没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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7章・子の成長

特訓

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 さてさて、ザインとラジートに大変な変化が起ころうとしているが、そんな二人の姉サーニアはと言うと、彼女は無事、件の売女を捕まえた。
 売女が安宿に泊まっていたのを突き止め、訪ねたところ、彼女が裏口から逃げ出したので追いかけたのだ。

 しかし、今回は暗黒の民の手助けは無く、路地裏にてサーニアは売女を捕まえたのである。

 そして、彼女と繋がっていた貴族は内務大臣ヒーレイン候であると突き止めた。

 つまり、ヒーレイン候がリミエネットをそそのかして、ガゼンにリーリルを襲わせたのである。

 この情報を得たサーニアはただちにロイバックとカイエンへ伝えることにした。

 サーニアがそのまま去ろうとする事に売女は驚き、私を殺さないのかと聞く。

「お前は言われただけだろ。お前を殺してなんになるんだ」 

 サーニアは一人暮らしを経験して、一人で生きる大変さを知った。
 何をするにも金が入り用で、だけれど金は簡単に手に入らない。
 金は軽いものではない。
 それこそ、人を殺すような貴族に雇われてでも金を欲しくも思うだろう。

 それをサーニアは分かっているのだから、売女が危害を加えないならば殺すような事をする気など無かったのだ。

 殺すならば、むしろ、ヒーレイン候を殺すのが道理なのである。

 だから、売女に危害を加える事なく、サーニアは王城へ戻った。

 カイエンへ、ヒーレイン候が全ての黒幕だと語る。

 これにカイエンは大変なショックを受けた。
 しかし、ヒーレイン候は反乱以前から王城に勤務し、王都の内務を担当していたのである。
 ポッと出で、にわかに偉くなったカイエンの事を快く思っていないとしても不思議では無かった。

 つまり、彼は国王派で、反宰相派だとしてもおかしくは無かったのである。

 そんな彼をこれからどうするかはカイエンやロイバックの裁量次第。
 これ以上はサーニアの出る幕は無かった。

 カイエンはそんなサーニアへ、ラジートをローリエット騎士団へ入団させ、ザインを直弟子へする事にした旨を世間話として話す。

「ラジートが自らローリエット騎士団へ入団すると言ってな。あいつ、気付かないうちに男になっていた」

 カイエンの言う事をサーニアも確かに感じていた。
 
「お父様に似ていたわ」
「そうかい?」
「なんだか嬉しそうね?」
「子の成長を喜ばない親なんて居ないさ。特に、自分に似ていると言われたらね」

 カイエンはニッコリと笑う。
 
 サーニアは包帯を下げて素顔を見せると、「ちなみに、ラジートからは私もお父様に似ていると言われたわ」と言った。

 これにカイエンは「へえ」と、笑みを隠しきれない顔をする。

「仕事ばかりにかまけている所がソックリだって」
「あ、ああ」

 途端に笑みが苦笑いへ変わった。

 そんなカイエンの態度をサーニアは面白い物でも見たように笑うと「私もお父様の子って事だね」と部屋を出る。

 さて、一仕事を終えたし、今日こそラジートの稽古をつけてやらなければ。
 サーニアは背伸びしながら思う。

 そんなサーニアを背後から「おうい」と呼ぶ人が居た。
 サーニアが振り向けば、ラキーニが駆け寄ってくる。

 彼は、サーニアの仕事が終わったのかと聞く。
 サーニアが今の時期に王城へ居る理由なんて、精々任務完了の報告くらいなものである。
 なので、ラキーニは聞くまでも無く、サーニアの仕事が終わったのだと分かっていた。

「ああ。終わった」

 ラキーニはニコリと笑い、「あのぅ……それじゃあさ、これから一緒に買い物へ行かない?」と聞いてくる。

 デートのお誘いだ。
 ラキーニがわざわざ、サーニアへ仕事終わりかと聞いてきたのは、デートの誘いをするためだったのである。

 サーニアの回答は当然ながら「悪いけど、行かない」だ。

「ラジートに剣の稽古をお願いされている」

 それならば仕方ないとラキーニは残念そうに笑う。
 本当に、心底残念そうな笑みであった。

 その笑みがあまりに不憫だったので、サーニアは「稽古を見ていく?」と誘う。
 ラキーニは初めてサーニアから誘われたので、満面の笑みを浮かべて「もちろん!」と答えた。

 サーニアとしては、よもやラキーニがこんな喜ぶだなんて思わなかったので、虚を突かれてしまう。

 しかし、ラキーニも立派な男だ。
 惚れた女から誘われて嬉しくない男は居ないのである。

 特にラキーニは内心で、サーニアに嫌われているのではないかと思っていたのだから、喜びもひとしおだ。

 そんな浮かれ調子のラキーニを連れてガリエンド家屋敷へ行くと、ちょうどラジートはキネットにしごかれている所である。

 素振りをしているラジートの横で、姿勢が悪いですとキネットが怒鳴っていた。

 サーニア達が近づくと、彼女もサーニアに気付き、ラジートの素振りを止めさせる。

「今日は遠慮した方が良いかしら?」

 サーニア……いや、今はサニヤの方であろう。
 サニヤが聞くと、「いえ。今しがた始めた所ですので」とキネットは言った。

 ラジートの額には玉の汗。
 とても今しがた始めたようには思えない。

 しかし、ラジートが額の汗を拭いながら「お願いします。お姉様」と言った。
 強い目線だったので、サニヤはついついドキリとしてしまう程である。

 相手は六歳も年下の弟なのに、胸を高鳴らせるなどと馬鹿ではないか。と、サニヤは頭を振るって雑念を払い、「では、手合わせしようか」と言った。

 ラジートはいきなりの事に面食らい「素振りとか、型とかを見て、オレの実力を見なくても良いのですか?」と言う。

「戦えば実力なんて嫌と分かるでしょ。それに、私は型なんて知らないし……」

 今度はキネットが面食らっていた。
 型とは、戦いの始まりから終わりまでを想定した一連の動きである。

 キネットにとっては基本中の基本であり、稽古に置いて最も大事にするものの一つだ。

 なのに、サニヤ程の実力者が型を知らないだなんて信じられなかった。

 しかし、サニヤの師匠であるルーガは、型だの基本だのを教えなかったのだ。
 ルーガに言わせれば、基本だの型だのは、貴族同士の試合で行われるヨーイドンの戦いにしか役立たない。
 日常の不意や、戦場の四周八方敵ばかりの戦いに基本だの型だのは役に立たないというのが持論だったのである。

 咄嗟に体を動かすのは、嫌という程に体の芯へ染みついた戦いの経験だけだ。

「それじゃ、始めよっか」

 サニヤとラジートは互いに構えると、キネットの始めの声で戦いが始まる。

 が、互いに動くこと無く見つめ合ったままだ。

 ラジートは緊張で、剣先がプルプルと震える。
 サニヤの剣が雷の如き事は知っていたので、それに反応しようと身構えると、自然、緊張も高まった。

 そんなラジートの緊張とは正反対にサニヤはニコリと笑い「まさかラジートが戦いの訓練を積むなんて、思いもしなかったわ」と言う。

 オレも思わなかったよ。

 僅かに緊張がほぐれ、そのように言おうと口を開いた瞬間、サニヤが踏み込んだ。

 ビュンと木剣が風を切る。

 ラジートは眼前に迫る木剣を見ながら、体がピクリとも動かなかった。
 そして、サニヤはその木剣を額の直前でピタリと止める。

「ラジート、もう一度やろうか」

 大人げない。

 が、やるからには全力だ。

 戦いに待ったは無い。
 本気で振り下ろされるその太刀筋を少しでも体感し、対応の糸口を自分で見付ける必要があった。

 本来ならばもっと良い方法はあっただろう。
 だが、サニヤはこのやり方しか知らないし、このようなやり方しか分からないだ。

 だから、何度も、何度も、構え直しては、不意急襲の振り下ろしを行う。

 最初こそ全く反応出来なかったラジートであるが、十回目の時、サニヤは踏み込む直前に僅か、後足を動かす癖を見破った。
 しかし、それだけでは瞬雷の一撃を躱すには不十分。
 
 およそ二十回を越えた頃、ラジートは全く避ける素振りすら見せなくなった。
 これにキネットは、さては諦めたなと怒ったのであるが、しかし、サニヤは彼の眼が閉じられる事なくサニヤの剣を捉えている事を気付いていたので、気にせずに続ける。

「もう一度お願いします」

 ラジートは、ジッとサニヤの剣を見続けていると、不思議な経験をした。
 まばたき一瞬しか無いサニヤの剣が、とんでも無くスローモーションに感じたのである。

 まるで空気が質量を持ってサニヤの剣を阻んだかのようだ。
 当然、そのような事は無いが、幾度もサニヤの剣を目で追う内に動体視力が鍛えられたのだろう。

 しかし、幾ら目が速さに慣れようと、体が付いてこないと意味が無い。
 こればかりは実際にやらねば出来ない事だ。

 四十回を越えて、サニヤの一撃をラジートは躱そうと動き出す。
 五十回……六十回……サニヤにも疲れが見え始めた頃、ラジートは半歩後退する事で、サニヤの振り下ろした一撃を受け止めることに成功した。

「やるな」

 サニヤはそう言った直後、体を回転し、ラジートの胴体へ剣を振るってくる。

 ガツンと鈍い音がして、ラジートの体が飛んだ。

 ラキーニが「ラジート様!」と叫んだが、しかし、ラジートは既にサニヤの動きに対応して、自身の剣で防いでいた。
 直撃は免れているのだ。

 そんなラジートへサニヤが踏み込み、追撃を加えんと剣を振るう。
 完全に体勢の崩れているラジートは避けられないし、受けられないであろう。

 が、ラジートは足が滑ったのか、裏庭の草地へ倒れ込み、サニヤの一撃は空を切るに留まった。

 ラジートは地面に倒れたまま剣先をサニヤへ向け、申し訳程度に迎撃の構えを見せたが、サニヤは「ここまでよ」と構えを解いたのである。

 顎に垂れてきた汗を拭い、立ち上がるラジート。
 全く刃が立たなかった。

 キネットが、そんなラジートへタオルを渡しながら「しっかりとした構えが出来ていないから、足を滑らせるのです」と忠告する。

 しかし、サニヤとしては、まさか三撃目を『躱される』だなんて思いもしなかった。
 そう。ラジートは、最後の一撃を避けるために『わざと』倒れ込んだのだ。

 中々にセンスが良いと思う。
 とはいえ、隙あらば攻撃する姿勢に欠けるとサニヤは考えた。

 かつて、サニヤはルーガに隙あらば一撃を加えようとした。
 ルーガはそんなサニヤの姿勢を評価したものだ。
 なにせ、攻撃をせねば相手は倒せない。
 それに、攻撃を加える事で、相手を防御一辺倒にさせたら、生き残り易くもなろう。

「ラジート。もっと敵意と殺意を持った方が良いわ」

 そう言って、サニヤは再び構え、ラジートも分かりましたと剣を構えた。
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