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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟
愚父
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ガラナイが結婚を発表して翌日、サニヤが家を出た。
行き先も告げず、夜中のうちに家を飛び出したようである。
防府太尉の娘が家を出たとあって、大騒ぎになりかけたのであるが、それを収めたのは誰であろうカイエンであった。
サニヤが家をすぐに出るのは今に始まったことで無し。
それに、彼女ももう子供では無いし、すでに一角の武人だ。
尊重すべき個人として、彼女が家を出るならば、それを尊重すべきだと思うのである。
それに、正直、婚約を自分がされたと勘違いしていた恥ずかしさを思えばこそ、むしろ放っておくべきなのだろう。
もはや彼女は庇護されるべき存在では無いのだ。
カイエンもリーリルもそれを分かっているので、事を荒立てず、随分と落ち着いたものである。
もっとも、ザインとラジートはサニヤがまた居なくなったと泣いたのであるが。
かつてガラナイの元へサニヤが走った時も、彼らはこのような調子であったらしく。
その時は何とかなだめたのであるが、今回またしても泣きじゃくってしまうのだ。
彼らは、愛犬のライが居なくなってしまった事をまだ気にしており、自分達の前から誰かが居なくなると、ライのようにずっと会えなくなるのでは無いかと不安になってしまうのである。
そして、挙げ句の果てには、カイエンのせいでサニヤが家を出たのだと言い、まるでかつてラーツェのせいにしていたサニヤのようであった。
しかし、ザインとラジートの不安をよそに、結局、サニヤは一週間程で帰ってきた。
サニヤは服を厚重ねして、手足や顔に包帯を巻いていたのである。
その時、カイエンは休暇を終えた日で、王城へ出勤のため登城していたのであるが、ちょうど城門の衛兵とサニヤが揉めていたのだ。
カイエンが衛兵にどうしたのかと聞けば、騎士として雇って欲しいと言う変な輩が来たので問答していたのだという。
衛兵の言葉を聞いたカイエンが、その人物を見ると、明らかにサニヤなので「サニヤじゃ無いか。戻ったのか」と言うと、彼女はサニヤじゃ無いと言うのである。
その声音は、男の声のような太い声を出そうとしているサニヤの声にしか聞こえず。
まるで男児のような幼い声にしか思えないのだ。
その男児の声で、自分はサニヤでは無くサーニアだと言うのである。
何の捻りもない偽名にカイエンは噴き出しそうになってしまうが、グッと堪えた。
ここで下手に笑ってしまっては、ただでさえ傷付いているサニヤの自尊心に追撃を加えかねない。
なので、騙される事にして、「分かりました。サーニアさん」と認めれば、サーニアは満足げに鼻から息を出した。
サニヤがよくやる、あの得意気な顔が包帯の下で作られているのが容易に想像できよう。
しかし、一体なぜ騎士になりたいのかと聞けば、王国軍で戦いたいからだと言う。
「私はこの王国の騎士に勝てる」
だから、騎士にすべきだと豪語したのだ。
しかし、騎士とはそのように簡単になれるものではない。
騎士になるのに、単純な強さとは無関係なのである。
何せ、騎士とはまがりなりにも貴族の一端。
主君や民に尽くす高潔さ。
兵達を率いるカリスマ。
法を遵守し、時として人を裁く公平さ。
全てが備わっていることが認められて、初めて騎士となるのだ。
しかし、サニヤ……いやさサーニアはそれを知らなかった。
彼女は王制が一時的に崩壊した際、ルーガによって指揮官として便宜上、騎士に任命され、その後にルカオットの下へルーガが参入したため、うやむやなままサニヤは騎士階級となっていたのである。
そのため、彼女は騎士より強ければ騎士になれるだろう位の気持ちだったのだ。
だから、カイエンに断られた時、憤然としてのである。
「じゃあどうすれば雇ってくれる」とサーニアが苛立ち紛れに聞いてくるので、「傭兵としてなら……」とカイエンは答えた。
なんだ雇ってくれるならそれでいいやとサーニアは了承するのだが、カイエンとしてはサニヤを傭兵に雇いたくない。
傭兵というものは非常にガラが悪い。
言葉や物腰が悪いばかりか、普段は犯罪者や盗っ人なんて輩まで居るのだ。
あまり職業で人を差別するべきでは無いが、傭兵にはまともな教育や倫理観を持たない人間が多いのも事実。
中には、攻め落とした町の女を辱しめるためだけに傭兵になるような奴まで居る。
そんな輩の中に愛娘を投げ込むなんて、なんでカイエンに出来ようか?
なので、カイエンは女一人を雇うわけにはいかないと言う。
サーニアはしばし考えた後、「仲間なら居る」と言うのだ。
「それは信頼できる仲間ですか?」
「ああ」
カイエンは思う。
リーリルから聞いた話では、殆ど誰と交流する事の無い八年間だったというし、ルーガから聞いた話ではサニヤにそのような仲間は居ないだろうから、サーニアは口から出任せを言っているのだろう。
ならばその仲間を連れてきて頂いても? と聞けば、ちょっと待ってろと彼女は踵を返したのだ。
果たして彼女は、本当にそのような仲間を連れてくるのだろうか。
もしも、傭兵のようなガラの悪い連中と付き合いがあったらどうしようかとカイエンは内心で悩むのであるが、そのような態度はおくびにも出さず、サーニアが戻ってきたら呼ぶように衛兵へ伝え、カイエンは執務室へ向かった。
かつてはメイドや貴族が多かったが今ではすっかり人もまばらになった王城を歩きながら、カイエンは仕事に集中しようと思うのである。
しかし、実際に執務室についても、サニヤが一体どんな人を連れてくるのか気になって、これが中々仕事に手が付かない。
書類棚から、軍事費や正規兵、傭兵、武器食糧の出費などが書かれた書類を取り出して、意味も無くパラパラとめくると、また書類棚へ戻す。
その次に部屋の中をうろうろとして、執務机の椅子に腰掛けると、また落ち着かず立ち上がった。
そうだ、資料を読もう。と思う。
休暇期間中にロイバックやキュレインが資料を纏めてくれたので、読まねばと思ったのだ。
カイエンの休暇期間中、全領土へ和平の使者を派遣たらしい。
その和平の元、ルカオットの配下へ戻ってきた者と、反乱軍に与する事を選んだもの、そして、独立を宣言して王となった者のリストである。
他にも、サリオン軍からの投降兵から聞いた、サリオン領の状況や戦力から導き出される対抗策や遠征策も考えなければならない。
資料を開いて椅子に座る。
であるが、サニヤのお仲間の事が気になって落ち着いて座ってなど居られなかった。
昔はこんな事で落ち着かなかった事があっただろうか?
かつてはもっと仕事に真摯に取り組めたのに……と、思うのである。
もっとも、かつてのカイエンも、左遷されて仕事が滞ったり、サニヤを拾って仕事を張り切って終わらせたり、自分の心理的な面に置いて仕事の出来が左右される人間であったが、今ではもう忘れていた。
サニヤもといサーニアが早く戻ってこないかと思いながら執務室をうろうろするばかりで仕事に手が付かないので、気分転換がてらに王城を歩く事にする。
廊下を歩き、書庫を歩き、庭園を歩く。
庭園は、かつては手れされた薔薇が美しい庭園を造っていたが、今では所々焼け焦げて見る影もなく、庭師がのんびりと修復に努めている。
カイエンは何か気を紛らわせられるものでもあればと、庭園を歩いていると、赤子を抱いている乳母を連れたサルハが居た。
元々はルーガの元に身を隠していたサルハであるが、テュエルがマルダーク王国の忠義を通して戦死したことから、彼の遺児を反乱軍のルーガの元では無く、王城で養う事にしたのである。
サルハはその遺児の後見人だ。
そして、その遺児の名はリュオ。階級は伯爵。
子爵であったテュエルは忠義の功により昇進して伯爵となり、サーラル家の生き残りであるリュオがサーラル家の家督と伯爵の地位を継いだのである。
サルハはカイエンが庭園を歩いているのを珍しく思ったようで、どうしましたと聞いてきた。
カイエンは声を潜めて、サニヤが帰ってきたのだと伝える。
それは喜ばしい事であるにも関わらず、カイエンは少し思い悩んでいるようであるし、そもそも、なぜ声を潜ませるのか訝しむサルハ。
そんなサルハへ、サニヤが不良な連中と付き合いがあるのでは無いかと相談した。
「サルハは十五くらいの時はどうでしたか?」
カイエンに聞かれて、サルハはそんなことで思い悩んでいるのですかと笑ってしまう。
何も笑うことなんて無いのにとカイエンは思うのであるが、サルハに言わせれば、あの超然的にも思えるカイエンがそのように俗な事で頭を抱えるとは、完璧人間なカイエンも意外と立派に父をしていると感じた。
「しかし、そうですね。私が十五の頃ですか」
サルハが十四、十五の頃は普通の娘だったらしい。
父親がサーラル家の寄子騎士をしていたため、平民よりは贅沢な暮らしが出来たが、それを差し引いても普通の娘。
普通……と、言うのは、つまり清廉潔白でもなく、それなりに悪いこともしてたと言うことで。
「お恥ずかしながら、庶民に変装して酒場へ入り浸っていました」
未成年なのに、連日連夜、酒を飲んでいたそうだ。
サルハとしては、つまるところ、多少の悪さは若いうちにしてしまうものだから気にする必要は無いと言いたいのであるが、カイエンはサルハでさえ悪い事をしたならば、きっとサニヤも悪い事をしてしまっているに違いないと思い、絶望の気分である。
「ありがとう……。うん、参考になりました……」
何とか声を絞り出すカイエンは、何だかこの会話の間にやつれ果てたような雰囲気に変わっていた。
もしもサニヤが不良な連中と関係を持っていたら……?
カイエンの考えはあり得なく無いだろう。
なにせ、サニヤはルーガ軍に居たとき、王都で冬を越していたのだ。
その時に、酒場で悪い連中に出会っていたやも知れぬ。
ああ、もしもサニヤがそんな連中に影響されてアピエン漬けになってみろ、カイエンはショックで死んでしまうかも知れない。
サルハと別れて、カイエンは力なく王城へと戻っていった。
別れ際に、サルハはカイエンの様子を不安そうに「参考になれば幸いです」と言っていたが、カイエンには十分過ぎる程に参考になったのだ。
カイエンは、当時防府公であった父の元で育ち、十歳から見習い騎士としてローリエット騎士団に士官し、十九歳では嫁と土地を拝命した男で、その青春は普通の人と違う。
ゆえに、庶民にとっての普通というものをこの歳にして知り、カルチャーショックを受けたのである。
そんな衝撃でフラフラと歩く生ける屍の元へ、兵士がやって来て「カイエン様。サーニアと名乗る者が目通りを願っております」と言う。
ついにこの時が来たか。
しかし、待ちわびた時の筈なのにカイエンの心は淀み、足は重く、会いたくないと言う気持ちしか湧かなかった。
行き先も告げず、夜中のうちに家を飛び出したようである。
防府太尉の娘が家を出たとあって、大騒ぎになりかけたのであるが、それを収めたのは誰であろうカイエンであった。
サニヤが家をすぐに出るのは今に始まったことで無し。
それに、彼女ももう子供では無いし、すでに一角の武人だ。
尊重すべき個人として、彼女が家を出るならば、それを尊重すべきだと思うのである。
それに、正直、婚約を自分がされたと勘違いしていた恥ずかしさを思えばこそ、むしろ放っておくべきなのだろう。
もはや彼女は庇護されるべき存在では無いのだ。
カイエンもリーリルもそれを分かっているので、事を荒立てず、随分と落ち着いたものである。
もっとも、ザインとラジートはサニヤがまた居なくなったと泣いたのであるが。
かつてガラナイの元へサニヤが走った時も、彼らはこのような調子であったらしく。
その時は何とかなだめたのであるが、今回またしても泣きじゃくってしまうのだ。
彼らは、愛犬のライが居なくなってしまった事をまだ気にしており、自分達の前から誰かが居なくなると、ライのようにずっと会えなくなるのでは無いかと不安になってしまうのである。
そして、挙げ句の果てには、カイエンのせいでサニヤが家を出たのだと言い、まるでかつてラーツェのせいにしていたサニヤのようであった。
しかし、ザインとラジートの不安をよそに、結局、サニヤは一週間程で帰ってきた。
サニヤは服を厚重ねして、手足や顔に包帯を巻いていたのである。
その時、カイエンは休暇を終えた日で、王城へ出勤のため登城していたのであるが、ちょうど城門の衛兵とサニヤが揉めていたのだ。
カイエンが衛兵にどうしたのかと聞けば、騎士として雇って欲しいと言う変な輩が来たので問答していたのだという。
衛兵の言葉を聞いたカイエンが、その人物を見ると、明らかにサニヤなので「サニヤじゃ無いか。戻ったのか」と言うと、彼女はサニヤじゃ無いと言うのである。
その声音は、男の声のような太い声を出そうとしているサニヤの声にしか聞こえず。
まるで男児のような幼い声にしか思えないのだ。
その男児の声で、自分はサニヤでは無くサーニアだと言うのである。
何の捻りもない偽名にカイエンは噴き出しそうになってしまうが、グッと堪えた。
ここで下手に笑ってしまっては、ただでさえ傷付いているサニヤの自尊心に追撃を加えかねない。
なので、騙される事にして、「分かりました。サーニアさん」と認めれば、サーニアは満足げに鼻から息を出した。
サニヤがよくやる、あの得意気な顔が包帯の下で作られているのが容易に想像できよう。
しかし、一体なぜ騎士になりたいのかと聞けば、王国軍で戦いたいからだと言う。
「私はこの王国の騎士に勝てる」
だから、騎士にすべきだと豪語したのだ。
しかし、騎士とはそのように簡単になれるものではない。
騎士になるのに、単純な強さとは無関係なのである。
何せ、騎士とはまがりなりにも貴族の一端。
主君や民に尽くす高潔さ。
兵達を率いるカリスマ。
法を遵守し、時として人を裁く公平さ。
全てが備わっていることが認められて、初めて騎士となるのだ。
しかし、サニヤ……いやさサーニアはそれを知らなかった。
彼女は王制が一時的に崩壊した際、ルーガによって指揮官として便宜上、騎士に任命され、その後にルカオットの下へルーガが参入したため、うやむやなままサニヤは騎士階級となっていたのである。
そのため、彼女は騎士より強ければ騎士になれるだろう位の気持ちだったのだ。
だから、カイエンに断られた時、憤然としてのである。
「じゃあどうすれば雇ってくれる」とサーニアが苛立ち紛れに聞いてくるので、「傭兵としてなら……」とカイエンは答えた。
なんだ雇ってくれるならそれでいいやとサーニアは了承するのだが、カイエンとしてはサニヤを傭兵に雇いたくない。
傭兵というものは非常にガラが悪い。
言葉や物腰が悪いばかりか、普段は犯罪者や盗っ人なんて輩まで居るのだ。
あまり職業で人を差別するべきでは無いが、傭兵にはまともな教育や倫理観を持たない人間が多いのも事実。
中には、攻め落とした町の女を辱しめるためだけに傭兵になるような奴まで居る。
そんな輩の中に愛娘を投げ込むなんて、なんでカイエンに出来ようか?
なので、カイエンは女一人を雇うわけにはいかないと言う。
サーニアはしばし考えた後、「仲間なら居る」と言うのだ。
「それは信頼できる仲間ですか?」
「ああ」
カイエンは思う。
リーリルから聞いた話では、殆ど誰と交流する事の無い八年間だったというし、ルーガから聞いた話ではサニヤにそのような仲間は居ないだろうから、サーニアは口から出任せを言っているのだろう。
ならばその仲間を連れてきて頂いても? と聞けば、ちょっと待ってろと彼女は踵を返したのだ。
果たして彼女は、本当にそのような仲間を連れてくるのだろうか。
もしも、傭兵のようなガラの悪い連中と付き合いがあったらどうしようかとカイエンは内心で悩むのであるが、そのような態度はおくびにも出さず、サーニアが戻ってきたら呼ぶように衛兵へ伝え、カイエンは執務室へ向かった。
かつてはメイドや貴族が多かったが今ではすっかり人もまばらになった王城を歩きながら、カイエンは仕事に集中しようと思うのである。
しかし、実際に執務室についても、サニヤが一体どんな人を連れてくるのか気になって、これが中々仕事に手が付かない。
書類棚から、軍事費や正規兵、傭兵、武器食糧の出費などが書かれた書類を取り出して、意味も無くパラパラとめくると、また書類棚へ戻す。
その次に部屋の中をうろうろとして、執務机の椅子に腰掛けると、また落ち着かず立ち上がった。
そうだ、資料を読もう。と思う。
休暇期間中にロイバックやキュレインが資料を纏めてくれたので、読まねばと思ったのだ。
カイエンの休暇期間中、全領土へ和平の使者を派遣たらしい。
その和平の元、ルカオットの配下へ戻ってきた者と、反乱軍に与する事を選んだもの、そして、独立を宣言して王となった者のリストである。
他にも、サリオン軍からの投降兵から聞いた、サリオン領の状況や戦力から導き出される対抗策や遠征策も考えなければならない。
資料を開いて椅子に座る。
であるが、サニヤのお仲間の事が気になって落ち着いて座ってなど居られなかった。
昔はこんな事で落ち着かなかった事があっただろうか?
かつてはもっと仕事に真摯に取り組めたのに……と、思うのである。
もっとも、かつてのカイエンも、左遷されて仕事が滞ったり、サニヤを拾って仕事を張り切って終わらせたり、自分の心理的な面に置いて仕事の出来が左右される人間であったが、今ではもう忘れていた。
サニヤもといサーニアが早く戻ってこないかと思いながら執務室をうろうろするばかりで仕事に手が付かないので、気分転換がてらに王城を歩く事にする。
廊下を歩き、書庫を歩き、庭園を歩く。
庭園は、かつては手れされた薔薇が美しい庭園を造っていたが、今では所々焼け焦げて見る影もなく、庭師がのんびりと修復に努めている。
カイエンは何か気を紛らわせられるものでもあればと、庭園を歩いていると、赤子を抱いている乳母を連れたサルハが居た。
元々はルーガの元に身を隠していたサルハであるが、テュエルがマルダーク王国の忠義を通して戦死したことから、彼の遺児を反乱軍のルーガの元では無く、王城で養う事にしたのである。
サルハはその遺児の後見人だ。
そして、その遺児の名はリュオ。階級は伯爵。
子爵であったテュエルは忠義の功により昇進して伯爵となり、サーラル家の生き残りであるリュオがサーラル家の家督と伯爵の地位を継いだのである。
サルハはカイエンが庭園を歩いているのを珍しく思ったようで、どうしましたと聞いてきた。
カイエンは声を潜めて、サニヤが帰ってきたのだと伝える。
それは喜ばしい事であるにも関わらず、カイエンは少し思い悩んでいるようであるし、そもそも、なぜ声を潜ませるのか訝しむサルハ。
そんなサルハへ、サニヤが不良な連中と付き合いがあるのでは無いかと相談した。
「サルハは十五くらいの時はどうでしたか?」
カイエンに聞かれて、サルハはそんなことで思い悩んでいるのですかと笑ってしまう。
何も笑うことなんて無いのにとカイエンは思うのであるが、サルハに言わせれば、あの超然的にも思えるカイエンがそのように俗な事で頭を抱えるとは、完璧人間なカイエンも意外と立派に父をしていると感じた。
「しかし、そうですね。私が十五の頃ですか」
サルハが十四、十五の頃は普通の娘だったらしい。
父親がサーラル家の寄子騎士をしていたため、平民よりは贅沢な暮らしが出来たが、それを差し引いても普通の娘。
普通……と、言うのは、つまり清廉潔白でもなく、それなりに悪いこともしてたと言うことで。
「お恥ずかしながら、庶民に変装して酒場へ入り浸っていました」
未成年なのに、連日連夜、酒を飲んでいたそうだ。
サルハとしては、つまるところ、多少の悪さは若いうちにしてしまうものだから気にする必要は無いと言いたいのであるが、カイエンはサルハでさえ悪い事をしたならば、きっとサニヤも悪い事をしてしまっているに違いないと思い、絶望の気分である。
「ありがとう……。うん、参考になりました……」
何とか声を絞り出すカイエンは、何だかこの会話の間にやつれ果てたような雰囲気に変わっていた。
もしもサニヤが不良な連中と関係を持っていたら……?
カイエンの考えはあり得なく無いだろう。
なにせ、サニヤはルーガ軍に居たとき、王都で冬を越していたのだ。
その時に、酒場で悪い連中に出会っていたやも知れぬ。
ああ、もしもサニヤがそんな連中に影響されてアピエン漬けになってみろ、カイエンはショックで死んでしまうかも知れない。
サルハと別れて、カイエンは力なく王城へと戻っていった。
別れ際に、サルハはカイエンの様子を不安そうに「参考になれば幸いです」と言っていたが、カイエンには十分過ぎる程に参考になったのだ。
カイエンは、当時防府公であった父の元で育ち、十歳から見習い騎士としてローリエット騎士団に士官し、十九歳では嫁と土地を拝命した男で、その青春は普通の人と違う。
ゆえに、庶民にとっての普通というものをこの歳にして知り、カルチャーショックを受けたのである。
そんな衝撃でフラフラと歩く生ける屍の元へ、兵士がやって来て「カイエン様。サーニアと名乗る者が目通りを願っております」と言う。
ついにこの時が来たか。
しかし、待ちわびた時の筈なのにカイエンの心は淀み、足は重く、会いたくないと言う気持ちしか湧かなかった。
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