ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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1章・戦火繚乱編

35、鮮血の道

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 ハルアーダはラドウィンらの行軍へと肉薄していた。

 所々に林が群生している平原地帯で見晴らしがいい場所にて二つの軍勢は互いを視認する。

「絶対に逃すな。特にラドウィンは皇帝陛下の禍根となりうる男。ここで確実に殺す」

 ハルアーダがそのように配下に命じていると、ラドウィン軍から数名の騎馬がやって来るのが見えた。

 敵の奇襲か捨て駒かと身構えていると、「待て。待て。我々は使者である」とその騎馬が言う。

「皆の衆、使者に手を出すな」

 ハルアーダはそう言って使者を迎え入れるよう命じた。

 それで使者が近付いてくるのだが、ハルアーダはその使者を見ると目を見開いて驚く。

 というのも、その使者がラドウィンその人であったからだ。

「やあハルアーダ。使者として迎え入れてくれて有難い」

 相変わらず心底腹の立つ飄々とした笑顔。
 ハルアーダは今すぐラドウィンの首を掻っ切りたい気持ちにかられた。

「貴様、何の用だ。よもや俺をおちょくりに来たわけじゃあるまい」

 怒りをグッと堪えて、深呼吸一つ気持ちを落ち着かせる。

 そんなハルアーダの様子を見てラドウィンはハハハと笑った。
 ハルアーダは奥歯を噛み締めて怒りを押さえたので額に青筋が立つ。

「いやいや、君と僕の間だけど、今回ばかりは冗談で来たわけじゃないんだ」
「俺とお前に仲など無い」

 ハルアーダが顔を真っ赤にしながら言うとラドウィンへ「そうかい?」と笑った。

 なんだかラドウィンとハルアーダばかり気心が知れたように話すので、周りの兵士達は――ラドウィンが護衛で連れて来た兵士でさえ――毒気抜かれてしまう。

 そんな周りの兵士達の、警戒すべきか気楽にいるべきか分からぬ心根など気付かないようすでラドウィンは「それで使者として来た件なのだけどね」と本題に入った。

 ラドウィンがハルアーダに何やら提案すると、ハルアーダは驚き叫んだ。

「お前達を責めるのは待ってくれだと!」

 ラドウィンはハルアーダに攻めるのを待てと言ったのだ。

 何と荒唐無稽な提案だとハルアーダや将兵は驚き戸惑う。

 しかしラドウィンは微笑んだまま、「だけどハルアーダ、君は待つよ」と言うのだ。

「なぜ俺がお前達の事を待たねばならない。なんなら今すぐお前の首を刎ねてやっても良いのだ」

 ハルアーダの脅しにラドウィンは些かも堪えた様子は無く、「まあまあ、こちらの話を聞いてくれ」と言う。

 それでラドウィンは、彼らの行軍には兵士のみならずサスパランドやブダーブィアで暮らしていただけの非戦闘員が沢山いるのだと説明した。

「このまま君たちが僕達を攻めれば、混乱の中でたくさんの民が死ぬ事になる。だから彼らが先に進むまで待って欲しい。そうしてくれたら僕達も逃げはせずに正々堂々と戦おう。ハルアーダ、君は誉れ高い騎士であるから、君の気高さを見込んで頼みに来たのだ。どうであろう」

 ハルアーダは小馬鹿にした笑みを向けてやりたかったが、その笑みをグッと堪える。

 なぜ小馬鹿な笑みを向けてやりたかったかと言えば、ハルアーダが誉れ高いなどというラドウィンの言葉のせいだ。

――馬鹿め! 俺が誉れ高いだと? 俺がどれほど人として誤った男か知らずによく言うものだ。俺の事を何一つ知らない癖によく言うものだ!――

 と言いたい所であったが、民間人に不用意な危害を加えるのは騎士道に反するのもまた事実。

 仕方なくハルアーダはラドウィンの要求を聞き入れる事にした。

 これにラドウィンが感謝の言葉を述べて去って行く。
 すると、ハルアーダに異を唱える者が居た。

 それはザルバー子爵マギーグィッド・“偉大なる”カールという貴族だ。
 マギーはまず、民間人を逃すというのは方便であるから提案を聞く必要は無いとする。
 次にマギーは、今なら容易にラドウィンを殺せるから突撃してやろうと提案した。

 しかし、ハルアーダは馬の背を撫でながらその提案を却下する。

「ラドウィンは今すぐ殺してやりたいが、あやつが使者として来た以上殺してしまうのは礼儀に反する。それに、どんな作戦であれラドウィン軍に民間人が多いのも事実だ」

 ハルアーダがそう言うとマギーは憤慨して、戦争知らずの若造が! と詰った。

 そもそも民草というのは貴族の為に存在するもので、その民草が戦争に巻き込まれた所で『仕方ない』事なのだ。
 と、マギーが述べるのだがハルアーダは黙ってラドウィンの背を見つめるばかりで取り合わなかった。

 そのような無礼な態度にマギーは怒り「俺は子爵だぞ! 騎士爵の小僧がナメるな!」と怒鳴ると、ハルアーダは静かにマギーを見て「俺は陛下の名代だ」と言うのでマギーは黙る。

 爵位でいえば子爵のマギーの方が上だ。
 それはつまり、軍務における上位者である事を意味していた。
 だがハルアーダは皇帝ティタラの命令を受けて帝国兵を引き連れてやって来たのである。
 ゆえに皇帝の代わりとしてやって来たハルアーダの方が子爵如きと言い争う必要が無いほどの立場であった。

 マギーは大人しく引き下がったが、しかし、側近の騎士に「二十そこらのガキめ。最近の若者は年上への礼儀を知らぬ」と愚痴った。
 するとその騎士から「ハルアーダ様は三十歳でございますよ」と言われてたまげてしまう。

「俺とそう変わらぬでは無いか」
「なんでも精霊(エルフ)の血を引いているとか」
「なんと、アレがあの噂の男であったか」

 マギーはハルアーダを見る。
 若く美しい男、そして精力漲り血気が満ちていた。
 しかし思慮深く冷静に物事を捉える男。

 マギーは側近の騎士に耳打ちし、「俺は昔、見境ない猪武者であったが、今は冷静さを得たと思う。だけど代わりに若く盛んな気持ちを失ってしまった」と言う。
 騎士はマギーの言いたい事が分からず、はあと気の抜けた返事をするだけだ。

「だけどな、良いか、若さと老練さを兼ね備えた男が居たとしたらどう思うよ?」
「それは……完璧だと思います」
「そうであろう。そんな男が居たとしたら王の気質だと思う。そう、きっと人の上に立つ王の気質なのだ」

 マギーはそう独り言ちると、勝手にうんうんと納得してしまうのである。

 そのようにハルアーダ隊は暇を持て余しながらラドウィン軍の準備を整うまで待っていた。

 さて、そろそろ後続の増援が到着するだろうかななどとハルアーダ隊と誰もが思っていた頃に事態は動いた。

 ハルアーダがラドウィン軍の動きを遠目に見ていると兵がやって来て「ハルアーダ様。後方より行軍してくる部隊がおります」と告げる。

「それは軍艦から降りて来た味方だ。ついにブダーブィアを陥落させたか」

 ハルアーダがそのように言うのだが、伝令の兵は困ったように眉を寄せた。

「そ、それが……どうにもラドウィン軍の旗を掲げておりまして」

 ハルアーダはにわかに信じられず、自ら馬を取って返して隊の後方へと向かうのだ。

 果たして、後方の街道を進むラドウィン軍旗を掲げる部隊が行進してくるでは無いか!

「おのれラドウィン! 俺を謀ったな!」

 何らかのラドウィンの策はあるだろうとは想定し、警戒していたが、よもや敵軍に挟撃の形を取られるとは思わなんだ。

 しかし、ハルアーダは心のどこかでラドウィンはもっと正々堂々と戦う男かと期待していた。
 その期待は裏切られた。

「とにかく道を逸れよ。挟撃だけは阻止するのだ」

 いつどんな時であれ最高の戦力を有する攻撃といえば包囲と挟撃と言えるだろう。

 とにかく前後方面へと備えながら戦わねばならぬ不利は圧倒的だ。
 ゆえにハルアーダらは急いで街道横の草原地帯へと逃げ込むのである。

 そのようなハルアーダ隊の様子をラドウィンは見ていて「はてな? 突然、慌ただしくなっているがどうしたのだろう?」と首を傾げた。

「撤退している様では無いですか?」

 キルムがそう指摘するも、ラドウィンは納得いかない様子で「あのハルアーダが撤退するだろうかなぁ」とむむむと唸る。

「まあいいか。ハルアーダが退いてくれるなら僕達も残っている必要もあるまいて」

 ラドウィンはあっけらかんとして軍勢をそのままモンタアナへと進ませるのであった。

 その後、ブダーブィアから撤退してきたシュラ達と合流し、ラドウィンとキルムはハルアーダが撤退した理由がシュラらとの挟撃だと勘違いしたのだと分かると笑ってしまうのである。

 しかして、ハルアーダのこの勘違いがラドウィン達の首を繋いだのは事実であった。

 というのも、たかが四千幾らのラドウィン軍相手にここまでまごつくハルアーダに諸侯らは不信感を抱いたのだ。

 それで、ブダーブィアにまで撤退したハルアーダは後続の隊と体勢を整えて再びラドウィンを追撃しようとしたのだが、「騎士様よ。俺達はいい加減あんたの指示を聞くに耐えない」と反旗を翻したのである。

 反旗を翻したのはパルベーシ男爵とクラーク男爵。
 彼らは帝都の兵数がそう多くない事を知っていた。
 つまり、精強な帝都騎士団は恐ろしくとも兵数が少なく、帝都が彼ら貴族の兵士を戦力として欲していたのを知っていたのだ。

 だが、この幾度かの戦いで配下の騎士は失うし兵士にも損害が出ている。
 サルジュも死んだ今、流れでハルアーダの指揮下にあったが、よくよく考えればもはや帝国の傘下であたら有能な戦力を失いたくなかったのだ。

「ハルアーダ様。既にあなた達帝国は我々よりもとうに弱体なすっている。で、あるならば、あなたの指示を聞く必要などない!」

 ブダーブィアに駐留しているパルベーシ男爵とクラーク男爵の全兵がハルアーダとその騎士団へと襲い掛かったのである。

 ハルアーダの率いていた騎士や兵は五百ほど。
 それが先の戦いの中で三百ほどに減っていた。
 幾ら彼らが精強最強の帝都騎士が多いといえども、一万近い兵に囲まれては数の暴力で潰されるのは目に見えている事である。

 しかしハルアーダ率いる騎士団は強かった。
 ブダーブィアのメインストリートが鮮血と生臭い臓物塗れになるほどに強かったのだ。

 ハルアーダを先頭に三百幾らの騎兵が槍を振るい剣で薙ぐ。
 通り沿いの家の屋根から弓兵がハルアーダらを狙う者いればバルリエットが次々と撃ち落としていった。

 それでも、路地裏から飛び出る槍の数々や屋根から落ちてくる樽やら瓦礫やらにハルアーダ達は一人、また一人と死んでいく。

「ブダーブィアを出るんだ! こちらは全員騎兵だから奴らは追い付けないぞ!」

 そのように必死に、後ろを進んで来る味方を鼓舞しながらカルバーラ諸侯連合軍を殺して通りを突き抜けようとした。

 そんなハルアーダらがちょうどブダーブィアのメインストリートの途中にある広場に到着しようかという時、広場の手前にカルバーラ諸侯連合軍が長槍を構えていたのである。

 通常の二倍はあろうかという長さのその槍は対騎兵突撃用武器パイク。
 それが並んでいたのだ。

 ハルアーダは馬の速度を落とそうとした。
 このまま突撃してはパイクに馬ごと貫かれて死んでしまう。

 しかし、広場の前の通りは家々がぴっちりと並んでいてとても横道に逃げ込む事が出来ない。

「これまでか」

 ハルアーダが諦めかけたその時、「ここは私に!」と前へ出る者が居た。

 それはザルバー子爵マギーグィッド・“偉大なる”カールだ。
 確かに彼は一時的にハルアーダの隊に編入されて居たが、このような状況にも関わらずまだハルアーダ隊にいたのだ。

 狙われているのはハルアーダとその配下の騎士や兵なのだから、一時的にハルアーダの部隊に入っていたマギーはさっさとこの逃亡の列から抜ければ良かったのに、彼はそうしなかった。

 なぜならば、マギーはハルアーダと出会って一つの決心を固めていたのだ。

 彼は手に持っている槍をしごき、大きく振り上げると力一杯に投げ付けた。
 その槍は真っ直ぐ飛んで行きパイク兵を三名は突き刺したのである。

 パイクの戦列を崩す事なんて出来なかったが、それでも長い槍衾に乱れが出来た。
 するとマギーは馬の尻に鞭打ち、全速力でその槍の乱れた箇所に突っ込んだのだ!

 馬の腹や脚がパイクに貫かれたが、乱れたパイクの戦列では馬の突進を止める事は出来ず、そのまま馬体がパイク兵の戦列を薙ぎ倒した。
 
 マギーは剣を抜くと「ハルアーダ様! あなたは王になる器だ!」と叫ぶと四方八方より槍で馬ごと体を貫かれて死んだ。
 だけど、彼とその馬が倒れると、何人かのパイク兵が下敷きになってしまう。

 マギーの決死の特攻でパイクに出来たその穴をハルアーダは見逃さなかった。

 続々とハルアーダ以下騎馬が突撃すると、パイク兵の戦列は事も無げに吹き飛ばされてしまう。

 そのままハルアーダ達は広場に控えていた敵兵と乱戦を繰り広げた。

 広場は激しい戦場となったのである。

 ハルアーダ達は雄叫びを挙げて槍を存分に振るった。

 パルベーシ男爵が後に書いた日記によると、「ハルアーダ達は地獄の猛獣の群れであった。槍を一薙ぎするだけで五人の兵は死んだのだ。」と記述される程である。
 また、ブダーブィアの広場は一ヶ月間も人の血と内臓の悪臭が取れない程だったとも言う。

 それほど苛烈にハルアーダ達は戦った。
 とはいえ、その苛烈な戦い方が、生命の灯火が消える直前に一際明るく燃え上がるだけの行為だという事は誰の目にも明らかである。

「囲め囲め! 槍で突き刺せ!」

 騎士がそう指揮して、ハルアーダらに槍が次々と向けられた。

 ハルアーダ麾下の騎士は次々と刺されて果てたが、ある者は死んだまま馬上で堂々と座ったまま死に、ある者は首を刺されてなおも剣を抜くと落馬しながら敵兵を切り殺す。

 死してなお、誇りと闘争心を失わぬ彼らは一人一人が一角の漢であった。
 しかし、彼らももう終わり。
 じわりじわりと死んで行くのみだ。

 そう思われた時、ハルアーダらへの包囲網が崩れだした。

 包囲を指揮していたクラーク男爵は何事かと兵に聞くと「デーノ隊が我々を攻撃しています!」と答える。

 デーノは兵の殆どを失っていたから、後方で軍艦の防備に当たっていた。
 しかし、事態を聞きつけたデーノが少ない兵を率いてブダーブィアにやって来ると、ハルアーダに与してパルベーシとクラークを後方より攻撃して来たのだ。

「ハルアーダ様! こちらです!」

 包囲を打ち破ったデーノがハルアーダ達を連れて広場を出ると、そのまま馬を駆けさせてブダーブィアを脱出した。

 パルベーシとクラークはすぐに追撃を加えようとしたが、ハルアーダ達は全員軍艦に乗ってしまい、去りゆく軍艦の背を河岸にて眺める事しか出来なかった。

「なぜ私を助けた」

 軍艦で傷の手当を受けるハルアーダはデーノにそう聞いた。

「どっちに味方をするか悩みましたがね、パルベーシもクラークも、サルジュと共にサスパランドを攻めてきた連中です。ハルアーダ様は私にサスパランドの領主を保証してくれましたから、単純な損得勘定で助けただけです」
「いや、損得勘定なら私を見捨てる筈だ。だが、なんにせよ助かった」

 こうして軍艦がハルアーダ達を乗せて港要塞へと戻ると彼らは諸侯軍の兵が控えるサスパランドに撤退はせず、マギーディア・“偉大なる”カールの領土であるガリバンの町へと撤退して諸侯軍と戦う備えをするのであった。
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