没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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5章・大鷲、白鳩、黒烏、それと二匹の子梟

過去

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 マルダーク王国は各地の反乱軍へ攻勢を仕掛けた。
 夏半ば頃の話である。

 先鋒はルーガとその息子のガラナイが務める姿があり、彼らは獅子奮迅の働きで次々と反乱軍を殲滅、降伏させていった。

 ロイバックから上がってくるその戦果報告を、カイエンはウキウキとして読んでいる。

 この調子で命を賭して戦果を挙げていけば、いかにルーガ達が裏切り者と言えども恩赦を出すことが出来るだろう。
 そう思うと、カイエンはとても嬉しかった。

 それに、来年中には反乱も鎮圧出来そうである。

 また、カイエンは外交にも力を入れ、周辺国に攻められないよう、外務官と幾度も会議をし、攻められないように尽力した。

 宰相になって益々の多忙となったが、外交も鎮圧も、内政も滞りなく進んでいく。
 が、必ずしも全てが良いとは言い切れなかった。

 ある日の事、カイエンの元へラキーニがやって来て、ハリバーが亡くなったと伝えたのだ。

 ラキーニはサニヤが姿を消してから、意気消沈となって、その心を慰めるかのように連日ハリバーの元へと勉強に向かっていたのである。
 だが、今朝は屋敷へ訪れても返事がなく、不審に思って二階の寝室へ向かうと、ハリバーはベッドへ横になったまま眠るように亡くなっていたのだという。

 机の上には手紙が置かれていた。
 遺書のようで、勝手に読むのもどうかと思い、持ってきたのだとカイエンへ手紙を差し出した。

 カイエンが手紙を開いて読んでみると、どうやら昨夜のうちに死期を悟って書いたもののようである。

 実の所、数日前から病が悪化して話をするのも苦痛であったことが書かれている。
 しかし、これは病ではなく、寿命なのだと、自分の死期が迫っているのだろうと察したハリバー。
 療養した所で治りはしないのだから、残った時間をラキーニに全てを教え込むために使ったと書かれていた。

『私はもう駄目です。が、ラキーニはもう私の知識を十分に学びました。これからはラキーニがラキーニなりの考えと経験で新しい力を手に入れ、カイエン様の役に立つことでしょう。
 それからラキーニよ。お前は私の子供のようであった。私自身の失ったものが帰ってきたような幻想の時であった。楽しい時間をありがとう』
 
 最後のシメの一文に、ワガママではありますが、パルオルオットにある生まれ故郷の村に私を葬って欲しい。と書いてあった。

 なので、数名の兵士と騎士にハリバーの遺体を持っていかせ、葬らせることにする。

 カイエンはハリバーに感謝してもしきれない程の恩があったのだから、これくらいの願いを叶えるなんて当然だ。

 本来なら、カイエンやラキーニ自身もハリバーの埋葬を見届けたい所であるが、カイエン達は国のことがあるので迂闊に王都から出られない。
 なので、重臣たるハリバーの死に一ヶ月間、喪に服する事にした。

 この時、ラキーニは大層落ち込んでしまい、三日も自宅にて休んでしまう程である。
 彼はメイドも雇っていないため、同郷のよしみという事でリーリルが食事と看病をする事にした。

 ラキーニは軍師としてカイエンをよく補佐してくれるが、そもそも十三歳の子供である。
 元々、サニヤが姿を消して精神的に参っていた所に恩師の死が直面して、多感な心は壊れそうになったのだ。

 が、彼の精神は非常に大人だ。
 傷付いた自分の生活をよく理解して、心が壊れないように自主的に休んだのである。

 その話をリーリルから聞いたカイエンは、彼の成熟性に舌を巻いた。
 自分の体調を理解し、無理をしないというのは大人でも中々出来る事では無い。
 自分自身をコントロールするというのはそれだけ至難の業なのである。

 が、あまりにもラキーニが落ち込むのに見かねて、リーリルはラキーニへ、サニヤが実は帰ってきている事を話したらしい。

「秘密にした方が良かったかな?」

 ベッドの中でカイエンの腕に抱き付き、月明かりで髪の毛が白銀に光っているリーリルが聞く。

「いや、ラキーニも結構追い詰められているからね。ありがとう」

 少しだけでも良いから、ラキーニの心の慰めになってくれたら良いのであるが……。

「ところでリーリル。ラキーニの世話を本当にありがとう」

 本来なら、リーリルの地位を考えたらやるべきでは無い。
 それこそ人を雇ってやるべきなのだ。

 しかし、リーリルとしては家事が久しぶりに出来るから楽しいのだと微笑む。

「家に居ても家事をさせてくれないもの」

 雇ったメイド達はさすがに宰相夫人を働かせる訳にはいくまい。

「あまり彼女達を困らせてあげるなよ」と言うと、「私だって体を動かしたいの」と頬を膨らませていた。

 まったくいい歳をして子供っぽい人だと、カイエンは愛おしく思いながら彼女を抱きしめて、せせらぐ川のような髪を梳く。

「喪に服するのが終わったら、また皆でピクニックにでも行こう」

 リーリルが嬉しそうに顔を近づけて、「今まで放ってた分、ザインとラジートと遊ばなくちゃいけないものね」と言う。
 今まで放ってたのは仕方ない事なので、まったくリーリルは意地が悪い。
 カイエンは苦笑して、「許してくれよ」と言うと、リーリルと口付けをするのであった。

 こうやってイチャイチャとするのは前線に出ている味方には悪いが、しかし、今までの苦労を思えば少しくらい良いであろう。
 仕事は忙しいが、何とか安定はしている。
 各地の反乱鎮圧の報せは勝利の報告ばかりだ。

 ハリバーの死は残念であるが、人は誰しも死ぬものだ。
 死ぬ時に自身が納得して逝けたのならば、それで良いのだろう。

 この調子でザインとラジートとも仲を取り戻し、問題を解決したサニヤが帰ってくれば、いつ死んでもカイエンの人生に悔いは無し。
 正直な話、家族皆とゆっくりと暮らせるならこんな高い地位に付く必要も無いので、なんでこんな多忙な仕事をしているのだろうかと疑問に思いもするが、幸せならそれで良いかと思う。
 
 ……が、やはりというか何というか、カイエンの幸せに水を差す事態が起こってしまうのは数カ月後の事であった。

 執務室で書類を書いていると、兵が手紙を持ってくる。
 手紙が来る事自体は特におかしい事では無い。
 もっぱらカイエンに取り入ろうとする貴族の手紙がよく来るのだ。
 が、その日の手紙はいつもと違う。

 差出人の名を見たとき、カイエンはピタリと動きを止めてしまった。

「どうしました?」と兵が聞くも「いや、なんでもない。ご苦労」と兵を下がらせると、手紙の封を切って中身を読む。

「あなたの息子は今年で十六歳になります」と書かれていた。

 カイエンの息子……当然、ザインとラジートでは無い。
 
 差出人の名はリミエネットと書いてある。
 この名は、かつて……十六年前にカイエンと別れた妻の名だ。
 そして、十六歳になる息子とは、彼女との間に出来た子である。

 なぜ今さらこんな手紙を寄越すのだろう。
 カイエンは開拓村へ赴任した当初、何通か手紙を送った事はあっなが、今まで一度も返信をよこさなかったと言うのに。

 カイエンと別れた彼女は、実家の跡継ぎとして別の男性を婿養子に迎えたらしい。
 しかし、リミエネットの家は先の戦いで反乱軍に加担した結果、再婚相手は戦死してしまい、両家の実家も焼かれて親族の生死すら不明だという。
 そんな折、先日のパレードでカイエンがマルダーク王国の宰相になったと知り、頼るしか無いと思ったのだ。
 近日中に家へ向かうから入れて欲しい。カイエンとの子と、再婚相手の子を連れているが、知らぬ仲で無し、助けてくれるでしょう? と書いてある。

 読み終わったカイエンは溜息一つ、目頭を抑えた。
 資金的な提供は行えるだろうが、家に入れる訳にもいかない。
 カイエンには新しい家庭があるのだ。

 それに、息子だって十六歳ならば成人している。
 家は用意するが、わざわざカイエンを頼る必要なんて無いのだ。

 見知らぬ仲では無いのだから見捨てはしないが、さすがに家庭にまで入り込まれるのは無理だ。

 カイエンは羽ペンを取ると、手紙に捺された郵便屋の印を宛先に返信する。
 印は隣町のセルオーゼと言う町の郵便屋のものだ。
 渡したい相手の名前を書いて、印された郵便屋へ送れば、郵便屋がその相手の所へと届けてくれる。

 内容は、家へ上げることは出来ないが、生活が安定するまでの資金的援助を行える事、および、成人した子に見合う相手くらいは用意出来る旨である。
 また、親が反旗を翻したとしても子に罪は無いので、望むならば下級騎士として任用するくらいは出来るかも知れないと言う事を記す。

 この手紙を誰かに届けさせようかとしたが、しかし、うっかり王城の人が読んだらと考えると嫌だったので、自分の手で郵便屋へ届ける事にした。

 その日は少し早めに仕事を切り上げ、郵便屋に寄ってから家へと帰った。
 郵便屋は、どうやら先の反乱で親戚家族と連絡を取ろうとして手紙を出している人が多いらしく、閉店間際にも関わらず大わらわな忙しさである。
 そのせいか、宰相であるカイエンに気付かず、業務的に手紙を受け取って、適当に書類を書いて渡してきた。

 もしも自分が宰相だと知れたら、先ほどの人は肝を潰すかも知れないなぁなんて一人、笑いながら屋敷の玄関を開ける。

 すぐさまメイドが出迎えてぺこりと頭を下げた。

「おや?」

 家の奥からリーリルと誰かが話す声が聞こえてくる。

「客かい?」とメイドに聞くと、「はい。旦那様に用があると」と答えた。
 
 自分に用がある人なんて誰だろう?
 カイエンは仕事着から室内着に着替えると、不思議に思いながらリビングに向かう。

 カイエンがリビングへ入ると、焦げ茶色の髪の毛の女の人がリーリルの前に座っていた。
 彼女はカイエンに気付くと、「あら、カイエン。お久しぶり」と椅子に座っている女の人が笑顔で手を振った。

 長い髪の毛を縦に巻き、三十を超えた年齢の女性だけが許される装飾品の数々を身に付けている女性。

 カイエンはその人を見ると呆然とした様子で「リミエネット」
と呟く。

「ええ。手紙は届いたかしら? ごめんなさいね。待ちきれなくて返信が来る前に来ちゃったわ」

 リビングに居る訪問者とは、カイエンの元妻、リミエネットであった。
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