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第六章 満月の下の騒動
第二十七話 月光に萌ゆる
しおりを挟む「ソフィ、これ……」
「ソフィリア様……これを」
そう言って、シオンとモディーニがそれぞれおずおずと差し出してきたのは、切られた髪と一緒に地面に落ちていたカンザシと、スカーフごと引き剥がされたブローチだった。
二人に礼を言ってそれらを受け取ったソフィリアは、地面に腰を下ろしたまま、まずは手慣れた様子でスカーフを巻く。
傍らに膝を付いたルドヴィークがやたらと熱心に見つめてくるものだから、どうにもこうにも照れくさかった。
最後にスカーフの合わせ目にブローチを飾ると、彼はうんと満足げに頷く。
それにソフィリアもほっとしたものの、続いてカンザシに視線を落として、ここでようやく髪が切られてしまったことを実感する。
「この髪ではカンザシは挿せませんね。せっかくスミレが贈ってくれたのに……申し訳ないです」
スミレがくれたのは、ソフィリアの長い髪を一つにまとめるための髪飾りだ。
毛束をくるっと巻いたところに、太い串のようなそれを挿し込んで留めるのだが、髪がこんなに短くなってしまっては上手く使えないだろう。
綺麗な白磁の玉や金のビーズにぶら下がってキラキラと揺れるペリドットは、どちらかというと地味な色合いのソフィリアの髪に彩りを与えてくれてとても気に入っていたし、何より大好きな親友が吟味に吟味を重ねて贈ってくれたものだった。
たちまちしょんぼり肩を落とすソフィリアに、ルドヴィークが気遣わしげに寄り添う。
そんな二人の様子に柔らかに目を細めて口を開いたのは、スミレの夫であるヴィオラントだった。
「気に病む必要はない。髪が伸びれば、また着けてやってくれ」
「大公閣下……」
ヴィオラントは自分とお揃いのシオンの髪を撫でながら、それに、と続ける。
「スミレはきっと、今度はその短い髪に似合う飾りを選ぶ楽しみができたと言って喜ぶだろう。スミレが喜ぶ顔を見られるのは私も嬉しい」
「父上、そういうところだよ」
相変わらず妻への愛情を開けっ広げにする先帝陛下に、その息子は呆れ顔だ。
そんな親子のやりとりがおかしくて、ソフィリアはルドヴィークと顔を見合わせて微笑む。
モディーニはプリペットの垣根の側に立って、こちらを遠巻きに眺めていた。
その隣に立つユリウスは相変わらず、いかにも仕方なくといった表情である。
彼らの頭上では、まんまるい月が一同を見下ろしていた。
そんな中、ふとある疑問を抱いたソフィリアが口を開く。
「――ところで、陛下。どうして、私達がここにいるのが分かったんですか?」
実は、ソフィリアとモディーニの危機をルドヴィーク達に知らせた者がいた。
ソフィリアに叱られてすごすごと客室に戻ったと思われていた、オズワルドである。
モディーニの手を引いて駆け出すソフィリアと、ナイフを持ってそれを追いかけていく男を目撃したオズワルドは、慌てて人を呼びに王宮へと走った。
直前に、ソフィリアにぎゃふんと言わされていたこともあり、凶器を持った男は自分一人の手には負えないと考えたのだろうが、その判断は正しかったといえよう。
王宮に辿り着いた彼が、警護に当たっていた騎士に助けを求めようとしたところに、ヴィオラントやロレットー公爵と連れ立ったルドヴィークが通りかかったのは、まったくの偶然だった。
オズワルドから話を聞いたルドヴィークは、警護の騎士達が止めるのも聞かずに庭園へと駆け出し、兄であるヴィオラントもそれに続く。
ユリウスに知らせたのは、伯父のロレットー公爵だったようだ。
とはいえ、広大なグラディアトリア城の庭園の中、王宮よりも城門に近い場所にいたソフィリア達を見つけ出すのは容易ではなかっただろう。
それなのに、ルドヴィークがこんなに早く駆けつけることができたのは、実は偶然でも奇跡でもなかった。
「あの目印のおかげだな。月明かりに照らされて、遠くからでもよく見えたんだ」
「目印、ですか?」
ソフィリアはルドヴィークが指差す先――頭上を見上げて、あっと声を上げる。
「あれは――もしかして、プチセバス!?」
シオンが、次いで男が現れた茂みのすぐ側に立つ木の上に、さっきソフィリアの懐から吹っ飛んでいったプチセバスらしきものの姿があった。
ソフィリアを驚かせたのは、その有様だ。
なんと、葉と茎、蔓からなる自身を用いて、でかでかと下向きの矢印を形作っているではないか。
それが、ルドヴィークの言うように月に照らされて、ソフィリア達の居場所を伝える目印の役目を果たしていたのである。
「それにしても……どうして急にあんなに成長しているんでしょうか?」
つい先ほどまで、プチセバスはまだ小さな若葉で、茎や蔓を含めても両手に収まるくらいの大きさでしかなかった。
それなのに木の上の彼は、いまや茎も蔓も立派に伸び、葉だって何枚にも増えている。
あまりに急激な成長をしたプチセバスの姿に、ソフィリアは戸惑いを隠せなかった。
幸い、この場には植物に詳しい者が居合わせた。ヴィオラントだ。
この王城の庭を作ったロバート・ウルセルに師事していたばかりか、プチセバスの大本であるレイスウェイク大公爵家の蔦執事セバスチャンも、元々は彼の実験と偶然が重なった末の産物らしい。
ヴィオラントは、仰向きすぎて後ろにひっくり返りそうになったシオンを抱き上げると、興味深そうにプチセバスを見上げて言った。
「植物には、月明かりで成長するものもあるという。あれは、太陽の光よりも月の光の方が合うのだろう」
「まあ、それで……どうりで、昼間に窓辺に置いてもなかなか育たないわけです」
なかなか成長しない彼にずっと気を揉んでいたが、思いがけない出来事によってその原因が判明した。
そうこうしているうちに、当のプチセバスも事態が収拾したことに気づいたのだろう。
お役御免とばかりに、木の上からしゅるしゅると降りてくる。
植物らしからぬその活動的な姿に、見慣れていないモディーニは完全に引いてしまって、側に立つユリウスの袖を縋るみたいに握りしめた。
一方、地面に腰を下ろしたままのソフィリアは、黄緑色の葉と茎と蔓でもって、褒めて褒めてとばかりに戯れ付かれる。
動物とは違って体温のないその身はひんやりとして、何だか不思議な心地がする。
今回こうして、ルドヴィーク達に危険を知らせることでソフィリアを救ってくれたプチセバスも、八年前にスミレを攫った無知で傲慢な公爵令嬢ソフィリアを止めたのも、蔦執事セバスチャンから分かたれたポトスだった。
八年前は、ソフィリアは父の一存によって皇妃候補から外れることになったのだが、しかしよくよく考えてみれば、あの時に愚かな行いを止めてもらえたからこそ、今のソフィリアがあるのかもしれない。
そう思うと、最初に出会ったポトスもまた、彼女に人生を見つめ直す機会を与え、自立した一人の人間へと成長させた功労者と言えるだろう。
「……ありがとう、プチセバス」
ソフィリアは、万感の思いを込めてそう呟く。
そんな彼女の不揃いの髪を、さっきルドヴィークがそうしたように、緑色の柔らかな葉が慈しむように撫でた。
王宮の方が徐々に騒がしくなってきた。
パトラーシュの騎士団の制服を着た者を、グラディアトリアの騎士達が連行したとあっては、騒ぎになって当然だろう。
ましてや、前者にグラディアトリアの皇帝補佐官が襲われているのを目撃したオズワルドは、コンラートからの客人である。
三国間宰相会議は明日で終了するはずだったが、今回ばかりはつつがなくとはいかないようだ。
ルドヴィークと自分の明日の予定は立て直す必要がありそうだ、とソフィリアは人知れずため息を吐く。
そんな彼女に、ほら、と片手を差し出してきたのは、先に立ち上がったルドヴィークだ。
けれども、ソフィリアはその手をじっと見つめるばかりで、なかなか取ろうとはしない。
不思議に思ったルドヴィークが、首を傾げかけた時だった。
「……陛下、お願いがあるのですが」
「うん?」
「あっ……いいえ、やっぱりいいです。なんでもないです」
「んん?」
ソフィリアは愛想笑いを浮かべてルドヴィークから顔を逸らすと、離れたところでモディーニと並んで立っている弟を呼ぼうとする。
ところが、ルドヴィークがすかさずそれを遮った。
「なんなんだ、ソフィ。私に何か言いかけたんじゃないのか?」
「そうなんですけど……やっぱり、ユリウスに頼もうかと……」
彼女にしては珍しく歯切れの悪い様子に、せっかく立ち上がっていたルドヴィークが、不服そうな顔をしてしゃがみ直してしまう。
どういうことだ、と詰め寄られてしまえば、ソフィリアは観念するしかなかった。
「あの、たいへんお恥ずかしい話なんですが……実はその、腰が抜けてしまいまして」
「ん? 腰?」
「はい。この通り、立てそうにありませんので、ユリウスにおぶって行ってもらおうかと」
「おぶって……」
腰が抜けたと白状したソフィリアに、ルドヴィークは一瞬ぽかんとした顔をする。
けれどもすぐに、さっきよりもさらに不服そうな表情になって、彼女に詰め寄った。
「納得いかないんだが? ユリウスはよくて、なぜ私ではだめなんだ」
「だって、陛下……パトラーシュとコンラートの方達がいらっしゃっているんですよ? 部下をおぶっている姿なんか見られてしまっては、陛下の沽券にかかわりますでしょう? その点、ユリウスは弟ですから、少々体裁が悪かろうが心が痛みません」
「ちょっと、聞こえてますけどー。こっちも、子守りで手一杯なんですけどねー?」
「……っ、子守りって言わないでください!」
二人のやりとりに、ユリウスがしかめっ面で口を挟む。
その言い草が不服だったらしいモディーニは、慌てて彼の袖から手を離してきっと睨みつけた。
しかし、その後に続いたユリウスとモディーニの言い合う声も、ルドヴィークの耳には入ってはいなかったようだ。
彼は額と額がぶつかりそうなくらいに顔を近づけると、ソフィリアの瞳を覗き込んで言った。
「――お前に虚勢を張らせなければ保てないような沽券なら必要ない。さっき、そう言っただろう」
そうして、これ以上の問答は不要とばかりに、有無を言わさず彼女を抱き上げる。
背におぶうのではなく、背中と膝の裏に腕を回して、それはそれは大事そうに。
「へ、陛下……!?」
予想外の展開に、さしものソフィリアも目を白黒させた。
そんな二人をヴィオラントの首筋に抱き着いて見守っていたシオンが、ぷにぷにの頬を父のそれに押し付けつつ呟く。
「ああういうのを〝怪我の功名〟って言うんだよね? 父上」
「ああ、そうだな」
末弟の頼もしい背中と、愛妻そっくりの息子のしたり顔に、ヴィオラントもその美貌をほのかに綻ばせた。
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