怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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10)深夜のコンビニ

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 深夜のコンビニには、独特の空気がある。
 客はまばらで、店内にはレジの電子音と冷蔵庫の低い唸りが響くだけ。
 昼間の活気とは違い、そこはまるで世界から切り離された小さな箱のようだった。

 私は学生時代、コンビニで夜勤のアルバイトをしていた。
 平日は比較的静かで、暇な時間が多かったが、週末の深夜には奇妙な客が増える。
 酔っ払い、終電を逃した会社員、夜遊び帰りの若者——そして、時折、“普通ではないもの”が現れる。

 この話は、私が実際に体験した、忘れられない一夜の出来事である。

***********************************

 その日も、私はいつものようにカウンターに立ち、暇つぶしに新商品のポップを作っていた。
 深夜3時を過ぎると客足は途絶え、店内はほぼ無人だった。

 ふと、店舗入り口の自動ドアが開く音がした。

 顔を上げると、ひとりの女性が入ってくるのが見えた。

 だが——

 その女性の動きは、どこかおかしかった。

 まるで足が地面についていないような、ふわりとした歩き方をしていた。

 それだけではない。

 彼女は、異常に長い髪で顔を隠していたのだ。

 その髪は肩を越え、腰のあたりまで伸び、顔の輪郭すら見えない。

 「……いらっしゃいませ」

 私は、できるだけ平静を装いながら声をかけた。

 しかし、女性は返事をせず、ゆっくりと店内の奥へ進んでいった。

 私は、女性の様子をさりげなく観察していた。

 彼女は、まるで何かを探しているようだった。

 だが、不思議なことに、商品を手に取ることはなかった。

 彼女はひとつの棚の前で立ち止まり、微動だにしない。

 私は妙な不安を覚え、そっと声をかけた。

 「……何かお探しですか?」

 女性は、ぴたりと動きを止めた。

 そして、ゆっくりと振り向いた。

 その瞬間、私は息を呑んだ。

 顔が、ない。

 いや、正確には、顔全体が髪で覆われているのだ。

 それなのに——

 彼女が、こちらを見ているのが分かった。

 私は全身の毛が逆立つのを感じた。

 すぐに目を逸らし、レジへ戻ろうとした。

 その時——

 ピッ

 店内のBGMが、不自然に途切れた。

 次の瞬間、冷蔵庫のモーター音、電子レンジの低い振動音——
 それらすべてが、一瞬にして消えた。

 コンビニの中から、音がなくなったのだ。

 静寂。

 不気味な、圧迫感のある沈黙。

 私は、耐えきれずにレジの横に置いてあるインカムを手に取った。

 「……もしもし、店長?」

 しかし、返答はない。

 異変を察し、私は恐る恐る顔を上げた。

 すると——

 さっきまでいたはずの女性が、消えていた。

 異常な静寂は、ほんの数秒だった。

 ピッ——

 再びBGMが流れ出し、冷蔵庫のモーター音が戻る。

 まるで、何事もなかったかのように。

 だが、私は確かに見たのだ。

 あの女性が、ありえない動きをしていたことを。

 「……カメラを確認しよう」

 私は、バックヤードへ入り、防犯カメラの映像を巻き戻した。

 しかし——

 そこに映っていたのは、空っぽの店内だった。

 私は凍りついた。

 彼女は、カメラには映っていなかったのだ。

 まるで、最初から存在しなかったかのように——。

 朝になり、交代のスタッフが出勤してきた。

 私は夜の出来事を話そうとしたが、何をどう説明すればいいのか分からなかった。

 それでも、とにかく防犯カメラを見てもらおうと思い、バックヤードへ向かった。

 だが——

「……あれ?」

 映像が、消えていた。

 昨夜の3時から4時までのデータだけが、完全に欠落していたのだ。

 「こんなこと、あるんですか?」

 先輩スタッフに尋ねると、彼は神妙な顔でこう言った。

 「実は……このコンビニ、昔から深夜に“変な客”が来るって噂があるんだよ」

 「変な客?」

 「そう……髪の長い女の人が来るって。で、必ずカメラには映らないらしい」

***********************************

 私は、その後すぐにコンビニの夜勤を辞めた。

 あの夜のことを考えると、今でも背筋が寒くなる。

 あの女性は、一体何だったのか?

 なぜカメラには映らなかったのか?

 そして——

 彼女は、一体“何を探していたのか”?

 あのコンビニは、今でも営業を続けている。

 もし、深夜に髪の長い女性を見かけたら——

 決して、目を合わせてはいけない。
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