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03)忌み地
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人間には、近づいてはいけない場所がある。
それは単なる噂や迷信ではなく、長い年月をかけて積み重ねられた、誰かの経験と恐怖の結晶だ。
私は、それを無視してしまった。
大学卒業後、私は地方新聞社の記者として働いていた。
オカルトや未解決事件を専門とする部署で、「消えた村」や「呪われた神社」などの記事を書くことが多かった。
ほとんどは都市伝説の類で、真相を調べれば単なる風評被害や過去の事件が絡んでいるに過ぎない。
そんな中、私はある村についての話を聞いた。
「記者さん、知ってるかい? 〇〇町の山奥に“誰も住んでいないのに人影が見える”場所があるんだってよ」
酒場で取材をしていた時、地元の老人が興味深そうに語った。
「ただの空き家じゃないんですか?」
「いや、違う。昔はそこに村があったんだ。でも、ある時を境に、みんな消えちまった。
噂じゃ、村人がひとり、またひとりと消えて……最後には村ごと跡形もなく消えたって話だ」
私は興味を引かれた。過去の事件を掘り返せば、何かしらの記事になるかもしれない。
***********************************
その話を聞いてから数日後、私は単独でその村へ向かった。
地元の地図には、その村の名前は載っていなかった。
しかし、戦前の古い地図には確かに存在していた。
私は、山道を車で進んだ。道は次第に荒れ果て、やがて舗装すらされていない細い山道へと変わる。
しばらく進むと、車が入れそうにないほどの倒木と茂みに行く手を阻まれた。
「ここからは歩きか……」
私はカメラとノートを持ち、徒歩で先へ進んだ。
薄暗い森の中を抜けると、開けた場所に出た。そこには、いくつかの朽ち果てた家屋が並んでいた。
村の跡だ。
家の壁は崩れ、屋根には大きな穴が空いている。誰も住んでいないのは明らかだった。
しかし——
私は、妙な違和感を覚えた。
誰も住んでいないはずなのに、つい最近まで人がいたような気配がある。
家の中を覗くと、埃をかぶった家具がそのまま残っていた。
食器も揃っており、まるで人々が突然姿を消したかのようだった。
ふと、私はある一軒の家に目を向けた。
ドアが半開きになっている。
「……誰かいるのか?」
思わず声をかけたが、当然、返事はない。
恐る恐る中に足を踏み入れた。
室内はひどく荒れていたが、床には奇妙な黒い染みが広がっていた。まるで何かが焦げたような跡だ。
奥の部屋に進むと、そこには——
人形が、びっしりと並んでいた。
大小さまざまな人形が、私の方を向いている。
どれも埃を被っているのに、目だけは生気が宿っているかのように鋭く光っていた。
「……気持ち悪いな」
私は背筋が寒くなり、部屋を出ようとした。
その時だった。
ギシッ……
後ろで何かが動いた音がした。
振り返ると——
人形が、一体だけ倒れていた。
私は全身の血が引いた。
「……風か?」
だが、窓は閉まっている。風の影響とは思えない。
私は急いでその家を出ることにした。
外に出ると、妙なことに気がついた。
さっきまで晴れていたはずの空が、真っ暗になっていた。
まるで時間が一気に進んだかのように、辺りは闇に包まれていた。
「……そんなはずはない。まだ昼だったはずだ」
私は焦りを覚え、来た道を戻ろうとした。
しかし——
道が、消えていた。
正確に言うと、道だった場所が、見知らぬ森に変わっていたのだ。
おかしい。私は一本道を歩いてきたはずだ。
だが、今目の前に広がっているのは、見たことのない木々ばかり。
私は息を呑んだ。
「……迷った?」
そんなはずはない。私は方向感覚には自信がある。
だが、どこを見渡しても、見覚えのある景色がない。
そして——
森の奥から、人の話し声が聞こえた。
私は凍りついた。
誰もいないはずの場所から、低い囁き声が聞こえる。
耳を澄ませると、それは何人もの声だった。
だが——
言葉になっていない。
人の声であることは確かだが、その内容はまるで理解できない。
私は、無意識に後ずさった。
その時、足元で何かを踏んだ。
しゃがんで確認すると、それは古い写真だった。
白黒の集合写真。そこには十数人の村人が写っていた。
その中のひとり——中央に立つ女性が、じっと私を見ているように感じた。
次の瞬間、写真の女性の顔が、ゆっくりと微笑んだ。
「……っ!」
私は恐怖のあまり、写真を投げ捨て、全速力で駆け出した。
どれだけ走ったか分からない。
だが、どこまで行っても出口がない。
息を切らしながら立ち止まった時、ふと気づいた。
村の入り口に戻っている。
そんなはずはない。私はまっすぐ走ったはずだ。
それなのに、気づけばまた、あの朽ちた家々の前に立っている。
そして——
さっきまで誰もいなかった村の中に、無数の人影が立っていた。
全員が、こちらをじっと見ている。
その顔は、ぼんやりと滲んでいて、目だけが異様に黒く沈んでいた。
私は、叫びそうになるのを必死にこらえた。
次の瞬間、視界が暗転した。
***********************************
気がつくと、私は車の中にいた。
周囲は明るく、時計を見ると午後二時だった。
——何が起こったのか?
私は、村の方を振り返った。
そこには、何もなかった。
まるで最初から、そんな村など存在しなかったかのように——。
それは単なる噂や迷信ではなく、長い年月をかけて積み重ねられた、誰かの経験と恐怖の結晶だ。
私は、それを無視してしまった。
大学卒業後、私は地方新聞社の記者として働いていた。
オカルトや未解決事件を専門とする部署で、「消えた村」や「呪われた神社」などの記事を書くことが多かった。
ほとんどは都市伝説の類で、真相を調べれば単なる風評被害や過去の事件が絡んでいるに過ぎない。
そんな中、私はある村についての話を聞いた。
「記者さん、知ってるかい? 〇〇町の山奥に“誰も住んでいないのに人影が見える”場所があるんだってよ」
酒場で取材をしていた時、地元の老人が興味深そうに語った。
「ただの空き家じゃないんですか?」
「いや、違う。昔はそこに村があったんだ。でも、ある時を境に、みんな消えちまった。
噂じゃ、村人がひとり、またひとりと消えて……最後には村ごと跡形もなく消えたって話だ」
私は興味を引かれた。過去の事件を掘り返せば、何かしらの記事になるかもしれない。
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その話を聞いてから数日後、私は単独でその村へ向かった。
地元の地図には、その村の名前は載っていなかった。
しかし、戦前の古い地図には確かに存在していた。
私は、山道を車で進んだ。道は次第に荒れ果て、やがて舗装すらされていない細い山道へと変わる。
しばらく進むと、車が入れそうにないほどの倒木と茂みに行く手を阻まれた。
「ここからは歩きか……」
私はカメラとノートを持ち、徒歩で先へ進んだ。
薄暗い森の中を抜けると、開けた場所に出た。そこには、いくつかの朽ち果てた家屋が並んでいた。
村の跡だ。
家の壁は崩れ、屋根には大きな穴が空いている。誰も住んでいないのは明らかだった。
しかし——
私は、妙な違和感を覚えた。
誰も住んでいないはずなのに、つい最近まで人がいたような気配がある。
家の中を覗くと、埃をかぶった家具がそのまま残っていた。
食器も揃っており、まるで人々が突然姿を消したかのようだった。
ふと、私はある一軒の家に目を向けた。
ドアが半開きになっている。
「……誰かいるのか?」
思わず声をかけたが、当然、返事はない。
恐る恐る中に足を踏み入れた。
室内はひどく荒れていたが、床には奇妙な黒い染みが広がっていた。まるで何かが焦げたような跡だ。
奥の部屋に進むと、そこには——
人形が、びっしりと並んでいた。
大小さまざまな人形が、私の方を向いている。
どれも埃を被っているのに、目だけは生気が宿っているかのように鋭く光っていた。
「……気持ち悪いな」
私は背筋が寒くなり、部屋を出ようとした。
その時だった。
ギシッ……
後ろで何かが動いた音がした。
振り返ると——
人形が、一体だけ倒れていた。
私は全身の血が引いた。
「……風か?」
だが、窓は閉まっている。風の影響とは思えない。
私は急いでその家を出ることにした。
外に出ると、妙なことに気がついた。
さっきまで晴れていたはずの空が、真っ暗になっていた。
まるで時間が一気に進んだかのように、辺りは闇に包まれていた。
「……そんなはずはない。まだ昼だったはずだ」
私は焦りを覚え、来た道を戻ろうとした。
しかし——
道が、消えていた。
正確に言うと、道だった場所が、見知らぬ森に変わっていたのだ。
おかしい。私は一本道を歩いてきたはずだ。
だが、今目の前に広がっているのは、見たことのない木々ばかり。
私は息を呑んだ。
「……迷った?」
そんなはずはない。私は方向感覚には自信がある。
だが、どこを見渡しても、見覚えのある景色がない。
そして——
森の奥から、人の話し声が聞こえた。
私は凍りついた。
誰もいないはずの場所から、低い囁き声が聞こえる。
耳を澄ませると、それは何人もの声だった。
だが——
言葉になっていない。
人の声であることは確かだが、その内容はまるで理解できない。
私は、無意識に後ずさった。
その時、足元で何かを踏んだ。
しゃがんで確認すると、それは古い写真だった。
白黒の集合写真。そこには十数人の村人が写っていた。
その中のひとり——中央に立つ女性が、じっと私を見ているように感じた。
次の瞬間、写真の女性の顔が、ゆっくりと微笑んだ。
「……っ!」
私は恐怖のあまり、写真を投げ捨て、全速力で駆け出した。
どれだけ走ったか分からない。
だが、どこまで行っても出口がない。
息を切らしながら立ち止まった時、ふと気づいた。
村の入り口に戻っている。
そんなはずはない。私はまっすぐ走ったはずだ。
それなのに、気づけばまた、あの朽ちた家々の前に立っている。
そして——
さっきまで誰もいなかった村の中に、無数の人影が立っていた。
全員が、こちらをじっと見ている。
その顔は、ぼんやりと滲んでいて、目だけが異様に黒く沈んでいた。
私は、叫びそうになるのを必死にこらえた。
次の瞬間、視界が暗転した。
***********************************
気がつくと、私は車の中にいた。
周囲は明るく、時計を見ると午後二時だった。
——何が起こったのか?
私は、村の方を振り返った。
そこには、何もなかった。
まるで最初から、そんな村など存在しなかったかのように——。
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