【完結】恋愛初学者の僕、完璧すぎる幼馴染に「恋」を学ぶ

鳥羽ミワ

文字の大きさ
7 / 28

7 「もっと教えて」

しおりを挟む
 サンゴの海を抜けて、ペンギンのコーナーに着く。

「コウテイペンギンだって」

 水槽の奥で毛繕いをする、大きなペンギンを指差した。リョウちゃんは「大きいね」と言いつつ、ずっと僕を見ている。
 ちょっと気まずくなって、視線をそらした。

「ペンギン、見たら?」
「見てるよ」

 うそだ……。僕もリョウちゃんが気になって、ちらちらとそちらを見てしまう。ついでに、周りの視線が、リョウちゃんへ向いているのにも気づいてしまった。
 女の子たちが、ちょっと熱っぽい目で、リョウちゃんを見ている気がする。
 それになんでか、ムカムカした。僕はこれみよがしにリョウちゃんの近くへ寄って、僕のだぞと言わんばかりにくっついた。

「うお」

 リョウちゃんが変な声を出す。僕は慌てて離れて、「ごめん」と謝った。

「いやだった?」
「ん、いや……もっとしてくれていいよ」

 優しい。でも、さっきのは、マナー違反だったと思う。いきなりくっつくなんて、はしたないっていうか、距離感がおかしいっていうか。
 僕はちょっとだけ距離をとった。手を離そうと思ったけど、がっちり掴まれてほどけそうにない。
 戸惑って見上げると、リョウちゃんは、優しく僕の手を引っ張った。

「小さかった頃、こうやって手を繋いだことがあったよね」

 そう言われてふと、何か懐かしいものが、胸の底から込み上げてきた。
 僕は昔に……小学生の頃、ここを、リョウちゃんと二人きりで、歩いたことがあるはず。手を繋ぎながら、大人だらけの人混みをかき分けて。
 その時のぼんやりとした不安が、不意に蘇った。

「ねえ、リョウちゃん。小学生の頃、ここへ一緒に来たことなかった?」

 リョウちゃんを見上げる。あの時、僕はリョウちゃんと手を繋いで、この薄暗い館内の人混みを、歩いたはずだ。
 でも、いつの時だったんだろう。
 リョウちゃんは、僕を見下ろして微笑む。そのとろけるほどの優しい表情に、僕は思わず、言葉を失った。

「そうだよ。俺の、大事な思い出」

 その言葉に、僕は大切な出来事を忘れているんだと確信した。
 こんな顔をするくらい、リョウちゃんが大切にしている僕との思い出だ。だったら、きっと僕も、覚えていなくちゃいけないのに。
 黙り込む僕の手を、リョウちゃんは握り直す。

「いいんだよ、ハルくん。覚えてないハルくんが、俺は好きだ」

 その笑顔に、僕は胸がきゅうと苦しくなった。だけど嫌な感じじゃなくて、こんなのはおかしい。そもそも「好き」だって、きっと友達としての好きなんだ。勘違いしてはいけない。
 たまらなくなって、リョウちゃんの手を引いた。

「行こう、リョウちゃん」
「うん」

 リョウちゃんは、満面の笑みで頷く。僕は一体、その時、どんなことをしたんだろう。どきどきしながら、順路を進んだ。
 深海魚を横目に、僕はぼんやり、リョウちゃんの横顔を見上げる。今度はリョウちゃんが僕を引っ張って、あれこれ「見て」と促した。

「不思議な形だね」

 おどろおどろしい、古い潜水服の展示。おお、と声をあげると、リョウちゃんは目をうっとり細めて僕を見た。

「楽しいな」
「え、……そう?」
「うん。ハルくんとデートできて、嬉しいし、楽しい」

 これが、恋を教える姿。はっと我に帰って、僕はリョウちゃんを見上げた。どぎまぎしてしまって、なんとか頷くことしかできない。
 この「デート」は、僕がリョウちゃんに、恋を教えてもらうためのものだ。それを忘れるくらい楽しいのはいいことだけど、本来の目的じゃない。
 でも今この瞬間、リョウちゃんは、すごく楽しそうだ。
 その楽しさに、僕の「恋を学びたい」なんて気持ちで水を差すのは、絶対に違う。

「僕も、楽しい、よ」

 ちょっとだけ嘘。本当は、なんでかずっと胸が苦しい。
 もしかして、僕は病気なんだろうか。

「リョウちゃん。胸が苦しい……」

 正直に自己申告すると、リョウちゃんの顔色が変わった。僕の手を引いて、「帰ろう」と真剣な表情で言う。

「ごめん、体調悪かったんだね。それとも、座って休む?」
「ううん、ちがう。体調不良じゃなくて……」

 しどろもどろになる僕を、リョウちゃんはベンチへ座らせた。気づけば廊下の出口が近くて、窓から差してくる太陽の光が、僕たちを照らした。
 リョウちゃんは、僕の顔を、じっと見下ろす。

「真っ赤だ」

 ぽつりとこぼれた言葉に、僕は思わずうつむく。恥ずかしくて、また胸がどきどきして、苦しくなった。思い切って、リョウちゃんの手を掴む。目を丸くする顔を、しっかり見つめた。

「こういうとき、苦しいんだ」

 恥を忍んで自己申告する。ちらりとリョウちゃんを見上げると、リョウちゃんの顔が真っ赤になっていた。

「……じゃあ、普通にしてたら、大丈夫?」
「う、うん。へいき。リョウちゃんこそ、大丈夫?」

 体調が悪いのは、そっちじゃないだろうか。僕がおずおず尋ねると、リョウちゃんは首を横に振った。

「俺は元気だよ。たぶん俺たち、今、同じ気持ちだ」

 どんな気持ちだっていうんだろう。分からなくて、途方に暮れた。
 リョウちゃんは、その場にしゃがんで、僕へ目線の高さをそろえた。また、とろけるくらいに甘い微笑みを浮かべる。

「ハルくん、どきどきする?」

 その言葉にまた、心臓が跳ねた。迷わず頷くと、リョウちゃんは優しく「そっか」と頷く。

「じゃあ、行こうか」

 リョウちゃんは立ち上がって、僕へ右手を差し出す。僕がその手を取ると、彼は、心底嬉しそうに笑った。
 また心臓が、きゅんと跳ねる。
 もしかしてこれが、「恋」なんだろうか。僕は、リョウちゃんに、恋をしているんだろうか。
 本当にリョウちゃんは、僕と同じ気持ちなんだろうか。きっと違う。僕は今、こんなに苦しいんだから。楽しそうなリョウちゃんが、苦しんでいるとは思いにくい。
 だとしたら、僕たちは……。

 ぐるぐる考え込む僕を連れて、リョウちゃんは歩き出す。視界が開けて、海亀たちの水槽が目に飛び込んできた。悠々と泳ぐ亀たちを、僕はぼんやり見つめる。
 リョウちゃんが、ぽつんと置かれた水槽を指差した。孵化したばかりだろう亀のあかちゃんが、たくさん泳いでいる。

「ほら、ハルくん。亀のあかちゃんだよ。かわいいね」

 ぴこぴこ泳ぐ亀のあかちゃんたちは、確かにかわいい。さっきまでだったら夢中になって見ただろうけど、今の僕は、まるで集中できそうにない。

「リョウちゃん、その……」

 なんて言おう。手に汗がじっとりにじんで、リョウちゃんに気持ち悪く思われないか心配だ。
 リョウちゃんは首を傾げて、僕を見下ろす。

「ハルくん、どうかした?」

 僕も恋が分かったって、言ってしまおうか。そしたらリョウちゃんは恋の先生役から解放される。そして、僕たちは元通り。

「ううん。なんでもない」

 だというのに、僕は、恋が分からないふりをしてしまった。
 自分でも、なんでか分からない。ただ、リョウちゃんが他の人ともこういうことをするかもしれない、と思ったら、すごく嫌な気持ちになる。
 どうせだったら、しばらくはこのまま、リョウちゃんを独占していたい。
 うつむきながら、大きな手を強く握った。リョウちゃんは、そっか、と低く囁く。

「ハルくん。恋、分かった?」

 どきりとした。僕は恐る恐るリョウちゃんを見上げる。
 その瞳が、らんらんと光って見えて、生唾を飲み込んだ。
 ゆっくり、首を横に振る。

「分かんない。もっと、教えて」

 リョウちゃんは、笑顔で頷いた。
 弾む声で、僕に囁く。

「もちろん。いくらでも、教えてあげる」

 とんでもなく、悪い子になってしまった気がした。ちょっと後ろめたくなりながら、リョウちゃんの手を、じっと見つめる。
 僕は本当に、恋を理解しつつあるのかもしれない。
 こんな非論理的で、道徳的に間違った行動、前までだったらしなかったはずだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について

kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって…… ※ムーンライトノベルズでも投稿しています

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

生まれる前から好きでした。

BL
目立たないよう静かに暮らしてきた高校生の相澤和真の前に、突然現れた年下の容姿端麗な男、三峰汐音。彼には生まれる前からの記憶があり、和真の事を前世で自分が護衛をしていた王女の生まれ変わりなのだと打ち明ける。自分が側に居なかった為に王女が処刑されてしまったと、心に深い傷を負ったまま汐音は何度も生まれ変わりながらもずっと亡き王女の魂を探し求め、やっと見つけたのが和真なのだと説明する。王女の面影を重ねながら和真を一途に慕う汐音に、和真の生活は乱されていく。汐音の出現で和真の唯一の友人である福井奏の様子もどこかおかしい。出生に複雑な事情を抱えていた和真の身に、さらに大手企業の後継者争いまで勃発してきて……。年下男から一途に愛される生まれ変わりラブ。

処理中です...