没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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2章・父の戦い

逃亡

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 ハーズルージュに来てから一ヶ月経った。

 この一ヶ月、カイエンの全てが順調に見えるだろう。

 赦免を希望に集う治安維持希望者。
 本来ならば給金などの問題もあったが、彼らは無賃金で働いてくれるため賃金の問題も無かった。

 また、彼らを率いて近隣の村々へも見回りに行き、野盗をする必要はもう無いことと、今後、野盗を働くならば容赦はしないと伝え、さらに肉屋のトマが売った子供達も取り返したのである。
 幸いにも、近隣の村が、男衆が略奪へ行った際に村仕事をさせる労働力として、子供を買い取っていたのが功を奏し、全員取り返せたのだ。

 ハーズルージュが辺境の町だったのも追い風であった。
 これがもう少し内地であれば、奴隷商人やら売春宿やらに売られて行方が分からなくなるところであろうが、ハーズルージュには人身売買のルートが無かったため、近隣の村が子供を買い付けたのにとどまったのである。
 
 もっとも、村人もせっかく買った奴隷を、それも従順な子供を取り返されたくないと必死に隠したのであるが、カイエンも子供を持つ一人の親として、村の隅々まで探し出したのであった。いわば執念の勝利とも言えた。
 
 他にも、治安維持隊に参加した人の子供達のために、兵舎の使われていない一部を利用した児童の保護場所を作った。
 しかしこの保護場所の利用を希望する人が多く、治安維持隊に参加していない人まで希望する程であったのだ。

 なにせ、この治安の悪い町に生きる人の懸念は我が子の安全であるからして、何らかの理由で家を空ける時に子供一人を家に置きたくないし、子供を外に連れ出すこともしたくなかったのである。
 カイエンも兵舎に保護された子供を守れる保障はしなかったが、それでも、子供を置きたいと希望する人は後を絶たなかった。

 この政策が存外、良い方向に進んだ。
 親が仕事に専念出来るようになったため、カイエンが思ったより早く経済的な立て直しが起こったのである。

 また、私事でいえば、サニヤはまだぎこちないながら、カイエンやリーリルに懐いていたのだ。

 家庭も仕事も順調に見える。
 しかし、カイエンにとって必ずしも楽な毎日では無かった。

 治安維持活動の団体は赦免を理由に来た者達ばかりであり、その殆どが悪人だと言えただろう。
 肉屋の主人のような、家族の為、生活の為に泣く泣く犯罪に手を染めていたのは一握りだったのである。
 ゆえに、自警活動を理由に他人を傷付ける人達もいたのだ。

 ある日、カイエンが巡察のために町中を歩いていると、集団で婦女を暴行しようという不届きな輩達がいたのである。

「抵抗したら、おめえを犯罪者にしてしょっ引いてやる」と脅しつけていたのだ。

 カイエンは彼らの首を即座に刎ね、その素っ首を広場に晒した。

 そして、治安維持隊を集め、「オレはお前達を一度許した。しかし二度目は無い。犯罪を防ぐはずのお前達自身が今一度罪を犯す時、死を以て贖うしかできぬと知れ」と脅したのである。

 今回はカイエンが治安維持隊の犯罪を見つけて防ぐ事が出来たが、しかし、これは氷山の一角に過ぎないだろう。
 一体どれだけの無実の人が虐げられ、どれだけの弱き者が嬲られた事であろうか。

 この権力を得た無法者達を制御する必要があり、そのために恐怖と力しか無かったのである。

 そして、少なくともこの脅迫は、権力を得た無法者を大人しくさせるのに十分役立った。

 また、こんな残忍な事を、愛する妻と娘に知られたくなかったのであるが、カイエンにとって幸運な事は、この晒し首の事をリーリルとサニヤが知ることの無かった事であろう。 

 そして、残忍な事であったが、こうして治安は見事に回復したのである。
 なんにせよその事実は喜ばしい。

 こうして治安が回復したため、カイエンは次の行動に移る。
 それは募兵だ。
 ここは敵国オルブテナ国との最前線であるからして、対抗戦力の増強は必須なのである。

 人を晒し首にした事を悔やんでいる時間も無いほど、カイエンは多忙だったのだ。

 こうして一ヶ月が経った。
 
 募兵は順調で、治安維持隊からカイエンの兵になりたいと言う者達を中心に着々とその数を増やしている。
 カイエンはサルハにその兵達の鍛錬を命じ、自身は治安維持隊と共に町中を巡察した。

 夜になれば兵士の状況をサルハから聞き、役場から貰った資料を纏める。

 役場の資料は、犯罪の詳細内容や、組合からの徴収金収入、役人や兵への給金支払い額などの明細だ。

 それらを計算して、収穫物の税率や商店からの場所代を決めるのである。

 忙しいが、しかし、確実に町が良くなっている事が実感出来るので苦にならなかった。
 あと一ヶ月も経てば、ハーズルージュは安定し、使用人も雇えて、カイエンの忙しさも緩和されるだろう。
 その日が来るまで頑張ろうとカイエンは思うのであった。

 しかし、変化の日は唐突にやって来るものである。
 
 それはいつもの日のように思えた。
 サルハに兵の鍛錬を命じ、自分は治安維持の巡察。

 変わらぬ日。
 変わらぬ日常。

 しかし、人ごみを掻き分けてカイエンへ走ってくる兵を見た時、何かが変わった日だとカイエンは思う。

 その兵士は恐らく森の番だろうとカイエンは思った。

 森の番とは、ハーズルージュとオルブテナ国との間にある黒い森の事である。

 ハーズルージュは大国オルブテナとの間に天然の要害ともいうべき黒い森が広がっているため、オルブテナとの最前線になっていたのだ。

 そして、この黒い森にもしも魔物が大発生したり、害獣が発生したり、あるいはオルブテナ国が攻めてくるのを見つける為の警戒として、森の番が居たのだ。

 果たして彼は、カイエンの予想は当たり、彼は今日の森の番だと言う。
 そして、「カイエン様! 森の奥より近付いてくる兵士が居ました!」と言ったのである。

 来たか。
 オルブテナ国が動きだしたのだ。
  
 カイエンは森の番に、よく敵兵より早く報せに来てくれたと褒める。

「あいつら、なぜか分かりませんけど、進むのが凄い遅かったんでさぁ。だから、俺の方が先に来れて……!」

 息も絶え絶えにそう言った。

 進むのが凄い遅いという言葉を聞いたカイエンはドキリとする。

 行軍とは兵数が増えるほど遅くなるものだ。
 特に、森の中などの分断される所では。

 行軍速度が遅いお陰で報せの方が早く届いたが、しかし、それは敵が多量の兵数で迫っている事を示した。
 つまり、少数の偵察では無く、敵の軍隊が来ているという事に他なるまい。

 本来ならば、軍の内情を探るために偵察を先に出すものであるが、偵察も無しに敵軍が攻めてきたのか、それとも見張りが先に来ていた偵察に気付いてなかったか。

「ご苦労。休憩を伝えたいが、君は直ちに警鐘を鳴らすのだ」

 なんにせよ、敵軍が来た事には仕方ない。
 カイエンの命令に森の番は「はい!」と汗を拭って答えた後、町の塔に登っていく。
 塔というより櫓に近い形状のそれは、てっぺんに鐘が付いていて、森の番はそれを激しく打ち鳴らした。

 町に危機が迫っていることを示す警鐘である。

 カイエンは警鐘に驚き戸惑う人々の中を駆け抜ける。
 向かう先は兵舎だ。

 兵舎につくとすぐにサルハが出迎える。

「カイエン様! 一体何があったのですか」
「敵の侵攻だ! 全兵を出せ。陣を敷け」 

 サルハはそれだけ聞けばオルブテナ国が攻めてきたのだと理解し、うだうだ言わずに兵達へ武装と出陣を命令する。

 カイエンはそんな彼女の背をしばらく見て何かを考えた後、サルハの腕を掴んで振り向かせた。
 
「カイエン様? どうしました?」

 突然の事に戸惑うサルハに、カイエンは「サルハ。指揮は僕が執る」と言う。

 サルハが驚きの声を上げた。

 兵の鍛錬をしたのはサルハであり、今の兵の状態や今やれる戦い方を知っているのもサルハである。
 それに、カイエンは総大将であり、兵の指揮を執るために戦地へ赴くのは危険だ。
 なので、指揮を執るのはサルハなのが普通であろう。

 しかし、カイエンはそんなサルハに耳打ちした。

「サルハには頼みたい事があるんだ。僕のわがままなんだけどね」と。

 ――それから数十分後、サルハは武装していた。
 馬に乗り、槍を持ち。
 しかし、オルブテナ国が来る方とは逆の城門に居る。
 馬は泥が付けられて汚く、サルハもボロボロのローブを身に纏い、槍も安物に替えられていた。

 彼女の隣にはボロボロのホロが掛かった安っぽい馬車がある。

 御者は二人。
 二人とも汚らしいボロを来て顔を俯かせていた。

 片方はバンドラで、もう片方はラーツェである。

 そして、ボロボロのホロの中には、同じくボロボロのローブを身に纏うリーリルとサニヤが居た。

 まるで貧民がなけなしの金で安馬車に乗って行くかのようだ。
 恐らく、道行く人々はそう感じる事だろう。

「お母様。お父様は?」

 馬車の中でサニヤがそう言うが、リーリルは「しぃー」とサニヤに静かにするように伝えた。

 質問に答えが返ってこない事に少し不満げなサニヤは「むう」と頬を膨らませる。

 ちなみに、不満げなのはサニヤのみならず、バンドラも「私の自慢の馬車がこんな貧乏くさいものに……」と呟き続けるのであった。

 ラーツェは隣のバンドラがうるさくて辟易しながら「サニヤ様。カイエン様とは後で合流しますから、しばらくの辛抱でございます」と、振り向いてそう言うので、サニヤは「じゃあ良いけどさ」と言うのであった。

 しかし、ラーツェの言葉は嘘である。
 カイエンは合流しない。
 カイエンは兵を指揮するためにハーズルージュへ残っていた。
 リーリルとサニヤはルーガの元へ向かうのである。

 これはハーズルージュへ向かっている時から決めていた事だ。
 だから、バンドラは仕事を終えたにも関わらず、いつまでも屋敷に居たのだ。

 もっとも、本来の計画においてサルハはハーズルージュでカイエンと共に残る筈であったが、しかし、カイエンが心変わりして、サルハにリーリル達を護衛するよう命じたのであったのであるが。

 この計画の問題はただ一つ、カイエンは来ないという事がサニヤにばれるかどうかであった。
 サニヤにだけは秘密裏に話が進んでいたし、多感な時期のサニヤがどう動くか全く分からないので、サニヤにだけはバレないようにせねばならなかったのである。

 そのサニヤは「せめてあの子に別れの挨拶くらいしたかったな」と呟いて、不機嫌そうに唇を尖らせていた。

 どうやらサニヤには、カイエンの事がバレてないようである。

 後はカイエンが無事に生き延びてくれるだけだ。
 リーリルはカイエンが無事であることをただひたすらに祈り続けるのであった。

 しかし、問題はハーズルージュを発って二日目の夜に起こる。
 その時は皆で野営の準備をしていた時であった。

「ねえ。本当にお父様は来るの?」

 サニヤは馬車の荷台に座って、野営の準備をする皆へ聞いたのだ。

 全員に戦慄にも似た緊張が走る。
 実のところ、この質問がいつ来てもおかしくないと皆して思っていたのだ。
 なぜならば、サニヤはハーズルージュを出てからずっと不機嫌だったからである。
 
 サニヤはあのハーズルージュでの誘拐以来、随分と素直な性格になっていたため、ずっと不機嫌なのはおかしいと皆は思ったのだ。

 そして、実際、サニヤは皆の嘘に気付いていた。
 だけど、その嘘は自分を守るための嘘なのだと理解していたので我慢していたが、しかし、もう我慢の限界だったのである。

「やっぱり……! なんでお父様を見捨てるのさ。助けようよ!」

 カイエンが自分を助けてくれたように、皆でカイエンを助ければ良いじゃ無いかとサニヤは思うのである。
 
 世の中はサニヤが思うように簡単にいく物では無く、時には誰か犠牲にならねばならぬ。
 それが今回はカイエンだったのである。

 だが、サニヤにはそんな簡単に割り切れるものではない。

「助けられないなら、お父様も一緒に逃げれば良いじゃん!」

 それは出来ない。
 なぜならば、カイエンは領主だからだ。
 なぜならば、王侯貴族はこうなることを見越してハーズルージュの領主にカイエンを指名したのだからだ。

 ここでカイエンが逃げ出せば、敵前逃亡を理由にカイエン達へ処分が下る。
 ここでカイエンが負ければ、生き延びたとしても処分が下る。
 ゆえに、リーリルとサニヤは貧民に身をやっしてルーガの元へ亡命しているのだ。

 カイエンが勝てば良し。
 カイエンが負けてもリーリルとサニヤは行方をくらまして処分の対象にならないのだ。

「サニヤ。落ち着いて。あの人なら大丈夫よ」

 リーリルはサニヤをなだめようとしたが、そんな子供騙しな言葉を聞くようなサニヤでは無い。
 だがしかし、複雑な考えをサニヤは理解出来ないのだ。
 サニヤが理解するには少々複雑な問題が幾つか絡まっているので仕方ないことであるが、サニヤは理解出来なかった。

「誰も助けに行かないなら私が行く!」

 サニヤはそう叫んで、森へ走って行く。

 サニヤはカイエンを失うのが怖かったのだ。
 そう、家族が仲良くなって嬉しかったのは何もカイエンとリーリルのみならず、サニヤとて嬉しかったのである。
 にもかかわらず、ここでカイエンが居なくなってしまうなんて信じられない。
 それに、誰も彼もがカイエンを助けようともしないのも信じられなかったのだ。

 だから、きっと自分がハーズルージュへ向かえば皆も来てくれると思ったのだ。

 短絡的と言えば短絡的だろう。
 だが、短絡的で直情的なサニヤが、この二日間、サニヤなりに考え出した方法だったのである。

 自分が一人で行けば、きっとまたリーリル達に迷惑を掛けるかも知れない事は分かっているし、ハーズルージュの事も反省はしていた。
 なので二日間、悩んだ。
 無い頭で考えた。

 その上で、父を見捨てる事は出来なかったのだ。
 カイエンを助けたいと言う気持ちを抑えられなかったのである

「サニヤ様!」

 森へ駆けるサニヤをサルハとラーツェが追う。

 サニヤが藪の中へ入った瞬間、木々が揺らめいた。

 薄暮の薄暗い森の中、ギョロリと鋭い眼光がサルハとラーツェを睨む。

 サルハとラーツェがその眼に気付いて剣を抜くと、雄叫びを上げてボガードが二匹現れた。

 何とタイミングの悪いところで現れる事か。
 
 即座に剣を振るうも、ボガードの胸や肩に剣が食い込んで止まる。
 魔物の筋肉は硬く盛り上がっており、致命傷を与えるには筋肉の隙間を狙わねばならないのだ。

 ボガード達は涎の流れる口を大きく広げて叫ぶと、その手に持つ木の棒を振った。
 
 木の棒は二人へぶつかり、鈍い音をたてる。

 ローブの下に着込んでいる鎧に当たったのだ。
 生身の箇所に当たっていたら骨折は確実であったが、しかし、二人は無事。
 剣を振り直し、見事、ボガードの首を絶つのであった。

 だが、二人の顔は晴れない。

 ボガードに手間取り、完全にサニヤを見失ってしまったのだ。

 あんなタイミングで魔物が出てくるとは何とも運が悪い。
 だが、そんな事はただの言い訳だ。
 ラーツェは悔しくて近くの木を殴る。

 やってしまった。
 サニヤの性格を考えれば、このような行動に出ることだって十分に想像出来たはずなのに。

 リーリルは馬車の中で顔を俯かせていた。
 またしてもサニヤを見失ってしまったという後悔だ。

 何と自分はダメな母親であろうか。
 ハーズルージュに続いて二度だ、
 二度も娘を放してしまうなんて、何をやっているんだ。

 立て続けの失敗である。

 もちろん、身重なリーリルが活発なサニヤを抑えられる訳も無いのであるが、リーリルにとってももちろん言い訳にしかならず。
 母としての役割を果たせない自分が情けなくて情けなくて仕方なく。
 
 そして、何よりも、夜の森へサニヤが一人で行ってしまったという問題が最悪の事態を想像させる。

 リーリルは強くあろうと思う。
 何とか気丈な態度でサルハとラーツェへ、自分は良いからサニヤを探すように言わねばと思うのだ。

 しかし、ダメだった。
 呼吸は乱れ、心臓は脈打ち、遂には視界が真っ暗に染まって、リーリルは馬車の中で倒れてしまった。
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