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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟
双子
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ある日、カイエンはリーリルが作ってきた弁当を城の庭園で食べていた。
弁当といってもバスケットにサンドウィッチが入れられているものである。
だいぶ修復の進んだ庭は芝が綺麗に手入れされていた。
その芝に腰掛けて、二人の息子と白い長い髪の妻と共にサンドウィッチを食べていた。
通りがかりのメイドが見かねて、椅子とテーブルを用意するかと聞けば、芝生に腰掛けるのも心地が良いから気にしないでくれとカイエンは言う。
メイドはチラリとリーリルを見た。
その白い髪と肌があまりに透き通るような可憐さであるため、地べたに座らせるのを申し訳なく思うのである。
が、リーリルはこう見えて村娘なため、地べたへ座るのに抵抗は無く。
むしろ、彼女もこちらの方が良い。
かつて、開拓村の河辺でサニヤと一緒に三人でサンドウィッチを食べた事を思い出すからだ。
もっとも、今はサニヤが居ないが。
とはいえ、カイエンはリーリル達へ既にサニヤが帰ってきている事は伝えている。
サニヤが帰ってきたその日の晩には、リーリルと双子の子供達には伝えたのだ。
「実は、サニヤは帰ってきてるんだ」
その言葉を聞いた彼女達の喜びようは忘れられないくらいであろう。
ザインとラジートも、すぐ会いたいと笑顔で言ったものだ。
しかし、カイエンは、サニヤがサーニアと言う偽名の元、サニヤの名は捨てた事を伝え、今はそっとしておくように命令した。
リーリルはサニヤがその名を捨てた事を、まさかその人生や家族まで捨てたのでは無いかと不安に思うのであるが、そんなリーリルへカイエンは「僕達を捨てたなら、サニヤはわざわざこの国に帰って来ないさ」と言ったのである。
そうだ。
結局の所、サニヤはサーニアと言う存在になることによって過去の嫌なことから逃げはしたが、しかし、自分という存在そのものから逃げたわけでは無い。
それは、また戻ってきたことからもよく分かる。
彼女はまだ十四で成人では無い……が、子供とも言い切れぬ多感な時期であり、つまりは、自分を見直す猶予と言うものが必要なのだ。
そして、それは己の力だけで行われる。
こればかりは親が口を出す問題ではなく、子供自身が、自分の歩みの中で得てきた仲間や、経験や知識から解決する問題なのだ。
なにせサニヤは今、人生で初めて、誰のせいにも出来ない問題に直面し、また、女としての自尊心を著しく傷つけられた。
その上で、人生で初めて自分の最も信頼しているカイエンとリーリルに『頼りたくない』と思っている。
この問題を乗り越えて初めて、人は本当の意味で大人になり、親の元を実(マコト)の意味で巣立つのかも知れない。
だからこそ、カイエンは、今はサニヤをそっと見守る事にしたのだ。
もっとも、ザインとラジートは納得出来ず、カイエンが意地悪で姉に会わせないのだと思っていた。
だから、ますますカイエンの事を嫌ったのである。
今日のピクニックだって、二人はリーリルを挟んでカイエンから離れた所に座っていた。
この二人は本当にカイエンを嫌っている。
カイエンは大概、日暮れ時に屋敷へ帰るのであるが、家に帰ってきても二人が挨拶をすることなんて決して無い。
リーリルはそんな二人をいつも叱るのであるが、カイエンはそんな二人を許した。
リーリルは正直、母として息子がそのような態度を取るのを許せ無かったのであるが、一方のカイエンは息子と一緒に居られるだけで嬉しかったので、ザインとラジートをそんな叱るなよと笑うのだ。
「あなたは優しすぎよ」
なんてリーリルはぷりぷりと怒った。
そして、今回も「お父様の休憩時間は少ししか無いのよ」と二人をカイエンの隣に座らせようとして、「やだ!」と断られたので、「もう! わがまま言わないの」と叱っている。
かつて、サニヤの反抗期に右往左往するばかりのリーリルでは無く、しっかりと母親をしていた。
そのリーリルの姿を見ると、カイエンはリーリルも成長したのだと思う。
なにせカイエンとリーリルが体験したサニヤの反抗期は、根が深いものであったし、サニヤ自身もその反抗期に苦しんでいた泥沼の地獄であった。
しかし、ザインとラジートはまさにただのわがままによる反抗なのだから、サニヤの反抗期を経験した身としてはずっとやりやすかったのである。
「あなたも、笑ってないでこの子たちと向き合いなさい」なんて、マーサを彷彿させるお母さんぶりに、カイエンもたじたじとなりながら「ご、ごめんよ」なんて謝った。
すっかりお母さんが板に付いたリーリルであるが、彼女だってザインとラジートと、そしてカイエンが仲良くなれるように気を揉んでいるのだ。
だのに、夫とはまっこと家庭のことを軽視しすぎであろう。
仕事をテキパキと終わらせて早く家へ帰ってくれば、家族が満足などするものか。
一緒に居られるだけで満足なんてのは、リーリルに言わせれば『カイエンは逃げている』のだ。
双子のこの子供達にどう接して良いのか分からず、逃げているだけだ。
カイエンは無意識であったが、リーリルの思った通りである。
かつてサニヤの反抗的態度に、カイエンは傷付いた。
それでも、カイエンはサニヤの赤子の頃から知っていたから何とか接することが出来たが、ザインとラジートとは八歳の彼らしかカイエンは知らぬ。
ゆえにどう接して良いのか分からず、彼らの様子を観察するに留まっているのだ。
が、それはザインとラジートも同じで、突如現れた『父』にどう接して良いのか分からずに拒絶してしまう。
要するに、どこまでもこの父子は親子なのだ。
しかし、これにリーリルは頭を抱えざる得ない。
サニヤにはカイエンの意固地で頑固な所が、ザインとラジートにはカイエンの慎重で『ヘタレ』な所が……。
なぜサニヤと言い、ザインとラジートと言い、カイエンの厄介な所ばかり引き継がれてしまうのだろう。
そんなリーリルは何とか二人をカイエンの隣に座らせる事に成功した。
「あなた。話してください」
この時を待ってたのでしょう?
まったくもって、『押せ押せ状態』のリーリルにカイエンは頭が上がらぬものだ。
かつて、裸で言い寄られ、欲望に負けてしまったように、カイエンは恐らくずっと、リーリルに負けているのだろう。
「あー……えっと……。その、やあ」
突然の事にドキマギとしながら、カイエンはザインとラジートへ挨拶した。
が、二人はムッツリした顔で睨みつけるばかりである。
これにカイエンは困り、リーリルへ助けを求めて視線を送ったのであるが、彼女は少し怒ったような顔で「話しなさい」と口を動かすのだ。
話せと言われたって、何を話せば良いのやら。
悩んだカイエンは、二人がよく家で本を読んでいるのを思い出し、いつも何の本を読んでいるのか聞いた。
「僕はリグリー・オルベンの『テレンス』」
「僕はアデュー・リュース著作の『我が戦争』」
呟くように言う本の名前。
実を言うとカイエンは本を読まないタチなので、その本がまるで分からない。
どんな本なのか聞くと、テレンスはフィクション小説で、貴族の息子である主人公テレンスが宗家の女の子に恋をして家を出る話である。
一方の我が戦争はラングィン王国の騎士であった著者のアデューが体験したノンフィクション小説である。
魔物退治の為に遠征し、暗黒の民と名乗る一族と出会い 彼らと共に魔物と戦い、そして仲間の大半を失って帰ってくると言う内容だ。
が、その説明をザインとラジートから聞いたところで、カイエンは何と言えば良いのか分からず黙ってしまう。
会話が途切れて気まずい空気が流れた。
ふと、カイエンは二人と共通の話題があることに気付き、ザインとラジートへサニヤの事を聞く。
共通の話題と言う点に置いて、サニヤの事があった。
サニヤはいつも二人にどんな感じで、二人にだけはどんな態度を取るのか。
それを知りたい。
そして、ザインもラジートもサニヤの事が好きなので、サニヤの事になると多弁になるのである。
お姉様は一緒にお風呂に入ってると角で背中を突き刺して来るとか、ソファーでゆっくりしてると蹴落としてくるとか。
本を読みたいのに外へ連れ出して木登りさせたり、降りられなくなったのを見て意地悪に笑ってたり。
それは……仲が良いのかと、カイエンは戸惑いながら話を聞いていた。
が、ザインとラジートは随分と笑顔である。
「お姉様は優しいか?」と聞けば、「うん!」と初めて元気よく返事をした。
聞いている限りでは優しそうには思えないが、しかし、カイエンに笑顔で返事をするくらにはサニヤの事が好きなのだろう。
「お姉様が意地悪してきたら、くすぐるかカエルを投げれば大人しくなるしね」
「ね」
二人のそんな何気ない言葉。
カエルと言ったのをカイエンが不思議そうに「カエルを投げるのか?」と聞くと、サニヤはカエルの両足を伸ばした姿が嫌いなのだと二人は言うのだ。
まさか怒れ知らずなサニヤにそんな嫌いなものがあるなんてカイエンは知らなかった。
そして、ザインとラジートはカイエンの知らないサニヤの姿を自分達は知っているのだと得意になり、お姉様が作った野菜は美味しいんだよ。とか、でも料理は不味いんだよとか、楽しそうに話すのである。
実際、カイエンはサニヤが農業をやっていただなんて知らなかったし、料理の練習をしていたなんて知らなかった。
カイエンの知らないサニヤの顔を知れて楽しかったし、あの二人が笑顔で話しをしてくれるのは嬉しい。
しかし、楽しい時間はすぐ過ぎるもので、気付けば城の鐘が午後の時間を報せた。
カイエンは午後から会議があるので、楽しい時間もここまでだ。
会話を中断されたザインとラジートは不服そうな顔をしたので「今日の夕方に、続きを話してくれ」と二人の頭を撫でる。
すると「やだ」なんて二人は頬を膨らませている。
リーリルはクスクスと笑って「今日は楽しかったね」なんて笑うのであるが、二人とも声を揃えて「楽しくなかったもん」と言うのだ。
まったくサニヤを思い起こさせるような態度が懐かしくて、カイエンは微笑みながら三人と別れて王城へ向かった。
カツカツと靴の音を鳴らしながら歩く。
その靴音は心なしか軽やかだった。
弁当といってもバスケットにサンドウィッチが入れられているものである。
だいぶ修復の進んだ庭は芝が綺麗に手入れされていた。
その芝に腰掛けて、二人の息子と白い長い髪の妻と共にサンドウィッチを食べていた。
通りがかりのメイドが見かねて、椅子とテーブルを用意するかと聞けば、芝生に腰掛けるのも心地が良いから気にしないでくれとカイエンは言う。
メイドはチラリとリーリルを見た。
その白い髪と肌があまりに透き通るような可憐さであるため、地べたに座らせるのを申し訳なく思うのである。
が、リーリルはこう見えて村娘なため、地べたへ座るのに抵抗は無く。
むしろ、彼女もこちらの方が良い。
かつて、開拓村の河辺でサニヤと一緒に三人でサンドウィッチを食べた事を思い出すからだ。
もっとも、今はサニヤが居ないが。
とはいえ、カイエンはリーリル達へ既にサニヤが帰ってきている事は伝えている。
サニヤが帰ってきたその日の晩には、リーリルと双子の子供達には伝えたのだ。
「実は、サニヤは帰ってきてるんだ」
その言葉を聞いた彼女達の喜びようは忘れられないくらいであろう。
ザインとラジートも、すぐ会いたいと笑顔で言ったものだ。
しかし、カイエンは、サニヤがサーニアと言う偽名の元、サニヤの名は捨てた事を伝え、今はそっとしておくように命令した。
リーリルはサニヤがその名を捨てた事を、まさかその人生や家族まで捨てたのでは無いかと不安に思うのであるが、そんなリーリルへカイエンは「僕達を捨てたなら、サニヤはわざわざこの国に帰って来ないさ」と言ったのである。
そうだ。
結局の所、サニヤはサーニアと言う存在になることによって過去の嫌なことから逃げはしたが、しかし、自分という存在そのものから逃げたわけでは無い。
それは、また戻ってきたことからもよく分かる。
彼女はまだ十四で成人では無い……が、子供とも言い切れぬ多感な時期であり、つまりは、自分を見直す猶予と言うものが必要なのだ。
そして、それは己の力だけで行われる。
こればかりは親が口を出す問題ではなく、子供自身が、自分の歩みの中で得てきた仲間や、経験や知識から解決する問題なのだ。
なにせサニヤは今、人生で初めて、誰のせいにも出来ない問題に直面し、また、女としての自尊心を著しく傷つけられた。
その上で、人生で初めて自分の最も信頼しているカイエンとリーリルに『頼りたくない』と思っている。
この問題を乗り越えて初めて、人は本当の意味で大人になり、親の元を実(マコト)の意味で巣立つのかも知れない。
だからこそ、カイエンは、今はサニヤをそっと見守る事にしたのだ。
もっとも、ザインとラジートは納得出来ず、カイエンが意地悪で姉に会わせないのだと思っていた。
だから、ますますカイエンの事を嫌ったのである。
今日のピクニックだって、二人はリーリルを挟んでカイエンから離れた所に座っていた。
この二人は本当にカイエンを嫌っている。
カイエンは大概、日暮れ時に屋敷へ帰るのであるが、家に帰ってきても二人が挨拶をすることなんて決して無い。
リーリルはそんな二人をいつも叱るのであるが、カイエンはそんな二人を許した。
リーリルは正直、母として息子がそのような態度を取るのを許せ無かったのであるが、一方のカイエンは息子と一緒に居られるだけで嬉しかったので、ザインとラジートをそんな叱るなよと笑うのだ。
「あなたは優しすぎよ」
なんてリーリルはぷりぷりと怒った。
そして、今回も「お父様の休憩時間は少ししか無いのよ」と二人をカイエンの隣に座らせようとして、「やだ!」と断られたので、「もう! わがまま言わないの」と叱っている。
かつて、サニヤの反抗期に右往左往するばかりのリーリルでは無く、しっかりと母親をしていた。
そのリーリルの姿を見ると、カイエンはリーリルも成長したのだと思う。
なにせカイエンとリーリルが体験したサニヤの反抗期は、根が深いものであったし、サニヤ自身もその反抗期に苦しんでいた泥沼の地獄であった。
しかし、ザインとラジートはまさにただのわがままによる反抗なのだから、サニヤの反抗期を経験した身としてはずっとやりやすかったのである。
「あなたも、笑ってないでこの子たちと向き合いなさい」なんて、マーサを彷彿させるお母さんぶりに、カイエンもたじたじとなりながら「ご、ごめんよ」なんて謝った。
すっかりお母さんが板に付いたリーリルであるが、彼女だってザインとラジートと、そしてカイエンが仲良くなれるように気を揉んでいるのだ。
だのに、夫とはまっこと家庭のことを軽視しすぎであろう。
仕事をテキパキと終わらせて早く家へ帰ってくれば、家族が満足などするものか。
一緒に居られるだけで満足なんてのは、リーリルに言わせれば『カイエンは逃げている』のだ。
双子のこの子供達にどう接して良いのか分からず、逃げているだけだ。
カイエンは無意識であったが、リーリルの思った通りである。
かつてサニヤの反抗的態度に、カイエンは傷付いた。
それでも、カイエンはサニヤの赤子の頃から知っていたから何とか接することが出来たが、ザインとラジートとは八歳の彼らしかカイエンは知らぬ。
ゆえにどう接して良いのか分からず、彼らの様子を観察するに留まっているのだ。
が、それはザインとラジートも同じで、突如現れた『父』にどう接して良いのか分からずに拒絶してしまう。
要するに、どこまでもこの父子は親子なのだ。
しかし、これにリーリルは頭を抱えざる得ない。
サニヤにはカイエンの意固地で頑固な所が、ザインとラジートにはカイエンの慎重で『ヘタレ』な所が……。
なぜサニヤと言い、ザインとラジートと言い、カイエンの厄介な所ばかり引き継がれてしまうのだろう。
そんなリーリルは何とか二人をカイエンの隣に座らせる事に成功した。
「あなた。話してください」
この時を待ってたのでしょう?
まったくもって、『押せ押せ状態』のリーリルにカイエンは頭が上がらぬものだ。
かつて、裸で言い寄られ、欲望に負けてしまったように、カイエンは恐らくずっと、リーリルに負けているのだろう。
「あー……えっと……。その、やあ」
突然の事にドキマギとしながら、カイエンはザインとラジートへ挨拶した。
が、二人はムッツリした顔で睨みつけるばかりである。
これにカイエンは困り、リーリルへ助けを求めて視線を送ったのであるが、彼女は少し怒ったような顔で「話しなさい」と口を動かすのだ。
話せと言われたって、何を話せば良いのやら。
悩んだカイエンは、二人がよく家で本を読んでいるのを思い出し、いつも何の本を読んでいるのか聞いた。
「僕はリグリー・オルベンの『テレンス』」
「僕はアデュー・リュース著作の『我が戦争』」
呟くように言う本の名前。
実を言うとカイエンは本を読まないタチなので、その本がまるで分からない。
どんな本なのか聞くと、テレンスはフィクション小説で、貴族の息子である主人公テレンスが宗家の女の子に恋をして家を出る話である。
一方の我が戦争はラングィン王国の騎士であった著者のアデューが体験したノンフィクション小説である。
魔物退治の為に遠征し、暗黒の民と名乗る一族と出会い 彼らと共に魔物と戦い、そして仲間の大半を失って帰ってくると言う内容だ。
が、その説明をザインとラジートから聞いたところで、カイエンは何と言えば良いのか分からず黙ってしまう。
会話が途切れて気まずい空気が流れた。
ふと、カイエンは二人と共通の話題があることに気付き、ザインとラジートへサニヤの事を聞く。
共通の話題と言う点に置いて、サニヤの事があった。
サニヤはいつも二人にどんな感じで、二人にだけはどんな態度を取るのか。
それを知りたい。
そして、ザインもラジートもサニヤの事が好きなので、サニヤの事になると多弁になるのである。
お姉様は一緒にお風呂に入ってると角で背中を突き刺して来るとか、ソファーでゆっくりしてると蹴落としてくるとか。
本を読みたいのに外へ連れ出して木登りさせたり、降りられなくなったのを見て意地悪に笑ってたり。
それは……仲が良いのかと、カイエンは戸惑いながら話を聞いていた。
が、ザインとラジートは随分と笑顔である。
「お姉様は優しいか?」と聞けば、「うん!」と初めて元気よく返事をした。
聞いている限りでは優しそうには思えないが、しかし、カイエンに笑顔で返事をするくらにはサニヤの事が好きなのだろう。
「お姉様が意地悪してきたら、くすぐるかカエルを投げれば大人しくなるしね」
「ね」
二人のそんな何気ない言葉。
カエルと言ったのをカイエンが不思議そうに「カエルを投げるのか?」と聞くと、サニヤはカエルの両足を伸ばした姿が嫌いなのだと二人は言うのだ。
まさか怒れ知らずなサニヤにそんな嫌いなものがあるなんてカイエンは知らなかった。
そして、ザインとラジートはカイエンの知らないサニヤの姿を自分達は知っているのだと得意になり、お姉様が作った野菜は美味しいんだよ。とか、でも料理は不味いんだよとか、楽しそうに話すのである。
実際、カイエンはサニヤが農業をやっていただなんて知らなかったし、料理の練習をしていたなんて知らなかった。
カイエンの知らないサニヤの顔を知れて楽しかったし、あの二人が笑顔で話しをしてくれるのは嬉しい。
しかし、楽しい時間はすぐ過ぎるもので、気付けば城の鐘が午後の時間を報せた。
カイエンは午後から会議があるので、楽しい時間もここまでだ。
会話を中断されたザインとラジートは不服そうな顔をしたので「今日の夕方に、続きを話してくれ」と二人の頭を撫でる。
すると「やだ」なんて二人は頬を膨らませている。
リーリルはクスクスと笑って「今日は楽しかったね」なんて笑うのであるが、二人とも声を揃えて「楽しくなかったもん」と言うのだ。
まったくサニヤを思い起こさせるような態度が懐かしくて、カイエンは微笑みながら三人と別れて王城へ向かった。
カツカツと靴の音を鳴らしながら歩く。
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