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番外編
森くんが風邪を引いたある日
しおりを挟む※本編とは別の風邪です
風邪を引いた。
昨日の夜からなんだか調子が悪いな、と思っていたら今朝になって熱が出た。
頭が痛いし喉も痛いし鼻水も出まくるし関節という関節が痛い。
(あーもう、最悪だ)
辛い。
とにかく辛い。
しにそう、なんて。
大した風邪じゃないのはわかっているけれどそう思わずにはいられない。
密かに狙っていた皆勤賞もこれでパァだ。
ちくしょう。
お粥を作ってくれて、氷枕と冷えピタを用意してくれた母は今一階にいる。
何年かぶりに風邪を引いたオレを心配していたが、ゆっくり休ませるのが得策だと。
額にかかる髪を払ってくれた手が離れた事に寂しい、なんて思ってしまったのは内緒だ。
普段いない時間帯に部屋にいるのは何だか妙な気分だ。
登校時間の過ぎた今、聞こえてくるのは鳥の鳴き声や、車の音、近所の奥さん方の話し声くらい。
何もする事がないというのは本当に暇だ。
(あ、メール送っとくかな)
風邪で休むという事。
後からノートを見せてくれという事。
最近親しくなった隣の席の男にそれらを打ち込んで送信するだけで物凄く体力を消耗したような気がした。
もう一人うるさいのがいるが……
(めんどくせ)
わざわざなけなしの体力を使ってまで送る必要はないと判断。
明日になると治っているといいな。
携帯を傍らに置き、そんな事を思い目を瞑ると自然と眠気が襲ってきた。
*
「は!?嘘だろマジで休みなの!?」
「そ。風邪だってよ」
「なんっだよ森に会うためにガッコ来てんのにー!」
ぐああ、と頭を抱えて机に突っ伏す。
いつもの場所で会えなくて、下駄箱を覗いてもまだ靴はなくて。
当然ながら教室にも来ていない事にそわそわしていると。
遅れてやってきた石野から告げられた事にがっくりと肩を落とした。
ありえない。
本当に何のために来たんだ。
森がいるからこそ頑張って来ているのに。
授業中に伺うあの可愛い後ろ姿がなければ授業なんて受ける気すら起きないというのに。
「森ちゃんがいないなんてオレもうダメ」
てゆうか予想以上に寂しいんですけど!
ぷにぷにのほっぺ掴みたいし頬摺りしたいし固いけれど収まりの良い体を抱き締めたい。
すぐ殴られるだろうけど。
真っ直ぐな目に見つめられてぷっくりとした唇から発せられる言葉を聞きたい。
例えそれが暴言だったとしてもオレに向けられた言葉ならそれだけで嬉しいのだ。
今日もそれだけを楽しみにやって来たのに。
「もーりー……」
「うっぜ」
「あんだとー!?あ、つーか石野!なんで森ちゃんが風邪引いたってわかんだよ!?」
まだ朝のホームルームも済んでいない今。
何故先生でもなく森の前からの友人ではなく、石野が知っているのかがわからなくて詰め寄る。
答えはなんともあっさりしたものだった。
「さっきメールきたから」
「………え」
「ほれ」
携帯の画面を見せられ、ショック。
差出人は間違いなく森本人。
「なんっっでお前にメールがくんだよ!?なんでオレじゃねえんだよ、ずるい!!!」
「いや、んな事言われても」
「隠れてこっそりメールなんかしやがって羨ましすぎるぞ石野!」
「隠れてこっそりなんてしてねえから。堂々としてっから」
「それはそれでムカツクーッ!!!」
「オレにどうしろと」
たかがメール、されどメール。
オレですらしてもらっていない事を石野がしてもらっているというのが羨ましくて仕方がない。
確かに、確かに森の携帯番号とメアドはこっそり入手したけれど。
一度も返してもらった事がないというのに何故石野が……!
羨ましいとムカツクとが頭の中をぐるぐると巡る。
「あのなあ、メールくらいダチなんだから普通にするっつの。んな怖ぇ顔すんなよ」
「だって、森からのメール……森からのメール……!」
「マジうぜー」
「聞こえてんぞ石野おおお!こうなったらそのメール転送しやがれ!」
「は?」
「さあ今すぐオレに森ちゃんのメールを寄越すんだ!」
「……お前それむなしくね?」
「そんなん気にしてらんねえ、欲しいもんは欲しい!ほい、カモン!」
「……」
そんな必要などないのに、携帯を石野に向かってビシッと構える。
呆れながらもなんだかんだで送ってくれるから石野って好きだ。
一番はそれはもうぶっちぎりで森だけど。
「おおお、きたきた!」
「差出人オレだけどな」
「内容は森のだからいんだよ!」
「はいそこうるさいぞー、先生来たから静かにしろー」
転送メールにガッツポーズをしたところで、ちょうど来たらしい先生が淡々と告げた。
そしていつもより遥かに長く感じられた授業を
終え、やっとで放課後。
「そんじゃな石野!」
「森んち行くのか?」
「あったり前!」
「いってらー」
「うい!」
ひらひらと手を振る石野に親指を立て。
「コラ!廊下走るな高塚!」
誰よりも早く教室を飛び出したオレに、先生のその言葉は既に耳には届いていなかった。
*
「あら、お見舞い?わざわざどうもありがとう」
にこにこと応じてくれたのは森の母親。
あの森を産んで育ててくれたというだけで尊敬に値する。
素敵なお母様だ。
友達です、というと(本当は恋人ですと言いたかった)快く部屋まで案内してくれた。
「ここよ。今飲み物でも持ってくるわね」
「はい、ありがとうございます」
下に降りていく森ママに、にっこりと笑んで礼を言う。
まともな会話も出来るんです。
初めて入る森の部屋。
広さはオレの部屋と余り変わりはない。
が、やはり男の部屋なんてどれも似たり寄ったりで汚い。
あちこちに服やゲームが散乱していて笑ってしまった。
(森の部屋かあ、すげえオレ入っちゃった!わーもう色々覚えとこ!)
次いつ来れるかわからないのでじろじろと無遠慮に室内を観察。
そして、部屋の奥のベッドに森はいた。
ぐっすりと寝ているのか、傍らに寄っても反応はない。
(……苦しそうだなあ)
顔なんか真っ赤で。
鼻もかみすぎて赤くなっていて。
僅かに開いた口からは熱い息が漏れている。
こんな時に不謹慎だが。
(かわい)
そう思わずにはいられない。
普段は睨みつけられることの多い目がかたく閉じられていて幼さが倍増。
ていうかもう寝顔がたまらないのですが。
思わず熱を持って赤くなった頬にそっと手を伸ばす。
わかっちゃいたけど熱い。
(大丈夫かなあ)
思いながら今度は前髪を梳いて流す。
少しでも熱を奪えないかと長く頬に手を当てていると。
「ん……」
「!」
僅かにうめいた森にびくつく。
慌てて離そうとしたその直前。
「――‥」
「ッ!!!!!!!」
どぎゅん。
心臓をぶち抜かれた。
それはもう見事にど真ん中ストレートで一発K.O.
だって森が。
ふざけんじゃねえよ触んな変態、と言いまくっていたあの森が。
「――~っ、っ!!!」
すり、と。
猫がするようにオレの手に森が頬をすり寄せてきたのだから!!!
う、
(っわ―――ッ!!!なんっ、なんだこれなんだこれ、なんなのこのかわいいの!すりって!おま、ちょーも―――おッかわいすぎるっつーのッ!ちょーかわいいんですけど何!?襲ってほしいのかしらこのこったら!!こ、こらジュニア元気になるんじゃないッ!!!)
少し頭をもたげてしまった息子を慌てて宥める。
長いこと長いこと餌付けしてきたノラ猫が初めて触らせてくれた時のようなこの感じ。
うっかりカマ言葉にもなってしまうというもの。
涎垂らして良いですか泣いても良いですか物凄く嬉しいんですけど。
(あーっっ、もうっ、マジ、すっげえちゅーしてぇぇ……!)
未だに手に頬を当てたまま。
冷たかった手がじんわりと暖かくなっていく感覚。
いつになく無防備な森にごくりと喉が鳴り、ゆっくりと顔を近付けた。
瞬間。
コンコン
「!!」
「入るわよー?」
「はははハイィッ!!!」
森ママがやってきて、不自然なくらいに勢い良く立ち上がりよい子の返事をしてしまった。
「?どうかした?」
「え、や、いえ、なんでも!」
「そう?あら、顔が真っ赤よ?風邪移っちゃったかしら」
「っ、いや、これは」
心配そうにまじまじと顔を見られる。
理由が理由なだけにもの凄く後ろめたい。
「大丈夫?」
「あ、えと、はい大丈夫です!ていうか、すいません帰ります!」
「え?高塚くん!?」
森ママの制止の声を背に、ばたばたと走り去る。
玄関を出たところで、大きく息を吐き出しその場にへたれ込んでしまった。
(び……っくりした)
心臓がありえないくらいばくばくしている。
というか飛び出すかと思った。
(わーッもうオレぇぇぇッ!!!)
寝込みを襲うなんて何て事を!
いや、未遂だけど。
でもこんなの初めてだ。
すり寄られただけであんなに嬉しいとか何なんだ。
(てか赤い!?顔赤いのかオレ!?ちゅーしようとしただけで何照れてんだよ、うわ恥ずかしッどこのオトメだよ!)
自分の両の頬を手で覆うと、熱のある森に負けないくらい熱く感じた。
止めてくれて良かったような残念なような。
もやもやした気持ちを抱きながら、再び大きな大きな溜め息を吐いた。
その後。
「そういえばねえ、夕方頃高塚くんってコがお見舞いに来てたわよ」
「ぶ――――ッ!?」
夕飯の席での母親の言葉に、お粥を盛大に噴き出し怒られる森くんがいた。
end.
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