ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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3章・和風戦雲編

68話、誇れ

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 ラドウィンとハルアーダがガ・ルスと激闘を繰り広げる少し前、カーンとアキームは城へと侵入していた。

「ティタラはあの尖塔の先にいるよ」

 アキームがカーンへティタラの居場所を教える。

 だが、今回は以前のように外壁を登ってティタラの元へは向かえない。
 なぜならティタラを連れ帰らねばならないからだ。

 もしもカセイ軍が「皇帝を敵に取り返されるくらいなら殺してしまえ」とヤケになる前に助け出さねばならなかった。

 廊下を歩きながら、見回りの兵士達を避けていく。
 ティタラを見つける前に敵に見つかっては面倒だからだ。

 足を忍ばせ、音を殺し、松明だけが明かりの廊下を歩いた。

 尖塔目指して歩いていくと、突如扉が開いて、メイドが姿を現した。

 三十手前ほどのまだ若い女性だ。

 扉を横切ろうとしたカーンの目の前に、踵の低い革の靴が現れて廊下の絨毯を踏み締めた。

 その女性がカーンに目を見やった瞬間、カーンは腰に提げていたナイフを掴み、引き抜いた。

 メイドがカーンを認識する前に、その喉笛を掻っ切るのは赤子の手をひねるよりも簡単だ。

 が、その手を止めたのはアキームである。

 カーンは驚いた。
 このメイドが騒げば、すぐに衛兵が駆けつけてくるのだ。
 その前に殺してしまうが得策だった。

 しかし、アキームは「無駄な殺しはやめよう」と言う。

 メイドは驚きのあまりに声を失ったようで、扉の枠にもたれてパクパクと口を動かしていた。

 そんなメイドへアキームは「静かに。俺たちは別に人を殺しに来たわけじゃないから、見逃して欲しいんだ」と伝える。
 するとメイドはこくこくと頭を上下に振って首肯した。

 このメイド、実を言うとカセイが帝都を支配する前からティタラの世話をしていたメイドだ。
 ザルバールがティタラのために彼女だけは生かしていた。

 そのメイドはアキーム達がティタラを助けに来たのだとすぐに気付いていた。
 恐怖で竦んでいたが、この二人に協力することがティタラを助けることに繋がると考えたのである。

 そこで、メイドは「待ってください」と震える声でアキーム達を呼び止めた。

 そして、ティタラの部屋へと向かう廊下の天井に、常に見張りがいて、迂闊に近付こうものなら頭上から襲われるだろうと教えたのである。

「どうか皇帝陛下を助けてください」

 彼女の声を聞きながら二人は廊下を進んだ。

 アキームがしたり顔で、「助けて良かったろ?」と言う。

「あれは賭けというのだ。今回だけだぞ。認めるのは」

 カーンは手堅い計画を好んだ。
 アキームのような、たまたま上手くいっただけのことを肯定する気にはならない。

 常に慎重で、物事は安全に進まねばならないと、カーンは思っていた。

 だから、ティタラの部屋へと向かう足取りは常に慎重だ。

 カーンはしばしば天井をうかがう。
 話に聞いていた待ち伏せを警戒していた。

 だが、暗い廊下は天井を闇に染め、待ち伏せの姿をとんと消し去っていたのだ。

 いつ待ち伏せに出会うか分からない緊張の中、ティタラのいる尖塔の入り口扉へと到着した。

 アキームはホッと胸を撫で下ろす。
 あのメイドが嘘を教えていたに違いないと思ったのだ。

 ところが、カーンがアキームの肩を掴んで、引っ張ったのである。

「扉の上、天井の梁(ハリ)の上だ」

 アキームが目線だけを上へ向けるが、相変わらずの暗闇だ。

「いるの?」

 待ち伏せがいるのかと聞くと、カーンは頷いた。

 訓練を受けたカーンだから何とか待ち伏せに気付けたのが、事前にメイドから話を聞いていなくては気付かなかったかもしれない。

「わざと見張りを立てずに、梁の上で待ち伏せしているのだな。しかも、やつは相当手練だ」
「どうする?」

 アキームに聞かれてカーンは「私が抑える。アキームは皇帝の元へ」と、懐からナイフを取り出して天井の梁へ向けて投げつけた。

 金属音がなり、ナイフが弾かれる。
 そして、天井から人が飛び降りた。

 身の丈は三メートルに届きそうなだ。
 その長い体を酷く前のめりにさせて頭を突き出していたから、猫背のように見えた。

 目の周りが黒く塗られている。
 これはクマではなく、西南の異民族に見られた戦化粧であった。

 また、両手は異様に長い。
 身長と比しても長く思えた。

 その男をテュヌーンと言う。
 西南部族の言葉で、大蛇を意味した。

 テュヌーンがナイフを両手に持つと、カーンもまたナイフを構える。
 狭い廊下で剣を扱うのは愚策と見た。

「合図をしたらアキームは走れ」

 カーンはそう言うと、左手で自らの懐をまさぐる。

「今だ」

 左手を懐から取り出すや、合図を口にした。
 直後、テュヌーンとカーンの間に何か丸いものが投げつけられて、白煙が上がる。

 煙玉だ。

 その煙玉に乗じてカーンがテュヌーンにナイフを振るう。

 テュヌーンは白刃を後方へと飛び退いてかわした。
 その隙にアキームは扉へと駆け抜けて尖塔への階段へと到達したのである。

「アキーム! 陛下をお連れしろ! それまでに私がこやつを始末しておく!」

 カーンの声が尖塔の螺旋階段に響き、次いで窓ガラスの割れる音が聞こえた。

 窓ガラスの割れる音が何を示すのか分からない。
 もみ合って二人とも落ちたのかも知れない。
 それなら良い方で、カーンが落とされて、刺客がアキームを追ってくるかも知れない。
 だが、アキームは振り返らず階段を駆けた。

 実際、カーンは窓から落ちた。
 正確にはテュヌーンごと窓から飛び降りたのだ。

 彼はロープのついた鉤爪を城の壁にある鷲をあしらった装飾へと投げた。
 こうして落下を防いだが、テュヌーンもまた壁にナイフを突き立てて落下を阻止したのである。

「しつこい奴だ」

 カーンはテュヌーンを見て呟くとテュヌーンへ向けて飛んだ。
 そして、壁にしがみつくテュヌーンへ体当たりすると、彼と一緒に落ちたのである。

 テュヌーンが「貴様、馬鹿か!」と驚きの声を上げた。
 カーンは「なんだ、喋れたのか」と不敵に笑う。

「闇に潜み、影に生きる身。主の命令を遂行し、我が一族をながらえさせるためならこの一個の命、惜しくはないのだ」

 カーンの文字通り決死の行動によって、テュヌーンは彼と共に高い城を落下するのであった。

——その少し後、城の中を歩くのはザルバール。

 彼は大股でずんずんと廊下を歩いていく。
 硬い靴底が絨毯を叩き、くぐもった足音が響いていた。

 ザルバールは少し急いでいる。
 ティタラの世話係をしていたメイドのオリアが曲がり角で出会い頭にザルバールの服にミルクを掛けてしまい、しかも「王に何とご無礼を! 今すぐ拭かせていただきます!」と必死に拭こうとして足止めを喰らったのだ。

 急いでいたザルバールが拭く必要はないと立ち去ろうとすると、オリアは酷く取り乱して「見捨てないで下さい。死刑は嫌でございます!」と足にしがみついて来たのである。

 ザルバールはオリアを無理やり引っ剥がすと投げ捨てて、「お前にかかずらわっている暇はない」と去ったのだ。

 まったく、急いでいる時に都合の悪いメイドだとザルバールはイラつき混じりに足を荒く歩いた。
 そのオリアの行動が、少しでもザルバールをティタラへ向かわせないためにわざとやった事などと知りもしないで。

 城を巡回する兵士達を見ると「ゼードルに撤退だ! 早く西門へ向かえ!」と自慢の大声を張り上げる。

 そんなザルバールはティタラの尖塔へ向かう扉の前で「テュヌーン、撤退だ」と天井の闇へと言った。

 しかし、返答はない。
 周りを見れば、壁に残る斬撃の争った跡と、廊下の突き当たりの窓が割れているのが分かった。

 侵入者に気付いたのはこの時である。

 ザルバールは扉を蹴破り、螺旋階段を駆け上がった。

 ティタラは誰にも渡さない。俺が惚れた女だ!

 ザルバールは腰の剣に手をかけて、ティタラの部屋の扉を勢い良く開けたのである。

 勢いよく開く扉にティタラが驚いた顔をしていた。

 ティタラを無視してザルバールは部屋の中を見渡す。
 天蓋のついたベッド、小さな丸いティーテーブルと椅子、ティタラのすぐ後ろにカーテンの閉じた窓。
 部屋の隅にはザルバールがティタラへ送った、絵画やアクセサリー、暇潰しのブロック状のパズルなんかが積まれている。

 いつもと変わらない部屋に思えた。

 ザルバールは腰の剣に手を掛けると、ベッドへと突き刺す。
 鉄の冷たい刃がシーツやマットを貫通し、サスペンションの革紐をちぎって床へと突き刺さる。

 剣を引き抜き、血がないことを確認した。

「と、なれば」

 ザルバールは剣をティタラの背後のカーテンへと突き刺した。

 柔らかなカーテンに穴が空き、窓ガラスも貫通する。

「ここにいるのだろう?」。ザルバールは窓ガラスを剣で破壊し、窓の外を見た。
 が、そこには煙の上がる町並みが広がるばかりで誰もいないのだ。

 ザルバールはティタラを見ると「ティタラ。この部屋に誰が来た」と聞く。

 しかし、彼女は十年来口を開いていないように、この時もまた口を開かなかった。

 ザルバールがもう一度部屋を見渡し、誰も居ないことを確認すると、部屋に侵入者が入る前にテュヌーンが防いだのだろうと考える。

「ようし。ティタラよ。今すぐここを出て西へ向かおう。奴らが来るまでそう時間は無いからな」

 ティタラは唇もまぶたも固く閉じて、何も言わず、ザルバールを見ず、顔を背けた。

 そんなティタラの手をザルバールは掴む。

「お前の強情には頭も下がるが、ゼードルへ戻ったらそうも言っていられぬな。お前には我が子を産んで貰わねばならん」

 強く手を引き、ティタラを連れていこうとした。

「いや!」

 ティタラが叫んで抵抗する。
 初めてティタラがザルバールへと聞かせた言葉である。

 ザルバールは高笑いを上げて、「可愛らしい声じゃないか」とさらに強くティタラの手を引っ張ったのだ。

 その時、ザルバールは右脇腹に鋭い痛みを感じた。

 見ると、右脇腹、肋骨の少し下に剣が刺さっている。
 剣を辿って目を見やれば、部屋の隅に積まれたガラクタの中から子供が姿を見せていた。

 怯えた顔、息が上がって全身から汗が浮かんでいる。
 全身が震えていた。

「そんな所に隠れていたのか」

 ザルバールはそう言って子供から目を離すと自らの脇腹を見る。

 脇腹に刺さる剣は揺れていた。
 子供の手が震えているからだ。

「人を殺すのは初めてか? 坊主」

 子供は何も答えない。
 口は必死に歯を食いしばっていた。

 ザルバールは剣の腹を摘み、脇腹から刃を引き抜く。
 そして、力強い虎のような眼を子供へ向けた。

「誇れ。お前はこのザルバールを殺したのだ。大手柄なのだからな」

 そう言って静かに笑みを浮かべると、膝から崩れ落ちて息絶えたのである。

 ザルバールが死んだ。
 肝臓に突き立てられた剣によってその息の根が止まった。
 あまりにも呆気ない。
 ラドウィンの想像通り、死ぬ時でさえザルバールは「ああ、そうか」としか思っていなかった。

 そのザルバールの死体を見て、少年は剣を取り落とす。
 自分が人を殺したという現実が予想以上に心へのしかかったのだ。

「アキーム!」。そんな少年にティタラが飛びついた。

 彼女はザルバールを前にしてツンとした態度をとっていたが、内心では穏やかではなかったのだ。
 本当は怖くて怖くて仕方なかった。

 アキームはティタラを抱き返し、「もう大丈夫。俺が守るよ」と言う。

「行こう。みんなが助けに来てくれたんだ」

 アキームに言われてティタラは少し涙ぐみながら、「私に皇帝の資格なんてないのに」と不思議がった。

「でも、この混乱を誰かが止めなくちゃいけないんだ」

 この戦乱を誰かが止めなてはいけない。
 その資格を持つのは、偽りであれ皇帝であったティタラしかいなかった。

「私よりも相応しい人がいるわ。きっとね」

 ティタラが力なく微笑んだ。

 それは自嘲の笑みだ。
 資格無き者の癖に玉座へすがりつき、帝位を手放そうと思った時に求められるなど道化ではないか。

 これ以上、惨めな想いをさせないで欲しいのだ。

「行こう。俺がついているから」

 ティタラの手をアキームが強く握る。
 このまだ十代前半の少年にどれほどのことができるだろうか?
 だが、初めて出会ったあの頃に比べて、なんと大人びた頼りある姿だろう。

 ティタラは彼の手を握り返すのだった。
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