黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~

無垢な神龍

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 俺は今危機に瀕している。
 意識を失ってしまったステラを寝かせる為に布団の敷いてある部屋に来たまではよかった。
 しかし布団を捲るとそこには全裸待機の女王が居た。温泉で火照った肌を恥ずかしげもなく晒し、自信に満ちた妖しい笑みで艶めかしく手招きする。
 逃げればいい? そんな簡単なものか。部屋には妙な香が焚かれて身体に力が入りづらい、その上隠れていたエピとアルが入り口を固めている。

「さぁ来い。妾は勝ったぞ、お前は約束を果たせ。妾たち三人が貪り食ってやるぞ」
 男が貪られる側ですか!? いや、アマゾネスってそういう種族だよねぇ。出会った時からそうでしたよねぇ。
「……あ~、俺心の準備が出来てないから……ステラも居るしまたの機会に――」
「なんだそれは? 笑えぬ冗談は嫌いだ。さっさと脱げ――」
「ワタル~? ステラちゃんどうで――っ……ロフィアさん? 何してるんですか?」
 心配して様子を見に来たリオに浮気現場っぽいものをバッチリ見られた!? 全裸のロフィアがのし掛かり俺を剥きに掛かっているこの状況……顔は引き攣りリオとは思えない殺気が……今は良妻賢母よりも鬼嫁という言葉が正しかろう。

「何って、ナニの準備だが?」
「……私言いましたよね? 勝った場合の報酬」
「だからしているのだろう?」
「違いますっ! 私が言ったのは勝ったらワタルを口説いていいとしか言ってません! 無理矢理するなんて言語道断です」
「なっ、なにぃ~!? 勝てば貰えるのではないのか!?」
「違います。口説いていいだけです。同意が無いなら絶対駄目です」
 な、なるほど……リオ達が妙に落ち着いていたのはこういう事か……ん? 結局俺に丸投げしてない? 完全にその気になっていた女王が纏う空気が変わった。

「口説けば――口説けばいいのだろう!? 簡単だ。男など皆妾の虜なのだからなっ! おい、妾は女王だ。言わなくても分かるな?」
 口説いてない!? 権力を振りかざしている! 
「いや、俺のクロも女王なんだが?」
「…………わ、妾は胸が大きいぞ?」
「リオやクロの方が大きいが?」
「…………妾の初めての男にしてやってもいいのだぞ?」
「いや遠慮します」
「…………」
 無言で涙目になるのやめてくれ……この人口説くの下手だな! その格好で膝を抱えるのはやめてくれ、角度的に危うい。

「妾は強い子が欲しい、分かるな?」
「相手が見つかるといいなー」
「何を他人事のように言っている!? 貴様だ! 貴様が相手だ! もう決めた事だ。腑抜けた男共に妾を抱く資格など与えられん。この栄誉何故受けん!? リオは貴様が承諾すればいいと言っているのだ。蟠りなどなかろうが!」
 襟を掴み怪力に任せて揺すられる。なんかカツアゲされてる気分だ。出せ、もっと出せっ! みたいな……ロフィアが言うと意味合いが変わるな。
「いや明らかにリオたちは俺が頷かないと信じて言ってるからな? もし頷いたら後で絶対にお仕置きされるから!」
 しかも多分これ以上無いほどこの世の終わりみたいな顔をしてボコられるから。せっかく帰ってきたのにそんな顔させてられるか。

「あぁそうだ。いっそ強い男を求めて異世界に旅立たれてはどうか?」
「妾に国を投げ出せと言うか、ふざけるな。国の未来を案じて強い子を欲しているというに国を放り出せるものか――というか貴様送り出して放置する気であろうが! 帰れぬではないか!? 妾はここを気に入っているのだ」
「や、やめてください。ワタルの首がもげます!」
 前に後ろに上に下にと振り回され激しく揺さぶられる俺の頭の動きに慌てたリオが取り縋るがロフィアの勢いは衰えない。
 アルおろおろし始め、エピに至ってはどうにもならんと諦めて茶を啜り煎餅を噛っている。

「何の……騒ぎですか?」
「おぉ、起きたかステラ。大丈夫か?」 
「いえその言葉そっくりそのまま返却しますが」
 むくりと起き上がったステラは可愛い瞳をまん丸にしてドン引きしている。
「あぁ、なんか首がもげるかもしれん」
「もげるのですか!? なんという事でしょう……異世界の人間は首がもげても生存するのですか?」
「いやしないが……といか普通に死ぬわっ」
 何がどうなってその結果を導き出した……  。
「なら何故逃げないのです? というかやめてください。せっかく生かしたのに殺されては堪りません」
 部分顕現させた黒龍の腕がロフィアの腕を掴むと微動だにしなくなり俺は解放された。されたが――。

「貴様妾の獲物を横取りする気か? 神龍というものがこの世界でどのような扱いであろうと邪魔をするならその首刈り取り城門に飾ってくれる」
 望み通りになる、そう思い込んでいた女王の不満が爆発してその手に武器を取らせた。
 ステラはそんな女王を先ほどまでとは打って変わって感情無く見つめている。
「敵対の表明と取ってよろしいでしょうか? 私には与えられた使命があります。この箱庭が存続する限り私の消滅は許されませんし出来ません。そして箱庭を存続させ続ける以上私の消滅は予定にもありません。よって明確な敵意を持って対峙した生物の排除は許可されています」
 そう広くない室内で翼を広げ、先に棘のある尾で畳を打ち付ける。そこに感情はない。
 如何なる命であろうと無闇に失われる事を善しとしないステラが目の前の命を刈り取ろうと爪を伸ばした。

 しかしその切っ先が届くよりも早くエピがロフィアを昏倒させた。
「いやいや~、流石にねぇ。これはダメでしょ、頭冷やしましょうねぇ~。ロフィア様には口説き方の勉強とかさせとくから今度リベンジさせてね? あとちびっ子ちゃんその危ないもの仕舞ってくれる? 流石に主が危ないと私も攻撃せざるを得なくなるから」
「ふむ、そちらが退くと言うのであれば私に追う理由はありません」
 エピは気絶した状態の女王の髪を掴んでずるずると引き摺りながら出ていった。格好が格好だけにヤバい絵面なんだが――従業員の悲鳴が聞こえる……可哀想に。

「しかしここはどこでしょう? 卵料理はいずこへ?」
「まだ食う気だったのか……夕飯はもう終わりだ。食べたかったら寝て起きて朝になったらな」
「……そうですか、そういえば生物にはそういったサイクルがありましたね。至福というものを初めて実感したのですが残念です。非常に残念です!」
 いや分かったよ。そんなきらきらした瞳で見上げられても今はもうないよ。
「私はもう人間の作る料理というものの虜だというのに…………」
「三大欲求の一つが初めて満たされたとはいえステラちゃん一日も経たずに随分変わっちゃいましたね」
 残念がるステラを抱き寄せて落ち着かせるように撫でているリオの表情はいつもの良妻賢母に戻っていた。 
「三大欲求? あと二つはなんでしょうか? 食事の他にもこのような至福があるのでしょうか?」
「あ~……睡眠欲と性欲だな」
「睡眠を至福とは感じないのですが……性欲ですか……生殖行為…………?」
 無言で俺を見上げて頬を染めないで!? 良妻賢母がまた鬼嫁になってるから! 好きでもない男にそんな可愛い顔を見せてはいけません。
 無意識っぽいけど頬が染まるってことは異性に全くの無関心ではないのだろうか? ステラも他人のあたたかさを知ったらクーニャのように寂しん坊ドラゴンにクラスチェンジするだろうか?

「駄目ですよ?」
「そんな睨まなくても何もしないって、俺変質者じゃないんだから……」
 ステラの行く末を案じていたらリオに変質者のロリコンを見るような蔑んだ瞳を向けられた。
「……そうですよね。ごめんなさい、ロフィアさんのせいで少し過敏になってました。今日はもう寝ましょう」
 布団に潜り込んで俺を手招きするのは分かる。分かるんだがステラを抱えたままの所に入っていいのか? リオに穢れを知らない少女のような表情で手招きされてしまっては引き寄せられる他ないんだが。
「ステラちゃんに他の人のぬくもりを知って欲しいですから、今日は二人で抱っこしたまま寝ませんか? 最近はずっと娘たちを抱っこしてたから違和感はないでしょう?」
 ステラの方が若干大きいが、まぁたしかに違和感は無いだろう。が、問題はそこじゃない。そもそも抱っこもリオ的には駄目じゃないのか?

「父や母を持つ者はこのようにして眠るのですか?」
「まぁ小さい頃は、な。俺はたぶん六歳くらいまでは川の字で寝てたな……結局そんなもんだよ、小さい子どもにすることだな」
「父と、母…………お願いしてもよろしいでしょうか?」
 意外な事もあったものだ。ステラが自らの意思で他人が寄り添って眠る事を求めている。
 その瞳にあるのは好奇心や人恋しさではない、そこにあるのは純粋な疑問だ。

「知りたいのです。零位があそこまで拘る他者のぬくもり、他者との繋がり、それらを私は知りたい。スペリオルの力を利用するのではなくただそこに居て良いものとして、というものとして受け入れているあなた方から感じたい」
 ぬくもりを求めるにしてはその表情は真剣過ぎる。無垢な瞳を疑問で染めて俺の手を取ってリオの傍に引き寄せた。
「言っとくが家族への愛情でも娘に向けるのと嫁に向けるものとじゃ違うからな?」
「零位と同じようにしてください」
 うん、それは無理だな。ステラの後ろで怖いお姉さんがこっちを呪いそうな勢いで睨んでるもの。

「それは番限定だ。ステラも番は困るだろ? そこは我慢してくれ」
 不服なのか納得したのか、どちらとも取れない顔で瞳を伏せたステラの手を両手で包んで眠る事にした。後ろからはリオに抱き留められて若干恥ずかしげに身を捩った。
 初めて他人のぬくもりに触れた神龍様は何を考えて何を感じるんだろうか? もしくは何も感じないのか……どちらにしてもこの事はステラにとって大きな変化だろう。
 触れ合う事などなかった他者と無防備になる睡眠を共有しようと言うのだから。
 俺たちに興味がある訳ではない。ステラが気にしているのはクーニャだ。理解できないクーニャの言動の理由を求めている。

「ステラは……寂しいって分かるか?」
「人間などがそういう感情を抱くというのは知っています。ですが私にはよく分かりません」
 予想通りと言えば予想通りだ。まともな感情を持ったまま途方もない時間をたった一人で生きるなんて無理だ。俺なら確実に気が狂う。
 人間と比べるなと怒られそうだが、今のクーニャだって同じ事を言うだろう。
 ステラがこれからも生き方を変えないのだとしたら、俺たちのを教えるのは残酷ではないのか?

 そんな心配をする俺など気にした風もなく眠りに就いたステラが身を擦り寄せてきた。
 外が雪でも三人も居れば布団の中は温かい。更なる熱を求める必要はないと思うが、ステラにも誰かと触れ合いたいという本能があるのかもしれない。
「ワタル、ステラちゃんの事気になってますね?」
「ん、どうしてやるのがいいのかなって。変わらないなら寂しさなんて知らない方がいい。知れば苦しいだけだってリオも思うだろ?」
「そうですね。でも寂しいって事は誰かに傍に居て欲しいと誰かを強く想う事でしょう? 生きていれば当たり前のその感情の存在にすら気付けないのも辛いと思います」
 気付くのも辛い、でも気付かないのもまた辛い……か。感情を知って辛い事ばかりではないとは思うが……。

「大丈夫ですよ。神龍は他にも居るんですから、同じ時間を寄り添える相手は居ますよ。遺跡から離れている事を考えると会いに行く事が不可能という訳でもないでしょうし……もぅそんな顔しないでください。本当にワタルは可哀想な女の子に弱いんですから」
 呆れているのか、それとも変わっていない事を喜んでいるのか。片手でステラを抱いて空いた手で俺の頬を撫でる、そこから伝わるぬくもりに心は溶けて眠りに落ちた。

「主よ……そんなに黒髪がいいのか? お揃いでなければ駄目なのか? 儂はもう要らない神龍か?」
「そんな大袈裟な……」
 食欲に目覚めた神龍様はとても早起きで朝日が昇る頃には俺とリオを起こして食事を催促してきた。
 従業員に無理を言って軽食を用意してもらったまではよかったのだが――。
 心境の変化でもあったのか何を思ったのか俺の膝の上で食べ始めた。それを起きてきたクーニャが発見して涙目というわけである。
「借りています。上手く言葉に出来ませんが不思議と悪くないですね」
「貸しておらぬわっ! 主昨日の夜何があった? アマゾネス達の邪魔は出来ぬ事になってしまったから放っておいたがもしやこの黒いのと――」
 あらぬ誤解を受けている……割りと本気で女性関係は信用がない。
 俺の神龍は自分だけという立場が危ういと思ったようでクーニャがマジ泣き寸前である。
「落ち着けクーニャ、クーニャが要らないなんてあるはずないだろ? 俺は白いのも黒いのもどっちも好きだ」
「答えになっておらぬわっ」
 朝イチのドラゴンパンチを頂戴した。

「それじゃあステラさん、各地で出現している生物の処理は神龍がしてくださっていると考えてよろしいのでしょうか?」
 遺跡崩壊後から見られた生物たちはやはりあの遺跡内で凍結されていたものらしい。遺跡の空間が崩壊する際に崩壊に巻き込まれずに一部が弾き出されてしまったようだ。
 ただどれも研究用の素体であるから寿命はそう長くなく、更に言えば雌雄で弾き出されている可能性はほぼ無いから繁殖の危険も無いのだという。
「危険があれば僕たちが排除しても問題ないですか?」
「データ自体は他の施設でも管理していますから必要となれば再現は可能ですから排除してくださっても構いません」
「あれ? いいのか? 無闇に死ぬのは駄目なんじゃないのか?」
「箱庭に飛び散ったのはまだ生物という地位を獲得する前のサンプルです。元より長く生きられません、それに箱庭の住人が生存の為にする事であれば否定はしません」
「そうですか。ではそのように伝達しておきます。それと如月様、人員の百二十人が確保が出来ましたので渓谷の町クリミナルへも行けますよ」
 百二十人て……これ家族旅行だよな? いったい俺たちはどこに向かうというのか……喜ぶ娘たちとは別に顔を曇らせたクロとシロを見て新たな不安が巣食うのを感じるのだった。
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