2 / 6
2.
しおりを挟む
カメリアは死んでいた。
朝早くからカメリアを探していた侍女が、見つけたというのだ。
カメリアは北の端にある庭の小川で見つかった。
結婚当初に彼女の意向で作った、彼女の為の庭だ。木立の中に川が流れ、それにかかる橋がある。
季節ごとに分かれた庭も美しいが、その一角だけは、別の世界のように静かで落ち着くことのできる場所になっていた。
僕は急いでその場所へと向かった。
そこには、澄んだ水の中に浸かるカメリアがいた。
水草に絡まっているのか、その場に留まり浮いているかのようだった。彼女の衣服が狭い川の流れを堰き止め、沢山の鮮やかな色の花が彼女の周りに漂い浮かんでいた。川岸の咲き残ったガウラの花が、まるで蝶のように舞って見えた。
彼女は表情は穏やかなもので、微笑んでいるかのようだった。声をかければ、目を覚ますのでないかと思わせた。
そんな中でいると風邪を引くよ・・・、そう声をかけたくなる。
「奥様は、上流から花を流して、橋の上から見るのを好んでおりました」
メイドの独り言が虚しさを孕んでいた。
カメリアの死因は、水死だった。
死んだのは、昨日の朝ではないかと医師は言った。冬に入る間際の冷たい水のせいなのか、カメリアは先ほど死んだと言ってもおかしくないほど綺麗だと言った。
遺書もないので自殺ではないとされ、カメリアは散歩時に足を滑らしての事故だろう、と判断された。
なんだろう・・・。
心の中に隙間風が吹く。
メリッサがいるのだから、寂しくないはずなのに、カメリアの美しい死に顔が頭の中から離れなかった。
「旦那様。葬儀の手筈を・・・」
執事の言うがまま、準備をする。
淡々と進む葬儀。
事故とはいえ死因が死因だけに、身内だけの小さなものであった。
棺の中のカメリア。
ずっと微笑んでいた。
参列者は彼女の棺に花を手向ける。
赤や黄色。白に青。
「奥様は花がお好きでしたので・・・」
そうだ。彼女は花が好きだ。
鮮やかな色の花を好んでいた。
白色だけでないほうがいい。その方がきっと、彼女は喜ぶ。
彼女の棺はそっと埋められた。
僕はそんな彼女の名前が彫られてまもない墓石の前で立ち尽くしていた。
参列に来てくれた友人たちは、そんな様子の僕を哀れに思ったのか、「気を落とすな」と慰めの言葉をかけていった。
メリッサが近づいてくる。
ヘッドドレスの下の彼女の顔はカメリアの死を悼むものではなく、嬉しさに満ち溢れていた。
この場に不似合いな紅い唇が弧を描いている。
どうして、そんな顔ができるのであろうか?
「お姉様が死んでよかったわね。これで、堂々と付き合えるわ。でも、すぐは駄目よね。そうだわ、お義兄様と慰めあっていて、恋に落ちた、を演出しましょう」
「・・・・・・・・・」
「もう、ローランド様。しゃんとしてよ」
「・・・あぁ・・・」
あれだけ魅力に思えていた、メリッサが穢らわしい者に見えた。
死んでよかった?
義理とはいえ、姉だろう?
悼むことさえしないのか?
僕は死んで欲しいとは思ったことは一度もない。
ずっと側でいて欲しいと願っていた。
いつから、いる事が当たり前に思っていたのだろう。
あるべき彼女の気配がない事が不安になった。
その夜も寝付く事ができずにいた。
酒に頼ろうとも、眠る事ができない。
そんな折、悲鳴が上がった。
何事かと、部屋を出て悲鳴の上がった場所に向かう。
一階と二階の階段の踊り場で、寝ずの番だろう中年のメイドが尻餅をつき、ガクガクと震えていた。
「どうした?」
「だ、だ、旦那様」
「落ち着け、どうしたんだ?」
「あそ、あそ、あそこ」
メイドは下を指差す。
「おく、おく、奥様が・・・」
目をやった。
窓辺に、白い影があった。
人だとわかる。
長い髪が見える。
あれは、カメリア?
馬鹿な。
その人影は振り向いて僕を見た。
月に照らされた、その顔には笑みがあった。会えたことを喜ぶような嬉しさを湛えていた。
そして、煙のように消えた。
カメリア・・・?
あれは、カメリア、だ・・・。
メイドは再び悲鳴をあげ、気を失った。
朝早くからカメリアを探していた侍女が、見つけたというのだ。
カメリアは北の端にある庭の小川で見つかった。
結婚当初に彼女の意向で作った、彼女の為の庭だ。木立の中に川が流れ、それにかかる橋がある。
季節ごとに分かれた庭も美しいが、その一角だけは、別の世界のように静かで落ち着くことのできる場所になっていた。
僕は急いでその場所へと向かった。
そこには、澄んだ水の中に浸かるカメリアがいた。
水草に絡まっているのか、その場に留まり浮いているかのようだった。彼女の衣服が狭い川の流れを堰き止め、沢山の鮮やかな色の花が彼女の周りに漂い浮かんでいた。川岸の咲き残ったガウラの花が、まるで蝶のように舞って見えた。
彼女は表情は穏やかなもので、微笑んでいるかのようだった。声をかければ、目を覚ますのでないかと思わせた。
そんな中でいると風邪を引くよ・・・、そう声をかけたくなる。
「奥様は、上流から花を流して、橋の上から見るのを好んでおりました」
メイドの独り言が虚しさを孕んでいた。
カメリアの死因は、水死だった。
死んだのは、昨日の朝ではないかと医師は言った。冬に入る間際の冷たい水のせいなのか、カメリアは先ほど死んだと言ってもおかしくないほど綺麗だと言った。
遺書もないので自殺ではないとされ、カメリアは散歩時に足を滑らしての事故だろう、と判断された。
なんだろう・・・。
心の中に隙間風が吹く。
メリッサがいるのだから、寂しくないはずなのに、カメリアの美しい死に顔が頭の中から離れなかった。
「旦那様。葬儀の手筈を・・・」
執事の言うがまま、準備をする。
淡々と進む葬儀。
事故とはいえ死因が死因だけに、身内だけの小さなものであった。
棺の中のカメリア。
ずっと微笑んでいた。
参列者は彼女の棺に花を手向ける。
赤や黄色。白に青。
「奥様は花がお好きでしたので・・・」
そうだ。彼女は花が好きだ。
鮮やかな色の花を好んでいた。
白色だけでないほうがいい。その方がきっと、彼女は喜ぶ。
彼女の棺はそっと埋められた。
僕はそんな彼女の名前が彫られてまもない墓石の前で立ち尽くしていた。
参列に来てくれた友人たちは、そんな様子の僕を哀れに思ったのか、「気を落とすな」と慰めの言葉をかけていった。
メリッサが近づいてくる。
ヘッドドレスの下の彼女の顔はカメリアの死を悼むものではなく、嬉しさに満ち溢れていた。
この場に不似合いな紅い唇が弧を描いている。
どうして、そんな顔ができるのであろうか?
「お姉様が死んでよかったわね。これで、堂々と付き合えるわ。でも、すぐは駄目よね。そうだわ、お義兄様と慰めあっていて、恋に落ちた、を演出しましょう」
「・・・・・・・・・」
「もう、ローランド様。しゃんとしてよ」
「・・・あぁ・・・」
あれだけ魅力に思えていた、メリッサが穢らわしい者に見えた。
死んでよかった?
義理とはいえ、姉だろう?
悼むことさえしないのか?
僕は死んで欲しいとは思ったことは一度もない。
ずっと側でいて欲しいと願っていた。
いつから、いる事が当たり前に思っていたのだろう。
あるべき彼女の気配がない事が不安になった。
その夜も寝付く事ができずにいた。
酒に頼ろうとも、眠る事ができない。
そんな折、悲鳴が上がった。
何事かと、部屋を出て悲鳴の上がった場所に向かう。
一階と二階の階段の踊り場で、寝ずの番だろう中年のメイドが尻餅をつき、ガクガクと震えていた。
「どうした?」
「だ、だ、旦那様」
「落ち着け、どうしたんだ?」
「あそ、あそ、あそこ」
メイドは下を指差す。
「おく、おく、奥様が・・・」
目をやった。
窓辺に、白い影があった。
人だとわかる。
長い髪が見える。
あれは、カメリア?
馬鹿な。
その人影は振り向いて僕を見た。
月に照らされた、その顔には笑みがあった。会えたことを喜ぶような嬉しさを湛えていた。
そして、煙のように消えた。
カメリア・・・?
あれは、カメリア、だ・・・。
メイドは再び悲鳴をあげ、気を失った。
200
あなたにおすすめの小説
【完結】幸せの終わり
彩華(あやはな)
恋愛
愛人宅で妻の死を聞いた僕。
急いで帰った僕は死んだ妻の前で後悔した。だが、妻は生きていた。
別人のように笑う妻に魅入られていく。
僕はいつしか・・・。
際どい場面こみのホラー的内容になっていますのでご注意ください。
*『亡くなった妻〜』の姉妹版に近いかもしれません。
別れ話をしましょうか。
ふまさ
恋愛
大好きな婚約者であるアールとのデート。けれど、デージーは楽しめない。そんな心の余裕などない。今日、アールから別れを告げられることを、知っていたから。
お芝居を見て、昼食もすませた。でも、アールはまだ別れ話を口にしない。
──あなたは優しい。だからきっと、言えないのですね。わたしを哀しませてしまうから。わたしがあなたを愛していることを、知っているから。
でも。その優しさが、いまは辛い。
だからいっそ、わたしから告げてしまおう。
「お別れしましょう、アール様」
デージーの声は、少しだけ、震えていた。
この作品は、小説家になろう様にも掲載しています。
わたしはただの道具だったということですね。
ふまさ
恋愛
「──ごめん。ぼくと、別れてほしいんだ」
オーブリーは、頭を下げながらそう告げた。
街で一、二を争うほど大きな商会、ビアンコ商会の跡継ぎであるオーブリーの元に嫁いで二年。貴族令嬢だったナタリアにとって、いわゆる平民の暮らしに、最初は戸惑うこともあったが、それでも優しいオーブリーたちに支えられ、この生活が当たり前になろうとしていたときのことだった。
いわく、その理由は。
初恋のリリアンに再会し、元夫に背負わさせた借金を肩代わりすると申し出たら、告白された。ずっと好きだった彼女と付き合いたいから、離縁したいというものだった。
他の男にとられる前に早く別れてくれ。
急かすオーブリーが、ナタリアに告白したのもプロポーズしたのも自分だが、それは父の命令で、家のためだったと明かす。
とどめのように、オーブリーは小さな巾着袋をテーブルに置いた。
「少しだけど、お金が入ってる。ぼくは不倫したわけじゃないから、本来は慰謝料なんて払う必要はないけど……身勝手だという自覚はあるから」
「…………」
手のひらにすっぽりと収まりそうな、小さな巾着袋。リリアンの借金額からすると、天と地ほどの差があるのは明らか。
「…………はっ」
情けなくて、悔しくて。
ナタリアは、涙が出そうになった。
悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。
ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」
ぱんっ。
愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。
──え?
打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。
私の意地悪な旦那様
柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。
――《嗜虐趣味》って、なんですの?
※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話
※ムーンライトノベルズからの転載です
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる