王様の恋

うりぼう

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「これがそうなのか?」

遠く遠く極東の国より惚れ薬が手に入った。

「ただの水に見えるが……」
「取り扱いは要注意っすよ、効果は絶大なんで」

惚れ薬を依頼していた便利屋が人差し指を立て真面目な顔でそう告げる。

「向こうの魔女の傑作っすからねえ。これを飲んで最初に見た人間に惚れるらしいっすよ」
「最初に見た人間、か」
「これ作った魔女がもう怖いのなんのって!ちなみに値も張りましたんで、これ領収証っす」
「ああ、助かった。ありがとな」
「いいえ!シリルさんの頼みならこれくらい!」

こちらも親の代からの付き合いだから随分と長い付き合いになる。
いつも国の為に危ない橋を渡ってくれている。

「でも、これ誰に使う予定なんすか?」
「……さあな」
「王様も変なもん頼みますねー。こんなん使わなくたって、より取り見取りだろうに」
「全くだな」

便利屋のセリフに全力で頷いた。

(……さて、これをどうしようか)

手に入れたが、アイヴィーの手に渡すのが怖い。
アイヴィーとキウが恋人同士になったら。
オレの前でいちゃつき始めたら。
それを見るのはやはり嫌だ。

(それならいっその事……)

本物の惚れ薬が入った瓶をぎゅっと握り締める。
そして……

「アイ、これが例の物だ」

オレは、悩んだ末に瓶をアイヴィーに手渡した。
しかしその中身は便利屋が手に入れてくれた本物の惚れ薬ではない。

「これがそうなのか?ただの色の付いた水に見えるが……」

そう、中身はただの色の付いた水。
オレは偽物をアイヴィーに渡してしまった。

「まあ良い。これでやっと手に入れられる」
「……っ」

不敵な笑みを浮かべるアイヴィー。
きっとこれをキウに飲ませるはず。
キウが王を好きなのは見ていてわかる。
そっけない態度の裏側で、全身で王を意識しているのだから、薬なんて飲まなくたって結果は変わらない。
本物だろうが偽物だろうが、オレが飲む事は出来ないし、アイヴィーがそれを望んでくれるはずもない。

薬を使って人の心を手に入れたと思って欲しくない。
キウをくっついた暁には、あの薬は偽物だったのだと暴露してやろう。
お互いがお互いに本気で惚れたのだと思うと喜びも増すはずだ。

(オレの心は、喜びどころか嵐が吹き荒れているが)

苦々しい思いを抱いたまま、オレは部屋から出て行った。









それから数日。
アイヴィーとキウの関係に特に変化はなかった。

(まだ使っていないみたいだな)

きっとアイヴィーはお茶に混ぜて惚れ薬を飲ませるはず。
それに乗じて告白をするはずだ。
しかし未だにアイヴィーはキウにお茶を断られ続け、その代わりにオレが誘われている。
キウの話を聞きながら飲むお茶に味なんてするはずがない。
でも惚れ薬を使っていないのならそれはそれで良い。
むしろ一生使ってくれなくて良い。
少しでも、アイヴィーとキウが心を通わせる瞬間を遅らせたい。
だが、そんなオレの願いも虚しく……

「やった!アイヴィー最高!大好き!」
「やっとオレの魅力がわかったか」
「……っ」

がばりとアイヴィーに抱き付くキウを見て、とっさに身を隠してしまった。
自分ではどうあがいても気軽は触れられないのに、キウはあんなにあっさりとその壁を越えてしまう。
傍らにはお茶を飲んだ跡がある。

(ついに)

ついにその時が来てしまった。
アイヴィーの想いが通じてしまった。

「……っ」

この後に続くだろうアイヴィーの告白を聞きたくなくてその場をすぐに立ち去る。

羨ましい。
あんなにも簡単に垣根を越えてしまうキウが。
アイヴィーを簡単に笑顔に変えてしまうキウが。
アイヴィーにあんなにも想われているキウが。
心底羨ましい。

どうしてオレじゃダメなんだ?
ずっと一緒にいて、誰よりもアイヴィーの事を理解しているのはオレなのに。
どうして、どうしてオレじゃ……!

考えながら歩いていた足がどんどんと速くなっていく。
走って走って、やってきたのは城の頂上。
塔になっていて、そこの窓から国が見渡せる。

(ここでアイヴィーとよく遊んだよな)

何かある度にアイヴィーはここに駆け込んできていた。
嬉しい時も楽しい時も、怒りを抑えきれないときも悲しい時も。
どんな時でもアイヴィーはここに来ていた。
それにくっついて、オレも良くここに来た。
ここに一人で来るのは初めてなような気がする。

(広いし、寒い)

二人の時は広いだなんて感じた事はなかった。
寒いと感じた事もない。

(痛い)

ぎゅっと胸が締め付けられて痛い。
胸を掴んでみるが、それで痛みが止まるはずなど当然ない。

「は……っ」

呼吸まで苦しくなってきた。
痛い、痛い痛い痛い。
誰かこの痛みを止めてくれ。
そう思うがこの痛みを止められるのはただ一人だがこの場にはいない。
痛みが止められないのなら、いっその事心臓ごと止まってくれればいいのに。

「アイヴィー」

そんな気持ちのまま呟いた彼の名は、酷く掠れて聞こえた。


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