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しおりを挟む胸の苦しさを押し殺したまま、塔を出て執務室へと向かう。
(仕事だ、仕事をして忘れよう)
こういう時は仕事に限る。
眠るのを忘れる程仕事に没頭すればいずれ忘れられる。
忘れるまでは、なるべくあの二人を揃って視界に入れないようにしよう。
そういえばキウに稽古をつける約束をしていた。
申し訳ないが、その約束は延期させてもらおう。
だってキウと一緒にいると必ずアイヴィーが現れる。
ほんの少しでもアイヴィーがキウに触れたら。
逆にキウがアイヴィーに触れたら。
オレは自分で自分を保てる自身がない。
押し込めていた気持ちもをぶちまけてしまうかもしれない。
それはアイヴィーにとっても、キウにとっても迷惑な事だ。
それを耐えるのは容易い事ではないが、出来ない訳ではない。
なまじ耐えられるからこそ辛い。
行き場のない悲しみをどこにぶつければいいのか、二人を目の当たりにしたらわからなくなってしまいそうなのだ。
(大丈夫、オレは耐えられる)
アイヴィーただ一人になら、仮面をかぶるのは得意だ。
ずっと自分の気持ちを押し込めてきたのだ、今更何が起きようと揺るがない。
絶対に、仮面を外さない。
強い決意を胸に、辿り着いた執務室へと入った瞬間。
「シリル」
「!」
部屋に入り、姿を見るなりアイヴィーはオレを強く壁に押え付けてきた。
「アイ?」
「……」
「……どうしたんだ?」
「どういうつもりだ?あんな偽物寄越して」
「!!!」
その一言で、あの惚れ薬の話だとすぐにわかった。
まさか、偽物だとバレたのか?
だがキウはアイヴィーを受け入れたはず。
バレるはずなどないのに。
怒りの浮かぶ瞳に捕らえられ一瞬身を竦めるが、引いてはいけないと堪える。
「な、なんの事だ?」
「とぼけるな」
「あ……っ」
強く押し付けられ、痛みが走る。
アイヴィーな尚も怒りを含ませたままオレを問い詰めた。
「はっ、通りでこれっぽっちも効果がないはずだよな」
「っ、使ったのか?」
「使ったさ。当たり前だろ?」
「……いつ?」
知っているが素知らぬフリをして訊ねる。
知ってる。
ついさっきの事だ。
オレの予測は間違っていたらしい。
キウが照れて拒否したのだろうか。
それ以外にあの薬が偽物だと気付く理由が見当たらない。
しかし、アイヴィーは……
「覚えてない」
「は?」
「何度も何度も飲ませたからな。いつ、なんて。心当たりがありすぎてわからん」
「わからないって……」
そんなに何度も飲ませたのか?
一度で効果覿面と聞いたがそうではなかったのだろうか……って、偽物だから効くはずもなかった。
それにしてもそこまでして振り向かせたいのか。
あの少年を。
ここに、何もしなくたってあんたしか見てない奴がいるのに。
振り向いて欲しいと何度も何度も願っている奴がここにいるのに。
唇を噛み締め俯くが、即座に顔を上げさせられる。
「シリル、オレが誰に薬を飲ませたいか気付いてただろう?」
「っ、」
「オレの視線に、態度で、気付いてたんだろう?」
聞いているのに、確信に満ちた声。
オレが気付いていることに気付いていたとは思わなかった。
「なのに、偽物の薬を寄越した」
「それは……」
「オレが薬を使うのがそんなに嫌だったのか?」
「……っ」
嫌だ。
命をかけても構わない程好きで好きで堪らない相手だ。
いつかは人のものになるとわかってはいるが、その橋渡しをするのなんて嫌に決まっている。
そう叫び自分の想いを吐露出来たらどんなにか楽だろうか。
けど出来るはずもない。
アイヴィーの気持ちを知っているのに、自分の気持ちを告げる事は出来ない。
心を許した者にはとことん甘いこの男は、オレを無下には扱えない。
受け入れてはくれないだろうし、不要に悩む事になる。
だからこそ言えない。
「……そうか」
沈黙を守るオレに、アイヴィーは深く溜め息を吐く。
もう終わりかもしれない。
自分で言うのもなんだが、部下としての信用は他の人間の群を抜いていると思っている。
長い時間をかけて培ってきた信用を、くだらない嫉妬で、しかも存在すらしない惚れ薬なんて代物をきっかけに失ってしまうなんて。
(でも、良い機会かもしれない)
このまま見限られてしまえば、アイヴィーとキウの姿を見なくて済む。
そんな卑怯な事を考えながら、目を瞑り次の言葉を待っていると……
「ならもう遠慮はしない」
「……え?」
予想に反した一言。
顎を掴んでいた指から一瞬力が抜けたと思ったら。
「――っ!?」
顔にかかる影。
間近に迫る赤い瞳に目を奪われている内に、柔らかいものに唇を塞がれた。
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