9 / 147
09)病室の窓
私は、病院が苦手だ。
消毒液の匂い、白く無機質な廊下、無音と機械音が混ざる異様な静寂。
そこにはいつも、生と死の狭間にある、得体の知れない“何か”が潜んでいる気がする。
この話は、私が看護師として勤めていた頃に実際に体験した出来事だ。
***********************************
あの病室に入院していたのは、七十代の男性患者だった。
彼は末期の肺癌で、すでに意識は朦朧としており、家族の見舞いもほとんどなかった。
そして、その夜——
「〇〇号室の患者さんがいないんです!」
夜勤の看護師が、息を切らせながらナースステーションに駆け込んできた。
病室を確認すると、確かに患者は消えていた。
点滴スタンドはそのまま、布団もほとんど乱れていない。
しかし、扉は内側から閉まっており、監視カメラにも廊下を歩く姿は映っていなかった。
「……まさか、自力で歩いた?」
だが、それは考えにくい。
彼はベッドから起き上がる力すらなかったはずだ。
何より、不自然だったのは——
窓がわずかに開いていたことだった。
病室は四階にあり、外は駐車場になっている。
窓から飛び降りたのなら、下に遺体があるはずだ。
しかし、何もない。
私はぞっとした。
……では、彼はどこへ消えたのか?
窓際に立ち、駐車場を見下ろした。
すると——
下に、人影が立っていた。
遠く、街灯の明かりの下に、ぼんやりとした白い影。
それは、こちらを見上げていた。
「……まさか」
私は背筋が凍った。
それは、消えた患者だった。
だが——
おかしい。
彼が歩いて病院の外に出た形跡はない。
そもそも、こんな短時間で移動できるはずがない。
では、あれは——?
看護師たちと慌てて駐車場へ降りたが、そこには誰もいなかった。
「……確かに、そこにいたんです」
私は震える声で言った。
だが、誰も信じてくれなかった。
その時——
ピンポーン
ナースステーションのインターホンが鳴った。
モニターを見ると、そこには病院の裏口に立つ白い影が映っていた。
「……」
全員、声を失った。
深夜の無人の裏口。
そこに映っていたのは、確かに消えた患者だった。
彼は、ゆっくりとインターホンのカメラを覗き込み、微笑んだ。
「帰るよ……」
次の瞬間、画面が砂嵐になった。
翌朝、警察が捜索を始めた。
そして、奇妙なことが判明した。
患者の遺体が見つかったのだ。
病院の屋上で。
しかし、屋上のドアは施錠されており、患者が自力で上がることは不可能だった。
監視カメラにも、誰も映っていない。
そして、もうひとつの異常があった。
彼の顔は、穏やかに微笑んでいたのだ。
***********************************
あの夜、彼は本当に病院の外にいたのか?
それとも——
窓の外に立っていた彼は、“何か別のもの”だったのか。
今でも、あの病室の窓を思い出すと、背筋が寒くなる。
あの時、私は何を見たのだろうか——。
消毒液の匂い、白く無機質な廊下、無音と機械音が混ざる異様な静寂。
そこにはいつも、生と死の狭間にある、得体の知れない“何か”が潜んでいる気がする。
この話は、私が看護師として勤めていた頃に実際に体験した出来事だ。
***********************************
あの病室に入院していたのは、七十代の男性患者だった。
彼は末期の肺癌で、すでに意識は朦朧としており、家族の見舞いもほとんどなかった。
そして、その夜——
「〇〇号室の患者さんがいないんです!」
夜勤の看護師が、息を切らせながらナースステーションに駆け込んできた。
病室を確認すると、確かに患者は消えていた。
点滴スタンドはそのまま、布団もほとんど乱れていない。
しかし、扉は内側から閉まっており、監視カメラにも廊下を歩く姿は映っていなかった。
「……まさか、自力で歩いた?」
だが、それは考えにくい。
彼はベッドから起き上がる力すらなかったはずだ。
何より、不自然だったのは——
窓がわずかに開いていたことだった。
病室は四階にあり、外は駐車場になっている。
窓から飛び降りたのなら、下に遺体があるはずだ。
しかし、何もない。
私はぞっとした。
……では、彼はどこへ消えたのか?
窓際に立ち、駐車場を見下ろした。
すると——
下に、人影が立っていた。
遠く、街灯の明かりの下に、ぼんやりとした白い影。
それは、こちらを見上げていた。
「……まさか」
私は背筋が凍った。
それは、消えた患者だった。
だが——
おかしい。
彼が歩いて病院の外に出た形跡はない。
そもそも、こんな短時間で移動できるはずがない。
では、あれは——?
看護師たちと慌てて駐車場へ降りたが、そこには誰もいなかった。
「……確かに、そこにいたんです」
私は震える声で言った。
だが、誰も信じてくれなかった。
その時——
ピンポーン
ナースステーションのインターホンが鳴った。
モニターを見ると、そこには病院の裏口に立つ白い影が映っていた。
「……」
全員、声を失った。
深夜の無人の裏口。
そこに映っていたのは、確かに消えた患者だった。
彼は、ゆっくりとインターホンのカメラを覗き込み、微笑んだ。
「帰るよ……」
次の瞬間、画面が砂嵐になった。
翌朝、警察が捜索を始めた。
そして、奇妙なことが判明した。
患者の遺体が見つかったのだ。
病院の屋上で。
しかし、屋上のドアは施錠されており、患者が自力で上がることは不可能だった。
監視カメラにも、誰も映っていない。
そして、もうひとつの異常があった。
彼の顔は、穏やかに微笑んでいたのだ。
***********************************
あの夜、彼は本当に病院の外にいたのか?
それとも——
窓の外に立っていた彼は、“何か別のもの”だったのか。
今でも、あの病室の窓を思い出すと、背筋が寒くなる。
あの時、私は何を見たのだろうか——。
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
洒落にならない怖い話【短編集】
鍵谷端哉
ホラー
【累計55万PV突破‼】
話題作「アンケートに答えたら、人生が終わった話」が10万PVを記録。
日常に潜む“逃げ場のない恐怖”を集めた、戦慄の短編集。
その違和感は、もう始まっている。
帰り道、誰もいないはずの部屋、何気ない会話。
どこにでもある日常が、ある瞬間、取り返しのつかない異常へと変わる。
意味が分かると凍りつく話。
理由もなく、ただ追い詰められていく話。
そして、最後の一行で現実がひっくり返る話。
1話1000〜2000文字。隙間時間で読める短編ながら、
読み終えたあと、ふとした静寂が怖くなる。
これはすべて、どこかで起きていてもおかしくない話。
――あなたのすぐ隣でも。
洒落にならない実話風・創作ホラー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。