没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟

諦念

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 カイエンは城の前で、サーニア率いる十人程の人々と出会った。

 彼らは奇妙にも、サーニアのように厚手の服を何重に重ね着し、手足や頭に包帯を巻いていたのである。

 背も平均的に高い。
 カイエンの身長は平均的男性よりはやや高い部類だが、彼らの中で背が低い者がようやくカイエンと同じ大きさで、それ以外は全員、カイエンが見上げねばならない程だ。

 恐らく、彼ら全員が力自慢であろう。
 まさかサニヤにこのような知り合いが居ようとは、カイエンは思いもしなかった。

 しかし、当のサーニアは「取りあえずこれでいいか?」と聞くのだ。

 取りあえずとはどういう意味かカイエンは分からなかったが、そんなカイエンへサーニアが「もっと呼んで欲しいなら呼ぶけど……」と、言うのである。

 これが全員では無く、まだまだ居るというのだ。
 我が娘はいつの間にそんな人脈を得たのだと、カイエンは驚きもしよう。

 しかし、傭兵団として雇えと言うなら、姿を隠している者を雇うわけにはいくまい。

 彼らの姿を見たいとカイエンが聞くと、サーニアは困ったように「見せねばならないか?」の聞く。

 当然だ。
 彼らが敵のスパイだったらどうする?
 あるいは、いつの間にか入れ替わっていたら?
 それを思えば、顔の見せぬ連中を仲間にできようか。

 すると、サーニアは来ていたローブを脱いで地面へ置くと、その上に膝をついて頭を下げた。

「お願いです。お父様」

 たどたどしいながら、貴族式の最上級の礼だ。
 ルーガやラーツェがかつて行っていたものを、見よう見まねでやったのであろう。
 そして、お父様という言葉からも分かるとおり、サーニアとしてでは無く、カイエンの娘として願っているのだ。

「君はサニヤでは無く、サーニアでしょう」

 カイエンも意地が悪い。
 今になって、サニヤでは無くサーニアだと言って、自分は君の父親ではないと言うのだ。
 確かにサーニアという別人に扮したのはサニヤであるからして、カイエンに父娘の義理で頼み事をするのは間違っている事である。
 
 もっとも、カイエンは意地悪でサニヤにそう言っているのではなく、戦争の時に突然寝返られたら……あるいは、サニヤが危険な目に遭いかねないと思えばこそ、意地でも傭兵団を許可するつもりが無いのだ。

 あるいは子というものは親のそう言う態度を意地悪だと思う。
 現に、仲間を連れてきたら良いと言ったのはお父様じゃ無いかとサニヤは苦々しく思うのだ。
 だが、矛盾していて、約束を違えていようが、親とは時として子に理不尽なまでの強制を強いる。
 子がどれだけ強くて、大人になろうと、親にとって子は子だからだ。

 なので、その傭兵達が裏切った事を考えたら、認められないとカイエンはサーニアを突っぱねた。

「そんな事は傭兵を雇う上で承知でしょう」

 カイエンの背後から声がした。
 振り向けば、そこにはロイバックが立っている。

「口を挟んで失礼。中々、興味深い話が聞こえたものでしてな」
 
 彼はサーニアの連れてきた傭兵達の前を通り、一人一人の目を覗き込む。

「先程から喋っていない。それにうろうろと動き回る事も無く、落ち着いている」

 ロイバックは包帯に包まれた腕をトントンと軽く叩き、「屈強な肉体。まるで岩のようだ」と言う。

「防府太尉。これは中々に精強な兵です」

 ロイバックの言うことは分かる。
 これは、雇わねば損だと言うのだ。
 しかし、どこの馬の骨とも知らぬ奴らを雇えと言われて、防府太尉として許可出来るわけが無い。

 が、ロイバックは首を左右に振った。
 
「そのために傭兵は重要でない位置へ配置するのでしょう?」と言うのだ。

 傭兵とは軍の主力であるが、中核では無い。
 つまり、ロイバックの言うとおり、傭兵は逃亡や裏切りを前提に前線へ置かれるものなのだ。

 だから、傭兵の裏切りを気にするのは甚だおかしい事だと言えよう。

「それに、娘様のご友人ならば裏切る危険も少ないでしょう」

 そう言うロイバックへ、サーニアが「私はサニヤじゃ無い」と言った。
 これにロイバックは目を白黒させながら、先程までお父様と言ってたのにどういう事かと、カイエンへ聞くのである。

 家庭の事情なので……とカイエンは言葉を濁した。 
 あまり娘が婚約を勘違いして赤っ恥をかいた話を他人にしたくはないものである。

 しかし、なんにせよ、ロイバックからも傭兵として雇うように言われては、親のワガママを通すことも出来ず、結局、カイエンはサーニアとその配下を傭兵として雇うことにした。

 が、ここで一つ問題が起き、サーニアが傭兵団の数を把握していなかったのである。

 カイエンだって自分勝手に人を雇う事なんて出来ない。
 税収は有限で、軍費は決まっていて、あらゆる入り用な物に金は必要だ。
 雇うことを決めてから、じゃあ百人分の費用を下さいなんてあってはならない。
 
 なので、事前に何人雇うから幾らの給金を渡すか、と言う話をして、初めて雇用契約を結ぶのだ。

 サーニアは自分一人分の給金で構わないと言うが、それをカイエンは突っぱねた。
 この世は御恩と奉公。
 無賃金労働という前例を作っては、貴族の側に無賃金で働いて当然という増上した考えが出てくるだろう。

 するとどうなるか。
 他の傭兵達にまでその無賃金の強制が始まるだろう。

 結果、流れる。
 傭兵達は賃金を払ってくれる反乱軍や、オルブテナ等の敵国へ流れてしまうのだ。

 君、君足らずとも臣、臣たれなどという言葉もあるが、カイエンにとっては詭弁だろう。
 人は仕えるべき相手に仕える。それは、主として報酬を払ってくれる人に他ならないのだ。
 もっとも、主君に身命を捧げた騎士――及びそれを基盤とした貴族というものは、打算的に仕えるものではないとカイエン自身は思うが、その貴族の矜持を傭兵や一般兵に求めるのはあまりに不条理。

 ゆえに、無賃金による契約はあり得ないので、カイエンは頑として人数分の賃金は払うと言う。

 結局、カイエンのこの頑な態度にサーニアが折れ、十人分の賃金を貰う事となった。

 賃金といっても、これは前金に当たるため、一人当たりの給金はそう多くないので、サーニアは十人前でこれっぽっちなのかと訝しむ。

 しかし、戦いの後にはもっと多くの給料が渡されるのだ。
 それに、何だかんだと貴族の娘であるサニヤもといサーニアには、これっぽっちに思える前金であるが、少なくとも庶民が一週間は暮らせる分の給金が出ていた。

 もっとも、賃金が幾らだろうがサーニアにはどうでも良く、結局の所、サーニアとして父カイエンの居るマルダーク王国に仕えられれば良いのだから、異は唱える事なく、配下を連れて城から離れていくのであった。

 ちなみに、今さら言うべく事でも無いが、サーニアが連れて来たのは魔物である。
 魔物を変装させて王城まで連れて来たのだ。
 もしも魔物の群れが町中を歩いていたという事実が誰かに知られたら、きっと大騒ぎになりかねない事態である。

 しかし、彼らが魔物だなんて露とも知らぬロイバックは、屈強な兵を雇えた事に、年甲斐もなく、半ばウキウキとした様子であった。

 彼はあまり多弁でない人が好きで、また、烏合の衆が嫌いだ。
 サーニアの連れていた人達がただ黙って、その場にずっと立っていたのが、統制の取れた優秀な人間に見えたのである。

 もっとも、カイエンに言わせれば、彼らは人間味のない不気味な連中であったが、しかし、娘の仲間をとやかく言うつもりも無いので言葉に出さずに胸の奥へしまっておくのだ。
 それに、あの落ち着いた連中ならばサニヤを襲うような心配も無いだろう。
 いつの間にあんな人達と知り合いになったのか、カイエンは不思議に思うが、子は親の所有物で無し、いつしか親が知らない顔を子は持つものなのだ。
 親にとっては寂しい事ではあるが。
 
 しかし、こうしてサーニアとその傭兵団を雇い、ロイバックと別れて執務室へ戻ったカイエンは仕事へ取り掛かった。

 先程まではサーニアのお仲間の事で仕事の手が動かなかったのであるが、後顧(こうこ)の憂いが絶たれたカイエンはテキパキと仕事を終わらせる。

 ひとまずはサーニアとその仲間達への出費を記帳し、軍事費との兼ね合いを計算した。
 また、配下から上がってくる報告書にも目を通し、例えば兵の毎日の糧食の金銭が幾らかかるかとか、兵庫の武器に不具合があるため追加注文して欲しいといった情報を統合していく。

 カイエンは「うーん」と唸った。
 金が思ったよりもかかりすぎている。
 防府太尉としては、先の戦いでサニヤが粉砕した城壁の修繕費を賄いたいのであるが、今は無理そうだ。

 なぜならば、反乱によって悪化した治安を回復させるために、国費はそちらへ主に回されている。
 また、軍部にも山賊匪賊の鎮圧要請が内務大臣から来ているので、治安維持の為に出陣するとなると、賃金手当てやら食糧やらで金が掛かるのだ。

 カイエンは溜息をつき、一つ一つの書類と睨めっこして、金の計算をするのであった。
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