【完結】恋愛初学者の僕、完璧すぎる幼馴染に「恋」を学ぶ

鳥羽ミワ

文字の大きさ
17 / 28

17 友情崩壊以上、いさかい未満

しおりを挟む
 僕はリョウちゃんに連れられて、彼の家にお邪魔することになった。
 カードキーを使って玄関を開けて、リョウちゃんが家の中をのぞきこむ。

「ただいま」

 僕はと言えば、歩いている間に多少はしゃっきりしたけど、まだ眠い。明け方からベッドに入ったとはいえ、ちゃんと何時間かは眠ったのに。

「ハルくん、どうぞ。父さんと母さんは仕事だし、樹は友達の家だから、誰もいないけど」

 リョウちゃんの部屋に案内される。さらにリビングから大きなクッションを引っ張ってきてくれたから、僕は甘えてそれにもたれかかった。

「くう……」
「眠そう。かわいー……」

 リョウちゃんが何か言っている。僕はクッションへ体重を預けて、目を閉じた。ぐるぐると、身体が重たくなって、沈んでいくみたい。
 しばらくそうしていると、ぬくぬくとした闇の中で、ふっと意識が浮上する。目を開けると、隣にリョウちゃんが寝ていた。

「わっ」

 床に転がって、肘を枕代わりにしてる。身体が痛くならないんだろうか。
 起こすかどうか悩んでいる間に、リョウちゃんが目を覚ました。長い腕を床につけて、ゆっくり身体を起こす。前髪がはらりと、ほくろの並ぶ目元へ落ちて、色気があった。

「ごめん。俺も寝てた」

 掠れて気だるげな声に、ますます胸が高鳴る。黙りこくったままの僕に、リョウちゃんが微笑みかけた。

「体調、大丈夫そう? もうちょっとゆっくりしてきなよ。お茶持ってくる」
「うん。甘えようかな」

 僕の返事にニコリと笑って、リョウちゃんは部屋の外に出る。この部屋は、僕が恋してる子の部屋だ。そう思うとたまらなくなって、クッションにまたつっぷす。
 じたばたしている間に、リョウちゃんが戻ってきた。お盆にコップを二個乗せて、なみなみお茶の入ったピッチャーも一緒に持ってきてくれた。
 脚でドアを閉めて、机の上にお盆を置く。僕はコップを持って、お茶をたっぷりそそいだ。もう片方にもそそぐ。

 リョウちゃんは「ありがと」と言って、コップに口をつけた。とがった喉仏が上下するのを見て、胸がうずく。僕はお茶を一息に飲み干して、コップを両手で包んだ。ひんやりとした感触が、心をちょっと冷静にしてくれる。

「ありがとう、リョウちゃん。おかげで元気になった」
「うん。ならよかった」

 リョウちゃんの穏やかな表情に、またキュンとした。
 思い切って、そっと身体を寄せてみる。リョウちゃんはぴくりと指先を震わせて、それきり動かなかった。
 ゆっくり、リョウちゃんの側に寄る。遠ざかろうとしなかった彼を、じっと見上げた。
 ふと、ずっと聞きたかったことが、口からこぼれる。

「リョウちゃん。好きな人が、いるの?」

 心臓がうるさい。リョウちゃんは目をみはって、僕を見つめた。
 はくりと薄い唇が震えて、目が揺れる。目に見えて、動揺していた。

「……そんなに、知りたい?」

 リョウちゃんが、僕へすこしだけ顔を寄せる。僕はぎこちなく頷いた。気まずくて、目をそらす。

「噂で聞いたんだ。……ごめんね、直接聞いたわけでもないのに」
「ハルくんが謝ることない。でも、そっか。うん。知りたいんだ?」

 くつくつ笑う喉の音に、ぽうっとのぼせ上がりそうだ。
 それと同じくらい、お腹の底が抜けるみたいな、頼りなさがある。
 リョウちゃんは右目のほくろの辺りに指を這わせて、手のひらで頬を隠した。とろけるみたいな、幸せそうな笑みだった。

「好きな人は、いる。俺の好きな人はね……」

 反射的に僕は「あっ」と声をあげる。
 自分でも、なんでこんな風にしたのか、分からなかった。部屋の時間が凍りついたみたいに、僕たちの動きが止まる。
 ただ、その続きは、聞きたくないと思った。
 目線だけが、無音の部屋の中で、じっとりと絡みあう。

「あ、……ううん。ごめん。僕、なんで……。続けて……リョウちゃん……」

 リョウちゃんは、僕をじっと見つめていた。気にしないでと言いたくて、なんとか笑う。だけど肝心の、続きを促す言葉が、これ以上出てきそうになかった。
 せっかく、リョウちゃんが、大事な打ち明け話をしてけれているのに。

「ごめん。リョウちゃん。その」

 あろうことか、僕はリョウちゃんに好きな人がいるという現実に、打ちのめされてしまった。もしかしたら僕のことが好きなのかもと、浮かれることはできない。
 もしリョウちゃんが、僕と同じ気持ちだったなら。きっと、僕と同じ恋の楽しさと、苦しみを感じていたと思う。
 でもまるで、そんな風には見えない。リョウちゃんはいつも優しくて、かっこよくて、僕みたいな無様なんか晒さない。浮かれた姿なんか見たことない。
 だからリョウちゃんと僕は、同じ気持ちで思い合っては、いないんじゃないか。
 でも話を聞かなくちゃ。僕がしようとしているのは、拒絶だ。それはいけない。でも。
 僕がそう、思考の海に溺れかけたときだ。

「ハルくん」

 リョウちゃんは、優しい声で僕を呼んだ。おずおずとその目を見つめると、彼は苦い笑みを浮かべている。優しい口調で言った。

「ごめんね。驚かせちゃった?」

 その声色に、やってしまったと思った。
 これは、リョウちゃんが一歩引いた時の声だ。
 リョウちゃんの心が、閉ざされる音を聞いた気がした。

「ううん、違うんだ。ごめんね」
「大丈夫だよ。落ち着いて」

 謝っても、空回りするだけ。リョウちゃんは困った顔で「気にしないで」って言うだけだ。でもその裏で傷ついてるのが、ありありと分かった。
 そして僕は、それを慰める言葉を、持てない。
 僕は、友情を裏切った卑怯者だから。
 うつむいて、黙り込む。これ以上何を言っても、お互いの傷を深めるだけな気がした。リョウちゃんはちいさく笑って、僕を呼ぶ。

「ねえ、ハルくん。俺たちの関係へパラダイムシフトを起こしたいって、前に言ったけど」

 けど、なんだろう。呆然と見つめると、リョウちゃんは、はにかむように首を傾げた。

「別にいいよね、今のままで。ごめん。変なこと言った」

 僕はたまらなくなって、「リョウちゃん」と呼ぶ。だけどリョウちゃんは微笑みながら、唇の端を噛むばかりだ。
 やらかした。痛む胸を抑えて、僕は頭をさげる。
 ここでリョウちゃんに許してもらおう、話し合えば分かり合えるはずだと思うほど、僕は恥知らずじゃない。

「僕、帰るね」

 手早く荷物をまとめて、立ち上がる。リョウちゃんは「送ってく」と立ち上がったけど、それには首を振った。

 リョウちゃんは、なんでか、それにすごく傷ついた顔をした。

「ただいまー!」

 樹くんの元気な声。玄関の方から、ガチャンと音が立った。僕はぱっとリョウちゃんに顔を向けて、「じゃあね」と微笑みかける。
 リョウちゃんは、いびつな笑みを浮かべた。僕が台無しにした、好きな人の、それから友達の、笑顔だ。
 たまらなくなって、足早に玄関へ出る。

「あれ、ハルくんじゃん。お兄ちゃんは?」

 玄関先で樹くんが、額の汗を拭いながら僕に尋ねる。スニーカーのかかとを踏むやんちゃさに、ふっと呼吸がゆるんだ。

「う、ううん。僕は急ぎの用事ができて」

 あいまいにごまかして、また微笑む。ふーん、と気のない返事をして、樹くんはスニーカーを脱ぎ散らかした。

「ま、いいや。次はお菓子持ってきて」
「うん。いっぱい持ってくるね」

 僕は何度も小刻みに頷いて、リョウちゃんの家を飛び出した。
 やってしまった。頭の中は、そればかりだ。
 僕とリョウちゃんの間に、喧嘩が勃発してしまった。
 それも、これまで経験したことがないくらい、複雑で大きなやつが。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

笑って下さい、シンデレラ

椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。 面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。 ツンデレは振り回されるべき。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】

カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。 逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。 幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。 友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。 まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。 恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。 ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。 だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。 煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。 レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生 両片思いBL 《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作 ※商業化予定なし(出版権は作者に帰属) この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

【完結】大学で再会した幼馴染(初恋相手)に恋人のふりをしてほしいと頼まれた件について

kouta
BL
大学で再会した幼馴染から『ストーカーに悩まされている。半年間だけ恋人のふりをしてほしい』と頼まれた夏樹。『焼き肉奢ってくれるなら』と承諾したものの次第に意識してしまうようになって…… ※ムーンライトノベルズでも投稿しています

溺愛系とまではいかないけど…過保護系カレシと言った方が 良いじゃねぇ? って親友に言われる僕のカレシさん

315 サイコ
BL
潔癖症で対人恐怖症の汐織は、一目惚れした1つ上の三波 道也に告白する。  が、案の定…  対人恐怖症と潔癖症が、災いして号泣した汐織を心配して手を貸そうとした三波の手を叩いてしまう。  そんな事が、あったのにも関わらず仮の恋人から本当の恋人までなるのだが…  三波もまた、汐織の対応をどうしたらいいのか、戸惑っていた。  そこに汐織の幼馴染みで、隣に住んでいる汐織の姉と付き合っていると言う戸室 久貴が、汐織の頭をポンポンしている場面に遭遇してしまう…   表紙のイラストは、Days AIさんで作らせていただきました。

処理中です...