【完結】亡くなった妻の微笑み

彩華(あやはな)

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 次の日には、屋敷中にカメリアの亡霊がでると、広まっていた。

 
 僕たちの他にも屋敷の侍女やメイドも幾人か見ていた。

「気にするな。カメリアは死んだんだ。はシーツか何かだ」

 そうだ。それしかない。
 カメリアが死んでなお、現れるはずはない。

 そう思うようにした。
 
 たが、は現れた。

 悲鳴があがり、駆けつけてみると彼女はいる。
 
 ほんの一瞬、僕を振り返る。
 その顔はいつも微笑んでいた。
 そして消えてゆく。

 10日ほど経ち、わかった事があった。
 
 彼女は夜中に出ること。
 屋敷の中を彷徨い歩き、僕が彼女の姿を見つければ、すぐに消えると言う事だ。

 僕が見つけない限り、姿を消さない。

 ずっと、僕が気づくのを待っているかのようだった。

 この事は、街中にも徐々に広がった。 

 メリッサも噂を聞きつけ、やって来た。

「お姉様の亡霊ですって!死んでも厄介な女だわ!!!」

 厄介?
 メリッサ、君はそう思っていたのか・・・。

 その晩、メリッサは屋敷に泊まった。

「お義姉様に文句を言うのよ。ローランド様は私のものだと言ってやるわ」

 私のもの?

 なぜか嬉しくなかった。
 どうしてだろうか・・・。
 あんなにまで愛し合っていたと言うのに。

 メリッサは私に一緒にと誘ってきたが、そんな気分になれず断った。

 メリッサは文句を言ったが、仕方ないだろう。

 応接室で二人で彼女が出るのを待つことにした。メリッサ一人が喋り続けた。
 いつも、何を喋っていたのだろう・・・。

 ・・・そうか、僕はカメリアや家、仕事の小さなを言っていたのだ。メリッサに共感してもらえる事で、自分を正当化していたのだ。
 

 深夜を回ったころ。

 微かに物音がした。

 廊下に出ると、音が少しだけ大きく聴こえてきた。

 コト コト コト・・・

 歩くような音が廊下に響く。

 どこだ?

 威勢のいい事を叫んでいたメリッサは怖気づいたのか、僕の背中を押すようにしてブルブル震えながら、歩いてついてきた。

 

 三階へ行く階段の踊り場にある大窓の下に、彼女はいた。
 窓から差し込む、月の光が白い彼女を照らしていた。
 白い髪が月の光にキラキラと反射していた。
 教会のステンドグラスに描かれている女神か、神託を受ける聖女を思わせた。

 メリッサは彼女を見るなり、悲鳴をあげ走り去る。

 彼女と視線があった。
 昨日とまでとはうって変わって、悲しみに溢れていた。
 ゆっくり顔を背けると薄くなり、やがて彼女は消えた。
 
 知っていたのか・・・。

 彼女は僕とメリッサの関係を知っていたのだと確信した。

 メリッサは朝を待たずして帰って行った。
 そのことにほっとした。




 カメリアの顔が忘れられずにいた。
 
 あまり寝られずにいる為か、時折うとうととする。
 微睡むたびにカメリアが夢にでてきた。

 花を抱え微笑む彼女。
 プレゼントをあげれば目を細め喜ぶ姿があった。
 
 思い出すのは彼女の笑みだけだった。

 いつからだ、その笑みがなくなったのは・・・。

 そうだ。メリッサと関係を持つようになってからは、見ていない。
 どんな顔をしていた?

 思い出せなかった。

 ただ、旅行前に見せた笑みだけは思い出せた。
 カメリアは微笑んでいた。

 カメリア、君は何を思って、その微笑みを向けていた?

 目が覚めると、僕は泣いていた。


 彼女の笑顔がみたい・・・。





 カメリアが死んで25日。彼女が現れてから24日。


「奥様、妊娠されていたのに、お可哀想に・・・」

 食堂の前を通りかかった時、中から声が聞こえてきた。メイドたちが掃除をしているようだった。

「でも、よかったんじゃないの。奥様もあまり喜んでいらっしゃらなかったし。旦那様が浮気してたの知ってたみたいだしね」
「本当に事故かな?」
「自殺でしょう。
 まぁ、どっちでもいいんじゃない?死んだんだし。死人に口無しよ。
 旦那様も奥様が亡くなってよろこんでるんじゃないの?」
「だから奥様の幽霊がでるんじゃない?不気味だし、そろそろ辞め時かな?」
「かもね」
 

 妊娠?
 カメリアが?

 死に顔を思い出していた。

 美しい笑みをたたえた美しいカメリアの表情。
 子供を身に宿していながら、あんな表情ができるのか?

 ふらつきながら、執務室に帰る。

 仕事の為にきた執事に聞く。

「カメリアは妊娠していたのか?」
「・・・・・・」
 
 視線を逸らす。

 無言。

 答えないのが答えだった。

「・・・いつわかった?」
「旦那様がに行かれてすぐです」
「喜んでいたか?」
「・・・いえ、戸惑っておられました」

 そうか・・・。

 そうなのか・・・。

 僕に、教えてもくれなかったのか。
 一人で抱えて、逝ったのか。
 言いたくなかったのか?
 何を思っていたのか・・・。

 

 僕は、を聞いて、喜んだのだろうか・・・。




「カメリア・・・」

 その夜、彼女に謝りたかった。
 でも、自分の気持ちに整理がつかず、なにに対して謝りたかったのか分からず、最後まで言えなかった。
 

 彼女はすっと、目を逸らし消えていった。
 その日は、彼女の笑みを見る事はなかった。

 

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