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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟
大鷲
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会議にはルカオットを中心として、幹部陣営が集まっている。
大きな円卓が中央に置かれた、大きな部屋だ。
カイエン、キュレイン、ロイバック、シュエンを始めとして、内務担当官や外交位官等々の、王城における様々な分野の貴族が集まっていた。
もちろんラキーニも居たが、一方、その師のハリバーは病欠していた。
ハリバーを抜いて全員集まり、始まったこの会議において話題となったのは、まず、カイエンの立場の事であった。
カイエンは防府太尉の位であるが、しかし、今やルカオットの右腕である。
防府太尉の位をロイバックに譲り、カイエンは宰相として正式にルカオットの右腕となることが提案された。
宰相とは国家の最高権力たる王の、その国政、外交、軍略を補佐する役目で有り、名実共にマルダーク王国ナンバーツーの男となる。
これはルカオット直々の提案であるし、誰もこれに異議を唱えないばかりか、手を上げて認める話だ。
なのでカイエンは謹んで受ける事となる。
これに伴い、全体的な爵位階級、役職の変動が行われた。
ロイバックは国防最高責任者、防府太尉に。
キュレインは防府太尉の直下に当たる鎮国武婦、キュレインの三人の旦那は二人が鎮国政公と鎮国政候。鎮国は国防において治安維持や反乱鎮圧を中心に行う役職だ。
シュエンは役職は無いものの男爵の位へ。
ハリバーは軍師候老。
ラキーニは軍師左朗将。
サマルダは武功が殆ど無かったが、カイエンの身内と言うことも考慮し、子爵の位と親衛鎮守の役職を任命。
親衛鎮守とは、王城直接の警護を司る部隊指揮官である。
彼自身の能力が高い訳では無いが、目先の欲に眩むような軽率な人間では無いし、忠誠心や道徳心も強いので、傍に置いておくにはうってつけだ。
それから、ルカオットを中心としたパレードで王都を練り歩く計画もされた。
今までは民衆の生活が不安定だったのでパレードをしていなかったが、生活にある程度の安定が見られるため今こそパレードでもってルカオットの威容と功績を知らしめる時だ。
誰が国王であり、支配者であるかを民衆に見せる事は大事である。
特に、ルカオットは略奪を行っていた反乱軍から王都を奪回し、自身は略奪の一切を兵に行わせなかったので、民衆の支持も高い。
ここで大々的にルカオットの威容を魅せる事こそ、民衆支持を得られよう。
また、人伝にルカオットの話が流れ、近隣国に新たなマルダーク王は賢君であると知らしめられれば、反乱の混乱に乗じて攻めてくるような事もされづらいのだ。
そして、この重要なパレードの日程も決まり、今日の会議はこれで終わりかと思われた。
しかし、最後の議題としてカイエンの紋章が挙げられる。
ガリエンド家の紋章である盾と剣と獅子の紋章は、反乱軍の旗頭サリオンも使用しているため、公文書の押印で使用する際に厄介になるのだ。
それに、獅子は武家を示すものであるが、カイエンは宰相として武力のみならず、内政、外交にも携わるため相応しく無いのである。
そのため、カイエンに新たなる紋章をルカオットが授ける事となったのだ。
勇気と勝利それと知恵の象徴である大鷲にすげ替えるという提案が出て、全員もそれが相応しいだろうと頷く。
が、それにカイエンが意外にも反対した。
全員が、なぜカイエンは反対するのか分からず、驚く。
紋章なんてものは便宜的に使えれば良いのであるから、よほどおかしく無ければ異を唱える必要もない。
だが、カイエンは以前見た夢のために大鷲が縁起の悪いものに思えたのである。
大鷲となったカイエンが王冠を被った小鷹を助けると、小鷹が疲れたと言って王冠をカイエンの頭に乗せて落ちていくあの夢だ。
カイエンは伝承や占卜というものを迷信と思い、あまり信じていなかったが、
あの時の夢は大鷲、
新しい家紋も大鷲、
偶然の一致と思えなかったのだ。
これではまるで、自分がルカオットの王位を奪うかのようではないか。
が、カイエンの反対に反論したのはロイバックとキュレインである。
王から家紋を頂くのは大変名誉な事であり、いくらカイエン様と言えどもあまりに非礼だと言うのだ。
確かにその通りであろう。
これからさあ皆で一丸となろうという時に、わがままな要求で信頼にヒビを入れるわけにもいくまい。
それに、カイエンにとって夢は所詮、夢だ。
嫌な予感はしてしまうが、政に携わる人が夢だの占いを公の場に持ちだしては斜陽の原因。
「失礼しました。謹んで承ります」と、非礼を詫びて頭を深々と下げた。
こうして会議は終わり、数週間後に王都ラクマージにて盛大なパレードが行われた。
巨大な輿に乗ったルカオットは、立派な服と深紅のマント、及び、宝石で煌びやかな装飾の施された王冠を頭に頂いた姿は威風堂々、王者の貫禄。
馬子にも衣装と言うが、あの少々弱そうな印象が抜けなかったルカオットとは思えぬ威圧感に溢れていた。
そして、ルカオットの隣にはカイエンが立っている。
この数週間の内に少しだけ口髭を伸ばした彼からは若々しさが消えて、代わりに歳を重ねた尊厳が出ていた。
群衆に紛れていたサーニアはヒゲを伸ばした彼の顔を見て驚く。
髭が無い方が格好良かったし、年の割に若々しく見えたのに、今では他の三十代の人達と同じに見えるので残念に思うのだ。
確かに、実を言うと女性は男の髭に対して懐疑的な人が多い。
が、男というのはある時に髭を生やし始める。
それは権力や強さの象徴として髭を欲する男の本能にあると言われる。
この世界においてもその心理は現在でるが、カイエンは今までその心理が少々希薄であった。
しかし、相応の立場には相応の見てくれをと思えばこそ、口髭を生やしたのだ。
あんなのお父様らしくないとサーニアは思いながら、ゲンナリとした顔でカイエンを見ている。
カイエンはそんなサーニアを群衆に見付けると、優しく微笑んで髭を一撫で、手を振った。
その心は、どうだ、父さんは格好いいかな? と言ったところだろうか。
少しの気恥ずかしさと自慢が四対七で混合された笑みである。
子の心、親知らずであろう。
だけど、カイエンが気恥ずかしそうながらも自慢気な笑みを向けるなんて今まで一度も無く、なんだか偉大な父が『可愛く』思えたので、サーニアはそれがおかしくておかしく、笑って手を振り返した。
そのままパレードは市中をグルッと回って王城へ戻っていく。
パレードは成功だ。
市民は反乱軍に略奪された恨みの後、反乱軍を追い出して略奪を全くせずに民の生活を第一の政策を取ったルカオットを、どんな人だろうと興味を持っていた。
それは時間が経てば経つほど大きな関心と興味を呼んだのであるが、満を持してのパレードである。
誰も彼もが新たな王とはいかな者か一目見ようとパレードの通りに集まったのでまさに盛況だったのだ。
パレードが終わり、王城のバルコニーにルカオットが姿を見せると、王城前の広場に人々は大挙しおり、ワッと歓声を挙げる。
カイエンはルカオットの隣に立ってそれを見下ろすと、自分のやった事が実ったのだと誇らしく思う。
カイエンのみならず、ロイバックやキュレイン、シュエンも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ロイバックは、カイエンを信じて仕えて間違いなかったと思う。
キュレインはマルダーク王国を最後まで裏切らずに耐えて良かったと思うし、シュエンもルカオットが立派な姿を見せて嬉しく思う。
この中で一番、喜んでいたのは、実はシュエンであった。
「犯した女は数いるが……息子が居たら、もしかしてこんな気持ちだったのかもなぁ」と思う。
シュエンだって何も好き好んで山賊に身をやっしていた訳では無かった。
あるいは、普通に女の人を愛して、結婚して、子を産んで、親子喧嘩して、子の独り立ちに寂しく思いながら誇らしく思う未来があったのかも知れない。
そう思えばこそ、シュエンはルカオットの事を息子のように思っていたのかも知れない。
「へ。馬鹿馬鹿しい。俺みたいな山賊上がりの野蛮人が、王族のガキをせがれなんて思っちゃあいけねえや」
シュエンは人知れず、自嘲したのであった。
そんな中、居並ぶ騎士達が一斉に槍の石突きをガンと地面に叩きつけると、群衆は静まり返る。
ルカオットが声明を出すのだ。
カイエンは隣に立つルカオットが深く深く息を吸って吐くのを聞く。
彼はたくさんの人に見られるということに慣れていないので、緊張しているのだろう。
だが、会議の時などの人が少ないときには話が普通に出来るので、能力はあるのだ。
後は少しの勇気だけであろう。
「私は……マルダーク王国新国王、ルカオット・マルダークである」
耳が痛い程に静かな広場へ、ルカオットの清涼な声が響き渡る。
「愚かなサリオンは王国に反旗を翻し、悪しくもこの王都ラクマージを卑劣な賊の如く荒らした」
この数週間、ただひたすらに暗記した言葉だ。
言い間違える事も、言い淀む事もなく、スラスラとその声明は口から流れていく。
「我が父はその反乱の中でお隠れになられ、そなた達には苦しい思いをさせた。誠にすまない事」
ルカオットは深々と頭を下げる。
これに民衆はザワザワヒソヒソと声を出した。
まさか王が頭を下げるなんて思いもしなかったのだろう。
それに、突然の反乱に大変な目に遭ったにも関わらず、反乱を行ったサリオンが悪いと言うのでは無く、サリオン達反乱軍から守りきれなかった自分のせいだと言うのである。
この年端も行かぬ少年がだ!
誰もが思うのは、あなたのせいじゃないと言う事であろう。
これこそがカイエン達の作戦だ。
まだ十歳の子供が親を失ったのに、甲斐甲斐しくも自分のせいで皆を悲しい目に遭わせたと言われれば、誰だって同情する。
このまだ小さな子供を、皆で盛り上げて、助けてやらねばと思うだろう。
「しかし、我々は悪辣な反乱軍を王都から追い出し、帰ってきた。マルダーク王国はまだ死なず。そして、今度こそ皆さんの安全を約束する。そのための勇士も揃っている!」
ルカオットは声を大きく「マルダーク王国は不滅だ!」と言えば、民衆は大いな歓声を上げた。
元々、ルカオットは父譲りのハキハキした口調と澄んだ声質を持ち、声も良く通る。
王とは意外と客商売だ。
客である民衆に好印象を与えられるその声は、王の才能とも言えよう。
カイエン達は民衆の大歓声を背に受けながら、王城へと戻った。
皆の顔にはそれぞれ、思い思いの充足感と達成感が満ち溢れている。
問題は山積みで、サリオンや各地の反乱は鎮圧されていないし、諸外国は虎視眈々とマルダーク王国を狙っているだろうが、少なくとも彼らは一つの目的は達成したのだ。
大きな円卓が中央に置かれた、大きな部屋だ。
カイエン、キュレイン、ロイバック、シュエンを始めとして、内務担当官や外交位官等々の、王城における様々な分野の貴族が集まっていた。
もちろんラキーニも居たが、一方、その師のハリバーは病欠していた。
ハリバーを抜いて全員集まり、始まったこの会議において話題となったのは、まず、カイエンの立場の事であった。
カイエンは防府太尉の位であるが、しかし、今やルカオットの右腕である。
防府太尉の位をロイバックに譲り、カイエンは宰相として正式にルカオットの右腕となることが提案された。
宰相とは国家の最高権力たる王の、その国政、外交、軍略を補佐する役目で有り、名実共にマルダーク王国ナンバーツーの男となる。
これはルカオット直々の提案であるし、誰もこれに異議を唱えないばかりか、手を上げて認める話だ。
なのでカイエンは謹んで受ける事となる。
これに伴い、全体的な爵位階級、役職の変動が行われた。
ロイバックは国防最高責任者、防府太尉に。
キュレインは防府太尉の直下に当たる鎮国武婦、キュレインの三人の旦那は二人が鎮国政公と鎮国政候。鎮国は国防において治安維持や反乱鎮圧を中心に行う役職だ。
シュエンは役職は無いものの男爵の位へ。
ハリバーは軍師候老。
ラキーニは軍師左朗将。
サマルダは武功が殆ど無かったが、カイエンの身内と言うことも考慮し、子爵の位と親衛鎮守の役職を任命。
親衛鎮守とは、王城直接の警護を司る部隊指揮官である。
彼自身の能力が高い訳では無いが、目先の欲に眩むような軽率な人間では無いし、忠誠心や道徳心も強いので、傍に置いておくにはうってつけだ。
それから、ルカオットを中心としたパレードで王都を練り歩く計画もされた。
今までは民衆の生活が不安定だったのでパレードをしていなかったが、生活にある程度の安定が見られるため今こそパレードでもってルカオットの威容と功績を知らしめる時だ。
誰が国王であり、支配者であるかを民衆に見せる事は大事である。
特に、ルカオットは略奪を行っていた反乱軍から王都を奪回し、自身は略奪の一切を兵に行わせなかったので、民衆の支持も高い。
ここで大々的にルカオットの威容を魅せる事こそ、民衆支持を得られよう。
また、人伝にルカオットの話が流れ、近隣国に新たなマルダーク王は賢君であると知らしめられれば、反乱の混乱に乗じて攻めてくるような事もされづらいのだ。
そして、この重要なパレードの日程も決まり、今日の会議はこれで終わりかと思われた。
しかし、最後の議題としてカイエンの紋章が挙げられる。
ガリエンド家の紋章である盾と剣と獅子の紋章は、反乱軍の旗頭サリオンも使用しているため、公文書の押印で使用する際に厄介になるのだ。
それに、獅子は武家を示すものであるが、カイエンは宰相として武力のみならず、内政、外交にも携わるため相応しく無いのである。
そのため、カイエンに新たなる紋章をルカオットが授ける事となったのだ。
勇気と勝利それと知恵の象徴である大鷲にすげ替えるという提案が出て、全員もそれが相応しいだろうと頷く。
が、それにカイエンが意外にも反対した。
全員が、なぜカイエンは反対するのか分からず、驚く。
紋章なんてものは便宜的に使えれば良いのであるから、よほどおかしく無ければ異を唱える必要もない。
だが、カイエンは以前見た夢のために大鷲が縁起の悪いものに思えたのである。
大鷲となったカイエンが王冠を被った小鷹を助けると、小鷹が疲れたと言って王冠をカイエンの頭に乗せて落ちていくあの夢だ。
カイエンは伝承や占卜というものを迷信と思い、あまり信じていなかったが、
あの時の夢は大鷲、
新しい家紋も大鷲、
偶然の一致と思えなかったのだ。
これではまるで、自分がルカオットの王位を奪うかのようではないか。
が、カイエンの反対に反論したのはロイバックとキュレインである。
王から家紋を頂くのは大変名誉な事であり、いくらカイエン様と言えどもあまりに非礼だと言うのだ。
確かにその通りであろう。
これからさあ皆で一丸となろうという時に、わがままな要求で信頼にヒビを入れるわけにもいくまい。
それに、カイエンにとって夢は所詮、夢だ。
嫌な予感はしてしまうが、政に携わる人が夢だの占いを公の場に持ちだしては斜陽の原因。
「失礼しました。謹んで承ります」と、非礼を詫びて頭を深々と下げた。
こうして会議は終わり、数週間後に王都ラクマージにて盛大なパレードが行われた。
巨大な輿に乗ったルカオットは、立派な服と深紅のマント、及び、宝石で煌びやかな装飾の施された王冠を頭に頂いた姿は威風堂々、王者の貫禄。
馬子にも衣装と言うが、あの少々弱そうな印象が抜けなかったルカオットとは思えぬ威圧感に溢れていた。
そして、ルカオットの隣にはカイエンが立っている。
この数週間の内に少しだけ口髭を伸ばした彼からは若々しさが消えて、代わりに歳を重ねた尊厳が出ていた。
群衆に紛れていたサーニアはヒゲを伸ばした彼の顔を見て驚く。
髭が無い方が格好良かったし、年の割に若々しく見えたのに、今では他の三十代の人達と同じに見えるので残念に思うのだ。
確かに、実を言うと女性は男の髭に対して懐疑的な人が多い。
が、男というのはある時に髭を生やし始める。
それは権力や強さの象徴として髭を欲する男の本能にあると言われる。
この世界においてもその心理は現在でるが、カイエンは今までその心理が少々希薄であった。
しかし、相応の立場には相応の見てくれをと思えばこそ、口髭を生やしたのだ。
あんなのお父様らしくないとサーニアは思いながら、ゲンナリとした顔でカイエンを見ている。
カイエンはそんなサーニアを群衆に見付けると、優しく微笑んで髭を一撫で、手を振った。
その心は、どうだ、父さんは格好いいかな? と言ったところだろうか。
少しの気恥ずかしさと自慢が四対七で混合された笑みである。
子の心、親知らずであろう。
だけど、カイエンが気恥ずかしそうながらも自慢気な笑みを向けるなんて今まで一度も無く、なんだか偉大な父が『可愛く』思えたので、サーニアはそれがおかしくておかしく、笑って手を振り返した。
そのままパレードは市中をグルッと回って王城へ戻っていく。
パレードは成功だ。
市民は反乱軍に略奪された恨みの後、反乱軍を追い出して略奪を全くせずに民の生活を第一の政策を取ったルカオットを、どんな人だろうと興味を持っていた。
それは時間が経てば経つほど大きな関心と興味を呼んだのであるが、満を持してのパレードである。
誰も彼もが新たな王とはいかな者か一目見ようとパレードの通りに集まったのでまさに盛況だったのだ。
パレードが終わり、王城のバルコニーにルカオットが姿を見せると、王城前の広場に人々は大挙しおり、ワッと歓声を挙げる。
カイエンはルカオットの隣に立ってそれを見下ろすと、自分のやった事が実ったのだと誇らしく思う。
カイエンのみならず、ロイバックやキュレイン、シュエンも嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ロイバックは、カイエンを信じて仕えて間違いなかったと思う。
キュレインはマルダーク王国を最後まで裏切らずに耐えて良かったと思うし、シュエンもルカオットが立派な姿を見せて嬉しく思う。
この中で一番、喜んでいたのは、実はシュエンであった。
「犯した女は数いるが……息子が居たら、もしかしてこんな気持ちだったのかもなぁ」と思う。
シュエンだって何も好き好んで山賊に身をやっしていた訳では無かった。
あるいは、普通に女の人を愛して、結婚して、子を産んで、親子喧嘩して、子の独り立ちに寂しく思いながら誇らしく思う未来があったのかも知れない。
そう思えばこそ、シュエンはルカオットの事を息子のように思っていたのかも知れない。
「へ。馬鹿馬鹿しい。俺みたいな山賊上がりの野蛮人が、王族のガキをせがれなんて思っちゃあいけねえや」
シュエンは人知れず、自嘲したのであった。
そんな中、居並ぶ騎士達が一斉に槍の石突きをガンと地面に叩きつけると、群衆は静まり返る。
ルカオットが声明を出すのだ。
カイエンは隣に立つルカオットが深く深く息を吸って吐くのを聞く。
彼はたくさんの人に見られるということに慣れていないので、緊張しているのだろう。
だが、会議の時などの人が少ないときには話が普通に出来るので、能力はあるのだ。
後は少しの勇気だけであろう。
「私は……マルダーク王国新国王、ルカオット・マルダークである」
耳が痛い程に静かな広場へ、ルカオットの清涼な声が響き渡る。
「愚かなサリオンは王国に反旗を翻し、悪しくもこの王都ラクマージを卑劣な賊の如く荒らした」
この数週間、ただひたすらに暗記した言葉だ。
言い間違える事も、言い淀む事もなく、スラスラとその声明は口から流れていく。
「我が父はその反乱の中でお隠れになられ、そなた達には苦しい思いをさせた。誠にすまない事」
ルカオットは深々と頭を下げる。
これに民衆はザワザワヒソヒソと声を出した。
まさか王が頭を下げるなんて思いもしなかったのだろう。
それに、突然の反乱に大変な目に遭ったにも関わらず、反乱を行ったサリオンが悪いと言うのでは無く、サリオン達反乱軍から守りきれなかった自分のせいだと言うのである。
この年端も行かぬ少年がだ!
誰もが思うのは、あなたのせいじゃないと言う事であろう。
これこそがカイエン達の作戦だ。
まだ十歳の子供が親を失ったのに、甲斐甲斐しくも自分のせいで皆を悲しい目に遭わせたと言われれば、誰だって同情する。
このまだ小さな子供を、皆で盛り上げて、助けてやらねばと思うだろう。
「しかし、我々は悪辣な反乱軍を王都から追い出し、帰ってきた。マルダーク王国はまだ死なず。そして、今度こそ皆さんの安全を約束する。そのための勇士も揃っている!」
ルカオットは声を大きく「マルダーク王国は不滅だ!」と言えば、民衆は大いな歓声を上げた。
元々、ルカオットは父譲りのハキハキした口調と澄んだ声質を持ち、声も良く通る。
王とは意外と客商売だ。
客である民衆に好印象を与えられるその声は、王の才能とも言えよう。
カイエン達は民衆の大歓声を背に受けながら、王城へと戻った。
皆の顔にはそれぞれ、思い思いの充足感と達成感が満ち溢れている。
問題は山積みで、サリオンや各地の反乱は鎮圧されていないし、諸外国は虎視眈々とマルダーク王国を狙っているだろうが、少なくとも彼らは一つの目的は達成したのだ。
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