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1章・戦火繚乱編
41、嬉しい援軍
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夏。
緑、色付く季節。
収穫の時期の直前、つまり最も食糧が不足する時にカセイ国は帝都へと侵攻を開始した。
その時期より少し前、モンタアナからもラドウィン率いる一万の軍勢が帝都へと出軍している。
ラドウィンが帝都へ向けて出軍した理由は一つ、帝都の臣としての援軍であった。
モンタアナには帝都からの逃亡民が多量に流入していたから、帝都の状態は良く分かったのだ。
それで援軍に向かったラドウィンの選択に諸将から批判が出る。
なにせ、一度帝都へと援軍に向かって、暗殺の憂れき目や追撃に遭っていた。
なのに今一度援軍に向かうなど正気の沙汰では無いと批判されたのである。
ラドウィンも本来ならば行かない所であるが、なにせ皇帝はミルランスの妹、ティタラだ。
見捨てるのも忍びなかった。
ラドウィンはティタラがモンタアナを攻めていたなどと知らなくて、帝都の大臣達の独断だと思っていた。
もしもティタラ自身の意思でモンタアナに攻め込んでいたと知ったら彼の行動も変わっていたかも知れない。
しかし、何にせよ、ラドウィンはティタラの為に援軍へと出る事にした。
それをミルランスに伝えた所、意外にもミルランスは「行っちゃやだよ」と止めたのである。
ラドウィンはミルランスがなぜティタラを助けるのを止めるのか不思議だった。
前回だって無事に帰って来たのだから今回だって大丈夫だよと伝えるのだが、ティタラは頑として聞かない。
ベッドの上で枕を並べて天井を見ながら、なんでそんなに行くなと言うのかとラドウィンが聞いた。
静かに草木がさざめく夜。
ミルランスは横を向いてラドウィンを見ると、「あなたが居なくなると寂しくなるのは私だけじゃないのよ」と言うのだ。
ラドウィンはミルランス以外に誰が寂しくなるんだろうと考えると、ガバと体を跳ね起こした。
まさかとミルランスを見ると、彼女は頬を少し染めて頷く。
「出来たみたいなの」
お腹を撫でた。
自分に子供が出来た。
ラドウィンは自分の少年時代を思い出し、まだまだ自分も子供のような気がしたけど、「そうか、僕ももうそんな歳なのか」と独りごちた。
時が経つのは早いものだ。
誰しも、まだ若いつもりで気付くと歳をとっている。
若い頃はこんな愛おしい女性を嫁にして、こんなに穏やかな暮らしの中で子供を成すことになるだなんて思わなかった。
そう思うと、自分からむざむざ渦中へ進むのは嫌だった。
ミルランスだってそうなのだ。
だが、ラドウィンはニコリと笑って「こうなったら絶対に生きて帰るさ」とミルランスの髪を優しく手ぐしした。
時として強情なのが男の悪い所だ。
幸せを求める癖に戦いに挑む。
全く矛盾した馬鹿な人種が男なのである。
それで女なんていつも男という馬鹿に振り回されてしまうんだ。
だけど、ミルランスは仕方ないかと溜息をついた。
馬鹿を好きになってしまったのは自分なんだものと諦める。
「絶対に生きて帰ってね。絶対だからね」
ラドウィンはもちろんと答えて、ミルランスに優しくキスをするのであった。
こうしてラドウィンは出軍したのである。
絶対に死ねない理由を携えてだ。
ラドウィン軍がシンサンを経由して帝都へ現れたのは、ちょうどラクペウスをカセイ国に奪還された時である。
多数の砦が点在するラクペウスであるが、帝都の保有する砦は残り二つ程度。
ハルアーダは前線部隊を砦に残すと本陣を帝都に移し、エルグスティアと軍議を行った。
そんな時に帝都北方からラドウィンの軍旗を掲げた軍勢が現れたと聞いて、ラドウィン達が復讐に来たと勘違いする。
すぐにラドウィンから軍使が来て、危急存亡の秋(とき)に馳せ参じたと伝えられた。
これに、大臣の一人にして武証令の子爵ロノイ以下文官は焦った。
なにせ彼らはダルバを利用して皇帝の血を引くラドウィンを亡きものにしようとした身である。
そのラドウィンが戻ってきたのだから、復讐されるのでは無いかと思った。
それで彼らはティタラに、ラドウィンは裏を抱えているに違いないと進言した。
ティタラもティタラで、モンタアナへと攻め寄せる命令を出した負い目があったから、ラドウィンにも何か良からぬ考えがあるに違いないと思う。
という訳で、帝都におかれてはラドウィン軍の受け入れを拒否する方向に赴いた。
「なあハルアーダ。お前はいかが思う」
廊下を足早で歩くハルアーダの後ろを付いてきながらエルグスティアが聞く。
「どう思うとは?」
「辺境伯の事だ。我々は彼の領土に攻め込んでいるからな。信用出来ないだろうが彼に頼らなくちゃいけない戦力なのはまさしくであろう?」
ハルアーダがいきなり足を止めたから、エルグスティアは彼の背にぶつかりそうになった。
「良いかエルグスティア。俺はその件で陛下に具申せねばならない」
それだけ言ってハルアーダは再び足早に歩く。
エルグスティアに黙っていろと言うかのようだ。
とにかくエルグスティアはハルアーダが何を申し立てるのか気になって、彼の後へとついて行く。
ちょうどティタラはこの窮地に軍議を開こうとしていた。
そこにハルアーダが現れて具申をしたいと申し出たので、すぐにティタラは軍議を開いてその場で申すように命じる。
城の大臣、諸将の集う謁見の間。
玉座に座ったティタラはハルアーダを見ると開口一番にラドウィンの事かと聞いた。
エルグスティアを後ろに連れて膝をつくハルアーダは頷き、ラドウィン軍を受け入れるように述べたのである。
これにティタラは高笑いを上げた。
ラドウィンはティタラに一度裏切られ、その後にモンタアナを攻め込まれかけた。
いや、そもそもラドウィンの父は辺境の地に追いやられた経緯がある。
その恨みをラドウィンが抱いていたって仕方なかった。
そう言うティタラに大臣達も頷く。
だが、ハルアーダはラドウィンという男を皆して見誤っていると思う。
かつてはハルアーダもそうだった。
権力と地位に固執(こしゅう)する誰もラドウィンの心根など分からない。
彼という人間は権力に濁った目で見ることは出来ないのだ。
とにかく、ハルアーダはラドウィンが平和と安寧を望んでいて、だけど義を見捨てられない男だと分かっていた。
もっとも、ティタラの為にも皇帝の血を引くラドウィンには後顧の憂いを断つ意味で消えて貰わなくてはならないのであるが。
しかし今は眼前の脅威たるカセイ国だ。
その為なら下らぬ権力闘争の為にラドウィンを突っぱねる訳にもいくまい。
「つまり、辺境伯を天下に双(くら)べる者無き義人として迎え入れましょう。彼も我々にいつ攻撃されるか分からないのに援軍へ来たはずです。その覚悟に報いようではありませんか」
ハルアーダの言葉にティタラは歯を噛み締めた。
ハルアーダのような権謀術数の戦場で生き抜いた武人が、二度も自分達が裏切った相手を信用しろと言うのだ。
それは確かに信用のおける言葉のように思えた。
しかし、ハルアーダから幾らか隣に跪いていたロノイがガバと立ち上がり、「馬鹿な事を言うな! 命を狙われたのになぜ我々の味方になりようか」と顔を赤くした。
ハルアーダは冷静に顔を横に向けてロノイを見ると、「乱世の倣いでござります。戦うも与するも戦乱の世なればこそ。武者は常に組織の為に動きましょう」と答える。
「安全な城に篭って己の私腹を肥やす文官殿におかれましては、ご理解の及ばぬ話でしょうが」
あからさまな挑発を受けてロノイはますます顔を赤くした。
「では何か! 辺境伯とやらは裏切られてなお、我々の味方をする理由があるのか!」
ハルアーダは静かに頷き、「然り」と答える。
「それは何か!」
「答える義理立て無し!」
ハルアーダには答える事が出来ない。
なにせ先帝ミルランスがモンタアナに居て、その妹のティタラに義理立てしたのだろうなどと言えなかった。
ハルアーダのその考えが分かったティタラは彼の意見を聞き入れる事にした。
このままロノイとハルアーダが口論を始めて、うっかりとミルランスの事を口走るとも限らない。
だからハルアーダとロノイの議論を打ち切る必要があった。
ティタラは皇帝という立場を誰かに盗られる事を酷く恐れていたから、ミルランスがモンタアナに居ると人々に知られて、「じゃあミルランスを呼び戻して皇帝にしよう」などという話になるのが怖かった。
急遽、ティタラはハルアーダの言葉を採用する事にしたのである。
こうして使者は早馬でもってラドウィン軍へと送られた。
会議を終えて謁見の間から人々が出て行く。
謁見の間を出て廊下を歩くハルアーダにエルグスティアが、「何がなんだか分からん」と困惑した顔をした。
ティタラと、大臣連中、それからハルアーダ。
彼らの話が全く持って理解出来ない。
なにせ、ミルランスの居場所も、ラドウィンの血筋も彼は知らなかったからだ。
「我々が辺境伯殿の領土を攻めたのは俺も知っちゃいるが、皆して頑なに和解を拒んだり、かと思えばあっさり和解の方向に進んだり、何が起こってるんだ?」
ハルアーダはエルグスティアの反応にクククと笑う。
知らない方が良いこともある。
そういう意味じゃエルグスティアはまだ幸せかも知れない。
誰もが疑心暗鬼に陥って誰も信頼も出来ない。
ハルアーダでさえ、もしもラドウィンが正統なる皇帝の血筋だとこのエルグスティアが知れば、彼の元へと向かってしまうかも知れない猜疑心を抱いているのだ。
少なくとも、ハルアーダはエルグスティアとはまだ気の置く事が無い友で居たかった。
だから、ラドウィンが皇帝の血筋という話を隠してラドウィンを迎えたのである。
それから後、入城の許可をもらったラドウィンらは存外すんなりと城に迎えられて驚く。
城門から街のメインストリートを通り、城へと向かう間、タッガルやデビュイは罠を疑い通りの左右を警戒し、アーモは図体に似合わず怯えていた。
キルムは顎に手を当てて、こうすんなりと受け入れてくれるほど戦力が不足しているのか、それとも我々を嵌める罠か? と思案する。
そんな物々しい雰囲気の中、ラドウィンだけは余裕綽々とした顔で馬に乗っていた。
「なに、カセイ国が目前にまで迫りながら仲間割れをする気は無いという事だろう」
などとラドウィンは言う。
では、カセイ国を退けたら再び狙われるのでは無いかとキルムが聞くと、ラドウィンは皇帝の臣下として二心の無い事を証明し、二度と攻撃されないように話し合うと答えた。
兵達を兵舎に待機させて、アーモとキルムを従えると皇帝への挨拶へ向かう。
迎えの使者は謁見の間では無く、軍議室へとラドウィンらを案内した。
「長旅お疲れでしょうが今は緊急事態。何卒ご理解をお願い致します」
ラドウィンは快諾して軍議室へと入る。
中央に兵議盤と地図の置かれた部屋。
ティタラやハルアーダ、エルグスティア以下名のある将が揃っている。
「帝に置かれましてはご機嫌麗しゅう.......様子でもございませんね」
ラドウィンが飄々と挨拶すると、目の下にクマのあるティタラは戦況を説明するから下らぬ話はやめろと命じた。
言われてラドウィンは椅子に腰掛ける。
軍議室はすり鉢状に椅子が並べられていた。
そこにエルグスティアがやって来て、此度のカセイ国との戦いを全面的に一任されたエルグスティアであるとラドウィンに説明すると戦況を伝える。
カセイ国軍は現在、兵糧の不足から待機しており、後方より食料を前線に運び込んでいる。
カセイ国王自ら率いており、彼自身は現在、ラクペウスの砦の一つに待機している。
「兵糧が運び終えた時、カセイ国はこちらへの侵攻を再開するでしょう」
エルグスティアはそこで、ラドウィンの戦力に期待する事にした。
帝都を北へと出陣し、ぐるりと山岳地帯を迂回、そしてカセイ国王が指揮していると思わしき西方の砦を直接攻めるというものだ。
その間、前線の砦にまで帝都全兵力が前進。カセイ国軍の侵攻を全力で阻むというものである。
「これが生死の別れ目です。辺境伯殿、そなたに全てが掛かるがよろしいか?」
ラドウィンは頷くと立ち上がった。
「私は腹に一物も無く、巧みな思慮もござりません。私にあるのは皇帝陛下への忠義と片田舎で暮らす平穏のみ。その為ならばこの命を捨てるのも惜しくないとお見せしましょう」
そのように答えるのであった。
緑、色付く季節。
収穫の時期の直前、つまり最も食糧が不足する時にカセイ国は帝都へと侵攻を開始した。
その時期より少し前、モンタアナからもラドウィン率いる一万の軍勢が帝都へと出軍している。
ラドウィンが帝都へ向けて出軍した理由は一つ、帝都の臣としての援軍であった。
モンタアナには帝都からの逃亡民が多量に流入していたから、帝都の状態は良く分かったのだ。
それで援軍に向かったラドウィンの選択に諸将から批判が出る。
なにせ、一度帝都へと援軍に向かって、暗殺の憂れき目や追撃に遭っていた。
なのに今一度援軍に向かうなど正気の沙汰では無いと批判されたのである。
ラドウィンも本来ならば行かない所であるが、なにせ皇帝はミルランスの妹、ティタラだ。
見捨てるのも忍びなかった。
ラドウィンはティタラがモンタアナを攻めていたなどと知らなくて、帝都の大臣達の独断だと思っていた。
もしもティタラ自身の意思でモンタアナに攻め込んでいたと知ったら彼の行動も変わっていたかも知れない。
しかし、何にせよ、ラドウィンはティタラの為に援軍へと出る事にした。
それをミルランスに伝えた所、意外にもミルランスは「行っちゃやだよ」と止めたのである。
ラドウィンはミルランスがなぜティタラを助けるのを止めるのか不思議だった。
前回だって無事に帰って来たのだから今回だって大丈夫だよと伝えるのだが、ティタラは頑として聞かない。
ベッドの上で枕を並べて天井を見ながら、なんでそんなに行くなと言うのかとラドウィンが聞いた。
静かに草木がさざめく夜。
ミルランスは横を向いてラドウィンを見ると、「あなたが居なくなると寂しくなるのは私だけじゃないのよ」と言うのだ。
ラドウィンはミルランス以外に誰が寂しくなるんだろうと考えると、ガバと体を跳ね起こした。
まさかとミルランスを見ると、彼女は頬を少し染めて頷く。
「出来たみたいなの」
お腹を撫でた。
自分に子供が出来た。
ラドウィンは自分の少年時代を思い出し、まだまだ自分も子供のような気がしたけど、「そうか、僕ももうそんな歳なのか」と独りごちた。
時が経つのは早いものだ。
誰しも、まだ若いつもりで気付くと歳をとっている。
若い頃はこんな愛おしい女性を嫁にして、こんなに穏やかな暮らしの中で子供を成すことになるだなんて思わなかった。
そう思うと、自分からむざむざ渦中へ進むのは嫌だった。
ミルランスだってそうなのだ。
だが、ラドウィンはニコリと笑って「こうなったら絶対に生きて帰るさ」とミルランスの髪を優しく手ぐしした。
時として強情なのが男の悪い所だ。
幸せを求める癖に戦いに挑む。
全く矛盾した馬鹿な人種が男なのである。
それで女なんていつも男という馬鹿に振り回されてしまうんだ。
だけど、ミルランスは仕方ないかと溜息をついた。
馬鹿を好きになってしまったのは自分なんだものと諦める。
「絶対に生きて帰ってね。絶対だからね」
ラドウィンはもちろんと答えて、ミルランスに優しくキスをするのであった。
こうしてラドウィンは出軍したのである。
絶対に死ねない理由を携えてだ。
ラドウィン軍がシンサンを経由して帝都へ現れたのは、ちょうどラクペウスをカセイ国に奪還された時である。
多数の砦が点在するラクペウスであるが、帝都の保有する砦は残り二つ程度。
ハルアーダは前線部隊を砦に残すと本陣を帝都に移し、エルグスティアと軍議を行った。
そんな時に帝都北方からラドウィンの軍旗を掲げた軍勢が現れたと聞いて、ラドウィン達が復讐に来たと勘違いする。
すぐにラドウィンから軍使が来て、危急存亡の秋(とき)に馳せ参じたと伝えられた。
これに、大臣の一人にして武証令の子爵ロノイ以下文官は焦った。
なにせ彼らはダルバを利用して皇帝の血を引くラドウィンを亡きものにしようとした身である。
そのラドウィンが戻ってきたのだから、復讐されるのでは無いかと思った。
それで彼らはティタラに、ラドウィンは裏を抱えているに違いないと進言した。
ティタラもティタラで、モンタアナへと攻め寄せる命令を出した負い目があったから、ラドウィンにも何か良からぬ考えがあるに違いないと思う。
という訳で、帝都におかれてはラドウィン軍の受け入れを拒否する方向に赴いた。
「なあハルアーダ。お前はいかが思う」
廊下を足早で歩くハルアーダの後ろを付いてきながらエルグスティアが聞く。
「どう思うとは?」
「辺境伯の事だ。我々は彼の領土に攻め込んでいるからな。信用出来ないだろうが彼に頼らなくちゃいけない戦力なのはまさしくであろう?」
ハルアーダがいきなり足を止めたから、エルグスティアは彼の背にぶつかりそうになった。
「良いかエルグスティア。俺はその件で陛下に具申せねばならない」
それだけ言ってハルアーダは再び足早に歩く。
エルグスティアに黙っていろと言うかのようだ。
とにかくエルグスティアはハルアーダが何を申し立てるのか気になって、彼の後へとついて行く。
ちょうどティタラはこの窮地に軍議を開こうとしていた。
そこにハルアーダが現れて具申をしたいと申し出たので、すぐにティタラは軍議を開いてその場で申すように命じる。
城の大臣、諸将の集う謁見の間。
玉座に座ったティタラはハルアーダを見ると開口一番にラドウィンの事かと聞いた。
エルグスティアを後ろに連れて膝をつくハルアーダは頷き、ラドウィン軍を受け入れるように述べたのである。
これにティタラは高笑いを上げた。
ラドウィンはティタラに一度裏切られ、その後にモンタアナを攻め込まれかけた。
いや、そもそもラドウィンの父は辺境の地に追いやられた経緯がある。
その恨みをラドウィンが抱いていたって仕方なかった。
そう言うティタラに大臣達も頷く。
だが、ハルアーダはラドウィンという男を皆して見誤っていると思う。
かつてはハルアーダもそうだった。
権力と地位に固執(こしゅう)する誰もラドウィンの心根など分からない。
彼という人間は権力に濁った目で見ることは出来ないのだ。
とにかく、ハルアーダはラドウィンが平和と安寧を望んでいて、だけど義を見捨てられない男だと分かっていた。
もっとも、ティタラの為にも皇帝の血を引くラドウィンには後顧の憂いを断つ意味で消えて貰わなくてはならないのであるが。
しかし今は眼前の脅威たるカセイ国だ。
その為なら下らぬ権力闘争の為にラドウィンを突っぱねる訳にもいくまい。
「つまり、辺境伯を天下に双(くら)べる者無き義人として迎え入れましょう。彼も我々にいつ攻撃されるか分からないのに援軍へ来たはずです。その覚悟に報いようではありませんか」
ハルアーダの言葉にティタラは歯を噛み締めた。
ハルアーダのような権謀術数の戦場で生き抜いた武人が、二度も自分達が裏切った相手を信用しろと言うのだ。
それは確かに信用のおける言葉のように思えた。
しかし、ハルアーダから幾らか隣に跪いていたロノイがガバと立ち上がり、「馬鹿な事を言うな! 命を狙われたのになぜ我々の味方になりようか」と顔を赤くした。
ハルアーダは冷静に顔を横に向けてロノイを見ると、「乱世の倣いでござります。戦うも与するも戦乱の世なればこそ。武者は常に組織の為に動きましょう」と答える。
「安全な城に篭って己の私腹を肥やす文官殿におかれましては、ご理解の及ばぬ話でしょうが」
あからさまな挑発を受けてロノイはますます顔を赤くした。
「では何か! 辺境伯とやらは裏切られてなお、我々の味方をする理由があるのか!」
ハルアーダは静かに頷き、「然り」と答える。
「それは何か!」
「答える義理立て無し!」
ハルアーダには答える事が出来ない。
なにせ先帝ミルランスがモンタアナに居て、その妹のティタラに義理立てしたのだろうなどと言えなかった。
ハルアーダのその考えが分かったティタラは彼の意見を聞き入れる事にした。
このままロノイとハルアーダが口論を始めて、うっかりとミルランスの事を口走るとも限らない。
だからハルアーダとロノイの議論を打ち切る必要があった。
ティタラは皇帝という立場を誰かに盗られる事を酷く恐れていたから、ミルランスがモンタアナに居ると人々に知られて、「じゃあミルランスを呼び戻して皇帝にしよう」などという話になるのが怖かった。
急遽、ティタラはハルアーダの言葉を採用する事にしたのである。
こうして使者は早馬でもってラドウィン軍へと送られた。
会議を終えて謁見の間から人々が出て行く。
謁見の間を出て廊下を歩くハルアーダにエルグスティアが、「何がなんだか分からん」と困惑した顔をした。
ティタラと、大臣連中、それからハルアーダ。
彼らの話が全く持って理解出来ない。
なにせ、ミルランスの居場所も、ラドウィンの血筋も彼は知らなかったからだ。
「我々が辺境伯殿の領土を攻めたのは俺も知っちゃいるが、皆して頑なに和解を拒んだり、かと思えばあっさり和解の方向に進んだり、何が起こってるんだ?」
ハルアーダはエルグスティアの反応にクククと笑う。
知らない方が良いこともある。
そういう意味じゃエルグスティアはまだ幸せかも知れない。
誰もが疑心暗鬼に陥って誰も信頼も出来ない。
ハルアーダでさえ、もしもラドウィンが正統なる皇帝の血筋だとこのエルグスティアが知れば、彼の元へと向かってしまうかも知れない猜疑心を抱いているのだ。
少なくとも、ハルアーダはエルグスティアとはまだ気の置く事が無い友で居たかった。
だから、ラドウィンが皇帝の血筋という話を隠してラドウィンを迎えたのである。
それから後、入城の許可をもらったラドウィンらは存外すんなりと城に迎えられて驚く。
城門から街のメインストリートを通り、城へと向かう間、タッガルやデビュイは罠を疑い通りの左右を警戒し、アーモは図体に似合わず怯えていた。
キルムは顎に手を当てて、こうすんなりと受け入れてくれるほど戦力が不足しているのか、それとも我々を嵌める罠か? と思案する。
そんな物々しい雰囲気の中、ラドウィンだけは余裕綽々とした顔で馬に乗っていた。
「なに、カセイ国が目前にまで迫りながら仲間割れをする気は無いという事だろう」
などとラドウィンは言う。
では、カセイ国を退けたら再び狙われるのでは無いかとキルムが聞くと、ラドウィンは皇帝の臣下として二心の無い事を証明し、二度と攻撃されないように話し合うと答えた。
兵達を兵舎に待機させて、アーモとキルムを従えると皇帝への挨拶へ向かう。
迎えの使者は謁見の間では無く、軍議室へとラドウィンらを案内した。
「長旅お疲れでしょうが今は緊急事態。何卒ご理解をお願い致します」
ラドウィンは快諾して軍議室へと入る。
中央に兵議盤と地図の置かれた部屋。
ティタラやハルアーダ、エルグスティア以下名のある将が揃っている。
「帝に置かれましてはご機嫌麗しゅう.......様子でもございませんね」
ラドウィンが飄々と挨拶すると、目の下にクマのあるティタラは戦況を説明するから下らぬ話はやめろと命じた。
言われてラドウィンは椅子に腰掛ける。
軍議室はすり鉢状に椅子が並べられていた。
そこにエルグスティアがやって来て、此度のカセイ国との戦いを全面的に一任されたエルグスティアであるとラドウィンに説明すると戦況を伝える。
カセイ国軍は現在、兵糧の不足から待機しており、後方より食料を前線に運び込んでいる。
カセイ国王自ら率いており、彼自身は現在、ラクペウスの砦の一つに待機している。
「兵糧が運び終えた時、カセイ国はこちらへの侵攻を再開するでしょう」
エルグスティアはそこで、ラドウィンの戦力に期待する事にした。
帝都を北へと出陣し、ぐるりと山岳地帯を迂回、そしてカセイ国王が指揮していると思わしき西方の砦を直接攻めるというものだ。
その間、前線の砦にまで帝都全兵力が前進。カセイ国軍の侵攻を全力で阻むというものである。
「これが生死の別れ目です。辺境伯殿、そなたに全てが掛かるがよろしいか?」
ラドウィンは頷くと立ち上がった。
「私は腹に一物も無く、巧みな思慮もござりません。私にあるのは皇帝陛下への忠義と片田舎で暮らす平穏のみ。その為ならばこの命を捨てるのも惜しくないとお見せしましょう」
そのように答えるのであった。
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自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
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