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第三章
幕間: 皇太子フリードリヒ
しおりを挟むオレが初めて姫将軍と相見えたのは戦場だった。
係争地帯へ暇潰しにちょっかいをかけに来たつもりで剣の乙女に出会った。
全身白銀の鎧姿だったが、軽やかに剣を振るう姿が着飾ったどの姫よりも美しく見えた。その舞うような身のこなしは翼のある天使の様だと思った。天が与えたもうた御技、天賦の剣才。
力任せのオレの剣技などと次元が違う。なんて崇高なんだ。その技に魅せられた。それが国に帰還してからも忘れられなかった。
あの剣をもっと見たい。もっと魅せられたい。そんな思いで係争地帯に通うも、姫将軍は出てこない。
なぜあの乙女は出てこない?王が止めているのか?側近か?なぜオレの邪魔をする?
その日は大剣で暴れに暴れてやった。黒剣の怒りを身をもって知るがいい!!
そうすれば次より姫将軍が一騎討ちを申し出てくれる様になった。
そう、それでいい。美しい剣の舞を堪能したい。
それから公務の合間を縫って係争地帯に通う様になった。
通い詰めて三月ほどで和平交渉の話を聞いた。和平が成立してはあの姫将軍と打ち合えなくなる。それは困る!
なぜそれほど心が逸るのかわからなかった。だが思案に思案を重ね、和平草案を作るカールに和平の条件に姫将軍との婚姻を無理矢理ねじ込ませた。
このようなやり方は感心しない、そう父や母からも諭されたが押し通した。
同じ剣の道を志すもの。太刀筋で美しい心根はわかっている。妻にはそれで十分だ。顔も知らないが美醜などいらない。
ただあれの側にいたいと思った。
もう何回目か判らない和平交渉会談であのバカ王が挑発してきた。だからオレが姫将軍に勝てたら結婚させろと返せば捨て台詞のように応じてきた。
勝てばあれが手に入る。そう聞いて俄然張り切った。係争地帯に入り浸り姫将軍の体力が切れるまで日々打ち合った。
体力勝負に持ち込んだずるい作戦だったが構うものか!これでとうとう姫将軍が手に入ったのだから。
討ち負かせた瞬間は嬉しくて思考が飛んだが、なんとか理性的に退却ができた。その場で彼女を連れ帰らなかった自分を褒めてやりたい。
そうしてなんとか婚約が整った。政略結婚だろうがなんでもいい。王が悔しがっている姿に胸がすいた。散々邪魔しやがって!ざまぁみろ!
焦れた思いでその日が来るのを待った。急かして一週間で輿入れをさせた。
正直顔はどうでもよかった。あの性悪王の妹だ、彫りが深いを履き違えたキツい顔をしているのだろうと思っていた。
あの王の物言いも当てにならない。愛らしい?天使?お前の妹だろ?愛らしいと程遠い自分の顔を見たことあるのか?ハイランドには鏡がないのか?
しかし嫁いできたエレノアの顔を見て衝撃が走った。
まさに天使だと思った。なんて愛らしい。目を逸らせなかった。
あの偏屈王に一欠片も似ていない。似ていなくて本当に良かったと思った。淡い栗色の毛が、くりくりと大きな茶の瞳が愛らしい小動物を思い起こさせた。
庇護欲を誘うその可愛らしさに体が震え血がたぎった。人を見てこんな風に思ったのは初めてだ。
だから偽物だと思った。あいつの妹がこんな愛らしいはずがない。ちっとも似ていないじゃないか。替え玉か?!このオレをコケにしやがって!
本物かどうか確かめるために手合わせを申し入れたのに、もう剣を折ったという。
なんのためにお前を腰入れさせたと思っているんだ?!あの技は神の域なのに、あの王はそのことさえエレノアに話していなかったのか?!意趣返しのつもりか?なんと卑怯な男だ!!
そして天賦の剣才を折ると言う暴挙に出た。心底腹がたった。絶対許せない!あれはオレの至宝だ!!
そんな思いで剣を取るよう命じて煽った。あの剣を折ることなど絶対許さない!
あれはもうエレノアの王ではないのに御前で誓ったと頑なに拒む姿に、その意思の強さにこの愛らしい乙女が姫将軍だと確信した。だが手合わせしたかった。だからさらに煽った。
そうしてエレノアと枝で打ち合えた。鎧を着ていないエレノアはそれこそ飛ぶように剣を振るう。やはり天使だった。本当に剣が好きなのだろう。表情でわかる。とても美しいと思った。
なのに自分の顔は普通だと、凡庸だと思っている。
なぜだ?!なぜ誰も教えてやらなかった?!こんなに劣等感に塗れるほどに?!ベールで隠して俯くほどに!誰がこんな仕打ちをしたんだ?!
オレが愛らしいと教えてやりたい。その笑顔が好きだと言いたい。
だがオレがそれを言えば愛の告白のように思えて言葉が詰まった。会って間もないのにそんなことを言えば軽薄だと思われるかもしれない。それは嫌だ。
だが他の誰かがその告白をエレノアに伝えるのも許せない。だからエレノアの顔については皆に口止めした。
オレが、オレ自身が必ずエレノアに伝えるのだから。
話をしてさらにわかったが、この姫はなかなかに鈍い。
オレも鈍いとよくマルクスに言われるが、あれはそれに輪をかけているのではないだろうか?そして純粋すぎる。
魑魅魍魎が住む王宮でよく生きていけたな。天然か?天然記念物か?もう最後の一匹の絶滅危惧種だろ?この愛らしい生き物は絶対保護すべきだ!
だからオレの手で守ると決めた。
ただ一人お前を一生大切にすると勢いではあったがあいつに言った。何も直さず変わらずオレの側にいろと言った。
なのに肝心なところを聞いていない。なんでなんだ?わざとやっているのか?これが天然なのか?覚えてないことを忘れろと言ったオレがバカみたいじゃないか!!
オレのことをなんとも思っていないことは会話でわかる。ただの政略結婚と割り切っている。だがオレはそれでは嫌だ。
だから毎日呼びつけて仲良くなろうと試みるが、どうもうまくいかない。
そもそも女性とそういう前提で話をしたことがない。気の利いた言葉もかけられない。話も結局は国の情勢やら帝国の文化など面白みのない話になってしまう。
エレノアがそれほど退屈した顔をしていないのが幸いだった。
そんな時、諜報からエレノアが暗殺者に狙われているという情報がもたらされた。
皆でエレノアを守った。守ったはずだったのに、目の前に血を流し膝をつくエレノアの姿があった。
オレの全てが凍った。思考が飛んだ。気がつけば全て斬り伏せていた。これ程の恐れは初めてだった。
あの恐怖がちらついてエレノアの側を離れられない。そばにいてほしいと言われればなおのことだった。
事態が悪化するのはわかっていたのに。
だが今ならまだ手放せる。
村を二つも飲み込んだあの魔物の相手をして帰ってこれる保証がない。もうこれ以上先延ばしにもできない。
あいつにとってオレはただの政略結婚の相手。その相手は皇子であるマルクスでもカールでも問題ないはずだ。
家族もエレノアを相当に気に入っている。これからも大事にされるだろう。オレがいなくても。
あれが幸せになるのならそれでいい。
今日初めて、心からそう思えた。
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