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16 図書館デート未満
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僕の執筆は、風のように進んだ。
リョウちゃんといつも通り帰宅して、解散して、夜ご飯を食べる。その後、自分のパソコンでテキストエディタを立ち上げた。エッセイを書こうと思った。タイピングを始めたら、止まらなくなった。
お風呂に呼ばれて一時中断したけど、すぐに上がって再開した。お父さんも、お母さんも、僕を放っておいてくれた。
とはいっても、さすがに一晩で書き切ることはできなかった。僕は明け方になって気絶するように眠って、昼頃に起き出す。蝉の鳴き声がうるさくて、よく途中で目が覚めなかったものだと思った。
お父さんはとっくに仕事へ行っている。お母さんは書斎に引きこもって執筆中だろう。
冷蔵庫に残っていたチャーハンを、電子レンジでチンした。食べ終わって食器を洗いながら、ぼんやりと外を眺める。
いつもより、世界が輝いて見えた。徹夜明けで目が疲れているせいかもしれない。
脇に置いたスマホが震える。メッセージの通知だ。
開くと、リョウちゃんからのDMだった。
うちの近くの図書館で、夏休みの課題をしないかってお誘いだ。今リョウちゃんは、図書館にいるらしい。僕は慌てて服を着替えて、「行く」と手短に返信した。
「お母さん、僕出かけるから!」
書斎からお母さんが顔を出す。僕はさらに「あそこの図書館!」と付け足して、家を飛び出した。自転車を漕いで十分足らずの場所に、市立図書館がある。駅の街中にある図書館と比べると古くて暗いけど、静かで落ち着く、僕たちの憩いの場だ。
自転車を駐輪場へ止めて、リョウちゃんへ「着いたよ」と送る。足早に自動ドアをくぐると、リョウちゃんは、入ってすぐそこに立っていた。
「ハルくん」
ひらりと手を振る、その姿に、どきんと心臓が跳ねる。ちょっと気まずくて、うつむいてしまった。だってさっきまでの僕は、リョウちゃんへの気持ちを赤裸々に綴ったエッセイを書いていたんだから。
よく冷房の効いた館内で、僕の肌が冷やされていく。リョウちゃんは僕へ歩み寄って、「お疲れ」と微笑んだ。
「課題まだ終わってないから、進めようと思って。来てくれてありがとう」
「ううん。こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
落ち着かない。僕は張り付いた前髪を払いつつ、顔に流れる汗をハンカチで拭いた。
リョウちゃんはいつも通り、自習コーナーに向かって歩き出す。僕はその後に続いた。
ねむい。さっきまで炎天下を自転車で走ってきたのに、冷房に冷やされると、眠くなる。プールあがりみたいなだるさだ。
机について、課題を広げる。僕は比較的数学が苦手だから、まだその問題集が残っていた。
「ハルくん。残ってるのは、それだけ?」
「うん」
リョウちゃんは、国語と数学が残っているみたいだ。でもリョウちゃんのことだから、きっとすぐに終わるんだろう。
「課題、計画的に進めてて、えらいね」
「ふふ。ありがとう」
リョウちゃんに褒められると、やっぱり嬉しい。僕がクネクネしていると、リョウちゃんは頬杖をついた。
「俺ばっかり、ハルくんを独り占めしちゃってるかも。いいのかなぁ」
「ええ?」
その発想はなかった。首を傾げて、腕ぐみをする。考え込むうちに、どんどん頭が傾いていった。
「むしろ、それは僕の台詞っていうか……。リョウちゃんを、僕が独り占めしていて、申し訳ないくらいだよ」
ちらりと、桂木くんのことを思い出した。リョウちゃんが、好きかもしれない人だ。
本人の話じゃなくて、噂話を信じるなんて、最低だ。なのに、僕の理性は、その魔力に抗えない。
「りょ、リョウちゃんって、他の人と遊ばないの……」
ひとりじめしたい。そんな幼稚な欲求から、束縛するみたいなことを言い出してしまった。リョウちゃんは目を丸くしている。そして僕は、止まれない。
「その……一緒に遊んだり、えっと、デートする人、とか」
踏み込んだことを、もごもごと不恰好に質問してしまった。恐る恐るリョウちゃんを見ると、口元を手で押さえて、目をそらしている。
「ごめんね、変なこと聞いて。忘れて」
早口になって誤魔化したけど、頬が熱い。なんだか、みじめだ。きっと眠いせいで、口を滑らせてしまった。そうに決まってる。
意味もなく問題集のページをめくっていると、リョウちゃんが、口元を覆ったまま僕をみた。
「……ハルくんは、俺がどんな人と遊んでるか、興味があるの?」
「な、ない」
嘘だ。だけど素直に「ある」だなんて言えるはずなかった。
うつむいて、ノートを開く。ハルくんの大きな手が、視界の端で、ゆるく握られた。
「俺は、ハルくんがどんな人と遊んでるか、興味あるよ」
思わず、顔をあげた。リョウちゃんは熱っぽい目つきで、僕を見ている。
その視線に射抜かれたみたいだ。身体が動かなくて、火照っていく。
「えっと、その……!」
僕は慌てて、あちこちに視線をさまよわせた。リョウちゃんはじっと僕を見つめている。
「ハルくんがどんな人と付き合いがあって、一緒に遊ぶのか、気になる」
「それは、なんで?」
リョウちゃんの顔を、なんでか見られなかった。うつむいて手元を見ると、リョウちゃんが浅く息を吐く音が聞こえる。
「なんでだろう。どう思う?」
こっそり、リョウちゃんの表情を盗み見た。手で顔を覆っていて、どんな顔をしているかは分からない。
僕はすっかりどぎまぎしてしまった。ちらちらとリョウちゃんを見ながら、もう、と言ってみせる。
「僕に聞かないでよ」
そこでやっと、リョウちゃんは手を顔から離した。ふっと笑って、そうだね、と頷く。
僕は逆に、恐る恐る、尋ねた。
「ねえ、リョウちゃん。なんでこんなに、僕へ構ってくれるの?」
リョウちゃんは、目を丸くして「え」と言った。僕は慌てて、でも、言葉を撤回することはしない。
「恋を教えてもらうって話も、その……リョウちゃんは、好きな人が、いるらしいのに。だ、大丈夫なのかなって」
思い切った。声はほんの少し震えて、顔はうつむきがち。だけど視線だけはあげて、リョウちゃんを見つめた。
リョウちゃんは呆然としているように見える。しばらく経って、彼は、長く息を吐き出した。
「……俺に好きな人がいるか、気になる?」
その低く掠れた声に、背筋がぞくぞくした。僕が思わず頷くと、リョウちゃんは、にこりと笑う。
「そう。俺は、それだけで十分だよ」
答えになっていない。僕はじっとりとリョウちゃんをにらんだ。
「もう、……ちゃんと、こたえてよ……」
そして、意識が限界だ。うつらうつらと船を漕ぎ始めた僕に、リョウちゃんが「大丈夫?」と声をかける。
「ん。ねむ……」
目を擦る。リョウちゃんは頷いて、「無理しないで」と僕へ手を伸ばした。
「送ってくよ。今日、自転車?」
「うん」
たしかに、図書館は居眠り禁止だ。ここで寝てはいけない。
僕はなんとか立ち上がり、ふらふらしながら駐輪場に向かった。僕が自転車の鍵を開けると、リョウちゃんがハンドルを握ってスタンドを蹴る。
「自転車、危ないからよしといた方がいいね。……ハルくんの家より、うちの方が近いな。うち、来る?」
「うん……」
リョウちゃんが何か言っている。僕は夢うつつのまま、こくりと頷いた。
リョウちゃんといつも通り帰宅して、解散して、夜ご飯を食べる。その後、自分のパソコンでテキストエディタを立ち上げた。エッセイを書こうと思った。タイピングを始めたら、止まらなくなった。
お風呂に呼ばれて一時中断したけど、すぐに上がって再開した。お父さんも、お母さんも、僕を放っておいてくれた。
とはいっても、さすがに一晩で書き切ることはできなかった。僕は明け方になって気絶するように眠って、昼頃に起き出す。蝉の鳴き声がうるさくて、よく途中で目が覚めなかったものだと思った。
お父さんはとっくに仕事へ行っている。お母さんは書斎に引きこもって執筆中だろう。
冷蔵庫に残っていたチャーハンを、電子レンジでチンした。食べ終わって食器を洗いながら、ぼんやりと外を眺める。
いつもより、世界が輝いて見えた。徹夜明けで目が疲れているせいかもしれない。
脇に置いたスマホが震える。メッセージの通知だ。
開くと、リョウちゃんからのDMだった。
うちの近くの図書館で、夏休みの課題をしないかってお誘いだ。今リョウちゃんは、図書館にいるらしい。僕は慌てて服を着替えて、「行く」と手短に返信した。
「お母さん、僕出かけるから!」
書斎からお母さんが顔を出す。僕はさらに「あそこの図書館!」と付け足して、家を飛び出した。自転車を漕いで十分足らずの場所に、市立図書館がある。駅の街中にある図書館と比べると古くて暗いけど、静かで落ち着く、僕たちの憩いの場だ。
自転車を駐輪場へ止めて、リョウちゃんへ「着いたよ」と送る。足早に自動ドアをくぐると、リョウちゃんは、入ってすぐそこに立っていた。
「ハルくん」
ひらりと手を振る、その姿に、どきんと心臓が跳ねる。ちょっと気まずくて、うつむいてしまった。だってさっきまでの僕は、リョウちゃんへの気持ちを赤裸々に綴ったエッセイを書いていたんだから。
よく冷房の効いた館内で、僕の肌が冷やされていく。リョウちゃんは僕へ歩み寄って、「お疲れ」と微笑んだ。
「課題まだ終わってないから、進めようと思って。来てくれてありがとう」
「ううん。こちらこそ、誘ってくれてありがとう」
落ち着かない。僕は張り付いた前髪を払いつつ、顔に流れる汗をハンカチで拭いた。
リョウちゃんはいつも通り、自習コーナーに向かって歩き出す。僕はその後に続いた。
ねむい。さっきまで炎天下を自転車で走ってきたのに、冷房に冷やされると、眠くなる。プールあがりみたいなだるさだ。
机について、課題を広げる。僕は比較的数学が苦手だから、まだその問題集が残っていた。
「ハルくん。残ってるのは、それだけ?」
「うん」
リョウちゃんは、国語と数学が残っているみたいだ。でもリョウちゃんのことだから、きっとすぐに終わるんだろう。
「課題、計画的に進めてて、えらいね」
「ふふ。ありがとう」
リョウちゃんに褒められると、やっぱり嬉しい。僕がクネクネしていると、リョウちゃんは頬杖をついた。
「俺ばっかり、ハルくんを独り占めしちゃってるかも。いいのかなぁ」
「ええ?」
その発想はなかった。首を傾げて、腕ぐみをする。考え込むうちに、どんどん頭が傾いていった。
「むしろ、それは僕の台詞っていうか……。リョウちゃんを、僕が独り占めしていて、申し訳ないくらいだよ」
ちらりと、桂木くんのことを思い出した。リョウちゃんが、好きかもしれない人だ。
本人の話じゃなくて、噂話を信じるなんて、最低だ。なのに、僕の理性は、その魔力に抗えない。
「りょ、リョウちゃんって、他の人と遊ばないの……」
ひとりじめしたい。そんな幼稚な欲求から、束縛するみたいなことを言い出してしまった。リョウちゃんは目を丸くしている。そして僕は、止まれない。
「その……一緒に遊んだり、えっと、デートする人、とか」
踏み込んだことを、もごもごと不恰好に質問してしまった。恐る恐るリョウちゃんを見ると、口元を手で押さえて、目をそらしている。
「ごめんね、変なこと聞いて。忘れて」
早口になって誤魔化したけど、頬が熱い。なんだか、みじめだ。きっと眠いせいで、口を滑らせてしまった。そうに決まってる。
意味もなく問題集のページをめくっていると、リョウちゃんが、口元を覆ったまま僕をみた。
「……ハルくんは、俺がどんな人と遊んでるか、興味があるの?」
「な、ない」
嘘だ。だけど素直に「ある」だなんて言えるはずなかった。
うつむいて、ノートを開く。ハルくんの大きな手が、視界の端で、ゆるく握られた。
「俺は、ハルくんがどんな人と遊んでるか、興味あるよ」
思わず、顔をあげた。リョウちゃんは熱っぽい目つきで、僕を見ている。
その視線に射抜かれたみたいだ。身体が動かなくて、火照っていく。
「えっと、その……!」
僕は慌てて、あちこちに視線をさまよわせた。リョウちゃんはじっと僕を見つめている。
「ハルくんがどんな人と付き合いがあって、一緒に遊ぶのか、気になる」
「それは、なんで?」
リョウちゃんの顔を、なんでか見られなかった。うつむいて手元を見ると、リョウちゃんが浅く息を吐く音が聞こえる。
「なんでだろう。どう思う?」
こっそり、リョウちゃんの表情を盗み見た。手で顔を覆っていて、どんな顔をしているかは分からない。
僕はすっかりどぎまぎしてしまった。ちらちらとリョウちゃんを見ながら、もう、と言ってみせる。
「僕に聞かないでよ」
そこでやっと、リョウちゃんは手を顔から離した。ふっと笑って、そうだね、と頷く。
僕は逆に、恐る恐る、尋ねた。
「ねえ、リョウちゃん。なんでこんなに、僕へ構ってくれるの?」
リョウちゃんは、目を丸くして「え」と言った。僕は慌てて、でも、言葉を撤回することはしない。
「恋を教えてもらうって話も、その……リョウちゃんは、好きな人が、いるらしいのに。だ、大丈夫なのかなって」
思い切った。声はほんの少し震えて、顔はうつむきがち。だけど視線だけはあげて、リョウちゃんを見つめた。
リョウちゃんは呆然としているように見える。しばらく経って、彼は、長く息を吐き出した。
「……俺に好きな人がいるか、気になる?」
その低く掠れた声に、背筋がぞくぞくした。僕が思わず頷くと、リョウちゃんは、にこりと笑う。
「そう。俺は、それだけで十分だよ」
答えになっていない。僕はじっとりとリョウちゃんをにらんだ。
「もう、……ちゃんと、こたえてよ……」
そして、意識が限界だ。うつらうつらと船を漕ぎ始めた僕に、リョウちゃんが「大丈夫?」と声をかける。
「ん。ねむ……」
目を擦る。リョウちゃんは頷いて、「無理しないで」と僕へ手を伸ばした。
「送ってくよ。今日、自転車?」
「うん」
たしかに、図書館は居眠り禁止だ。ここで寝てはいけない。
僕はなんとか立ち上がり、ふらふらしながら駐輪場に向かった。僕が自転車の鍵を開けると、リョウちゃんがハンドルを握ってスタンドを蹴る。
「自転車、危ないからよしといた方がいいね。……ハルくんの家より、うちの方が近いな。うち、来る?」
「うん……」
リョウちゃんが何か言っている。僕は夢うつつのまま、こくりと頷いた。
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