怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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09)病室の窓

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私は、病院が苦手だ。
 消毒液の匂い、白く無機質な廊下、無音と機械音が混ざる異様な静寂。
 そこにはいつも、生と死の狭間にある、得体の知れない“何か”が潜んでいる気がする。

 この話は、私が看護師として勤めていた頃に実際に体験した出来事だ。

***********************************

 あの病室に入院していたのは、七十代の男性患者だった。
 彼は末期の肺癌で、すでに意識は朦朧としており、家族の見舞いもほとんどなかった。

 そして、その夜——

「〇〇号室の患者さんがいないんです!」

 夜勤の看護師が、息を切らせながらナースステーションに駆け込んできた。

 病室を確認すると、確かに患者は消えていた。

 点滴スタンドはそのまま、布団もほとんど乱れていない。

 しかし、扉は内側から閉まっており、監視カメラにも廊下を歩く姿は映っていなかった。

「……まさか、自力で歩いた?」

 だが、それは考えにくい。

 彼はベッドから起き上がる力すらなかったはずだ。

 何より、不自然だったのは——

 窓がわずかに開いていたことだった。

 病室は四階にあり、外は駐車場になっている。
 窓から飛び降りたのなら、下に遺体があるはずだ。

 しかし、何もない。

 私はぞっとした。

 ……では、彼はどこへ消えたのか?

 窓際に立ち、駐車場を見下ろした。

 すると——

 下に、人影が立っていた。

 遠く、街灯の明かりの下に、ぼんやりとした白い影。

 それは、こちらを見上げていた。

「……まさか」

 私は背筋が凍った。

 それは、消えた患者だった。

 だが——

 おかしい。

 彼が歩いて病院の外に出た形跡はない。

 そもそも、こんな短時間で移動できるはずがない。

 では、あれは——?

 看護師たちと慌てて駐車場へ降りたが、そこには誰もいなかった。

「……確かに、そこにいたんです」

 私は震える声で言った。

 だが、誰も信じてくれなかった。

 その時——

ピンポーン

 ナースステーションのインターホンが鳴った。

 モニターを見ると、そこには病院の裏口に立つ白い影が映っていた。

「……」

 全員、声を失った。

 深夜の無人の裏口。

 そこに映っていたのは、確かに消えた患者だった。

 彼は、ゆっくりとインターホンのカメラを覗き込み、微笑んだ。

「帰るよ……」

 次の瞬間、画面が砂嵐になった。

 翌朝、警察が捜索を始めた。

 そして、奇妙なことが判明した。

 患者の遺体が見つかったのだ。

 病院の屋上で。

 しかし、屋上のドアは施錠されており、患者が自力で上がることは不可能だった。

 監視カメラにも、誰も映っていない。

 そして、もうひとつの異常があった。

 彼の顔は、穏やかに微笑んでいたのだ。

***********************************

 あの夜、彼は本当に病院の外にいたのか?

 それとも——

 窓の外に立っていた彼は、“何か別のもの”だったのか。

 今でも、あの病室の窓を思い出すと、背筋が寒くなる。

 あの時、私は何を見たのだろうか——。
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