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第三章
総大将
しおりを挟む「生死不明‥‥?フリード様が?」
そこは屋敷の音楽室。正面には皇后レオーネ。他の兄弟達はいない。エレノアはレオーネからもたらされた言葉をただ繰り返していた。レオーネは眉根を寄せて苦い顔をする。普段の優しいレオーネはここにはいない。
「今朝詳細の早馬が来たの。これまで状況がわからなかったのだけれども、今回で色々分かったわ。状況は最悪ね。」
フリードは子飼いの精鋭を連れて魔物が出るという山に入った。そして中腹でその魔物に遭遇した。そこにいたのは——
六本首のヒュドラ。通常ではあり得ない程のそびえるような巨体、六本の首、そして体の色が薄いのはそれだけ人肉を食らったということ。それが一行に襲いかかってきた。
フリードは剣で打ち合うも足場が悪く劣勢に陥った。
食われれば敵が強くなる。そう判断したフリードは全員に撤退を指示する。自らの命を守れ。そう言い囮としてヒュドラを引きつけるべくその場に残った。
魔物の情報を城に伝えろ。その厳命を受けたローランドは傷を負いながらも下山し城へ早馬を出した。
「ヒュドラは過去何度も村や街が壊滅させられているの。首が六本まで増えたということは相当な強さになっているわ。」
「‥‥兵を出されるのですか?」
レオーネは静かに目を閉じる。
「私の手に余ります。現在陛下へお伺いを立ててますが、外遊先からの指示となるので少し時間がかかるわね。」
「そんな!早くしないとフリード様が!」
レオーネは静かにエレノアを見やる。そして手をあげる。侍女がトレーをテーブルの上に置いた。大きなトレーに布がかけられている。侍女はそれを取った。
そこには見覚えのある一本の黒剣。傷だらけのそれは刃毀れし真ん中から折れている。剣先は失われていた。それを見たエレノアの喉がひゅうと鳴り呼吸が止まった。
「式は三月後です。それまでエレノア姫はこの城で穏やかにお過ごしください。」
何を?何を仰っているの?エレノアは瞠目する。
「将軍マルクスは生死不明。ですが皇太子はおります。婚儀の妨げになりますので婚儀が終わるまではマルクスの件は伏せられるでしょう。」
「そんな‥‥」
「立場をわきまえなさい、エレノア姫。」
そう言いレオーネはエレノアを下がらせた。
エレノアはフリードの部屋の応接室にいた。一人ぼぅっとソファに腰掛ける。
正面に座り毎日のようにここで語らったあの男はいない。いつでもなんでも好き勝手に命令してきて、それでいてエレノアを気遣い大切にして守ろうとしてくれる。
生死不明?あの黒剣が?あの男がそう簡単にやられるわけがない。きっとどこかで生きている。援軍を待っているはず。
だがその一方で冷たく横たわるあの男の姿も脳裏を掠めエレノアは体を震わせた。両手でその身を抱きしめても震えが治らない。言葉も出ない。出てきたのは嗚咽。
何が姫将軍だ。ちょっとくらい剣の腕が立つ程度で何もできない。命じられれば俯いて従うことしかできない。あの男の死を思っただけで身が竦んで動けない。なんて無力で脆くて役立たずなんだろう。
切なくて悔しくて目から滂沱の涙が幾重にも溢れ出す。
どれくらい泣いていただろうか。誰かが部屋に入り正面に座る気配がする。エレノアは涙を拭った。
エレノアのその様子を見たマルクスは苦々しくこぼした。
「先程母からフリードリヒとしてあなたと結婚しろと言われました。無理を言う。兄さんみたいに私がなれる訳ないというのに。」
無言で俯くエレノアにマルクスはきっぱりと言った。
「私はあなたと結婚したくありません。誰かのものになっている女性と添い遂げる趣味はない。」
「私もあなたは嫌です。」
涙声のエレノアは俯いたまま。泣き腫らした顔を見せたくなかった。
「意見が合いましたが、そういう風に言われるとなんとも傷つくものですね。」
あの柔和な笑みを顔に張り付かせたマルクスが軽口を叩きフフッと微笑む。
「まだ折れてはいないようですね。さて、どうしますか?もしあなたがやる気があるのでしたら援護します。一人でダメだったのなら総力戦です。敵は強い。援軍は必要でしょうか?姫将軍?」
そう言ってマルクスは手を差し出した。
その夜、音楽室では家族会議が開かれていた。何かあれば家族で問題を解決する。アドラール家での約束事。そしてこの場にはレオーネ、マルクス、カール、イーザ、そしてエレノアがいた。エルザは所用があるといいその場にいなかった。
「どうか兵をお出しください。」
エレノアがレオーネに懇願する。長椅子の中央に座るエレノアを援護するかのようにマルクス、カール、イーザが座り、全員が正面のレオーネを見上げる。それが兄弟達の総意だというように。レオーネは動じない。
「徒に兵を失うことはしません。近隣の村人の避難を優先します。」
「少数で構いません。逃げ遅れた兵や村人を保護します。」
「生きているかわからないものを助けに行くには危険が大きすぎます。」
暗にフリードのことを言われエレノアの背筋が凍る。だがここで引き下がれない。
第一報からエレノアが知るまでに二日が経過していた。急ぎたい気持ちがエレノアの身を焦がした。
「生きています。死んでいません。」
「浅慮な望みに縋って傷つくのはあなたよ?」
「そんなことにはなりません。生きていますから。」
窓から風が入る。それがカーテンを泳がせエレノアの頬をなぜた。
レオーネは目をきつく閉じる。眉間の深い皺でひどく不機嫌に見えた。
「兵を動かす将軍がいないわ。将軍経験のないマルクスやカールでは無理。」
「私がなります。」
「あなたはまだアドラールの籍に入っていない。ハイランド国籍では将軍を与えることはできません。」
エレノアは言葉を詰まらせる。あの男を助けに行くためには籍を入れないといけない。でも籍を入れたいその男はここにいない。
「兄さんからこれを預かっています。」
マルクスが懐から三つ折りの紙を取り出しテーブルの上に広げた。エレノアは目を瞠った。
それは結婚宣誓書。一般市民が結婚するために整えるものだが、そこに見覚えのあるサインがあった。
フリードのサインだった。
「預かったのは三月前です。時が来るまで預かるように言われました。」
「こんなもので王籍をどうにかできると思ったのかしら、あの子は。」
レオーネは疲れたように呟いた。マルクスは微笑んだ。
「でも婚姻は成されます。おそらく覚悟を示したかったんだと思いますよ。」
覚悟。これはフリードの覚悟。
エレノアはコクリと喉を鳴らした。
「ペンをください。」
レオーネはエレノアを見据える。
「すぐ未亡人になるかもしれないわよ?」
「なりません、生きていますから。」
エレノアはレオーネの顔を凛とした表情で見つめ返した。
侍女から羽ペンとインク壺を受け取りサインを書き込んだ。王籍には何にもならない書類、それでも書けばそうなったように思える。フリードの妻に。
あの男から愛を語られたことはない。ただ妻になれと言われただけ。それでもこの気持ちが自分だけでも構わない。あの男の分まで私が愛せばいい。私があの男の妻になるのだから。
背後からふわりと部屋に風が吹き込む。夜風が気持ちいいと思った。
レオーネは何やら苦悩の表情を浮かべ目を閉じている。さらに不機嫌になったのは気配でわかった。初めて見せるその表情に何やら胸騒ぎを感じたが、レオーネに見据えられ意識が逸れた。
「私は反対です。これでもあなたを心配しているのよ?ですがあなたの覚悟もわかりました。皇太子妃エレノア、あなたを総大将に任じましょう。」
「ありがとうございます!」
エレノアは両手を胸の前で組んで頭を下げた。エレノアを気遣うレオーネの言葉も嬉しかった。
「あまり多くの人手は割けません。よく備えておくように。カール、エレノア妃をお助けしなさい。」
「お任せください。」
カールが胸に手を当てて微笑んだ。
そうして家族会議は軍議に突入した。
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