今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね

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閑古鳥武器屋営業中

貴族様ご来店

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 あれから数日。

 アーク君と「アルジュ」「アーク」と呼び合う仲になり、何故かメリダールから睨まれたりしながらも、至って平和で平穏で暇な毎日を送っていた。

 そう。今に始まったことじゃないが、暇だ。

 武器の手入れも粗方終わったしすることがない。
 カウンターに肘をついて今日はどうするかとぼんやり考える。

「販促しようにも、ペリトルスにアークみたいな人いないしな……。はぁ……、他の地方から客来ないかなぁ……」
「ここにいるけど」
「なーんて、わざわざこんな所まで来るわけな…………って、えぇっ!?」

 独り言が会話になって返ってきて、冗談じゃなく本気で驚いた。あれ、ドアの開く音したっけ!?

 そんな混乱した思考のまま声の方に視線を向けた俺の目に。

 まるで炎のような、鮮烈な紅色が飛び込んできた。

 窓から入り込んだ日の光がその長く煌めく色を余計に際立たせていて、無意識の内に言葉がぽろりと零れた。

「きれー…………」
「……何か言ったかい?」
「あっ、いや、そのっ。い、いらっしゃいませ!武器をお求めですか?」

 やっべええぇ!!
 聞こえなくてよかったマジで!
 初対面の野郎に綺麗なんて言われても引くもんな、普通!

 ……それにしてもこの客、身長は俺と同じくらいなのにどこか威圧感を感じる。着ている服も高価そうな物だし、どこかの貴族かな……?
 貴族の中には武器をコレクションして楽しんでいる、って人もいるみたいだし、多分その類だろう。そう思っておこう。

「ねえ、これが気になるんだけど……、この予約済って札は?」
「え?あ、その剣は、既に購入を希望している客がいるので、出来れば他の武器を選んでもらいたい、です」
「ふぅん……。そう言われると欲しくなるな。その値段の5倍の金額を支払うから、僕に売ってはくれないかい?」

 5 倍 で す と !?

 何この貴族さん超太っ腹!超唯我独尊!

 ううううぅ……、これが他の武器だったら喜んで売るんだけどなぁ……。
 俺をじっと見つめてくる金の両眼から若干視線を逸らしつつ、俺は恐る恐る口を開いた。

「申し訳ないのですが、それだけは無理です。どれだけ金を積まれようとも、この剣を売る相手は既に決まっていますから」
「…………。そう、それは残念だ」

 何か言い返されるかと思っていたけど、貴族様は拍子抜けするくらいあっさりと引き下がってくれた。

 そして、その後。他の武器に目を通すこともなく店から出て行った貴族様。どこから来たのかは分からないけど、こんな小さな町の武器屋をひやかしても楽しくないだろうに……。

 まあでも、もう会うこともないだろうし、そんなに深く考えなくてもいいか。

 ──と、思っていたら。


「今日も君一人なんだね」

翌日も、

「僕以外にも客は来ているのかい?」

翌々日も、

「まだあの剣は買われてないのか。今からでも遅くはないから僕に売ってもらっても構わないよ」

翌々々日も。

 その貴族様は突然ふらりと現れては、暇を持て余している俺に喋り掛けてきた。そしてある程度時間が過ぎると何を買うでもなく去っていく。
 謎だ。謎すぎる。ここは武器屋であってお喋りをする場じゃないんだぞ。

 ただ、何日もそんなことをしていると貴族様の人となりが分かってきて、なんとなく打ち解けてしまった。今はもう敬語もなくなっている。
 彼の名前はセイというらしい。俺が予想していた以上の権力を持っているらしいけど、詳しくは聞いていない。聞くのが怖すぎる。
 そんで今は窮屈な屋敷から逃げ出しているとのこと。お金持ちでも色々と悩みはあるらしい。

 不思議なことに、メリダールやアークが来ている時にセイが出くわす、といったことはなかった。
 客のことをペラペラ喋るのは好きじゃないから、メリダール達にもセイにもお互いの話はしていない。
 まあぶっちゃけ説明しにくい、って所もあるんだけど。

 ちなみに今は、メリダールが傷薬をお裾分けしに来てくれている。
 よく武器の手入れ中に怪我したりするから、ほんと有り難い。

「そういえば聞きましたかアルジュ君」
「え、何を?」
「勇者の話ですよ」
「ああ……、魔王を倒すために集められた最強パーティの一人だっけ?」
「はい。何でもその勇者がこの町に向かっているそうなんですよ。先程丘陵から帰ってきたアーク君が見たそうです。無駄に大仰な装備をしていたからすぐに分かったそうですよ」
「へえ、まあ勇者でも何でも武器買ってくれたら嬉しいけどさ。…………魔王って何か悪いことしてたっけ?世界征服~とか人間皆殺し~とか」
「いえ、僕も覚えがありません。凶暴な魔物が暴れて被害が出た、という話を時々聞くぐらいですしね」
「被害といっても騎士のおかげでごく僅かだしな」
「…………なんだか勇者の後ろに(笑)を付けたくなってきました」
「俺も。多分有名になってちやほやされたい集団なんじゃないか?」
「有り得ますね、それ」

 そう言ってメリダールと笑いあう。
 暫く勇者の話をした後、今から道具の精製をしてきますというメリダールを見送った。

 そんなメリダールと入れ違いでやってきたのは、セイ。なんかもうこれ計算されてるだろ。

「やあ、アルジュ。今日はなんだか楽しそうだね」
「あ、顔に出てた?実はさっき勇者がこの町に向かっているって話を聞いてさー。セイは知ってる?魔王討伐のために集められた勇者パーティ」
「……ああ、知っているよ」
「その勇者は絶対目立ちたがりだろ、って話してたんだ」
「どうして?」
「どうしてって……、だって魔王が人間に害を及ぼしているところなんて見たことも聞いたこともないし」

 魔族を統べる魔王様。小さい頃は知らなかったけど、本でその姿を知ってびっくりしたんだよな。

「それにさ、信じられないかもしれないけど、俺、魔王に助けられたことがあるんだよ」
「魔王に?」
「そ。小さい頃だったからはっきり覚えてはないんだけど、友達と森にある塔に登って遊んでて、はしゃぎすぎてすっげー高い所から落ちちゃってさ。あ、死ぬと思った瞬間受け止めてくれた人がいたんだ。それも空中で。顔が黒い狼みたいだったんだけど、あの時の俺には綺麗な天使に見えたんだよな。その後魔王の姿を本で知って、天使じゃないって分かったんだけど……なーんて、夢みたいな話だよな?」
「……………………」
「セイ?」
「……アルジュは、その魔王のことをどう思っているんだい?」
「ちょ、どうしたんだよセイ。そんな真剣な顔して。……うーん、やっぱり命の恩人、ってのが大きいかな」
「…………好きか嫌いかで言えば?」
「そりゃ好きだよ。恩人を嫌えるわけないじゃん。顔は狼っぽかったってことしか覚えてないけど、瞳が林檎飴みたいに綺麗だったんだよな。……というかこんな話をセイが信じてくれてることに驚いてるんだけど」
「君の中で僕はどんな立ち位置なんだ?……そうか、林檎飴……、ふふ、まあ、そう言ってくれただけで嬉しいよ」
「……?なんでセイが嬉しいん」

「武器屋はここかぁ!!」

 俺の素朴な疑問は勢いよく開けられたドアの音と、それに負けないくらいの粗野な大声によってかき消された。
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