没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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7章・子の成長

喧嘩

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 ラジートは勉強熱心である。
 ローリエット騎士団へ入団する前に、予習としてラキーニから軍略を学ぶ事にしたのだ。

 サニヤ、キネットから武術を。
 ラキーニから軍略、計略を学ぶのである。

 また、サニヤもサーニアとして戦地へ赴く事があるので、ついでにラキーニから軍略を教えて貰うことにした。
 ラキーニにとっては棚からぼた餅とも言うべき事態だ。
 
 なにせサニヤと一緒に居られるだけで彼は幸せだったのだから。

 しかし、そうなるとザインが仲間外れとなってしまう。
 彼は戦いなんてやりたくないので、軍略だの計略だのを勉強したくなかったのだ。

 そんな彼も最近は出掛ける事が多くなった。
 きっかけはリーリルやメイド達と買い物へ行っていた時、ふと、畑を見に行きたいと言った事である。

 今は冬の農閑期で、何も無い旨を言われたが、どうしても、今すぐ、畑を見たいのだと、ザインは頑なな態度をとった。

 ザインは何となく、焦っていたのだ。
 双子のラジートが未来を見据えているのに、自分は全く無計画に読書へ時間を費やしている。
 何かをやらねばならない。

 何かとは当然、貴族として戦いを学ぶ事だ。
 しかし、ザインは戦いなんてやりたくない。

 畑だ。
 畑を見たい。
 自分は貴族の息子だから、農業になんて関われないだろう。
 だから、畑だけでも見たい。
 そうしたら、きっと戦いも頑張れる。

 今は少しでも、戦いへ臨む心を養いたかったのだ。

 街を覆う城壁を出て、畑を見る。
 何エーカーもある収穫を終えた広い畑は、黒い地面を晒していた。

 普通の人が見たって何も面白くないその光景は、ザインには全く別のものに見える。

「お母様。この大地が命なんだね。
 この大地から命が生まれ、生まれた命は食べられる事で、僕達の命を育ててくれるんだ」

 ザインには、この大地が大きな環に見えた。
 命は食って食われて、死んで殺され、生きていく。
 その大きな環の中に皆、居るのだと思う。

 戦いは悲しい。恐ろしい。惨たらしい。
 それでも、生きていく為には仕方ない事なのだ。
 人は食べねば生きていけぬ。生きていく為に人を襲うのも、仕方なかろう。
 その仕方ない行為に殺されないよう、戦わねばならない。

 全ては大地から生まれた自然の摂理。
 命を育む事は殺す事なのだと、ザインは見た。

「お母様。僕、やるよ」

 十歳になったら、カイエンに戦いの指導を受けよう。
 逃げること無く。
 
 本当は、晴れに畑を耕し、雨に読書をする生活を送りたい。
 戦いは嫌だし、嫌いだという気持ちに変わりは無かったが、やらねばならないのだとザインは覚悟を決めたのだ。

 その日から、ザインは足繁く畑へ通った。
 十歳まであと少し。
 それまでに、少しでも大地(いのち)に触れておきたかった。

 そこで出会った農家の子供とも友達になった。
 
 裸足で畑を走り回って、泥だらけになった。
 牛の乳を絞らせて貰ったし、鶏が卵をポンと産むところも見た。

 小さな小さな種子を見させて貰った。
 この種から芽が出て、茎を伸ばし、無数の種を産み落とすと思えば、なんて神秘的だろうと思った。

 そんなザインをメイド達は全く二つの感想を抱く。

 貴族に近しい家から出たメイドは、宰相の息子なのだから、農業に憧れるような真似は良くないと、強く言って聞かせるべきではないかとリーリルへ進言した。
 一方、平民出身のメイドは、子供はとかく何にでも興味を示すもので、農業くらい興味を抱くことだってあるだろうと言うのである。

 リーリルとて村娘で、畑仕事に幾らでも従事したものだ。
 別段、畑仕事を楽しいと思ったことは無いし、命だなんだと思ったことは無かったが、しかし、畑仕事を恥ずかしい仕事だと思った事は一度足りとも無かった。
 なので、ザインが農業に興味があったとして、何かに夢中になれるのは良いことだと思う。

 貴族出のメイドはどうしても納得出来ず、カイエンにもザインの件を報告した。
 カイエンは笑って「そうか。そうか。あの子も僕に似てきたなぁ」などと言ってしまう始末である。

 それはそうだ。
 なにせカイエンは、出来ることなら宰相なんて辞めて、開拓村で村人と一緒に農作業でもしながらゆっくりと暮らしたいと思っているのだから、ザインの事を悪く思いなどしなかった。

 しかし、そうなるとザインは可哀想だなとカイエンは思う。
 カイエンが宰相なばっかりに、ザインは貴族として生きねばならないのだから。

「どうせ、十歳になれば畑を見ることも出来ないんだ。今のうちに好きなことをさせれば良いさ」

 カイエンはメイドにそう言うのであった。

 貴族出のメイドには、とても信じられない家である。
 宰相なんて、貴族の中でも圧倒的上位の人なのに、ザインは農家の子供と遊ぶし、ラジートは孤児と遊ぶし。
 全くもって貴族の常識から外れたものだ。

 しかし、カイエンも思うところはある。
 貴族である以上、貴族の子と付き合う必要があった。

 ザインとラジートが誰と交友関係にあろうと構わないが、しかし、貴族の子と遊ばない訳にはいかない。
 なぜならば、貴族とは人付き合いの商売だからである。

 将来の事を考えれば、今のうちに人脈を作るべきだ。

 なので、カイエンは膝を打って「パーティーを開くか」と、考えたのであった。

 反乱軍を王都から追い出して半年、一度もパーティーを開いていない。
 誰も彼もが多忙だったが、もうすぐ降雪の時期、暇も出来るので、パーティーを開けそうだ。
 カイエン麾下から貴族になった者と、以前から貴族であった者同士、顔を知らない者も居るかも知れないのでちょうど良い。

 それから一週間後、王城にてパーティーが開かれた。
 本来ならば、各地の領主も呼ぶべきだろうが、降雪時期を鑑みれば、王城に来た領主が雪で帰れなくなる可能性も高いので、王城勤務の貴族達だけでパーティーを開くことにしたのだ。

 城の一室でメイド達に着付けされているリーリルは「皆楽しそうにお城へ来てたけど、そんなに楽しいものとは思えないわ」とカイエンに言う。
 
 リーリルは、貴族同士の交流に礼儀作法が重大であることを知っている。
 そして、リーリルは礼儀作法を知らないので、こういったパーティーや会食を嫌った。

「パーティーを開かなかった方が良かったかな?」
「ザインとラジートと、同年代の子が来るのでしょう? あの子達の気分転換にもなるわ」

 キュッとコルセットが締められ、リーリルは何とも言えない苦しそうな声を出し、「これは殺人未遂?」と聞いた。

「女じゃなくて助かったと思う瞬間第一位だよ」
「男じゃ無いと呼吸すら出来ないなんて不平等だわ」

 リーリルはドレスの袖に腕を通す。
 リーリルの冗談にカイエンは笑い、「さ、行こうか」と彼女の手を取って部屋を出た。

「それにしても、あなたがちゃぁんと子供たちの事を考えてくれてたと思わなかったわ。私はてっきり仕事一筋かと」

 リーリルが頬をわざと膨らませて言うもので、カイエンは「やっぱり怒ってたんだね」と苦笑した。

「反乱を鎮圧したら暇もできる。そしたら、皆でどこかへ遊びに行こう。ラジートがローリエット騎士団へ行く前にね」
「ええ。そのためにも、無事に帰ってきてね」

 二人は互いに見つめ合う。
 やはり、この人を選んで良かったと二人とも思ったのだ。
 
 その時、咳払いが聞こえて二人は咄嗟に目線を外す。
 咳払いをしたのは、メイドに連れてこられたザインとラジートであった。
 息子の前であまり恥ずかしい真似はしないでよという眼で二人を見ているのだ。

 ついついドラマティックな空気に流されて、年甲斐も無くいちゃついてしまった。
 カイエンとリーリルははにかみの笑みを見せながら「二人とも様になっているじゃあないか」と話題を変える。

 二人とも真っ黒なタキシードに身を包み、立派なちびっ子貴族だ。
 
「お姉様も来れば良かったのに」

 パーティー会場へ向かいながら、ザインが呟く。
 いつもサニヤが古い服を重ね着しているもので、パーティードレスを着たいだろうと思ったのだ。

「そうだな。サニヤは……また今度だな」

 サニヤは隠密部隊の実行隊長である。
 貴族の娘として姿を現すのはあまりに目立ちすぎるので、悲しいがこのパーティーには同席していなかった。

 つまらなそうにするザイン。
 ラジートは気にしてない素振りを装っているが、淋しそうな顔をしているのが、カイエンとリーリルには分かる。

 せっかくのパーティーなのだから楽しまなくちゃ、来れなかったサニヤも悲しむよと言って、パーティー会場へ入った。

 会場には多くの貴族達が居る。
 立食パーティーなので、幾つかの円卓の傍に立ち、談笑していた。

 唯一、シュエンだけは誰とも話さず、普段着のまま食べ物にがっついているのが見える。
 メイドから、まだ食べないで下さいと注意され「良いじゃねえか。冷めたらまずいだろ」と、また食べ物を口に入れた。

 さすがにシュエンは顰蹙を買っていたが、誰も彼もが白い目でシュエンを見るばかりだ。

 そんな白い目の貴族達は、カイエン達が入ってくると、一気に笑みを浮かべて、カイエン達へ近付いた。

 噂通りお美しい奥様!
 聡明そうな坊ちゃまですな!

 口々に飛び出るおべっかは、宰相に取り入ろうとするものだ。

 早速、権力争いだ。

 笑顔で揉み手する貴族の中には、リミエネットをそそのかしたヒーレイン候の姿もある。
 ヒーレイン候のみならず、カイエンを裏で排除しようとしている者は他にも居るのだろう。

 だが、それを言っても詮無きこと。
 
 適当に挨拶を流し、パーティーの始まる時間となった。

 ルカオットが会場奥の壇上に現れ、カイエンも彼の隣に立つ。

 今日は無礼講にて、各人、ご家族共々親睦を深めて欲しい。
 ルカオットはそう言って、カイエンに向く。
 互いに酒の入った大きなジョッキを持っている。

 そして、ガツンと乾杯した。

 カイエンの酒とルカオットの酒が激しくしぶいて、お互いの杯に混ざり合うと、それをグイッと飲んだ。

 こうすることで、俺の酒に毒を盛ってたら、お前も死ぬぞと威嚇出来る。
 そして、国王と宰相が二人だけでわざわざ乾杯する事で、自分達自身は争いをする気など無いと示したのだ。

 この杯を飲み干したルカオットは乾杯を宣言し、こうして乾杯となった。

 リーリルは他の貴族夫人と乾杯したのだが、幼い頃より畑仕事や家事をおこなっていたリーリルは予想以上に強くぶつけてしまい、他の夫人は酒のシャワーを浴びることとなってしまう。

 パーティー開始と同時にそのような騒ぎとなったので、リーリルは着替えてきた夫人方への謝礼参りにてんてこ舞いとなってしまった。

 リーリルは顔から火が出る思いだが、宰相夫人の粗相なんて他の人達から見たら可愛らしい笑い話である。
 むしろ、会場を和やかな笑いに包ませていた。

 カイエンは謝るリーリルの隣に立って、共に謝礼へ回ることにする。
 妻一人を謝らせに回るカイエンでは無い。

 これには服を汚された夫人の旦那が喜んだ。
 なにせ、宰相と話をしたい貴族はゴマンと居るのに、むしろ、宰相の方から自分の妻の方に来てくれたのだから喜ばない訳が無いのである。

 謝罪で回っているのに、むしろ和やかな空気と談笑。
 夫人方も「お噂通り、リーリル様は元気で羨ましいですわ」と手を口に当てて笑っていた。

 そんな時、ガシャンと食器の落ちる音が響く。

 会場の人々が何事かと見やれば、「もう一度言ってみろ」と、ラジートが貴族の息子の胸ぐらを掴み、静かな声で言っていた。

 
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