没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟

失恋

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 ラムラッドの戦いは終わった。

 そして、家族を連れて王都に戻ったカイエンに、ルカオットより休暇が言い渡された。

 大きな円卓が置かれた会議の間で、今後の方針や政策を話そうかと言うときに休暇と言われたのでカイエンは面食らう。

 これから忙しくなる時期だというのに、なぜ自分が休暇なのかとカイエンは問うた。
 ロイバックが耳打ちしてからルカオットは「防府太尉は国防の要。敵である反乱軍もしばらく動けないだろう。ならば取り急ぎやるべき仕事も無いのだから、しばらく休むが良い」と言う。

 確かに、国防の要であるカイエンは、敵が攻めて来ない限りは時間に余裕があるのだ。
 裏を返せば、しこたま敵の戦力に打撃を与えた今くらいしか、暇が作れないとも言える。

 どうやら、ロイバックやキュレインがカイエンの労をねぎらって休ませようとしているようだ。

 それにルカオット自身も「ご家族と会えたと聞きましたからね」とも言った。
 家族との親睦を深めろということである。
 これにカイエンは深々と頭を下げて、休暇となった。

 それから数日間。
 まず、カイエンは首都にあるかつてのガリエンド家の屋敷にて、家族皆と共に過ごす事にした。
 だが、一つの問題としてザインとラジートがある。

 二人はカイエンを嫌った。
 カイエンの顔を見るだけでムッツリとして睨みつけるのだ。

 リーリルはカイエンと共に過ごす事を大変喜んだし、サニヤはカイエンの前では微妙な距離感を維持するものの影ではとてもとても嬉しがっていたのである。
 だがそれが、ザインとラジートからすると大好きな母と姉を奪われたように感じたのだ。

 これも一つのエディプス・コンプレックスと言うものであろうか。
 大人しい二人がカイエンを前にすると、露骨に嫌な顔をするのである。

 カイエンが話し掛けてもまったく無視をしてしまうので、その二人の態度にサニヤは怒った。
 もっとも、カイエンに言わせれば、かつてのサニヤの反抗期に比べれば全く可愛いものであるが。

 そのサニヤであるが、ある日、皆で食事をしている時に「私、結婚するかもしれない」と報告した。

 これには全員が驚きを隠せない。
 特にカイエンは、サニヤにそう言う相手くらい居なくちゃと以前は思っていたのに、いざそう言う報告を受けると、大変に驚愕してショックを受けた。

 やはり相手はルーガの倅かと聞けば、サニヤは知ってたんだと言うのである。

 これはいよいよ間違いない。
 いやはや、カイエン自身驚くほど、サニヤが誰かのもとへと向かうことにショックなのだ。

 いわゆるアブラハム・コンプレックスというものだ。
 子はいつまでも父の所有物ではなく、その権威的な|与える愛(パターナリズム)を否定して巣立っていく。
 これが父にとっての愛を否定される形であるため、父は子の精神的離去に衝撃を覚えるのだ、

 このように、家族全員集合したのに、さっそくカイエン家には波乱が起こっている。
 いや、家族の問題というよりは、カイエンが父として乗り越えねばならぬ問題であるが。

 一方、問題はカイエン家だけで起こっているわけでもなかった。
 
 ある日、カイエンの元へとハリバーが病に伏せったと報せが来たのである。
 仕事で忙しい時ならともかく、今は暇を持てあましているので、カイエンはハリバーの見舞いへ向かう事にした。

 実は、ハリバーは決戦の直前から体調を崩していたのであるが、無理をおして出陣していたのである。 
 その無理が祟ったか、病気が悪化したらしい。

 当然、カイエンの軍師として良くしてくれたハリバーを無視する訳にもいかない。

 ハリバーは貴族区の隅にある質素な造りの家に、召使いも雇わずに住んでいる。

 カイエンの恩人ならばと付いてきていたリーリルと共に、家へ入ると、二階から「どなたかな?」とハリバーの声がした。

 二階へ向かうと、ベッドでぐったりとしているハリバーが居る。

 彼の顔は青ざめて、元々痩せ型だった顔がますます痩せ細り、なんだか随分と老けこんでいた。
 傍目(はため)に見ても非常に体調が悪そうだ。

 ハリバーはリーリルをチラリと見る。
 リーリルがカイエンの妻だとすぐに気付いたようで、カイエン殿に似合いの優しそうな奥方様だと笑う。

 カイエンはそんなハリバーにリーリルを紹介する。
 ハリバーも自己紹介すると、リーリルは彼へ、何か食べているのかと聞いた。

 ハリバーは、ベッドから起きるのも辛いのでここ数日はろくに食べてないと答える。

「体調も悪くて喉をとおりませんでな」と、力無くもひょうきんに笑った。
 相変わらずハリバーは掴めない男だ。
 態度だけ見れば、まだまだ元気そうに見える。

 もっとも、仮病による嘘では無いのが周知の事実だ。

 なのでリーリルは「体調の悪いときこそ食べねばいけません」と言うと、何か作りますので台所を借りますと部屋を出て行く。

 ハリバーは肩をすくめて「老いさらばえて、寿命が来ているだけですがね」とカイエンへ言う。

「ハリバーにはまだまだ、僕達を助けて欲しいのですが」
「ラキーニが居るでしょう。あの子はようやってくれますわな」

 ハリバーが言うには、自分が病に伏せってからラキーニは毎日、家へ訪問して、その知識をほとんど取得するのである。

「真面目な奴だけど、夢に向かって一途な馬鹿だからなぁ」

 かつて、ラキーニが言っていた会いたい人が居るという話であろう。
 そのためにも、軍師として優秀になろうとしているのだ。

 カイエンは「そう言えば、ラキーニのどこが気に入ったのですか?」と聞いた。

 ハリバーはラキーニの事を馬鹿だから気に入ったと言っていたが、具体的にどこが気に入ったのか知りたくなったのである。

「ありゃ女のためでしょう? 女のためにあそこまで頑張る馬鹿は嫌いじゃぁ無いんですな。これが」

 ハリバーは遠い目をして、私は駄目でしたがね。と言うので、カイエンが何があったか聞くとポツポツと昔話を語り始めた。

 彼はマルダーク王国南方の、山あいにある名もなき村に産まれたのだという。
 
 十五で幼馴染みの妻を娶り、二人の息子と一人の娘に恵まれ、ハリバーは子育てしながら毎日毎日、畑を耕す毎日を送っていた。

 ハリバーが二十歳頃の時、彼に人生の転換が訪れてしまう。
 南方の国がマルダーク国へ侵攻して来たのだ。
 ちょうど村のある山の反対まで来ていると聞き、当時から戦争に興味があったハリバーは、山を越えてその様子を観察したのである。

 当時、征南公であったキュレインの祖父が率いる軍が迎え撃ち、戦いを始めた。

 その時は、その迫力にハリバーは圧倒されたものである。
 結局、南方の国は敗走。
 彼らは追撃をまくために、森の中へ逃げ込んだのである。

 こうして、その戦いを見届けたハリバーが村へと戻ると、なんと、村が燃えていた。
 敗走した兵達が、逃亡の物資を略奪していたのである。

 ハリバーは彼らが居なくなるまで森の中へ身を隠していた。
 思い返せば、全く情けない事だとハリバーは昔を思い出して自嘲の笑みを浮かべる。

 その兵達が居なくなったのを見計らい、ハリバーが自分の家へ戻ると、家は焼けて灰になっていた。
 どうにも家族の姿が見えず、まさかと思って瓦礫をどけると、ハリバーの妻と子供達は真っ黒に変わり果てた姿となっていたのである。

 ハリバーはもしかしたら、その時に気が狂ったのかも知れないと、自分自身思う。

 それから人と会うことを避けて山へ入り、ひたすら戦争の研究にいそしんだ。
 あの時、戦争見物に行かなければ、あるいは家族を守れたかも知れない。
 あるいは、せめて家族と共に死ぬことは出来ただろう。
 なのに、自分可愛さに家族を見捨てた。

 ハリバーの中で、家族と戦争を秤(はかり)にかけて、戦争を取ったから、家族が死んだのだろうと思うのだ。
 神様が、軍略家になるか家族を守るかと言ったに違いないとハリバーは言う。

 カイエンは、それは結果論だと反論した。
 確かに、ハリバーが戦争見物に行ったとき、村や家族がこんな目に遭うなどと誰が分かろうか。
 それは戦争と家族を秤にかけた事にはならないのだ。

 しかし、ハリバーにとってそんな理屈はどうでも良かった。
 なぜならば、理屈では無く感情だったからだ。
 結局、家族を見捨てた自分というものを正当化するには、戦争見物に行った事を正当化する必要があった。
 だから、戦争を研究したのであろうか。

「なんにせよ、ラキーニが私の研究を受け継いで、さらに愛する人と結ばれたら、私ゃ嬉しいんですよ」

 なりたかった自分。
 やりたかった事。
 ラキーニに自分を重ね、ラキーニに成功して欲しいと思うから、弟子にしたのだ。

「ま、これが私の人生ですな。老骨の無駄話に付き合っていただいて、ありがとうございます」

 ハリバーはひょうきんに笑って話を終わらせた。

 ちょうどその時、ラキーニを連れて、リーリルがスープを持ってやって来る。
 
 ちょうど玄関で会ったのだという。

 リーリルはラキーニの事をしっかりと覚えていて、まさかラキーニ君が居るなんてと驚いていた。

 ラキーニはラキーニで、リーリルとカイエンが居るという事は、サニヤが居るのでは無いかと思って喜んでいる。
 だが、彼女が留守番してると聞いて落胆した。

 ラキーニが好きな相手はサニヤだ。
 しかし、カイエンはその事で心苦しく感じている。

 というのも、サニヤはガラナイと結婚するかもしれないと言っていたからだ。
 ラキーニの恋の夢、敗れる事が間違いないのだから、これは何とも気まずい。

 ラキーニに秘密にするのは酷では無いかと考える一方、黙った方が良いかも知れないと感じて、カイエンは頭を悩ませたのである。

 結局、カイエンはラキーニに何も言わずにハリバーの家を出た。
 繊細(デリケート)な問題であるから、迂闊に触らぬ方が良いだろうと思ったのである。
 しかしそれは正しい表現では無く、カイエンは恋愛というものが分からなかったので、ラキーニのために良いと思う方を決断をすることが出来なかったのだ。

 深い溜息をついて家路へつくカイエンの隣で、リーリルは、サニヤもモテるわねなんて呑気に笑っていた。

 いや、カイエンはリーリルを呑気と思うが、実際には違う。
 リーリルはカイエンに裸で迫り、半ば無理矢理に関係を持った女性であり、いわば恋の主体は女性にあると思っているのである。
 つまるところ、この恋はサニヤの選択次第なのだと思っている。
 だから、リーリルはラキーニよりもサニヤの視点でモノを見てしまうから、呑気に笑うのだ。

 そんな二人が屋敷に帰ると、ザインとラジートが出迎えた。
 二人は甘えたようにリーリルのスカートを掴んで笑う。
 八歳の二人は甘えん坊で、リーリルにくっついて離れないのである。
 しかし、その一方でザインもラジートも、カイエンを不満そうな顔で見るのだ。

 そんな二人へリーリルが、サニヤはどうしたのかと聞くと、「お姉様はダイニングで知らない人と話してる」と言うのである。

 訪問者が居たのかと、カイエンとリーリルがダイニングへ向かうと、そこにはガラナイとサニヤが向かい合って座っていた。
 それと、ガラナイの隣に知らない女性。

 なぜかサニヤは口を半開きに、呆然としていた。

 カイエンはガラナイとラムラッド防衛戦にて顔を見合わせていたので、ルーガの息子のガラナイ君だねと言う。
 リーリルは四年ぶりの再会で、随分と精悍になりましたねと笑った。

 ガラナイは席を立って、ペコリと頭を下げると隣の女性を立たせる。

 ソバカスと赤毛の若い女性で、服装を見たところ貴族では無く平民か。
 緊張してカチコチに固まっている。

 その女性がどうしたのであろうかとカイエンが疑問に思っていると、「伯父さん。私はこの人と結婚します」とガラナイは言ったのである。

 カイエンとリーリルは、あれ? 話が違うなと、疑問符が浮かんだ。
 
 そんな首を傾げているカイエンとリーリルは嫌な予感がして、疑問を口にすること無く、ザインとラジートが「おじさんだれー?」と話しているのを見ていることしか出来ない。
 
 おいおい昔遊んであげただろと話しているガラナイ。

 そんな彼へ、カイエンは勇気を振り絞って「えっと、すいません。ご結婚と言いますが、どういう経緯で?」とようやく口を開いて聞いた。

 サニヤから聞いていた話と随分違うのであるから、一体全体どう言う事か理解する必要があった。

 すると、ガラナイは、ラクマージを陥落させた後、兵に襲われそうになっていた彼女を助け、彼女はお礼にとラクマージ征圧戦でいつの間にか怪我していたガラナイの軽い傷を丁寧に治療してくれたのだという。
 互いに、その優しさに惹かれ合い、結婚することを決めたのだと言った。

 カイエンが、サニヤの事はどうだったのかと聞けば、ガラナイは気恥ずかしそうに「四年前は確かに好きでしたが、今は特にそう言う感情はありません。サニヤも俺のこと嫌いですし」と頭を掻いたのである。

「あ。もちろん、サニヤは大切な戦友ですし、妹みたいなものだと思っています」

 妹みたいなもの。
 ガラナイの後ろで、サニヤがショックを受けた顔をしているのをカイエンとリーリルは見た。

 しかし、なんという事であろうか。
 サニヤのあのツンツンとした照れ隠しの態度が、ガラナイを嫌っていると思わせてしまったのだ。
 あるいは、サニヤがもっと素直な態度を見せることが出来たならば結果は違ったかも知れない。

 今さらそれを言っても詮無きこと。
 サニヤは自分が全く愚かで、情けなく、価値の無い存在だと思う。
 素直になれない自分のせいで失恋し、あまつさえ、結婚の話を自分に向けられたものだと思ってそれを親に言ってしまった。

 恥ずかしくて恥ずかしくて、サニヤは死にたい気分である。
 まさに穴があったら入りたい気分だ。
 今すぐに穴へ板と釘を打ち付けて、真っ暗闇の中でうずくまって叫びながら転げたい気持である。

 そんなサニヤは、それでも精一杯気丈に振る舞って「良い相手見付けられて良かったじゃん。『お兄様』」なんて意地悪く笑って席を立つと、ガラナイの肩へポンと手を置くのであった。
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