエンがサルハの事をすっかり忘れていた事を伝えて謝罪すると、酷くショックを受けたようで彼女は落ち込んでしまうので、カイエンは必死に謝る事になったのであるが。
遡って昼間だ。
サニヤが屋敷を勝手に抜け出した時だ。
サニヤは通りを歩いて、ハーズルージュの外へと向かっていたのである。
ちょうど肉屋の前を差し掛かった時、肉屋の窓からサニヤを見る女の子に気付いたのだ。
サニヤが女の子に手を振ると、女の子も笑顔で手を振り替えした。
「そこにいると危ないよ。入って来なよ」
女の子が言って、サニヤは肉屋へ入ると、肉屋の店主はサニヤを快くもてなしたのだ。
どこの子か聞く店主に、サニヤはカイエンの娘と答える。
しかし、肉屋はカイエンの事を知らなかった。
なので、町の新顔に違いないと思ったのである。
この時、既に店主はサニヤの事を狙っていたのだ。
また、女の子はなぜサニヤが外を一人で歩いていたのか聞くので、サニヤは、お母様の好きだった木の実や葉っぱを採ってくるのだと答えた。
そして、お父様とお母様に守られっぱなしなのが嫌なのだとも語る。
サニヤはこの町の人達が怖かった。
だが、カイエンやリーリルと居ると安心出来たのであり、それがサニヤにとっては屈辱だったのである。
いつもカイエンやリーリルを困らせるような事をしておきながら、いざとなればカイエンやリーリルに保護されている自分が許せなかったのだ。
だから、一人で、リーリルを、助けたかったのである。
その話しを聞いた店主は膝を打って、「もしも親となにかあったら、うちに来なよ」と言ったのだ。
「うちならいつでも歓迎だからな」と言って、カウンターへ向かう。
この店主は、反抗期の子供が些細なことでいつだって親と喧嘩する事を知っていた。
そして、サニヤの自立心が高いことにも気付き、そして、罠を用意したのだ。
何かあった時、サニヤがこの肉屋を頼るように罠をかけたのである。
だが、この店主は必ずしも悪人と断言できる人間とは言い切れない。
「お父さんね。今、色々と大変なんだ」
店主の娘はサニヤにそう言ったのだ。
この娘の話では、この店にはよく泥棒が入るのだという。
店主は夜半に起きて、泥棒が入ってこないように警戒するが、しかし、少し寝た隙に泥棒が入ってきてしまう。
だから、この肉屋は大変なんだけど、でも、お父さんは絶対に私の事を見捨てないんだ! と、娘は楽しそうに語ったのだ。
そう、店主は娘を一人抱え、金が無くては生きることも出来ないのであるが、しかし、娘を見捨てる事は絶対にしなかったのである。
代わりに、子供を攫って近隣の村へ売っていたのだ。
これは娘も知らない事であるし、肉屋の店主も必死に隠していた事であるが。
仕方がなかった。
生活するためにはこうするしかなかったのだ。
せっかくまともな仕事をしていても、泥棒が何もかも持っていくのだ。
犯罪に手を染める以外に道は無かった……。
その後、娘から木の実や葉っぱの生えてそうな所を教えて貰い、サニヤは肉屋を出たのである。
「また今度遊ぼうね」と約束して……。
こうして、ベリーやハーブを手に入れたサニヤであるが、数刻前に喧嘩をして、屋敷を飛び出したサニヤは肉屋へ向かい、そのまま肉屋に捕まってしまったのである。
――全体の話は、このような話であった。
「もう良い。殺すなら殺してくれ。だけど娘だけは助けてやってくれ。あんたの娘を攫っといて虫のいい話だとは分かってるけど……俺の宝なんだ……」
店主は苦しそうに呻きながら、死んだ妻との間に出来た一粒種だと絞り出すように言う。
カイエンは店主へ剣を向けたまま考えた。
もしもこの肉屋の立場であったらどうしていただろうか? と。
きっとサニヤを助けるために、僕も他人の子供へ手を出すかもしれない。
そう考えた。
しかし、それでも。
それでもだ。
サニヤに手を出したことを許せないし、罪には罰を与えねばならぬ。
この男を見せしめに殺し、この町の犯罪者が少しでも恐怖するならそれで良いのだ。
「お父様! ダメだよ! だって、家族のためにやったんじゃん! 仕方なかったって言ってるじゃん! 悪いのはお金を盗った人でしょ!」
サニヤがカイエンの剣を持つ手を掴んで、必死に止めようとする。
カイエンだって、この男が必ずしも悪いとは言い切れない事を知っていた。
治安が悪ければ、それだけで、悪事に手を染めねば生きていけない環境なのである。
強いて言えば、この町が悪いのだ。
そして、町を変えるのはカイエンの仕事である。
この男を殺し、町の広場に罪状と共に生首を晒すしか、町を変える方法は無いのだ。
だが、サニヤに止められながら男を見ると、どんどんとヤル気が無くなってくる。
娘の事だけを懇願する哀れな父親が、どうしても憎むことが出来ないのだ。
だが、罪には罰を与えねばならぬ。
そうせねば、ますます悪人はのさばり、善人も悪事に手を出さねばならなくなるのだ。
「お父様!」
サニヤが怒鳴る。
分かってる……。分かってるんだ、サニヤ。
だけど、僕は領主なんだ……。
カイエンは悩んだ。
ギュッと口の中を噛み締め、自分の責務に自己問答したのである。
カイエンが考えに考え、「分かったよ。サニヤ」と言って剣を鞘へ収めるので、店主は脂汗と苦痛を浮かべる顔を意外そうにした。
「僕はあなたを許しましょう」
その言葉に「本当!?」とサニヤが笑顔になる。
友達を裏切らなくて済むという笑顔だろう。
「本当だ」
頷くカイエンは「ただし」と言葉を続ける。
「あなたにはこの町の治安を守って欲しい。そして、あなたのような人を他にも知っているなら、その人にも伝えるんた。『罪を免除する代わりに、領主カイエンの配下として治安を守って欲しい』と」
カイエンが彼の事を考え、そして出した結論であった。
彼は他の誰もが忌避している子供を対象にした犯罪を犯していた、いわば、最悪の人である。
そんな彼の犯罪を免除すると言えば、本当は犯罪などやりたくなかった人達もこぞってやって来るに違いない。
先ず隗より始めよと言う所か。
彼の好待遇を以て、人を集める事にしたのだ。
そして、さらに元犯罪者が犯罪を取り締まる事で治安の回復も見込める。
もちろん、取り締まる人間には信用出来る人が集まらねばならないが、少なくとも、この肉屋の男は信用出来るだろう。
もしも裏切るような事がなれば……その時はきっと見せしめに殺すだろうが、そんな事態にならない事を祈るしかあるまい。
「ありがとう……。ありがとうございます……」
殺されるに違いないと思っていたのであろう男は、涙を流してカイエンに感謝し続けた。
カイエンは、明日またこの肉屋を尋ねる旨を伝える。
逃げたりしたら容赦はしないが、自分に協力するならば、絶対に娘の安心して暮らせる町に変えると約束して、サニヤを連れて帰った。
帰り道は相変わらず酷いもので、酔っぱらいの激しい口論はサニヤに聞かせたくない程口汚い。
時にはサニヤを買いたいなんて言いよってくる、目の焦点の合ってない男が現れたりする。
サニヤは、よくこんな所を自分は通れたものだと思いながらカイエンの腕に抱きついた。
すると、カイエンが大きな手でサニヤの頭を撫でるのだ。
まるで「守ってあげるから大丈夫」と言うように。
安心する。
「……お父様。ごめんなさい」
サニヤは小さな声で呟くように言った。
自分がいかに弱々しく、そして小さく、そして保護されているのかがよく分かったのである。
地下貯蔵庫で身動き取れず、暗闇の中で血と脂の臭いにむせ返っていた恐怖。
そしてカイエンが助けに来てくれた安堵。
自分はただカイエンやリーリルの庇護下で調子に乗ってる生意気な子供なんだとむざむざに感じたのである。
そんなサニヤにカイエンが笑い、「謝るのは僕にじゃ無くて、ラーツェにだろ?」と言うと、サニヤは泣きそうな顔で「許してくれるかな?」とカイエンを見上げる。
「許してくれなくても、謝るしかないさ。サニヤは出来るだろう?」
「うん……。だって私が悪いんだもん」
とはいえ、ラーツェならきっと許してくれるだろう。
許してくれなければ、自分も一緒に謝ろうとカイエンは思いながら、ついに屋敷へと到着した。
サニヤが深呼吸をしていると、カイエンが優しく彼女の背中に手を添える。
その手に勇気を貰ったサニヤは玄関を開けて屋敷へ入った。
カイエンが「たぶん、ラーツェはリーリルの所に居るよ」と言うので、階段を上がって夫婦の寝室へ。
カチャッと扉を開けると、ベッドに横になるリーリルとベッドの脇に立つラーツェが居た。
「ああ。お嬢様。良かった。リーリル様。サニヤ様が戻られました」
リーリルは唇をキュッと結んだまま、サニヤを見る。
「分かってるよ。お母様」とサニヤは思いながらラーツェの前へ立ち、頭をペコリと下げた。
「ラーツェ。ごめんなさい。私、酷い事言って……ラーツェを傷付けた」
ラーツェは突然の謝罪に少し戸惑ったが、すぐに微笑み、膝を曲げて片膝つくと、「ありがとうございます。謝っていただけて、私の哀しみも癒えました」と答える。
許して貰えた事が嬉しかったサニヤは安堵の感情と、もし許されなかった時の不安とが入り乱れて、涙がほろほろと流れた。
鼻水まで流して、顔をくしゃくしゃにしながら「本当にごめんなさいでしたぁ」と、もう一度謝罪する。
謝罪しながらも、心の中で思うのは許されて良かったという気持ちだ。
良かった。許されなかったらどうしようかと思った……。良かった……。
「大丈夫です。サニヤ様がとても反省して下さった事は分かりましたから」
ラーツェになだめられながらサニヤは顔を上げる。
そして、しゃくり上げながらリーリルを見ると「お母様にも、ごめんなさい」と言う。
すると、リーリルは真一文字に結んでいた唇を微笑ませて「よく謝れたわね。いらっしゃい」とベッドの端をポンポンと叩くので、サニヤはベッドの端へ乗った。
「反省できて偉いわ」
しゃくり上げて泣きじゃくるサニヤを優しく抱きしめると、その頭を撫でる。
サニヤはリーリルの胸に顔をうずめて、ずっとごめんなさいごめんなさいと言い続けると、やがて泣き疲れて眠った。
ラーツェがサニヤを部屋へ連れて行こうとするが、リーリルは「今晩は良いわ」と言って、サニヤの靴を脱がせるとベッドに横へさせる。
「今晩だけ、一緒に寝たいの」と、リーリルが言うので、ラーツェは「かしこまりました」と微笑んだ。
カイエンも、リーリルとサニヤの二人を見て微笑ましく思う。
カイエンは、少しずつだが家族の仲が良くなってきていると感じた。
そりゃ家族なんだから喧嘩くらいするさ。喧嘩の後、仲直り出来ればそれで良いんだと思うのであった。
「ところであなた」
リーリルがサニヤの頭を撫でながらカイエンへ語りかける。
「なんだい?」
「サルハはどうしたの? 見えないけれど……」
「あ」
すっかり忘れていた。
カイエンが大急ぎで夜の町へ繰り出すと、大通りにて女狙いの暴漢や悪漢を相手に大立回りを演じているサルハを見つけたのである。
彼女を助け出してサニヤを見つけた旨を話すと、ホッと安心した様子であった。
もっとも、カイエンがサルハの事をすっかり忘れていた事を伝えて謝罪すると、酷くショックを受けたようで彼女は落ち込んでしまうので、カイエンは必死に謝る事になったのであるが。
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