【完結】恋愛初学者の僕、完璧すぎる幼馴染に「恋」を学ぶ

鳥羽ミワ

文字の大きさ
8 / 28

8 恋しちゃったんだ

しおりを挟む
 夏休みが始まったとはいっても、学校へ全く行かないわけじゃない。自主参加と書いて必修の夏期講習に、部活動。それから登校日。もちろん毎日学校へ行くわけでもないけど、それなりに忙しい。
 文化祭の準備も、いよいよ本格化してくる。僕たちのクラスも、出し物の準備で忙しくなってきた。文芸部の原稿の締め切りも近づいてくる。
 そして僕は、その何もかもが、あんまり上手くいっていなかった。

 学校の夏期講習の後、部室に向かう。机に置かれた原稿提出用のボックスには、何枚かのプリント用紙が入っていた。もう何人かの部員は、原稿を提出したらしい。
 僕といえば、書くべき原稿の一文字も進んでいないというのに。

 ため息をつきつつ、椅子にも座らずに、恋についての研究ノートを取り出した。ぺらぺらめくってみると、ここ最近はリョウちゃんと過ごした日々の記録になっている。ほとんど日記だ。
 きっと、間違いない。僕はリョウちゃんに恋をしていた。リョウちゃんはみごと、僕に恋を教えることができたというわけだ。
 だけど僕は恋を知ったことを、なかなかリョウちゃんへ言えないでいた。リョウちゃんが好きだって言ってしまったら、僕たちの関係は、少なくとも今の形ではいられないだろうから。
 リョウちゃんは、僕たちの関係にパラダイムシフトを起こしたい、と言っていた。それもまた、今となっては、僕を怖気づかせている。
 僕はリョウちゃんと、今の関係のままでいたい。この居心地のいい関係を、リョウちゃんがどう変えたいのかと思うだけで、怖かった。
 それにリョウちゃんは優しいから、僕が恋を理解したと知ったら……僕がリョウちゃんを好きになったと伝えたら、きっと責任を取ろうとしてくれる。だけどそこにリョウちゃんの気持ちがなかったら、すごく虚しい。
 でもあの賢くて頼りになるリョウちゃんが、僕より先にこの可能性を考えていないとも考えにくかった。
 となると、僕は一体、どうすればいいんだろう。

 たてつけの悪い扉が開いて、鈴木くんが顔を出す。ボックスと僕を交互に見て、「やあ」と手を振った。
 僕は力なく手を振り返す。鈴木くんは部室へ入って、僕の隣へ寄り添うように立った。

「ハルくん、どうしたの? 元気がないように見えるよ」

 バレている。僕が思わず両手で頬を押さえると、鈴木くんが椅子を引いて、座るように促した。
 僕は椅子へ座る。鈴木くんも隣へ座って、僕たちは向かい合った。
 鈴木くんが、僕の顔をちょっと上目遣いに見て、頷く。

「悩み事があるように見える。どうしたのかな」
「鈴木くん……」

 彼からの熱い友情に、僕の身体がほっと緩む。無意識のうちに、身構えてしまっていたみたいだ。
 僕はうつむいて、手元を見つめる。言葉をゆっくりゆっくり選びながら、口を開いた。

「僕はきっと、恋を、理解してしまったんだ。それでかえって、今、すごく苦しい……」

 おずおずと鈴木くんを見上げると、彼はなぜか、満面の笑みを浮かべている。思わず「えっ」と声を漏らすと、鈴木くんは朗らかに笑って、僕の肩を叩いた。

「やあ、やっと僕と同じ土俵まで降りてきてくれたね。歓迎するよ」
「鈴木くん、その言い方は何。ちょっとひどいよ?」

 不満で、唇がつんと尖る。彼は「ごめんって」と平謝りして、穏やかな微笑みを浮かべた。どこかほっとした表情で、鈴木くんは、また僕の肩を叩く。

「からかってごめんね。だけど僕、嬉しいんだ。ハルくんとやっと、恋バナができるから」
「恋バナ」

 おうむ返しにすると、鈴木くんは「そうだよ」と、力強く頷いた。

「これで僕たちは、恋という感情を理解する者同士、好きな人がいる者同士だ。これからはきっと、もっと、深い話ができるはずじゃないかな」

 僕はちらりと鈴木くんを見た。その顔が本当に優しくて、こくりと頷く。僕の頬も、自然とゆるんでいた。
 この苦しみを味わっているのは、もしかしたら、鈴木くんも同じなのかもしれない。

「ねえ、鈴木くん。恋バナしよう。僕の悩みを聞いてほしいんだ」

 鈴木くんは、頼もしく頷いてくれた。僕は鈴木くんへ向き直って、口を開く。

「僕は、リョウちゃんを好きになったんだ。でも僕は、今の友達のままでいたい。だって、リョウちゃんが僕を好きじゃなかったら、虚しいから……」

 ぽつりぽつりと告白していった。鈴木くんは、何度も頷きながら、僕の話をただ聞いてくれる。

「リョウちゃんは優しいから、僕が告白したらきっと、付き合ってくれると思う。だけどリョウちゃんは、もう恋を知っている」

 だからこそ、僕に恋を教えてくれるって、申し出てくれた。
 それはつまり、好きな人がいたということだ。

「そんなリョウちゃんが、僕に恋をしないまま、僕に付き合うだなんて考えると……」

 言いながら、声がどんどんしぼんでいく。
 リョウちゃんは一体、誰が好きだったんだろうか。もやもやして、口をつぐんだ。
 鈴木くんは、指であごをさする。なるほど、と何度も頷いた。

「つまりハルくんにとって、須藤くんの気持ちが自分にないだろうことが、ネックになっているんだね」

 そうだ。頷くと、鈴木くんは、眼鏡をかちゃりとかけ直した。
 頼もしく、胸元を軽く叩く。

「じゃあ、話は簡単だ」
「えっ?」

 僕は驚いて、声をあげる。鈴木くんは、ふっと不敵な笑みを浮かべた。

「須藤くんが、ハルくんを好きになれば、万事解決じゃないかな? つまり、両想いになるんだよ!」

 リョウちゃんが、僕のことを、好きになる。そんなの、考えたことなかった。
 両想い。なんていい響きの言葉だろう。
 くらくらしている間に、さらに鈴木くんが畳みかけてきた。

「僕が思うに、これは勝ち目のない戦いじゃないよ。須藤くんは、ハルくんをとても大切にしているように見えるからね」
「そ、そうかな」

 落ち着かずに、膝頭を指で何度も叩く。鈴木くんは、僕の肩を、力強く叩いた。

「そうだよ。ハルくん、君の力で、須藤くんの気持ちを手に入れるんだ」

 生唾を飲み込む。

「それじゃあ、僕はどうすればいいんだろう?」

 沈黙が、おりた。部室の扉が開いて、どやどやと女子たちが入ってくる。
 鈴木くんは椅子から立ち上がって、僕を部屋のすみっこへ連れていった。ひそひそとした声で、鈴木くんが言う。

「ごめん。それは、おいおい考えよう」
「えっ」

 急にはしごを外された。鈴木くんは、やけっぱちな口調で呟く。

「どうしたら振り向いてもらえるか分かったら、僕だって苦労しない……」

 僕は、自然と笑みを浮かべていた。もちろん怒りや、馬鹿にする気持ちは、まったく湧いてこない。
 ただ鈴木くんという友達が、僕に対して、これだけ親身になってくれることが嬉しかった。それに、僕も鈴木くんの力になれるかもしれない。
 きっと僕たちは、片想いという、大きな課題を抱える者同士だから。つまり、同志だ。

「鈴木くん。がんばろうね」

 拳を握って、軽く胸の前で振る。鈴木くんは僕の目を見て、うん、と微笑んだ。

「がんばろう。お互いに、ね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とある冒険者達の話

灯倉日鈴(合歓鈴)
BL
平凡な魔法使いのハーシュと、美形天才剣士のサンフォードは幼馴染。 ある日、ハーシュは冒険者パーティから追放されることになって……。 ほのぼの執着な短いお話です。

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也
BL
父と妹、そして兄の家族3人で暮らして来た。 なんの不自由もない。 5年前に病気で母親を亡くしてから家事一切は兄の歩夢が 全てやって居た。 そこへいきなり父親からも唐突なカミングアウト。 「俺、再婚しようと思うんだけど……」 この言葉に驚きと迷い、そして一縷の不安が過ぎる。 だが、好きになってしまったになら仕方がない。 反対する事なく母親になる人と会う事に……。 そこには兄になる青年がついていて…。 いきなりの兄の存在に戸惑いながらも興味もあった。 だが、兄の心の声がどうにもおかしくて。 自然と聞こえて来てしまう本音に戸惑うながら惹かれて いってしまうが……。 それは兄弟で、そして家族で……同性な訳で……。 何もかも不幸にする恋愛などお互い苦しみしかなく……。

【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

αとβじゃ番えない

庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。 愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

処理中です...