平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

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束縛作戦はどれも失敗…。
こうなったら――

「よーし、じゃあ次は浮気フリ作戦だ!」

優希が少し眉をひそめる。
「……お前、本気でやる気か?マジであいつに殺されるぞ?」

「全ては本命とくっつけるためだ!隼人くんの幸せのために!」

僕は拳を握りしめる。
心臓がバクバク鳴って、隼人くんの顔を思い浮かべるだけで、全身に変な熱が走る。

「で、どうするんだろう?」

残念ながら、僕は浮気の方法など知らない。
優希がため息をつきながら、僕の横に並ぶ。
そして腕を軽く僕に差し出した。

「……え、なにそれ?」

「浮気フリ作戦だろ?こうやって腕を絡ませて歩くんだよ。人目で“隼人くん以外と一緒にいる”感を見せつけるんだ」

「え、そんな…恥ずかしいじゃん…!」

「いいから、やれ」

優希の顔が真剣すぎて逆に笑いそうになる。
でも僕は覚悟を決め、そっと腕を絡める。
体が触れ合うたび、心臓が跳ねて喉が乾く。

「う、うわ……ちょっとドキドキする…!」

「はは、面白いな、お前」

優希が笑う。その声が耳元で響くだけで心拍数はさらに加速。
胸の奥で小さな爆弾が連続で爆発しているみたいだ。

キャンパスを歩きながら、僕たちはできるだけ自然に振る舞う。
周りの学生の視線が突き刺さるけど、無視!
今は隼人くんの反応が最優先だ。

「ねえ、優希…これ、隼人くんに見られたら…」

「それが狙いだろ?」

僕は小さく息を飲む。
そして――その瞬間。

遠くで隼人くんがこちらを見ていた。
目が合った瞬間、彼の表情が一瞬固まり、笑みのようなものが浮かんだ。

「よし、今だ!」

僕は心の中で叫ぶ。
優希とさらに腕を絡め、わざと楽しげに会話する。

「昨日の授業どうだった?」
「いやー、あれはマジで無理ゲーだったわ!」

笑い声を漏らしながら歩く僕。内心は冷や汗ダラダラ。
でも、この作戦……成功かもしれない。
隼人くんの胸がギュッと締め付けられるはずだ。

「……光希、なんか楽しそうだな」

低い声が耳に届く。
次の瞬間、隼人くんが目の前に立っていた。
彼の目は笑っているのに、奥には感情が抜け落ちた暗い影。

「よぉ、久しぶりだな。覚えてるか?」

「これは何?」

「何ってわかるだろ? 楽しそうにしてんじゃん」

「……はぁ?ふざけんなよ」

隼人の声が低くなる。

本学の誇る美形2人の言い合いは、瞬く間に人だかりを作った。
僕の頭の中で、一つの線が繋がる。

「……そうか」

「光希?」

「わかったよ……隼人くんの本命は優希だったんだね……!」

「「……はぁ?」」

全て繋がった気がした。
女遊びも、優希への叶わぬ想いの発散――。

「じゃあ、あとは二人で……」

「おい待てっ!」

僕は涙をこらえて走り去った。



ここまでくれば大丈夫だろう…。
僕は安心していた。
あの2人には、じっくり話し合ってほしい。
だが、その直後。
女性が歩いてきた。……あれは前見たギャルのお姉さん?
銀色な鈍く光った刃物を持って。

「本命作らないって言ってたのに…全部アンタのせいだ!」

刃物の光。
心臓が止まりそうになった瞬間――

「光希!!」

優希が僕を突き飛ばし、肩を切り裂かれた。
鮮血が地面に滴る。

「ゆ、優希!!」

僕は泣き叫ぶ。
救急車を呼ばなければ

「はあ、はあ、失敗した……」

女性もいる。今人を刺した加害者だ。何をするのかわからない。

そこに息を切らして隼人くんが駆け込んできた。
隼人くんは手早く女性を制圧し、刃物を取る。

「何やってんだよこの女は……」

独り言のように呟く。

「光希ッ! 大丈夫か!?」

僕の方に歩み寄ってきた、

「大丈夫なわけねぇだろ!お前のせいだぞ! お前が遊んでたせいで! こいつが刺されかけたんだ!!」

優希の言葉に、隼人くんは言葉を失う。

「……なあ、光希」

「? うん?」

「俺にしとけよ」

「…え?」

「俺の方が幸せにできる。俺は何もやってないし、過去もクリーンだ。
あいつは女泣かせまくってるし……お前みたいな綺麗な人間には似合わねぇよ。今だって、あいつのせいで刺されかけたんだぞ」

「な、なに言って……」

「金輪際、光希に近寄るんじゃねぇ」

優希の目は怒りと嫉妬で赤く燃えていた。

「……わかった、別れよ、光希」

……へ?
隼人くんが何を言ったのか、一瞬わからなかった。

「救急車も警察も呼んだ。もう会わない、ごめんね」

「ま、待ってよ!!」

隼人くんは行ってしまった。
優希と僕を残して。

———

あの後すぐに救急車と警察が来て、女性は逮捕された。
僕たちは事情聴取を受け、解放されたのは夜遅くだった。

暗い空を見上げると、街灯の光がやけに冷たく、心の奥まで冷えるようだった。
……隼人くんとは話せなかった。LINEすら送れない。
優希とも連絡が取れず、返事の有無すらわからないまま夜は更けていった。

大切な人を、二人も失った日になったのかもしれない。

翌日は大学があった。昼間からで助かった。
昨夜はほとんど眠れなかった。頭の中には、あの刃物の冷たさと、隼人くんの目の光が、まだ残っていた。

「……よお」

ふと声がして振り向くと、優希だった。
少し疲れた顔をしているけれど、目は真っ直ぐで、どこか心配そうに僕を見つめている。

「……怪我、大丈夫?」

胸の奥の緊張が、まだ完全に解けていない。

「おう、かすり傷だったぜ。気にすんな。それとさ、」

言い淀んだ後、口を開いた。

「……あのさ、あの話だが、なかったことにできねぇか?」

「……え?」

願ってもいない話。
でも、優希の口からその言葉が出た瞬間、胸の奥がわずかに軽くなるのを感じた。
友達を失わずに済む――そう思った瞬間、少しだけ救われた気がした。

「だってよ、お前、九條が好きだろ?」

「………うん」

小さな声で答えると、優希は少し間を置いて頷いた。

「なら話は単純だ。俺のことはいいから、話してこいよ」

「……いいの?」

「おうよ。俺は“都合のいい男”だからな」

軽く笑うけれど、目は真剣だ。
なんだか不思議な安心感が押し寄せる。

「なにそれ…」

「覚悟しとけよ。お前が今から挑む男は、都合の悪さを濃縮したような男だ。並大抵では立ち向かえねぇよ」

その言葉に、僕は少しだけ顔をしかめる。
でもその背中には、なぜか守られている気持ちもあった。

「うん、ありがとう…」

小さく頭を下げると、優希は目を細めて微かに笑った。

「あのさ、優希、」

「うん?」

「僕は、優希がいてくれてよかった。本当にありがとう」

「……早くいけ」

短い言葉に、彼の優しさと強さが滲む。

「うん…!!」

僕は軽く頷き、思わず笑みがこぼれる。
そして、全てを忘れたように、ただひたすら走り出した。

「ったく、ほんと世話焼けるやつだな…」

振り返ると、優希は少しだけ肩をすくめ、でも微笑みながら僕を見送っていた。
僕は作戦のことも、隼人くんが優希のことを想っているかもしれないことも、すべて頭から追い出して、ただ走った。
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