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3章・和風戦雲編

69話、姉妹の再会

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 剣撃、激しく打ち合い、火花散る。

 ラドウィンとハルアーダがガ・ルスとの激闘を始めて数分。
 打ち合った刃の数は幾つ知れず。
 皮を白刃が切れども肉には及ばぬ、半歩の差が死出の道となる死線。

 ガ・ルスは笑っていた。
 ラドウィンも、ハルアーダも、笑っていた。

 死ぬのが楽しいか。殺すのが面白いか。
 そうだ。彼らは武人だ。
 ガ・ルスが素直に頷こうが、ハルアーダが大義名分を立てようが、ラドウィンが口では否定しようが、彼らは根っからの武人なのだ。

 戦の人なのだ。

 ガ・ルスは自らの周りに突き立てた剣やら槍やらを引き抜き、ひたすら戦った。
 彼の膂力で剣を振るえば三合で刃がこぼれるからだ。
 彼の使っていたのが愛用の斧であったなら、戦いは分からなかった。

 あと五本、それがガ・ルスの使える武器の数だ。

 それを見たラドウィンとハルアーダは剣を振るった。

 猛然、果然と持てる力の全てを使う。

 二人とも互いに互いの戦い方を熟知していた。
 あの日、モンタアナ村での夜、剣閃を交じ合わせたからだ。

 互いに警戒しあっていたからこそ、互いの動きが手に取るように分かった。

 ラドウィンは型にハマらない我流で奔放な戦い方を好んだ。
 ハルアーダは基本に忠実な堅実的な戦い方を好む。

 二人は互い違いな戦い方だったからこそ、その息があった。

 ガ・ルスはそんな相手との戦いに高揚し、楽しんだ。

 五本目が折れて残り四本。
 四本目が折れて残り三本。

 三本目も折れ、二本目の剣を手にした時、ガ・ルスのその目が霞んだ。
 血を流し過ぎた。

 僅かに動きが淀んだその隙にハルアーダがガ・ルスの胸を突き刺したのである。

 硬い筋肉は束ねた藁木を突いたような鈍い感触だ。

 しかし、剣はその筋肉に突き刺さって止まる。
 ハルアーダは刃先がガ・ルスの硬い肋骨に止められたと分かった。

 恐ろしい男だとハルアーダは額に汗する。
 だが、ハルアーダは不敵な笑みを浮かべた。

「やれ」と呟くと、示し合わせたようにラドウィンがガ・ルスの喉へと剣を突き立てたのだ。

 ハルアーダは、自らがトドメを刺せなくてもラドウィンがトドメを刺すと知っていた。

 ガ・ルスの口からごぽりと血が溢れ出る。

 赤色の血だ。
 ともすれば緑や青い血が出てくるのではないかと不安になるくらい不死身の男だったが、やはりラドウィンやハルアーダと同じ赤色の血だった。

 ガ・ルスは血で朱に染まる口を歪ませ、最後の一振へと手を伸ばす。
 まるで、本当に不死身のようだった。

 その手が剣の柄を握ると同時に、彼の大柄な体躯は血の海へと倒れ込んだ。

 ガ・ルスが再び動く事は無い。
 ラドウィンとハルアーダは、彼が死んだのかと信じられなかった。

 何せ、地に伏した彼の顔の、その歪んだ口元が微かな笑みに見えるのは錯覚では無いように思えたからだ。

 今にもガバと跳ね起きて襲いくるのではないかと思ったのである。

 だが、そのようなことはなかった。

 ラドウィンもハルアーダも、ガ・ルスの死を確認すると精根尽き果てて倒れそうになる。
 が、剣を地面に突き立てて何とか立った。

「まだ終わってない」、ラドウィンが独り言を口にすると、ハルアーダも「そうだ」と頷く。

 まだ帝都にはカセイ軍はいる。帝都を取り返さねばならない。
 それに、ティタラも。

 二人が城へと向かおうとした時、城のバルコニーにアキームとティタラが姿を現した。

 アキームがティタラを助け出したのだと見せるように。

 少しだけ、街に響く鬨の声が静まった気がした。
 だが、まだ戦いは終わらない。

 すると、アキームが何か玉のようなものを高々と掲げたのである。

「聞け! 戦いは終わりだ!」

 その手に掲げられていたのは、ザルバールの首だった。

「カセイの大将ザルバールは死んだ! そして皇帝ティタラ陛下は既に我が軍の手にあり!」

 その声は城下町にこだまし、戦いの音が鎮まる。

 恐らく、ザルバールの首を目撃した兵士がどんどん遠くの兵士へとザルバール戦士の報せを伝えていたのだ。

 そして、アキームはもう一度、あらん限りの声を挙げた。

「カセイ軍大将ザルバールは死んだんだ!」と。

 すると、帝都西方より笛の音が聞こえる。
 笛といっても軽やかな音ではない。戦笛という野太い音が特徴であった。

 その音が撤退を告げるものだと誰もが分かる。

 戦いは終わった。
 
——一部の兵を除き、全兵は帝都の前の草原で野営となる。
 戦で興奮した兵士を都市へ入れると暴動に変わることが多いからだ。

 だから総大将や領主といった面々がゆうゆうと帝都へ入ったのである。

 五十騎ほどの将らが列をなして通りを闊歩した。
 その中には馬車に乗るカルチュアやミルランスの姿もある。

 カルチュアは大変ご機嫌で、「これで私の家名はもっと大きくなること間違いなし」と、帝国の重臣となる絵図を頭に描いていた。

 そんなカルチュアの向かいに座っているミルランスは窓から外を見て、人々の暮らしぶりを見ては顔をしかめている。

 人々はボロ着をまとい、虚ろな目でミルランス達の隊列を眺めていた。
 ミルランスから始まった帝都の不幸はティタラが引き継ぎ、ザルバールの支配を経ても収まっていない。

 結局、彼らは食うに困っていて、着るものも着られていないのだ。

 彼らがそうなってしまった責任が自分にあるのだと思うと辛くてたまらない。

 皇帝という立場を捨てて幸せに暮らしていたことが罪にさえ思えた。

「これから帝都も良くなるかしら」

 ミルランスが呟くと、「良くなるに決まっているわ」とカルチュアは自信満々に答える。
 彼女の自信がどこから来るのか分からないが、その根拠のない自信が心強い。

 少しだけ罪の意識が和らいだ気がした。

 そんなミルランスにカルチュアが「勝ったのに暗いわ。でも、もうあなたも明るくなるわね」と、馬車の行く先へ目を向ける。

 ミルランスが馬車の先を見ると、そこは城の前で、ラドウィン達がいた。

 愛する夫ラドウィンと、息子のアキーム、忠義の騎士ハルアーダ。
 そして、そして、妹のティタラだ。

 ティタラとは十年前に別れたっきりだったが、一目で妹なのだと分かった。

 馬車が止まり、ミルランスが降りる。

 彼女は皆の元へと向かえなかった。

 誰の元へと向かえば良いのか分からないからだ。

 愛する夫か、愛しい息子か、命をかけて守ってくれた騎士か……そして、生き別れていた妹か。

 すると、ラドウィンとアキーム、ハルアーダがティタラの背を押した。

 ミルランスが来ないなら、ティタラに行くよう促したのだ。

 ティタラが駆けてくる。

「お姉様」と。

 その時、ミルランスの目から涙が流れて、その脚は自然と前へ進んだ。

「ティタラ!」

 お互いに抱き合った。
 十年間の離別を取り返すように力強く。

 二人とも言葉は出さず、再開の喜びに大きな声で泣きあったのだった。

 そんな二人はひとしきり泣くと、ようやく離れて周りを見る。

 そこにはこの戦いに尽力した将兵らが立っている。

 皆が皇帝の指示を待っていた。

 つまり、ティタラの指示を待っているのだ。

 彼らは皆一様にティタラを助けるために戦った。皇帝の下、再びアーランドラ帝国を再建するのだと戦ったのだ。

 だが、ティタラはまだ自分が皇帝という肩書きを持っている事実に恐怖し、震えた。

 だが、黙っていることはできない。

 何とか声を絞り出し、「では、勝利の宴を。飢えに苦しんでいる民草と、勇敢に戦った兵士らのために」と命令するのがやっとだった。

 宴は直ちに開かれた。

 宴の食べ物はハント軍、キルム軍、ハルアーダ軍の糧食で、酒は帝都の城にたんまりとあったものを出した。

 帝都の広場を中心に、兵士らが街の隅々まで食べ物を持って行き、民の全てへ食べものを行き渡らせた。
 人々は喜び、たちまち元気になって広場の食べ物をとにかく食べに来たのである。

 そんな人混みから少し外れて静かな場所にラドウィン達がいた。

 ラドウィンはアキームとミルランスと共に家族の再会を喜んでいたのだ。
 かつて部下だったキルムを始め、モンタアナの人々が久しぶりに出会ったラドウィンを探していたので、まくのに一苦労した。

 モンタアナの皆と酒を嗜むのも良いが、今は家族と無事を噛み締めたい。

 そんなラドウィンにアキームはこってり絞られた。
 全くすぐに家へ帰って来なくて、とんだ悪い子だと。

「心配したんだぞ」、とラドウィンが言うと「ごめんなさい」とアキームか素直に謝る。

 だけど、師匠のハルアーダに良くしてもらったから、暮らしに不自由や困ったことはなかったとアキームは言うのだ。

「師匠はすごく強いんだぜ」。嬉々としてハルアーダのことを語るアキームにラドウィンは複雑な気持ちだった。

 ハルアーダは幾度もラドウィンを殺そうとした相手だ。
 その人が息子の師匠で、その生活の保護をしてくれたし、それに戦いの術を鍛えてくれた。

 アキームの体つきを見れば、ハルアーダがどれだけ良くしてくれたのか分かる。

「ハルアーダにお礼を言わないとな」

 ラドウィンが言うと、ミルランスがハルアーダを見つけて彼を呼んだ。

「知り合いなの?」とアキームが聞くと、「ちょっとね」とラドウィンは苦笑した。

 さて、ミルランスがハルアーダを連れてくると、彼もまた少しだけ渋い顔をする。

 ハルアーダもアキームがラドウィンの息子だと知らなかった。
 なんと奇妙な巡り合わせだろう。
 宿敵の子を自らの子のように慈しむなんて運命のイタズラのようだ。

「アキームの世話を見てくれてありがとう」

 ラドウィンが頭を下げると、ハルアーダは静かに背を向けた。

 ミルランスがハルアーダに、なぜ背を向けるのかと聞く。

 が、ハルアーダは答えず、「男には認めてはならない相手がいるのです」とだけ答えた。

 その返答に
 すると、喧騒の中から「ラドウィン様が皇帝の血筋だからでしょ」と声がしたのである。

 その声は囁くような声で、ラドウィン達四人を除くと誰も聞こえなかった。

 四人が驚いて声の方を見ると、ティタラが立っている。
 今回の主役の一人として、広場の真ん中で衛兵に囲まれていたが、トイレと偽って中座したのだ。

 アキームがティタラの言葉に驚いた様子で父を見た。
 いや、ミルランスでさえ驚いていた。

 知っていた顔をするのはハルアーダだけだ。

 ラドウィンが相変わらずのニコニコとした笑みを浮かべている。

 ティタラはラドウィンに聞くのを諦めて、ハルアーダへと「そうでしょ?」と訊ねた。

 するとハルアーダは首を静かに頷かせるのだ。

 ティタラはラドウィンが皇帝の血を引いていると確信があった訳じゃない。
 ただ、ハルアーダが執拗にラドウィンを狙ったのは、そういう話があったのではないかとこの十年間推理していたのだ。

 考える時間だけは無駄にあった。

 アキームが「本当に? 嘘でしょ?」と父へと聞くと、ミルランスも「ほんとう?」と訊ねるのだ。

 ラドウィンは苦笑する。

「僕の父がね。アロハンド様の弟の、その息子だった」

 ラドウィンが話す。
 全ての真実を。

 つまりアロハンドは子に恵まれず、王妃ナリアが弟アッザムドとの間に子をもうけ、アロハンドの子にしようとしたことである。

 しかし、その企みはアロハンドの知る事となり、ナリアは異国の地へ身一つで追放。
 アッザムドも酷い拷問の果てに人里離れた館に軟禁される事となる。

 産まれた子、つまりラドウィンの父は皇帝の血を引いた唯一の子であるとして、人々に隠されて育てられていた。
 やがてラドウィンが産まれて数年後、リアト姫がアロハンドとの間にミルランスをもうけた。
 すると、アロハンドはラドウィンとその父をモンタアナへと追放したのである。

 そして、ラドウィンの父はモンタアナで黒血病にかかり死んだ。

「さぞかし無念だったでしょうね」

 ティタラが呟く。

「でも、私なら、あなたをまた皇帝にできるわ。私に玉座へ座る資格はない。本来座るべき人があなたなのよ」

 ティタラはラドウィンの父が無念のうちに死んだと思った。
 そして、その悔しさと、怒りの償いができるのだと信じて疑わない。

 だが、ラドウィンは静かに頭を左右に振った。

「僕の父はモンタアナの地と人々を愛し、穏やかで平穏な中で息を引き取った。父にとって帝都は息苦しく、孤独な場所だったんだ」

 ラドウィンはそう言いながらアキームとミルランスを抱き寄せる。

「僕にとっても、幸せはここにあるんだ」と。

 ハルアーダは「家族……か」と呟いた。

 幼い頃、人の血を半分引いていることを理由にエルフの里を追われたハルアーダ。
 父も知らず、母の顔も忘れ、ただ生きてきた。

 そして、彼の愛する娘は目の前にいた。
 不義理で産ませてしまったミルランスとティタラ。
 彼女達に自分が父だと名乗れるわけが無い。不義理を働いた自分が幸せな家族を手に入れようなどとおこがましく思っていた。

 すると、ラドウィンが「ああ、ハルアーダ、君のお母様に出会ったよ」と言う。

 ハルアーダは目をまん丸にした。
 一体なんの冗談かと思ったが、ラドウィンが二度出会った美しいエルフの女性の話をする。

 ハルアーダはその女性が間違いなく自分の母だと分かった。
 家族に見捨てられたと思っていたが、ちゃんと見守っていたのである。

 ハルアーダはその話を聞いて愕然とした。
 それと同時に憑き物が落ちたような気がしてくるのだ。

「そうか。俺にも家族がいたのか……」

 ハルアーダがそもそもラドウィンを恐れたのは、娘に対する過度な愛情であった。
 皇帝の血を引き、さらにミルランスを嫁にしたラドウィンに恐れを抱いていたからだ。

 そのような気持ちになったのは、家族を失いたくないという強い思いにほかならない。
 そして、母が陰ながらハルアーダの身を案じていてくれたと思うと、そのコンプレックスはたちまち心の中から消えたのだ。

 だから、ティタラを皇帝に無理にしようとは思えなくなっていた。

 だが、ティタラが皇帝を辞すとして、誰がその任を着くと言うのか?
 誰かが皇帝にならなくては、せっかくティタラを助けても戦いが全て水泡に帰す。

 さりとて、このラドウィンという男は絶対に皇帝にはならないだろう。と、ハルアーダは思った。

 すると、「じゃあ、俺が皇帝になってもいいのかな」とアキームが言うのである。
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