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一歩進んで半歩下がる①
しおりを挟む唇と唇が触れた。
所謂キスというやつだ。
生まれてこのかた、少し良いなと思う子はいても友達同士でわいわいしているのが楽しかったオレに経験なんてあるはずがなく、これからも暫くはないだろうなあ、なんて考えていたのに。
つい先日それを体験した。
したというのも憚られる程のほんの一瞬の触れ合い、それも事故に近い。
けれどオレを動揺させるには十分な衝撃だった。
いや、百歩譲ってキス自体は良いとしよう、良いんだよ別に夢も希望も抱いてなかったからしちゃったのは良いんだ。
問題なのは……
「なー、お前らなんかおかしくね?」
「「……!!!」」
修学旅行から帰ってきて早一週間。
いつものように昼休みを過ごしていた時の石野の言葉に高塚共々ぴしりと固まった。
「な、何言ってんだよそんな事ねえよ!」
「う、うんっ、全然!いつも通り!」
ぎくしゃくとどもりながら告げると、ますますこちらを見る目が疑わしいものになっていった。
実はあれがあってから高塚とはまともに接していない。
オレがなんとなく避けているのもあるし、ちょっかいを出してくる高塚の方もなんだかぎこちないのだ。
それは例えば以前ならば抱きついてセクハラかましてくる奴をオレが殴り蹴り撃退する、というのが常だった。
セクハラは変わらずあるけれども必要以上に体には触れない、目が合うと即座に逸らされる。
残念なわけでは決してないが、なんだか調子が狂ってしまう。
「……怪しいな」
「うっ」
「あ、オレ、トイレ行ってくる!」
じとりとした視線に堪えきれなかったのかさっさと逃げる高塚。
オイ待て逃げるな、つか逃げたいのはオレの方だ。
後を追い掛けて出て行くのはあまりにも不自然すぎるので、石野と目を合わせないようにする。
それでまた疑いの眼差しを受けてしまった。
「……森さあ、絶対あいつと旅行中なんかあっただろ」
「な、ない!」
「嘘つけ。バレバレなんだよ二人してきょどりやがって」
「き、きょどってなんか……」
「もしかしてちゅーでもした?」
「ぶほ……っ!?」
「え、あれ、マジ図星?」
さらりと言われたセリフに飲んでいたお茶を噴き出してしまった。
「そうかーやっちゃったかついに」
「いや、違……!」
「高塚があの様子って事は事故か」
あいつが自分からけしかけたならバカみたいに自慢して回るだろうし。
あれか、最後の夜にお前ら二人して固まってた時か、なんて。
一部始終を見ていたんじゃないかというくらいに言い当てていく石野。
なんでそこまでわかるんだこいつ。
「つか、な、なんでそんな冷静なんだよ石野!?」
「だって他人事だもん」
「でも、普通男同士でってなったら……」
「気持ち悪いと思う?」
「そんなの当たり前……」
今更何聞くんだと言おうとしたのだが。
「じゃあ森は気持ち悪かった?」
「え?」
重ねてそう聞かれ、思わず言葉に詰まってしまった。
*
結局なんの言い訳も出来ずに昼休みが終わり、授業内容なんてろくに頭に入らずあっという間に掃除の時間。
たっぷりとつまったゴミ箱の中身を捨てに行く最中ですらあの事を考えてしまう。
ここ最近頭がこんがらがって、自分の感情がわからない。
そもそも何故高塚まであんなに気まずそうなのかがわからない。
あいつの事だからデレデレと脂下がった顔で
『しちゃったね』
とか言いそうだったのにそれもない。
あんなに触れられるのが嫌で仕方なかったのに、いざそうなると少し寂しいと感じてしまっている。
(……っていや寂しくねえだろ!)
ちょっと待てオレ、と些か乱暴にゴミを捨てる。
なんだ寂しいってありえねえ。
寂しくねえよこれが普通だ、過剰なスキンシップなんてオレは求めてない。
そうだ断じて求めてないはずだと強く頷き教室へと戻る途中で。
「森、ちょっと良いか?」
「……?」
突然誰かに呼び止められた。
*
旅行最後の夜のあの出来事からまともに森の顔が見れない。
事故だったけれど確実に触れた唇が信じられなくて、オレ自身暫く固まってしまっていた。
(いっつもだったらやっちゃったー!とか言って喜びまくるのに……!)
なのに何故こんなにも森と接する時にぎこちなくなってしまうのかというと、単純に怖いから。
石野にお前らおかしいと言われてぎくりとした。
あいつの事だから、きっと何があったのかをなんとなく察しているだろう。
思わずトイレに行くなんて嘘をついて逃げ出してしまったけれど、後から質問責めにあうのは目に見えている。
キスなんて初めてじゃないのに情けない。
森だと何もかもが初めてのように感じてしまうのは、やはり本気で好きになった相手だからか。
そもそも散々セクハラかましてきて今更だが、露骨に迫って本気で拒否されたらと考えると怖くて堪らない。
(まあ、毎日気持ち悪いとかうざいとか言われまくってたけどさ)
それでもなんだかんだで普通に会話をしてくれるだけで嬉しかったのに。
今後それすらもしてくれなくなったらどうしよう。
と、悩んだのも束の間。
(……森の唇柔らかかったなあ)
森との初キスを思い出してにんまりと緩まり、しまりのなさすぎる顔を浮かべた。
*
(……誰だっけ?)
振り向いた先にいた男をじっと見る。
どこかで見た事があるような気がしないでもないが、思い出せない。
名前を知っているという事は、以前会った事があるのだろうか。
頑張って記憶を呼び起こすこと数秒。
(………あ!)
思い出した。
オレに告白してきた趣味の悪い先輩だ。
同時に前回の気持ち悪さもこみ上げてきた。
警戒しつつ一定の距離を置いて対峙する。
「……なんですか?」
「オレ、お前の事諦められなくて……」
なんて言われても困ってしまう。
オレにその気は全くない。
というかしつこいなこいつ一回断ったんだから諦めろよ。
「森……!」
「え?」
無言でそれを訴えていたらいつの間にかすぐ傍に寄ってきていた先輩にがしりと両肩を掴まれ……
「――‥っ」
鼻息荒く寄ってきた。
「ちょっ!?」
「好きなんだ、なあ、なんでオレじゃ駄目なんだ!?」
「てか近……!」
「あの後もしかしたら本当は高塚と付き合ってるんじゃないかと思ったけど、そんな素振り全然なくなったし!」
「いっ……やめ」
話している間に段々と迫ってくるのを避け、後退りしていくうちに壁に背が当たった。
(げ……!)
どう考えてもこれ以上後ろには行けない。
「逃げるなよ、なあ、オレでも良いだろ?」
「……っ」
「森」
「やめ」
ぐっと顔が近付き、唇が触れそうになった瞬間。
「……」
「っ、ろっつってんだろうがあああ!!!」
「ぐは……!?」
ゴミ箱で殴打し、前回同様、いやそれ以上の力でもって蹴飛ばし忌まわしいにも程がある男の腕から脱出。
「ふざっけんな!!」
「も、森……」
「うるさい!呼ぶな!高塚と付き合っていようがいまいが関係ねえ!誰がアンタなんかと付き合うか!」
そもそも無理矢理なんて最低だと、痛みに悶える先輩に怒鳴りその場から走り去る。
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……っ)
なんなんだ一体、一回断ったんだから諦めろよ。
(クソ!)
触れてはいないがなんとなく気持ちが悪くて乱暴に唇を拭う。
嫌な相手に迫られるのがあんなにも鳥肌ものだとは思わなかった。
(ほんっと気持ち悪………って、あれ?)
はたと思い出したのは修学旅行での事。
(……あれ、高塚のときはこんなに気持ち悪くなかったのに)
石野に聞かれた時もそうだったけれど、気持ち悪いどころか先に恥ずかしさが湧いて出てきた。
少しぎこちなくなってはいたものの、あれで二度と話し掛けて欲しくないだとか目の前に現れて欲しくないだとか日の目を拝めないようにしてやりたいだとか、そういう事は思わなかった。
「……」
あの先輩との今の出来事がきっかけというのが何とも癪だが。
答えがみえたような気がした。
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