没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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6章・父であり、宰相であり

来訪

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「父上が帰って来られたって?」

 リビングから二人の青年がやって来た。

 片方はカイエンの知らない顔だが、もう片方はカイエンの面影がある。

「もしかして……カーロイか?」
「はい。初めまして……では無いですね。私が二歳の時までは一緒に居たそうですが。残念ながら記憶はありませんでしてね」

 彼こそカイエンが十九の時の子供だ。
 二十一歳で分かれてから十四年ぶりの再会である。
 
 カイエンは自分が思っていたよりもずっと、彼との再会に歓喜の思いがあった。
 あの小さな子供が、よくぞここまで育ってくれた……と。

 が、しかし、その一方で、彼はもう十六歳の成人で、また、彼と自分とは血のつながり以外の全ての繋がりが存在しない他人なのだと思う。

「小(ちい)奥様にも自己紹介しましたが、改めて」そう言って胸に手を当ててかしずく。

 小奥様とはリーリルの事だ。
 どうやらリーリルには自己紹介してあるようである。

「カーロイ・アーラインです。いえ、これからはカーロイ・ガリエンドでしょうか? そして、こちらが」
「カーロイの弟、ガゼンです。私とは初めまして……ですね」

 ガゼンの方は再婚相手との子であろう。
 髪の毛を逆立てて鋭い眼をしている青年だ。

 彼は十四歳。
 しかし、体格は大きく、体付きもしっかりとした戦士の風格を見せていた。 
 
 そんなガゼンもカーロイも、カイエンが彼らを養子として迎えることに何の疑いも持っていない。
 カイエンは優しくて、人を見捨てはしないと知っているからだ。

 カイエンが彼らに何と言おうか考えていた。
 確かに、カイエンは彼らへ平然と出て行けと言える人間では無いので、言葉が上手く出て来なかったのである。

 すると、リビングよりザインとラジートが出てきて「お兄さん。遊ぼうよぉ」とトテトテ二人へ近付く。
 カーロイ達はザインとラジートの両手を持って、自分の足の上へと乗せた。

 キャッキャと笑うザインとラジート。
 二人はすっかりカーロイとガゼンに懐いているようだ。

 なのにカーロイ達を追い払うとなると、ザインとラジートがなんと言うか……。

「と、とにかく、話を……しよう」

 カイエンは平静を装いながら、彼らをダイニングへと入れた。
 平静を装いはするが、その心は非常に動揺している。

 カイエン自身は何も悪いことをしていないのであるが、それでもリーリルの前に前妻とその息子が来ると、何とも後ろめたい気になる。
 法的にしっかり別れたとかそう言う話では無く、男女の愛や情という感情的な部分に言及せねばならない問題なため、理論的に大丈夫という話では無いせいだろう。

 そして、カイエンがリーリルへの愛情を示すにはただ一つしかすべき事は無い。

「端的に言おう。リミエネット、それから二人とも、悪いが君達は僕の家族では無いし、君達をこの家には置けない」

 リミエネット達は驚いた顔でカイエンを見た。

「まだ何も言っていないのに、そんな拒否をしなくても……」と言うので「違いましたか?」とカイエンが聞くと、「違う訳では無いけど……」とモゴモゴと口を動かす。

 既に手紙で伝えてある通り、リミエネット達はカイエンに養って貰おうとしていた。
 それに先ほどのカーロイの言葉、どうやらリミエネットはカイエンと再婚する魂胆であろうか。

 カイエンは父と険悪になる事を覚悟してまで重婚を拒否した男である。
 今さらリミエネットと再婚するつもりは無いし、それに、リミエネットには既に立派な息子が居るのだから何とでもできる筈だと思えばこそ、カイエンの住まいに『他人』を住まわせるつもりなんて無かった。

 しかし、見知らぬ縁でも無し、完全に見捨てる程カイエンは鬼では無い。

 生活が安定するまでの間は資金的提供は行おうと説明した。
 なんなら仕事を斡旋しても良いとも伝えた。
 もっとも、カイエンは彼らにガリエンド家の名を使わせるつもりは無いのである。

「なによ! それ!」

 リミエネットがヒステリックに叫んで立ち上がった。

「私はアーライン家よ! なのにあんたは、この家柄もないような女を取るの!?」

 彼女はそう言ってリーリルを指さす。
 やれやれ、また家柄の話かとカイエンはうんざりだ。

 この王侯貴族の血筋しか見ないところはどうにか出来ないであろうか。
 
 溜息をついているカイエンと対照的に、リミエネットは激しく昂奮し、どうせカイエンの金が目当てなんでしょとか、若い体で男を誘惑する売女などと、リーリルの事を激しくなじるのである。

「リミエネット。少し黙ってくれないか?」

 カイエンが言うが、リミエネットは止まらない。
 曰く、私がよりを戻してやると言っているのだと、曰く、宰相の身分に見合う女では無いのだと。

 が、カイエンが勢い良く立ち上がったため、彼女の口はようやく黙る。

「いきなり立ち上がって何よ」と言う彼女へ、カイエンは一言、「黙れ」と言った。

 あまりに冷たい眼だったので、リミエネットかビクッと体を震わせて、黙って椅子に腰掛けると、カイエンはニコリと「失礼、最近、年のせいか感情的になってしまいまして」と笑って、手入れされている顎髭を撫でる。

「しかし、良いですか」と、カイエンは話す。
 リミエネットはカイエンが開拓村へと左遷された時、名家の娘であった彼女は自分に見合わない男だとカイエンと別れた。
 もちろん、王の勅命を無視したカイエンにだって非はあるのだから、跡取りであるカーロイを諦めてリミエネットへ渡した。
 
 そして今、カーロイは立派な一人の成人であるし、リミエネットのもう一人の息子ももう十四歳。
 何もカイエンに頼らなくたってどうだってできるだろう。

 それなのに、今さらカイエンを頼ってきた理由。
 それは……リミエネットが、カイエンの宰相の肩書きに寄ってきたに過ぎないのだ。

 どの口がリーリルは金のために体でカイエンを誘惑した売女と言えようか。
 
 カイエンが辛いとき、厳しい時に傍に立って、時には慰め、時には叱咤し。
 遠く離れていても想い続け、娘と息子を育ててくれたのはリーリルでは無いか。

 肩書きと地位にしか目が届かない浅慮な女に、リーリルを馬鹿になんてされたくは無いのだ。

「さあ、今すぐ出て行くのだ」

 カイエンは三人に出て行くように言う。
 その顔には笑みが消えていて、戦人の顔があった。
 群れに危機が迫った時の獅子の顔と言い代えても良いかも知れぬ。
 温和な雄獅子こそ怒ったときに怖いものである。

 ゆえに、リミエネット達は何も言わず、すごすごと屋敷から出て行くのだ。

 ただ、最後にカイエンは、出て行くカーロイに声を掛けて引き止めた。

 そして、口をカーロイの耳に寄せると「よく元気な姿を見せてくれた。ありがとう」と述べた上で、リミエネットをよく守り、どうしてもと言う時は陰ながら助けを出すから、いつでも頼って欲しいと言う。

 カーロイはカイエンの面影が残る顔を微笑ませて、ペコリと頭を下げると屋敷を出て行った。

 一応の幕引きである。

 リーリルはカイエンが昔に結婚していた事は知っていたので、前妻の登場に驚いては居たがそれ自体はなんとも思っていない。
 しかし、カイエンが自分の事で怒ってくれた事を喜んでいた。

 が、ザインとラジートは微妙な顔をしていた。
 カーロイとガゼンに懐いていたようなので、一緒に暮らせない事を残念に思っているようだ。
 そのカーロイ達を追い払ったカイエンの事を、ザインとラジートは怒るかと思われたが、しかし、母リーリルを悪くなじったリミエネットをカイエンが追い出した事から、二人はカイエンに対して少なからず尊敬の念を抱いたのであった。

 ザインもラジートも、サニヤのように父カイエンへ複雑な感情を抱く事となる。

 ちなみに、この話は数日後にはサニヤも知ることとなる。
 リーリルがラキーニに話し、サニヤの居場所を見つけたラキーニがサニヤへ伝えたのだ。

「私はサニヤじゃなくてサーニア! て、いうか、なんで私が居る場所、分かったのよ」

 ラキーニが訪れたとき、サーニアは王都の中級クラスの宿屋に泊まっていた。
 最初は庶民向け宿屋に止まっていたが、共同空間に薄布で仕切られただけの宿屋はどうしても嫌だったので、個室が用意されている少しお高い宿屋に泊まっていたのである。

 そんなサーニアへラキーニは「調べたんだ」と言うのだ。

 ちなみに、サーニアはラキーニが誰だか分からず、そもそもなんで我が家の事情を彼が知っているのかと言った。
 
 これにラキーニは以前の幕舎で「誰?」と言われた時のようにショックを受けたのである。
 しかし、ハリバーの事を思い出して、諦めちゃ駄目だと奮い立ち、かつて開拓村で遊んだラキーニだと説明した。

 そう言えばそんないじめられっ子も居たとサニヤは思い出す。
 
 とはいえ、なんでその子がここに居るのかと疑問に思った。
 ラキーニ曰く、サニヤとの約束を果たしに来たのだと言うので、「あんたと約束なんてしてない」とサーニアは言うのだ。

 しかし、そんな事を言われてもへこたれず、彼はしばしばサーニアの元へ訪れて、色々な話をしたのである。

 その話の中に、カイエンの前妻が訪れた話があったのだ。

 この話を聞いたサーニアは思ったよりも嬉しそうな顔をする。

 リーリルをカイエンが守った事が嬉しかったし、何よりも、カーロイとかいうカイエンの実子が息子扱いされなかったのが嬉しかったのである。
 なにせサーニアは、カイエンとリーリルの実子では無いのが劣等感なので、カイエンの実子であるカーロイが息子扱いされなかったと聞けば、嬉しいのだった。
 少々歪んだ喜びであったかも知れないが。

 なんにせよ、ちょっとした家族の問題はカイエンのお陰でいともたやすく収まったのだ。

 サニヤはそう思っていたし、そのようにガリエンド家の誰しも皆が思っていた。

 確かにリミエネット達は立ち去ったが、しかし、次の家族の問題は既に始まっているものである。

 ある日、王都の城門をくぐって十名程の人々が訪れていた事を誰も知らないだろう。
 彼らは皆、一様に手足や顔を包帯のような薄布で隠していた。
 あるいは、顔を薄いベールで隠している。

 道行く人々は彼らを見ると、おかしな連中だと思いもするが、すぐに彼らの存在なんて忘れてしまった。

 十名程の彼らは真っ直ぐに王城へとやって来ると、衛兵へ暗黒の民だと名乗る。
 彼らは魔物退治の為に各地を回っており、魔物と戦う為の援助を求めてやって来たのだというのだ。

 兵からそのように伝えられたロイバックはすぐさまカイエンへ報告し、カイエンもすぐさまルカオットへ報告した。
 この世に生きる者にとって、魔物とは切っても切れない脅威である。
 討伐の為に各地を回っている相手となれば、その話を聞かないわけにもいかず、すぐさま話し合いの場を設けられたのだ。

 兵に、暗黒の民を謁見の間へと案内させた。

 暗黒の民の服装は非常に文化の相違を感じさせるもので、白い布で作った大きな服をベルトや紐なので固定しているのだ。
 なので、余った布が手首や足首でダボッと大きく垂れ下がっているのである。
 また、靴もつま先が大きく湾曲している特徴的なものであった。

 そんな彼らの代表はサムランガと言うベールで顔を隠している青年だ。
 ベールで顔を隠しているが、別に顔を見せたくないと言うわけでは無い。
 なので礼を失せないようにとサムランガ達は顔の布を剥がして、その素顔を見せた。

 その顔を見たカイエンはドキリとする。
 なぜならば、彼らの肌がサニヤと同じで浅黒かったからだ。
 それに、漆黒よりも黒い髪もサニヤを彷彿とさせたのである。

 何か、サニヤと関係のすることが起こるだろう。カイエンはそう思わずに居られなかった。
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