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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟
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平野での決戦の後、サリオン軍は王都へ撤退、王国軍は王都を攻城する運びとなる。
ルーガ軍は裏切りの代償として、この攻城の先陣を任せられた。
しかし、これはとんだ茶番であろう。
なにせ、ルーガ軍にはサニヤ率いる後方支援隊の投石器(カタパルト)があるのだ。
どんな形であれ、ルーガ軍が攻城を行うのが正しいのである。
いつも通り、輸送隊が投石器(カタパルト)のパーツを馬車や輜重車で前線まで運び込むと、工兵がテキパキと組み上げていった。
ルーガ軍は一斉に突撃を行い、工兵部隊が長梯子や破城鎚を進める。
敵軍が城壁の上から攻めよせるルーガ軍を射れば、その隙に投石器(カタパルト)を有効射程範囲にまで押し進めた。
そして、投石器が目的の位置までつくと、輸送隊が運んできた巨岩をスプーン部へ乗せ、サニヤは太鼓を鳴らさせる。
激しく鳴る太鼓の音に、さざ波の如くルーガ軍は退く。
投石器の誤爆を防ぐためにも城壁に取り付いてられないのだ。
ルーガ軍が離れた瞬間、投石器は巨岩を放ち、王都の城壁を粉砕したのである。
これにサリオン軍は堪らず、王都を捨てて西方へ撤退した。
国王軍は念願叶って、王都ラクマージを奪還。
しかし、サリオン軍の撤退した先にはルーガ領ラムラッドの町がある。
これに、ルカオットやロイバック、キュレインを王都に置いて、カイエン、ルーガの両軍が追撃に出ることにした。
日照り、肌を刺し始める初夏。
カイエンはリーリルの待つ地、ラムラッドへと足を踏み入れる。
ラムラッドを行軍中、カイエンはサニヤに話し掛けたかったが、今回のラムラッド出陣において総大将であるため、行軍の位置を自ら変えることは、隊列の乱れとなるため出来なかった。
そして、サニヤはカイエンをチラチラと見はするが話しかけない。
ガラナイはそんなサニヤへ不思議そうに「親父さんと話さないのか?」と聞くと、「どんな風に話せば良いのか分からない」とサニヤが答えた。
この間はカイエンと再会出来た喜びに抱き付いたのだが、いざ落ち着いてみると、父カイエンとどう接して良いのか分からないのである。
なんといってもサニヤは、五歳のあの日にカイエンとリーリルのまぐわいを見てからというものずっと反抗期だった。
そして、反抗的な態度のまま離れ離れになって八年。
今さらどう接しろというのか分からぬのである。
「相手はサニヤの親父だぜ? 思ったままの態度で良いじゃ無い?」
まったく気楽な男だ。
ガラナイだって以前はルーガに認められていなかった事を気にしていた癖に。
それに、サニヤは、思ったままの態度を取ると、以前の小さな子供だった頃の悪態を取ってしまうのではないかと不安なので、思ったままの態度を取れようも無かったのである。
なので、「この間に言ってた、『話したいこと』ってそう言えば何よ?」と話題を変えた。
ガラナイはハッとして、決戦の直前にそんな事を話したまま忘れてたと言う。
「実はさ……」
恥ずかしそうに言いづらそうな顔をするので、勿体ぶらないでよ。とサニヤは急かした。
「その……。この戦いが終わったら、結婚しようと思うんだ」
ガラナイの言葉に、サニヤは口を半開きにして呆然としてしまう。
結婚?
その単語が幾度か脳内を駆け巡り、その意味を把握した。
私と!? と、驚愕だ。
「ま、まだ早くない?」
「早いかな?」
「い、いや、早く……ないかな……」
ガラナイとは六歳の時にラムラッドへ亡命してからの仲であるし、十歳からずっと口説かれていたと思えば、確かに早くは無いだろう。
だけれど、サニヤは、もっと二人の仲を深めてからでも……と思うのだ。
しかし、その一方で、十分過ぎる程に一緒に居られたかと思うのである。
「サニヤ……ありがとう」
優しく微笑むガラナイの顔に、サニヤは顔が真っ赤に火照るのを感じ、顔を背け、感謝の言葉なんて要らないと照れ隠しの言葉を述べると、顔を見られたくないので「さっさと自分の隊に戻りなさいよ」とツンケンとした態度をしたのだ。
これにガラナイは幸せそうな笑みで、そうだな。それじゃ、と手を振ってサニヤから離れた。
サニヤは顔を俯かせて、ニヤケそうになる口元を必死に抑えるのである。
しかし、サニヤは知らぬ事であるが、ガラナイは既にサニヤへ抱いていた恋愛感情が妹のような親愛の情に変わっているため、サニヤと結婚するという話な訳がないのだ。
もっとも、サニヤはガラナイが以前と変わりなく、自分を愛しているのだと思い込んでいる為に、このような勘違い起こしてしまった。
彼女は天にも昇るような気持ちで行軍する。
しかし、一抹の不安があるとすれば、この戦争だ。
偵察の報告による所では、ラムラッドの防衛を任されていた騎士は、撤退してきたサリオン軍にルーガ軍が居ない事を不思議に思い、サリオン軍をラムラッドへ入れてないそうだ。
なので、このまま行けば、ラムラッドと王国軍で挟撃の形となる。
この戦いが終われば、この大規模な反乱も一応の収束を迎えるだろう。
だから、サニヤは、この戦いを無事に終わるようにと祈るのであった。
果たして、サリオン軍は王国軍の接近に気付くと、ラムラッドを迂回して逃亡を図るので、ルーガ軍を先頭に追撃が行われる。
ルーガ軍の旗を見たラムラッドからも出陣し、サリオン軍の横腹を突いた。
こうして散々な攻撃を受けたサリオン軍は、それでも何とか国王軍の追撃を振り切って逃亡したのである。
サニヤは後方支援なので前線の様子は分から無かったが、サリオン軍撤退の報せに、なぁんだただの杞憂だったか。と、思ったのだ。
しかし、どうにも前線から帰ってくるルーガ軍に負傷者が多く感じた。
戻ってくる兵に事情を聞くと、サリオン軍は撤退を開始する前に一度、転進して突撃を敢行したのだという。
これにルーガ軍は最後の最後で被害を受けてしまったのだ。
サニヤは嫌な予感がして、ガラナイはどうなったか聞いた。
どうか無事でいて欲しいとサニヤは願うのであるが、兵は言いづらそうに眉を寄せるのだ。
何で黙ってるのかとサニヤが怒鳴った瞬間、戻ってくるルーガ軍の中から、ガラナイの叫び声が聞こえてきた。
痛い。痛いと悲痛な叫び声である。
まさか! そんな!
サニヤは絶望の底へと叩き落とされるような気持ちで、兵達を掻き分けてガラナイの元へ向かうと、兵達に支えられて歩いているガラナイと、呆れた顔のルーガが居た。
「落ち着かんか。たかが落馬しただけだろう」
ルーガに言われるガラナイはすすり泣き、「だってよ。折れてるんだぜ」と今にも死にそうな声で言うのだ。
確かにガラナイは見た所、右腕がおかしな方に向いているだけで、どこも異常は無さそうである。
すると、先ほどの兵が「骨折ですので、無事と言うべきか迷いまして……」と言った。
サニヤは全身の力が抜けて、馬の首筋をもたれかかる。
何よ、もう! たかが骨折くらいで人騒がせ!
サニヤに気付いたガラナイが「サニヤぁ。痛すぎて死んじまう」と情けない声を出しながらすれ違って来たので、「じゃ、死ねば」と、骨折した腕を蹴るのであった。
ルーガ軍に幾らかの被害は出たが、ラムラッドからサリオンは撤退したので、マルダーク王国の勝利であろう。
カイエンは被害状況を聞き、思ったよりもルーガ軍に被害が少なくて安堵した。
いくら裏切りの代償とは言え、彼らにあまり大きな被害を出させるのは忍びない気持ちだったのだ。
強いて深刻な被害として伝令が挙げたのが、ルーガの息子のガラナイが怪我をしたという事である。
そんなに酷い怪我なのかとカイエンが聞けば、骨折しただけだけれども、サニヤが骨折部位を蹴ってかなり痛がっていたと言う話であった。
何をやっているんだあの子はと、カイエンは目頭を押さえたが、伝令の話では、二人はそう言う関係みたいですと言うので、ホッと安堵する。
むしろ、そう言う関係とは……親友なのか、それとも?
サニヤも年頃だから、そう言う相手の一人くらい居るだろう。
いや、居ないと親としてちょっと複雑な気持ちになってしまうから、多分そう言う相手なのだろうとカイエンは考え、兵達をラムラッドへ進ませた。
ラムラッドは豊かな町だが、城壁に囲まれているため、この兵達を駐留させられる広さの土地が確保出来ず、ラムラッド前の草原に陣を敷くことにする。
兵達は少々不満顔であったが、報酬として給金を弾んで渡すと文句をいうものは居なかった。
とは言っても、彼らは今までカイエンの私兵だったものが、ルカオット直下の公兵として昇進したようなものなので、給金が上がったのも当然と言えば当然であろう。
それから、ラムラッドを守っていた騎士にも、状況を良く判断したと、男爵の位と報酬を渡す。
彼はルーガの寄子騎士であるが、これで寄親のルーガと同等の階級となった。
実を言うと、寄子騎士が活躍めざましく、寄親の貴族と同列になる事は極々稀にあり、そういった場合には寄子から独立して貴族となる事もできるのだ。
一般市民が貴族となる数少ない道の一つである。
彼はそれに喜び、ルーガも寄親として彼の叙勲に喜んだ。
寄子が叙勲されること程、寄親にとって嬉しい事は無いのである。
もっとも、叙勲とは言ってもカイエンには任命権が無いので、一度王都へ戻って、ルカオットが直々に男爵の位を任命する形になるのだ。
もちろん、この騎士以外にも兵達への賞罰やらなんやらもあったし、ラムラッドの状況を確認したりする必要もあった。
それから、兵舎にて、ルーガと今後、ラムラッドをどうするかの話もしなければならなかったのである。
兵舎では他に、戦死者の数の統計。
報酬や糧食の総出費。
サリオン軍の想定被害と立て直しにかかる期間等をテキパキと書類にしたためる。
その、計算や纏める速度たるや、他の騎士達が「さすがは防府太尉殿」と舌を巻くほどだ。
実はカイエン、かなり大急ぎで業務をこなしていた。
内心、早くリーリルと会いたかったからだ。
それと、まだ見ぬ息子達とも。
それでも結局、仕事は夜中までかかってしまい、その日はリーリル達に会うことが出来ずに眠りにつく。
その夜、カイエンは夢を見た。
森に隠れる大鷲になって、日々を寝て過ごしている夢だ。
白い鳩と一緒の巣に住み、黒い子烏が二匹の子鳩の世話をしていた。
ある日、カイエンが空を飛んでみると、大嵐に遭い、吹き飛ばされてしまう。
やれやれあまり飛びたくなんて無いのに。
しかし、強風に好き勝手されないよう、その大きな翼を広げて、ぐんぐんと上へ上へと昇った。
早く皆の待つ巣へ帰らなくちゃと思っていると、空へ昇っていく途中で王冠を被った小鷹が居たので、背中へ乗せてやる。
やがて雨雲を越えて、青い空に出た。
もう大丈夫。嵐は抜けたよ。
カイエンが言えば、小鷹は小さな声で、僕はもう疲れたよ。と言う。
何に疲れたんだい。とカイエンが聞けば、この王冠を被るのに。と答えた。
小鷹は頭をもたげて、王冠をカイエンの頭へ乗せると、「僕はもう疲れたんだ」と言って、嵐の雲海へと飛び降りたのだ。
そこでカイエンは目覚めた。
窓から外を見れば、太陽はだいぶ昇っている。
夜更かしし過ぎて寝坊をしたようだ。
とは言っても、カイエンを誰が咎めるなんて事も無いが。
なんて思っていると、「ようやく起きたのね。寝ぼすけ」なんて言われた。
ふと、声のする方を見ると、ベッドの脇に白い髪の女性が座って、青い瞳でカイエンを見ている。
「急いでラムラッドにやって来たのに、あなた、いつまでも起きないんだもの。酷いよ」
リーリルだ。
イタズラっぽい笑みを浮かべて、カイエンの目をジッと見ている。
昨日、サニヤはラムラッドへ到着するやいなや、ラムラッドを出てリーリル達の居る村へ輸送に使う馬車を走らせ、明け方にリーリル達を連れてきたのである。
しかし、カイエンはなんでリーリルが居るのか分からず、意地悪そうにクスクスと笑う彼女を見て、まだ夢に居るのかと思った。
だから、声がすぐに出せなくて、じっと彼女を見つめ続けたのである。
「リーリル……」
何とか絞り出した声は、彼女が本当に自分の思う人なのかを、確認する呟きだ。
それに彼女は優しく微笑み、「はい」と答えたのである。
「ただいま……」と、震える声でようやく言うと、「お帰りなさい」と優しく返された。
カイエンはリーリルを優しく抱き締め、リーリルも抱き返す。
二人とも何も言わない。
再会を表すのに言葉は要らなかった。
ただ、お互いの存在を感じられればそれで良かったのである。
ルーガ軍は裏切りの代償として、この攻城の先陣を任せられた。
しかし、これはとんだ茶番であろう。
なにせ、ルーガ軍にはサニヤ率いる後方支援隊の投石器(カタパルト)があるのだ。
どんな形であれ、ルーガ軍が攻城を行うのが正しいのである。
いつも通り、輸送隊が投石器(カタパルト)のパーツを馬車や輜重車で前線まで運び込むと、工兵がテキパキと組み上げていった。
ルーガ軍は一斉に突撃を行い、工兵部隊が長梯子や破城鎚を進める。
敵軍が城壁の上から攻めよせるルーガ軍を射れば、その隙に投石器(カタパルト)を有効射程範囲にまで押し進めた。
そして、投石器が目的の位置までつくと、輸送隊が運んできた巨岩をスプーン部へ乗せ、サニヤは太鼓を鳴らさせる。
激しく鳴る太鼓の音に、さざ波の如くルーガ軍は退く。
投石器の誤爆を防ぐためにも城壁に取り付いてられないのだ。
ルーガ軍が離れた瞬間、投石器は巨岩を放ち、王都の城壁を粉砕したのである。
これにサリオン軍は堪らず、王都を捨てて西方へ撤退した。
国王軍は念願叶って、王都ラクマージを奪還。
しかし、サリオン軍の撤退した先にはルーガ領ラムラッドの町がある。
これに、ルカオットやロイバック、キュレインを王都に置いて、カイエン、ルーガの両軍が追撃に出ることにした。
日照り、肌を刺し始める初夏。
カイエンはリーリルの待つ地、ラムラッドへと足を踏み入れる。
ラムラッドを行軍中、カイエンはサニヤに話し掛けたかったが、今回のラムラッド出陣において総大将であるため、行軍の位置を自ら変えることは、隊列の乱れとなるため出来なかった。
そして、サニヤはカイエンをチラチラと見はするが話しかけない。
ガラナイはそんなサニヤへ不思議そうに「親父さんと話さないのか?」と聞くと、「どんな風に話せば良いのか分からない」とサニヤが答えた。
この間はカイエンと再会出来た喜びに抱き付いたのだが、いざ落ち着いてみると、父カイエンとどう接して良いのか分からないのである。
なんといってもサニヤは、五歳のあの日にカイエンとリーリルのまぐわいを見てからというものずっと反抗期だった。
そして、反抗的な態度のまま離れ離れになって八年。
今さらどう接しろというのか分からぬのである。
「相手はサニヤの親父だぜ? 思ったままの態度で良いじゃ無い?」
まったく気楽な男だ。
ガラナイだって以前はルーガに認められていなかった事を気にしていた癖に。
それに、サニヤは、思ったままの態度を取ると、以前の小さな子供だった頃の悪態を取ってしまうのではないかと不安なので、思ったままの態度を取れようも無かったのである。
なので、「この間に言ってた、『話したいこと』ってそう言えば何よ?」と話題を変えた。
ガラナイはハッとして、決戦の直前にそんな事を話したまま忘れてたと言う。
「実はさ……」
恥ずかしそうに言いづらそうな顔をするので、勿体ぶらないでよ。とサニヤは急かした。
「その……。この戦いが終わったら、結婚しようと思うんだ」
ガラナイの言葉に、サニヤは口を半開きにして呆然としてしまう。
結婚?
その単語が幾度か脳内を駆け巡り、その意味を把握した。
私と!? と、驚愕だ。
「ま、まだ早くない?」
「早いかな?」
「い、いや、早く……ないかな……」
ガラナイとは六歳の時にラムラッドへ亡命してからの仲であるし、十歳からずっと口説かれていたと思えば、確かに早くは無いだろう。
だけれど、サニヤは、もっと二人の仲を深めてからでも……と思うのだ。
しかし、その一方で、十分過ぎる程に一緒に居られたかと思うのである。
「サニヤ……ありがとう」
優しく微笑むガラナイの顔に、サニヤは顔が真っ赤に火照るのを感じ、顔を背け、感謝の言葉なんて要らないと照れ隠しの言葉を述べると、顔を見られたくないので「さっさと自分の隊に戻りなさいよ」とツンケンとした態度をしたのだ。
これにガラナイは幸せそうな笑みで、そうだな。それじゃ、と手を振ってサニヤから離れた。
サニヤは顔を俯かせて、ニヤケそうになる口元を必死に抑えるのである。
しかし、サニヤは知らぬ事であるが、ガラナイは既にサニヤへ抱いていた恋愛感情が妹のような親愛の情に変わっているため、サニヤと結婚するという話な訳がないのだ。
もっとも、サニヤはガラナイが以前と変わりなく、自分を愛しているのだと思い込んでいる為に、このような勘違い起こしてしまった。
彼女は天にも昇るような気持ちで行軍する。
しかし、一抹の不安があるとすれば、この戦争だ。
偵察の報告による所では、ラムラッドの防衛を任されていた騎士は、撤退してきたサリオン軍にルーガ軍が居ない事を不思議に思い、サリオン軍をラムラッドへ入れてないそうだ。
なので、このまま行けば、ラムラッドと王国軍で挟撃の形となる。
この戦いが終われば、この大規模な反乱も一応の収束を迎えるだろう。
だから、サニヤは、この戦いを無事に終わるようにと祈るのであった。
果たして、サリオン軍は王国軍の接近に気付くと、ラムラッドを迂回して逃亡を図るので、ルーガ軍を先頭に追撃が行われる。
ルーガ軍の旗を見たラムラッドからも出陣し、サリオン軍の横腹を突いた。
こうして散々な攻撃を受けたサリオン軍は、それでも何とか国王軍の追撃を振り切って逃亡したのである。
サニヤは後方支援なので前線の様子は分から無かったが、サリオン軍撤退の報せに、なぁんだただの杞憂だったか。と、思ったのだ。
しかし、どうにも前線から帰ってくるルーガ軍に負傷者が多く感じた。
戻ってくる兵に事情を聞くと、サリオン軍は撤退を開始する前に一度、転進して突撃を敢行したのだという。
これにルーガ軍は最後の最後で被害を受けてしまったのだ。
サニヤは嫌な予感がして、ガラナイはどうなったか聞いた。
どうか無事でいて欲しいとサニヤは願うのであるが、兵は言いづらそうに眉を寄せるのだ。
何で黙ってるのかとサニヤが怒鳴った瞬間、戻ってくるルーガ軍の中から、ガラナイの叫び声が聞こえてきた。
痛い。痛いと悲痛な叫び声である。
まさか! そんな!
サニヤは絶望の底へと叩き落とされるような気持ちで、兵達を掻き分けてガラナイの元へ向かうと、兵達に支えられて歩いているガラナイと、呆れた顔のルーガが居た。
「落ち着かんか。たかが落馬しただけだろう」
ルーガに言われるガラナイはすすり泣き、「だってよ。折れてるんだぜ」と今にも死にそうな声で言うのだ。
確かにガラナイは見た所、右腕がおかしな方に向いているだけで、どこも異常は無さそうである。
すると、先ほどの兵が「骨折ですので、無事と言うべきか迷いまして……」と言った。
サニヤは全身の力が抜けて、馬の首筋をもたれかかる。
何よ、もう! たかが骨折くらいで人騒がせ!
サニヤに気付いたガラナイが「サニヤぁ。痛すぎて死んじまう」と情けない声を出しながらすれ違って来たので、「じゃ、死ねば」と、骨折した腕を蹴るのであった。
ルーガ軍に幾らかの被害は出たが、ラムラッドからサリオンは撤退したので、マルダーク王国の勝利であろう。
カイエンは被害状況を聞き、思ったよりもルーガ軍に被害が少なくて安堵した。
いくら裏切りの代償とは言え、彼らにあまり大きな被害を出させるのは忍びない気持ちだったのだ。
強いて深刻な被害として伝令が挙げたのが、ルーガの息子のガラナイが怪我をしたという事である。
そんなに酷い怪我なのかとカイエンが聞けば、骨折しただけだけれども、サニヤが骨折部位を蹴ってかなり痛がっていたと言う話であった。
何をやっているんだあの子はと、カイエンは目頭を押さえたが、伝令の話では、二人はそう言う関係みたいですと言うので、ホッと安堵する。
むしろ、そう言う関係とは……親友なのか、それとも?
サニヤも年頃だから、そう言う相手の一人くらい居るだろう。
いや、居ないと親としてちょっと複雑な気持ちになってしまうから、多分そう言う相手なのだろうとカイエンは考え、兵達をラムラッドへ進ませた。
ラムラッドは豊かな町だが、城壁に囲まれているため、この兵達を駐留させられる広さの土地が確保出来ず、ラムラッド前の草原に陣を敷くことにする。
兵達は少々不満顔であったが、報酬として給金を弾んで渡すと文句をいうものは居なかった。
とは言っても、彼らは今までカイエンの私兵だったものが、ルカオット直下の公兵として昇進したようなものなので、給金が上がったのも当然と言えば当然であろう。
それから、ラムラッドを守っていた騎士にも、状況を良く判断したと、男爵の位と報酬を渡す。
彼はルーガの寄子騎士であるが、これで寄親のルーガと同等の階級となった。
実を言うと、寄子騎士が活躍めざましく、寄親の貴族と同列になる事は極々稀にあり、そういった場合には寄子から独立して貴族となる事もできるのだ。
一般市民が貴族となる数少ない道の一つである。
彼はそれに喜び、ルーガも寄親として彼の叙勲に喜んだ。
寄子が叙勲されること程、寄親にとって嬉しい事は無いのである。
もっとも、叙勲とは言ってもカイエンには任命権が無いので、一度王都へ戻って、ルカオットが直々に男爵の位を任命する形になるのだ。
もちろん、この騎士以外にも兵達への賞罰やらなんやらもあったし、ラムラッドの状況を確認したりする必要もあった。
それから、兵舎にて、ルーガと今後、ラムラッドをどうするかの話もしなければならなかったのである。
兵舎では他に、戦死者の数の統計。
報酬や糧食の総出費。
サリオン軍の想定被害と立て直しにかかる期間等をテキパキと書類にしたためる。
その、計算や纏める速度たるや、他の騎士達が「さすがは防府太尉殿」と舌を巻くほどだ。
実はカイエン、かなり大急ぎで業務をこなしていた。
内心、早くリーリルと会いたかったからだ。
それと、まだ見ぬ息子達とも。
それでも結局、仕事は夜中までかかってしまい、その日はリーリル達に会うことが出来ずに眠りにつく。
その夜、カイエンは夢を見た。
森に隠れる大鷲になって、日々を寝て過ごしている夢だ。
白い鳩と一緒の巣に住み、黒い子烏が二匹の子鳩の世話をしていた。
ある日、カイエンが空を飛んでみると、大嵐に遭い、吹き飛ばされてしまう。
やれやれあまり飛びたくなんて無いのに。
しかし、強風に好き勝手されないよう、その大きな翼を広げて、ぐんぐんと上へ上へと昇った。
早く皆の待つ巣へ帰らなくちゃと思っていると、空へ昇っていく途中で王冠を被った小鷹が居たので、背中へ乗せてやる。
やがて雨雲を越えて、青い空に出た。
もう大丈夫。嵐は抜けたよ。
カイエンが言えば、小鷹は小さな声で、僕はもう疲れたよ。と言う。
何に疲れたんだい。とカイエンが聞けば、この王冠を被るのに。と答えた。
小鷹は頭をもたげて、王冠をカイエンの頭へ乗せると、「僕はもう疲れたんだ」と言って、嵐の雲海へと飛び降りたのだ。
そこでカイエンは目覚めた。
窓から外を見れば、太陽はだいぶ昇っている。
夜更かしし過ぎて寝坊をしたようだ。
とは言っても、カイエンを誰が咎めるなんて事も無いが。
なんて思っていると、「ようやく起きたのね。寝ぼすけ」なんて言われた。
ふと、声のする方を見ると、ベッドの脇に白い髪の女性が座って、青い瞳でカイエンを見ている。
「急いでラムラッドにやって来たのに、あなた、いつまでも起きないんだもの。酷いよ」
リーリルだ。
イタズラっぽい笑みを浮かべて、カイエンの目をジッと見ている。
昨日、サニヤはラムラッドへ到着するやいなや、ラムラッドを出てリーリル達の居る村へ輸送に使う馬車を走らせ、明け方にリーリル達を連れてきたのである。
しかし、カイエンはなんでリーリルが居るのか分からず、意地悪そうにクスクスと笑う彼女を見て、まだ夢に居るのかと思った。
だから、声がすぐに出せなくて、じっと彼女を見つめ続けたのである。
「リーリル……」
何とか絞り出した声は、彼女が本当に自分の思う人なのかを、確認する呟きだ。
それに彼女は優しく微笑み、「はい」と答えたのである。
「ただいま……」と、震える声でようやく言うと、「お帰りなさい」と優しく返された。
カイエンはリーリルを優しく抱き締め、リーリルも抱き返す。
二人とも何も言わない。
再会を表すのに言葉は要らなかった。
ただ、お互いの存在を感じられればそれで良かったのである。
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だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない
猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。
まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
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