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番外編
風邪を引いたある日の続き
しおりを挟む※風邪の日の続編
風邪を引いて学校を休んだ日。
夕飯時に母から聞いたところによると、なんとあの変態がお見舞いに来たらしい。
結局部屋に上がってものの数分で慌てて走り去ってしまったとのこと。
かっこいいコねえ、なんて頬を染めるな母よ。
父の恨めしげな視線に気付いてくれ。
「ちゃんとお礼言ってきなさいね」
「……」
完全復帰した朝に、玄関先で言われた言葉にげんなりする。
こちらからアイツに話し掛けるなんて冗談じゃないが、まあ、数分とはいえわざわざ来てくれたのは確かだし。
でもお礼なんか言って近付いたら何されるかわかったもんじゃないよな。
普段の高塚の行動を考えるとあまり気乗りはしない。
けど、でも
何度もそんな事を考えながら歩いていると、目の前に見覚えのある後ろ姿が見えた。
通り過ぎる人の視線を集めているのは間違いなくアイツだ。
とっさにきょろりと辺りを見回す。
クラスの連中はいない。
(………よし)
どうせ避けられないのであれば今の内にさっと言ってさっと逃げてしまおう。
覚悟を決めて、その背に近付き声をかけた。
「高塚」
「!森ちゃん!」
オレの声にパッと反応して物凄い勢いで振り返る。
一瞬満面の笑みを浮かべたのだが、次の瞬間には顔を真っ赤にして口元を覆い隠し、後退り。
そして
「?なんだよ、どうかし……」
「ご、ごめんッ!!!」
「…………………は?」
脱兎の如く駆け出した。
この時高塚が、昨日のキス未遂の事を思い出して柄にもなく恥ずかしがりいたたまれなくて走り去ったなんて当然知らず。
その場に取り残されたオレはぽかーんとするしかなかった。
……なんなんだ。
その後。
「高、」
「わーッ!?」
少し近付いただけで化け物でも見るみたいに叫ばれ、休み時間は悉く逃げられ。
避けられ。
昼休みもいつの間にか消えていて、その頃には周りもおもしろがってあれこれとくだらない噂話をし始めた。
喧嘩した、とか。
オレに飽きた、とか。
オレがこっぴどくフラレた、とか。
頭にくる噂ばかりである。
(喧嘩なんかする程仲良くねえし、つーか飽きたってなんだ、フラレたってなんだよ!?アイツから告って付きまとってんだからフるならオレからだろ!?)
思った以上にイライラが溜まっている。
(大体、いっつもいっつもアイツからうぜえくらい寄ってくるくせに何だあの態度!腹立つー!!)
何でもない風に頬杖をつき窓の外を眺めてはいるものの、その胸中は穏やかではない。
いや、待てオレ。
ちょっと待て。
ふいに、はたと気付く。
高塚がオレに構わなくなったのなら万々歳じゃないか。
ずっとそれを望んでいたのだからイライラもムカムカもする必要などミジンコ程もない。
(そーだよ良いじゃねえかあの変態が自分から避けてくれてんだから!)
そうだそうだ、これは良い事なんだと思って瞳を輝かせる。
が、しかし。
嬉しいはずなのになんだか、こう、もやもやとする。
一体何だ。
覚えのない感情に首を傾げていると。
「森、百面相」
「!」
いつの間に来たのか隣の席から伸びてきた腕にぶにっと頬を抓られた。
力は全然こめられていなかったから痛くはなかったけれど、いきなりだったから変な声を上げてしまうところだった。
「何すんだよ!?」
「変なツラしてっからつい」
「うっせ生まれつきだ」
「うん知ってる」
「否定しろよ!そこは否定するべきところだろ、なあ石野さん!?」
そりゃ別に高塚や石野のように整った顔立ちはしていないのはわかりすぎるくらいわかっているのだが、少しくらい否定してほしかった。
胸倉を掴み詰め寄ると、明後日の方向を向いてへらりと笑いやがる。
「オレ嘘だけはつくなって死んだばあちゃんの遺言が」
「嘘つけー!」
「うん嘘」
話すようになってわかったのだが、石野も相当にイイ性格をしている。
表立ってオレを高塚に手渡すような真似はしないが、きちんと助けてくれるわけでもない。
その場その場での助け舟は全く出さず、後になったああすれば良かったのに、と言うタイプだ。
なんでその時に言ってくれないのかと聞いた時の返事は、『その方がおもしろそうだったから』である。
けっ。
「つーか、お前なんかしたの?変態に」
聞かれても困ってしまう。
というか石野が一番仲が良いみたいだから、高塚の奇行の理由を何がしか知っているのかと思っていたのだが外れだったようだ。
一度沈静したムカつきが僅かにむくりと頭をもたげる。
「……知らね」
「知らねってお前。冷てえなあ」
「アイツが勝手に避けやがんだよ!」
避けてくれ
て良かったなんて思ったのも束の間。
またイライラが復活してきた。
変態の突然でおかしな思考行動に付いていけるはずなんてないのだけれど、そうだよアイツから避けてんだよオレが周りからあれこれ言われるのは腑に落ちない。
というか、
「おかしいよな!?なんでオレが避けられるわけ!?普通避けんならオレだよな!?」
「……まあ、普段を考えりゃあな」
「だよなそうだよな!?ああああっクソッ、またムカついてきた!」
やはりどう考えても高塚からオレをあんなにあからさまに避けるのはおかしいのだ。
もしかしたらもしかして昨日寝ていたオレがとんでもない事をしでかしたとしてもだ。
「……」
段々と眉間のシワが深くなり目が据わってくるのが自分でもわかる。
どうやらムカつきがピークに達してしまったらしい。
こうなりゃ意地でもあの野郎とっ捕まえて理由を吐かせなければ気が済まない。
「覚悟しやがれあの野郎」
「森、なんか黒いオーラ出てる」
不敵に笑むオレに石野の冷静なツッコミは耳に入ってこなかった。
*
朝、通学途中に珍しく。
本当――――に珍しく森から声をかけられた。
嬉しくて満面の笑みで勢い良く背後を振り返ったのだが。
ふと視線が口元へといってしまい。
「――‥っ」
昨日、熱に浮かされた森にキスをしようとして未遂に終わった事を思い出してしまった。
近くで見るまつげの長さやキメ細かな肌、そして唇。
まざまざと脳裏に蘇ってきて、柄にもなく顔に熱が集中。
キス以上の事だって何度もした事はあるのに、妙に恥ずかしさが募り逃げ出してしまった。
何してんだよ、と頭を抱えたのは下駄箱に着いた時。
もうアホかと。
バカかと。
せっかく森から話し掛けてくれたのに何を逃げていやがるのか。
(ああ、でも風邪治ったんだな、良かった)
何日も寝込むような風邪でなくてホッと息を吐いた。
それにしても、治ったら抱き付いて頬擦りして会わなかった分を取り返すくらいにべたべたべたべたしたいと思っていたのに。
(逃げちゃあダメだろ!)
ああ、でも、つい。
何度も声を掛けてくれる森を恥ずかしさのみで避け続けてしまった。
森の機嫌がどんどん悪くなっていくのにも気付いていた。
それはきっと、オレに避けられて悲しいとかではなくて、何故避けられているのかがわからずにイラついているからだろう。
前の席からただならぬオーラが漂っていた。
それすらも可愛くてたまらない、なんて思ってしまう。
いやでもホント怒ってる森って眉が寄ってて目がつり上がってて頬もいつもより少し赤みがさしていて、すっごく可愛い。
いつも言っているが、舐めちゃいたいくらい。
あれを思い切り甘く優しく宥めて許してもらうのはどんなに良い気分だろうか。
想像するだけでニヤケが止まらない。
とはいえまだそんな関係ではないからご機嫌をとるのは至難の業だ。
甘やかしたら確実に気持ち悪いと殴られる。
やっべ、どうしよ。
と、現在進行形で屋上に立てこもりながらそんな事を考えていると。
「オイコラ」
「!」
バーン!と実に派手で大きな音を立てて屋上のドアが開いて、声が降ってきた。
ドアの前に座ってなくて良かった。
本当に良かった。
うっかり座っていたらこれ以上頭悪くなってしまうところだった。
ドアのすぐ横に座ってコンクリートの壁に背中を預けていたオレはほっと息を吐く。
斜め上を見上
げると、そこには目の据わった森が仁王立ち。
(こ、怖……っ)
ひいっ、と背筋を冷たいものが伝う。
森はずかずかと歩き、オレの目の前で立ち止まりじろりと見据えた。
いや、ホント怖いんですけど。
「どういうつもりだテメェ」
「も、森ちゃん?なんか、オーラが」
「あァ?オーラがなんだ電波か」
電波ではないけれど身に纏う何かがこう、真っ黒な気がしないでもない。
いつもの倍以上怒っていらっしゃる森にたじたじ。
「で?」
「え?」
「今日今までこれみよがしに逃げやがった理由は何だ」
「………え?」
ああ、やはりそこですか。
それを怒っていらっしゃいましたか。
よく考えたら、森のことだからてっきりオレが避ければ万々歳とばかりに諸手を挙げて喜んでもおかしくないはず。
なのに怒ってくれるなんて、ちょっと、いやかなり嬉しい。
(……あれ?)
ちょっと待て。
ちょーっと待て。
今もう一つ凄く嬉しい事実に気付いてしまった気がする。
「答えろよ」
「いや、その」
避けれて不機嫌になって怒るのって。
それって、
「はっきりしねえ野郎だな、いつもの図々しさはどこいったんだよ」
「え、いや、だって」
「あ?何だよ」
言いよどむオレに、間近にしゃがみこみ詰め寄ってくる森。
これはもしかして、もしかするのだろうか。
はっきり言えと再度促され、おずおずと口を開く。
「森、それって」
「なに」
「………その、オレに避けられるのが嫌って事?」
「………は?」
思った事をそのまま言うと、森は一瞬ぽかんとした後、顔を真っ赤にして叫んだ。
「!!!ばっ、ちが、そうじゃねえよッ!!!」
否定してもそんな真っ赤な顔じゃ説得力なんて皆無。
やだもう何このこ超可愛いんですけど!
「なあに、森ちゃんってば普段近付くなとか言ってるくせに本当は構ってほしかったの?」
「違う!」
「もー!ほんっっとに可愛いんだから!」
「だから、違うって!!」
恥ずかしがっていたのなんて一瞬で吹き飛んだ。
今はもう森に触れたくてたまらない。
良く考えたらキス未遂なんて何度もしていることじゃないか。
それに森は昨日の事は知らないのだし。
恥ずかしがってなんていたらいつまで経っても触れないしな!
「わッ!?」
手を伸ばすとすぐに触れる位置にいる森を、胸に抱き込む。
不安定な体勢だったために難なく収まる。
「は、離せボケェェェ!」
「ヤダよそんなん言われたら離せないって!」
「そんなんってどんなんだよ!?」
「もっと構ってって」
「言ってねぇぇぇ!!」
腕やら足やら全身で暴れている。
痛い、けれどやはりこの腕の中に森がいるというのがいい。
シャンプーやらの良い匂いに僅かに汗の匂いが混じっている。
ああホントたまらん。
ついついくんくんと抱き込んだ首筋に顔をうずめて嗅いでしまった。
「ちょっ」
「うーわー、一日ぶりの森の匂いぃぃ」
「嗅ぐなボケッアホ!」
「あいたっ、森ちゃん痛いっ」
隙間のないくらいにきつく背中に腕を回しているから、森の抵抗は全て背中と頭が受けるはめになる。
ばかすか叩くから痛い。
「痛くしてんだよ離せ!」
「も、もうちょっと」
「ザケんじゃねえよ調子乗ってんじゃねえ!つか、お前オレの事避けてたんじゃなかったのかよ!?」
「ん?そうだっけ?」
「は、はぁぁ!?てめっ」
すっとぼけると、また殴られた。
それすらへらりと笑って流してしまうオレはやはりどこかネジが一本緩んでいるのだろうか。
「はー、もう最高ー」
「……はあ、もうマジでなんなんだよお前は」
脱力して呆れたらしい森の大きな大きな溜め息。
それがオレの首筋に当たり、ついでに森の声が耳元で聞こえ……
(あ、やば)
それに気付き声を上げたのは森が先。
「………ん?」
「あ」
オレの肩に手を置き僅かに身を離し、眉を寄せて視線を下へ。
嫌な予感が的中したのだろう、目を見開いたと思ったら更に深く刻まれる眉間のシワ。
「――‥っ」
「いや、森!これは」
「こんの、変態野郎ォォォッ!!!」
「っ、っ、~~ったあ!?」
森の拳がオレの顎にヒット。
吹き飛ぶまではいかないけれど、勢いで頭が壁に激突した。
その隙に森は腕の中から脱出して、ノラ猫が毛を逆立て威嚇をするようにこちらを見た。
「し、信じらんねえ!なんなんだよお前!」
「しょうがないじゃん生理現象だよ!」
「オレでたつのかよお前は!?」
ええ、もうおわかりでしょう。
マイサンが臨戦態勢に入ってしまいました。
それを気付かれました。
まああんだけ密着してたんだから気付かないわけがない。
それにしても何言っちゃってんでしょうかこのこったら。
そんな愚問中の愚問。
「森だからたつんじゃん!てゆか、そんな首筋ではぁはぁ言われたらうっかりたつに決まってんじゃん!」
「は、はぁはぁなんかしてねえよ、ぶぁぁぁぁッか!」
なんともまあガキ臭い捨て台詞を残して、来た時同様騒音を立てて校舎の中に戻る森。
気にして欲しかったのはそこじゃない。
その前の方を気にして欲しかった。
結構な爆弾発言をしたと思ったのに完全スルー。
ちくしょう。
(でも可愛い)
慌てて逃げるところが可愛い。
うさぎを狙う狼さんの気持ちがわかってしまった。
ホント可愛い。
若干へこみながらも、しつこくそんな事を考えるオレがいた。
その後はいつも通り。
オレが追い掛けて森が全力で逃げ。
あっと言う間に一日が過ぎていった。
今晩はいつもよりも長い時間抱いていられた森の身体を思い出しながら、色々色々励励めそうだ
end.
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