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7 「もっと教えて」
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サンゴの海を抜けて、ペンギンのコーナーに着く。
「コウテイペンギンだって」
水槽の奥で毛繕いをする、大きなペンギンを指差した。リョウちゃんは「大きいね」と言いつつ、ずっと僕を見ている。
ちょっと気まずくなって、視線をそらした。
「ペンギン、見たら?」
「見てるよ」
うそだ……。僕もリョウちゃんが気になって、ちらちらとそちらを見てしまう。ついでに、周りの視線が、リョウちゃんへ向いているのにも気づいてしまった。
女の子たちが、ちょっと熱っぽい目で、リョウちゃんを見ている気がする。
それになんでか、ムカムカした。僕はこれみよがしにリョウちゃんの近くへ寄って、僕のだぞと言わんばかりにくっついた。
「うお」
リョウちゃんが変な声を出す。僕は慌てて離れて、「ごめん」と謝った。
「いやだった?」
「ん、いや……もっとしてくれていいよ」
優しい。でも、さっきのは、マナー違反だったと思う。いきなりくっつくなんて、はしたないっていうか、距離感がおかしいっていうか。
僕はちょっとだけ距離をとった。手を離そうと思ったけど、がっちり掴まれてほどけそうにない。
戸惑って見上げると、リョウちゃんは、優しく僕の手を引っ張った。
「小さかった頃、こうやって手を繋いだことがあったよね」
そう言われてふと、何か懐かしいものが、胸の底から込み上げてきた。
僕は昔に……小学生の頃、ここを、リョウちゃんと二人きりで、歩いたことがあるはず。手を繋ぎながら、大人だらけの人混みをかき分けて。
その時のぼんやりとした不安が、不意に蘇った。
「ねえ、リョウちゃん。小学生の頃、ここへ一緒に来たことなかった?」
リョウちゃんを見上げる。あの時、僕はリョウちゃんと手を繋いで、この薄暗い館内の人混みを、歩いたはずだ。
でも、いつの時だったんだろう。
リョウちゃんは、僕を見下ろして微笑む。そのとろけるほどの優しい表情に、僕は思わず、言葉を失った。
「そうだよ。俺の、大事な思い出」
その言葉に、僕は大切な出来事を忘れているんだと確信した。
こんな顔をするくらい、リョウちゃんが大切にしている僕との思い出だ。だったら、きっと僕も、覚えていなくちゃいけないのに。
黙り込む僕の手を、リョウちゃんは握り直す。
「いいんだよ、ハルくん。覚えてないハルくんが、俺は好きだ」
その笑顔に、僕は胸がきゅうと苦しくなった。だけど嫌な感じじゃなくて、こんなのはおかしい。そもそも「好き」だって、きっと友達としての好きなんだ。勘違いしてはいけない。
たまらなくなって、リョウちゃんの手を引いた。
「行こう、リョウちゃん」
「うん」
リョウちゃんは、満面の笑みで頷く。僕は一体、その時、どんなことをしたんだろう。どきどきしながら、順路を進んだ。
深海魚を横目に、僕はぼんやり、リョウちゃんの横顔を見上げる。今度はリョウちゃんが僕を引っ張って、あれこれ「見て」と促した。
「不思議な形だね」
おどろおどろしい、古い潜水服の展示。おお、と声をあげると、リョウちゃんは目をうっとり細めて僕を見た。
「楽しいな」
「え、……そう?」
「うん。ハルくんとデートできて、嬉しいし、楽しい」
これが、恋を教える姿。はっと我に帰って、僕はリョウちゃんを見上げた。どぎまぎしてしまって、なんとか頷くことしかできない。
この「デート」は、僕がリョウちゃんに、恋を教えてもらうためのものだ。それを忘れるくらい楽しいのはいいことだけど、本来の目的じゃない。
でも今この瞬間、リョウちゃんは、すごく楽しそうだ。
その楽しさに、僕の「恋を学びたい」なんて気持ちで水を差すのは、絶対に違う。
「僕も、楽しい、よ」
ちょっとだけ嘘。本当は、なんでかずっと胸が苦しい。
もしかして、僕は病気なんだろうか。
「リョウちゃん。胸が苦しい……」
正直に自己申告すると、リョウちゃんの顔色が変わった。僕の手を引いて、「帰ろう」と真剣な表情で言う。
「ごめん、体調悪かったんだね。それとも、座って休む?」
「ううん、ちがう。体調不良じゃなくて……」
しどろもどろになる僕を、リョウちゃんはベンチへ座らせた。気づけば廊下の出口が近くて、窓から差してくる太陽の光が、僕たちを照らした。
リョウちゃんは、僕の顔を、じっと見下ろす。
「真っ赤だ」
ぽつりとこぼれた言葉に、僕は思わずうつむく。恥ずかしくて、また胸がどきどきして、苦しくなった。思い切って、リョウちゃんの手を掴む。目を丸くする顔を、しっかり見つめた。
「こういうとき、苦しいんだ」
恥を忍んで自己申告する。ちらりとリョウちゃんを見上げると、リョウちゃんの顔が真っ赤になっていた。
「……じゃあ、普通にしてたら、大丈夫?」
「う、うん。へいき。リョウちゃんこそ、大丈夫?」
体調が悪いのは、そっちじゃないだろうか。僕がおずおず尋ねると、リョウちゃんは首を横に振った。
「俺は元気だよ。たぶん俺たち、今、同じ気持ちだ」
どんな気持ちだっていうんだろう。分からなくて、途方に暮れた。
リョウちゃんは、その場にしゃがんで、僕へ目線の高さをそろえた。また、とろけるくらいに甘い微笑みを浮かべる。
「ハルくん、どきどきする?」
その言葉にまた、心臓が跳ねた。迷わず頷くと、リョウちゃんは優しく「そっか」と頷く。
「じゃあ、行こうか」
リョウちゃんは立ち上がって、僕へ右手を差し出す。僕がその手を取ると、彼は、心底嬉しそうに笑った。
また心臓が、きゅんと跳ねる。
もしかしてこれが、「恋」なんだろうか。僕は、リョウちゃんに、恋をしているんだろうか。
本当にリョウちゃんは、僕と同じ気持ちなんだろうか。きっと違う。僕は今、こんなに苦しいんだから。楽しそうなリョウちゃんが、苦しんでいるとは思いにくい。
だとしたら、僕たちは……。
ぐるぐる考え込む僕を連れて、リョウちゃんは歩き出す。視界が開けて、海亀たちの水槽が目に飛び込んできた。悠々と泳ぐ亀たちを、僕はぼんやり見つめる。
リョウちゃんが、ぽつんと置かれた水槽を指差した。孵化したばかりだろう亀のあかちゃんが、たくさん泳いでいる。
「ほら、ハルくん。亀のあかちゃんだよ。かわいいね」
ぴこぴこ泳ぐ亀のあかちゃんたちは、確かにかわいい。さっきまでだったら夢中になって見ただろうけど、今の僕は、まるで集中できそうにない。
「リョウちゃん、その……」
なんて言おう。手に汗がじっとりにじんで、リョウちゃんに気持ち悪く思われないか心配だ。
リョウちゃんは首を傾げて、僕を見下ろす。
「ハルくん、どうかした?」
僕も恋が分かったって、言ってしまおうか。そしたらリョウちゃんは恋の先生役から解放される。そして、僕たちは元通り。
「ううん。なんでもない」
だというのに、僕は、恋が分からないふりをしてしまった。
自分でも、なんでか分からない。ただ、リョウちゃんが他の人ともこういうことをするかもしれない、と思ったら、すごく嫌な気持ちになる。
どうせだったら、しばらくはこのまま、リョウちゃんを独占していたい。
うつむきながら、大きな手を強く握った。リョウちゃんは、そっか、と低く囁く。
「ハルくん。恋、分かった?」
どきりとした。僕は恐る恐るリョウちゃんを見上げる。
その瞳が、らんらんと光って見えて、生唾を飲み込んだ。
ゆっくり、首を横に振る。
「分かんない。もっと、教えて」
リョウちゃんは、笑顔で頷いた。
弾む声で、僕に囁く。
「もちろん。いくらでも、教えてあげる」
とんでもなく、悪い子になってしまった気がした。ちょっと後ろめたくなりながら、リョウちゃんの手を、じっと見つめる。
僕は本当に、恋を理解しつつあるのかもしれない。
こんな非論理的で、道徳的に間違った行動、前までだったらしなかったはずだから。
「コウテイペンギンだって」
水槽の奥で毛繕いをする、大きなペンギンを指差した。リョウちゃんは「大きいね」と言いつつ、ずっと僕を見ている。
ちょっと気まずくなって、視線をそらした。
「ペンギン、見たら?」
「見てるよ」
うそだ……。僕もリョウちゃんが気になって、ちらちらとそちらを見てしまう。ついでに、周りの視線が、リョウちゃんへ向いているのにも気づいてしまった。
女の子たちが、ちょっと熱っぽい目で、リョウちゃんを見ている気がする。
それになんでか、ムカムカした。僕はこれみよがしにリョウちゃんの近くへ寄って、僕のだぞと言わんばかりにくっついた。
「うお」
リョウちゃんが変な声を出す。僕は慌てて離れて、「ごめん」と謝った。
「いやだった?」
「ん、いや……もっとしてくれていいよ」
優しい。でも、さっきのは、マナー違反だったと思う。いきなりくっつくなんて、はしたないっていうか、距離感がおかしいっていうか。
僕はちょっとだけ距離をとった。手を離そうと思ったけど、がっちり掴まれてほどけそうにない。
戸惑って見上げると、リョウちゃんは、優しく僕の手を引っ張った。
「小さかった頃、こうやって手を繋いだことがあったよね」
そう言われてふと、何か懐かしいものが、胸の底から込み上げてきた。
僕は昔に……小学生の頃、ここを、リョウちゃんと二人きりで、歩いたことがあるはず。手を繋ぎながら、大人だらけの人混みをかき分けて。
その時のぼんやりとした不安が、不意に蘇った。
「ねえ、リョウちゃん。小学生の頃、ここへ一緒に来たことなかった?」
リョウちゃんを見上げる。あの時、僕はリョウちゃんと手を繋いで、この薄暗い館内の人混みを、歩いたはずだ。
でも、いつの時だったんだろう。
リョウちゃんは、僕を見下ろして微笑む。そのとろけるほどの優しい表情に、僕は思わず、言葉を失った。
「そうだよ。俺の、大事な思い出」
その言葉に、僕は大切な出来事を忘れているんだと確信した。
こんな顔をするくらい、リョウちゃんが大切にしている僕との思い出だ。だったら、きっと僕も、覚えていなくちゃいけないのに。
黙り込む僕の手を、リョウちゃんは握り直す。
「いいんだよ、ハルくん。覚えてないハルくんが、俺は好きだ」
その笑顔に、僕は胸がきゅうと苦しくなった。だけど嫌な感じじゃなくて、こんなのはおかしい。そもそも「好き」だって、きっと友達としての好きなんだ。勘違いしてはいけない。
たまらなくなって、リョウちゃんの手を引いた。
「行こう、リョウちゃん」
「うん」
リョウちゃんは、満面の笑みで頷く。僕は一体、その時、どんなことをしたんだろう。どきどきしながら、順路を進んだ。
深海魚を横目に、僕はぼんやり、リョウちゃんの横顔を見上げる。今度はリョウちゃんが僕を引っ張って、あれこれ「見て」と促した。
「不思議な形だね」
おどろおどろしい、古い潜水服の展示。おお、と声をあげると、リョウちゃんは目をうっとり細めて僕を見た。
「楽しいな」
「え、……そう?」
「うん。ハルくんとデートできて、嬉しいし、楽しい」
これが、恋を教える姿。はっと我に帰って、僕はリョウちゃんを見上げた。どぎまぎしてしまって、なんとか頷くことしかできない。
この「デート」は、僕がリョウちゃんに、恋を教えてもらうためのものだ。それを忘れるくらい楽しいのはいいことだけど、本来の目的じゃない。
でも今この瞬間、リョウちゃんは、すごく楽しそうだ。
その楽しさに、僕の「恋を学びたい」なんて気持ちで水を差すのは、絶対に違う。
「僕も、楽しい、よ」
ちょっとだけ嘘。本当は、なんでかずっと胸が苦しい。
もしかして、僕は病気なんだろうか。
「リョウちゃん。胸が苦しい……」
正直に自己申告すると、リョウちゃんの顔色が変わった。僕の手を引いて、「帰ろう」と真剣な表情で言う。
「ごめん、体調悪かったんだね。それとも、座って休む?」
「ううん、ちがう。体調不良じゃなくて……」
しどろもどろになる僕を、リョウちゃんはベンチへ座らせた。気づけば廊下の出口が近くて、窓から差してくる太陽の光が、僕たちを照らした。
リョウちゃんは、僕の顔を、じっと見下ろす。
「真っ赤だ」
ぽつりとこぼれた言葉に、僕は思わずうつむく。恥ずかしくて、また胸がどきどきして、苦しくなった。思い切って、リョウちゃんの手を掴む。目を丸くする顔を、しっかり見つめた。
「こういうとき、苦しいんだ」
恥を忍んで自己申告する。ちらりとリョウちゃんを見上げると、リョウちゃんの顔が真っ赤になっていた。
「……じゃあ、普通にしてたら、大丈夫?」
「う、うん。へいき。リョウちゃんこそ、大丈夫?」
体調が悪いのは、そっちじゃないだろうか。僕がおずおず尋ねると、リョウちゃんは首を横に振った。
「俺は元気だよ。たぶん俺たち、今、同じ気持ちだ」
どんな気持ちだっていうんだろう。分からなくて、途方に暮れた。
リョウちゃんは、その場にしゃがんで、僕へ目線の高さをそろえた。また、とろけるくらいに甘い微笑みを浮かべる。
「ハルくん、どきどきする?」
その言葉にまた、心臓が跳ねた。迷わず頷くと、リョウちゃんは優しく「そっか」と頷く。
「じゃあ、行こうか」
リョウちゃんは立ち上がって、僕へ右手を差し出す。僕がその手を取ると、彼は、心底嬉しそうに笑った。
また心臓が、きゅんと跳ねる。
もしかしてこれが、「恋」なんだろうか。僕は、リョウちゃんに、恋をしているんだろうか。
本当にリョウちゃんは、僕と同じ気持ちなんだろうか。きっと違う。僕は今、こんなに苦しいんだから。楽しそうなリョウちゃんが、苦しんでいるとは思いにくい。
だとしたら、僕たちは……。
ぐるぐる考え込む僕を連れて、リョウちゃんは歩き出す。視界が開けて、海亀たちの水槽が目に飛び込んできた。悠々と泳ぐ亀たちを、僕はぼんやり見つめる。
リョウちゃんが、ぽつんと置かれた水槽を指差した。孵化したばかりだろう亀のあかちゃんが、たくさん泳いでいる。
「ほら、ハルくん。亀のあかちゃんだよ。かわいいね」
ぴこぴこ泳ぐ亀のあかちゃんたちは、確かにかわいい。さっきまでだったら夢中になって見ただろうけど、今の僕は、まるで集中できそうにない。
「リョウちゃん、その……」
なんて言おう。手に汗がじっとりにじんで、リョウちゃんに気持ち悪く思われないか心配だ。
リョウちゃんは首を傾げて、僕を見下ろす。
「ハルくん、どうかした?」
僕も恋が分かったって、言ってしまおうか。そしたらリョウちゃんは恋の先生役から解放される。そして、僕たちは元通り。
「ううん。なんでもない」
だというのに、僕は、恋が分からないふりをしてしまった。
自分でも、なんでか分からない。ただ、リョウちゃんが他の人ともこういうことをするかもしれない、と思ったら、すごく嫌な気持ちになる。
どうせだったら、しばらくはこのまま、リョウちゃんを独占していたい。
うつむきながら、大きな手を強く握った。リョウちゃんは、そっか、と低く囁く。
「ハルくん。恋、分かった?」
どきりとした。僕は恐る恐るリョウちゃんを見上げる。
その瞳が、らんらんと光って見えて、生唾を飲み込んだ。
ゆっくり、首を横に振る。
「分かんない。もっと、教えて」
リョウちゃんは、笑顔で頷いた。
弾む声で、僕に囁く。
「もちろん。いくらでも、教えてあげる」
とんでもなく、悪い子になってしまった気がした。ちょっと後ろめたくなりながら、リョウちゃんの手を、じっと見つめる。
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