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カメリアは死んでいた。
朝早くからカメリアを探していた侍女が、見つけたというのだ。
カメリアは北の端にある庭の小川で見つかった。
結婚当初に彼女の意向で作った、彼女の為の庭だ。木立の中に川が流れ、それにかかる橋がある。
季節ごとに分かれた庭も美しいが、その一角だけは、別の世界のように静かで落ち着くことのできる場所になっていた。
僕は急いでその場所へと向かった。
そこには、澄んだ水の中に浸かるカメリアがいた。
水草に絡まっているのか、その場に留まり浮いているかのようだった。彼女の衣服が狭い川の流れを堰き止め、沢山の鮮やかな色の花が彼女の周りに漂い浮かんでいた。川岸の咲き残ったガウラの花が、まるで蝶のように舞って見えた。
彼女は表情は穏やかなもので、微笑んでいるかのようだった。声をかければ、目を覚ますのでないかと思わせた。
そんな中でいると風邪を引くよ・・・、そう声をかけたくなる。
「奥様は、上流から花を流して、橋の上から見るのを好んでおりました」
メイドの独り言が虚しさを孕んでいた。
カメリアの死因は、水死だった。
死んだのは、昨日の朝ではないかと医師は言った。冬に入る間際の冷たい水のせいなのか、カメリアは先ほど死んだと言ってもおかしくないほど綺麗だと言った。
遺書もないので自殺ではないとされ、カメリアは散歩時に足を滑らしての事故だろう、と判断された。
なんだろう・・・。
心の中に隙間風が吹く。
メリッサがいるのだから、寂しくないはずなのに、カメリアの美しい死に顔が頭の中から離れなかった。
「旦那様。葬儀の手筈を・・・」
執事の言うがまま、準備をする。
淡々と進む葬儀。
事故とはいえ死因が死因だけに、身内だけの小さなものであった。
棺の中のカメリア。
ずっと微笑んでいた。
参列者は彼女の棺に花を手向ける。
赤や黄色。白に青。
「奥様は花がお好きでしたので・・・」
そうだ。彼女は花が好きだ。
鮮やかな色の花を好んでいた。
白色だけでないほうがいい。その方がきっと、彼女は喜ぶ。
彼女の棺はそっと埋められた。
僕はそんな彼女の名前が彫られてまもない墓石の前で立ち尽くしていた。
参列に来てくれた友人たちは、そんな様子の僕を哀れに思ったのか、「気を落とすな」と慰めの言葉をかけていった。
メリッサが近づいてくる。
ヘッドドレスの下の彼女の顔はカメリアの死を悼むものではなく、嬉しさに満ち溢れていた。
この場に不似合いな紅い唇が弧を描いている。
どうして、そんな顔ができるのであろうか?
「お姉様が死んでよかったわね。これで、堂々と付き合えるわ。でも、すぐは駄目よね。そうだわ、お義兄様と慰めあっていて、恋に落ちた、を演出しましょう」
「・・・・・・・・・」
「もう、ローランド様。しゃんとしてよ」
「・・・あぁ・・・」
あれだけ魅力に思えていた、メリッサが穢らわしい者に見えた。
死んでよかった?
義理とはいえ、姉だろう?
悼むことさえしないのか?
僕は死んで欲しいとは思ったことは一度もない。
ずっと側でいて欲しいと願っていた。
いつから、いる事が当たり前に思っていたのだろう。
あるべき彼女の気配がない事が不安になった。
その夜も寝付く事ができずにいた。
酒に頼ろうとも、眠る事ができない。
そんな折、悲鳴が上がった。
何事かと、部屋を出て悲鳴の上がった場所に向かう。
一階と二階の階段の踊り場で、寝ずの番だろう中年のメイドが尻餅をつき、ガクガクと震えていた。
「どうした?」
「だ、だ、旦那様」
「落ち着け、どうしたんだ?」
「あそ、あそ、あそこ」
メイドは下を指差す。
「おく、おく、奥様が・・・」
目をやった。
窓辺に、白い影があった。
人だとわかる。
長い髪が見える。
あれは、カメリア?
馬鹿な。
その人影は振り向いて僕を見た。
月に照らされた、その顔には笑みがあった。会えたことを喜ぶような嬉しさを湛えていた。
そして、煙のように消えた。
カメリア・・・?
あれは、カメリア、だ・・・。
メイドは再び悲鳴をあげ、気を失った。
朝早くからカメリアを探していた侍女が、見つけたというのだ。
カメリアは北の端にある庭の小川で見つかった。
結婚当初に彼女の意向で作った、彼女の為の庭だ。木立の中に川が流れ、それにかかる橋がある。
季節ごとに分かれた庭も美しいが、その一角だけは、別の世界のように静かで落ち着くことのできる場所になっていた。
僕は急いでその場所へと向かった。
そこには、澄んだ水の中に浸かるカメリアがいた。
水草に絡まっているのか、その場に留まり浮いているかのようだった。彼女の衣服が狭い川の流れを堰き止め、沢山の鮮やかな色の花が彼女の周りに漂い浮かんでいた。川岸の咲き残ったガウラの花が、まるで蝶のように舞って見えた。
彼女は表情は穏やかなもので、微笑んでいるかのようだった。声をかければ、目を覚ますのでないかと思わせた。
そんな中でいると風邪を引くよ・・・、そう声をかけたくなる。
「奥様は、上流から花を流して、橋の上から見るのを好んでおりました」
メイドの独り言が虚しさを孕んでいた。
カメリアの死因は、水死だった。
死んだのは、昨日の朝ではないかと医師は言った。冬に入る間際の冷たい水のせいなのか、カメリアは先ほど死んだと言ってもおかしくないほど綺麗だと言った。
遺書もないので自殺ではないとされ、カメリアは散歩時に足を滑らしての事故だろう、と判断された。
なんだろう・・・。
心の中に隙間風が吹く。
メリッサがいるのだから、寂しくないはずなのに、カメリアの美しい死に顔が頭の中から離れなかった。
「旦那様。葬儀の手筈を・・・」
執事の言うがまま、準備をする。
淡々と進む葬儀。
事故とはいえ死因が死因だけに、身内だけの小さなものであった。
棺の中のカメリア。
ずっと微笑んでいた。
参列者は彼女の棺に花を手向ける。
赤や黄色。白に青。
「奥様は花がお好きでしたので・・・」
そうだ。彼女は花が好きだ。
鮮やかな色の花を好んでいた。
白色だけでないほうがいい。その方がきっと、彼女は喜ぶ。
彼女の棺はそっと埋められた。
僕はそんな彼女の名前が彫られてまもない墓石の前で立ち尽くしていた。
参列に来てくれた友人たちは、そんな様子の僕を哀れに思ったのか、「気を落とすな」と慰めの言葉をかけていった。
メリッサが近づいてくる。
ヘッドドレスの下の彼女の顔はカメリアの死を悼むものではなく、嬉しさに満ち溢れていた。
この場に不似合いな紅い唇が弧を描いている。
どうして、そんな顔ができるのであろうか?
「お姉様が死んでよかったわね。これで、堂々と付き合えるわ。でも、すぐは駄目よね。そうだわ、お義兄様と慰めあっていて、恋に落ちた、を演出しましょう」
「・・・・・・・・・」
「もう、ローランド様。しゃんとしてよ」
「・・・あぁ・・・」
あれだけ魅力に思えていた、メリッサが穢らわしい者に見えた。
死んでよかった?
義理とはいえ、姉だろう?
悼むことさえしないのか?
僕は死んで欲しいとは思ったことは一度もない。
ずっと側でいて欲しいと願っていた。
いつから、いる事が当たり前に思っていたのだろう。
あるべき彼女の気配がない事が不安になった。
その夜も寝付く事ができずにいた。
酒に頼ろうとも、眠る事ができない。
そんな折、悲鳴が上がった。
何事かと、部屋を出て悲鳴の上がった場所に向かう。
一階と二階の階段の踊り場で、寝ずの番だろう中年のメイドが尻餅をつき、ガクガクと震えていた。
「どうした?」
「だ、だ、旦那様」
「落ち着け、どうしたんだ?」
「あそ、あそ、あそこ」
メイドは下を指差す。
「おく、おく、奥様が・・・」
目をやった。
窓辺に、白い影があった。
人だとわかる。
長い髪が見える。
あれは、カメリア?
馬鹿な。
その人影は振り向いて僕を見た。
月に照らされた、その顔には笑みがあった。会えたことを喜ぶような嬉しさを湛えていた。
そして、煙のように消えた。
カメリア・・・?
あれは、カメリア、だ・・・。
メイドは再び悲鳴をあげ、気を失った。
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