怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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11)新宿の赤い傘(東京)

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東京には数えきれないほどの都市伝説がある。
 幽霊マンション、異界へ続く階段、夜中に誰もいないはずの電車に乗る女。
 だが、その多くは作り話か、誰かが話を盛ったものに過ぎない。

 しかし——

 私は、ひとつだけ確信している。
 新宿の赤い傘の話は、本物だ。

 私は都内の出版社で働くライターだ。
 ホラー特集や都市伝説に関する記事を手がけることが多く、怪談好きの間ではそこそこ知られた存在だった。

 ある日、友人の編集者が、こんな話を持ちかけてきた。

「ねえ、新宿の赤い傘って知ってる?」

「……初めて聞いた。何それ?」

 彼はニヤリと笑い、続けた。

「新宿駅の東口近くで、深夜に赤い傘を差した女が立ってるんだって。で、その傘を“拾ってしまう”と——二度と帰れなくなるらしい」

「拾ってしまう?」

「そう。まるで誰かが置き忘れたみたいに、赤い傘がぽつんと落ちてるらしいんだよ。
 でも、拾った瞬間——後ろに誰かが立ってるって話」

 私は苦笑した。

「よくある都市伝説じゃない?」

「まあね。でも、実際にそれを見たって人がいるんだよ」

 そう言って、彼はスマホを取り出し、あるSNSの投稿を見せてきた。

『新宿東口で赤い傘を見た。気になって拾おうとしたら、後ろから誰かが囁いた——「それは私のよ」って』

 そして、その投稿をしたアカウントは——

 翌日から、一切更新されていなかった。

***********************************

 私は記事のネタになると思い、その都市伝説を調べ始めた。

 過去の掲示板、怪談系のブログ、オカルトフォーラム。
 すると、いくつかの共通点が見えてきた。

 目撃例は深夜1時から3時の間に集中している。
 赤い傘は、必ず東口のコインロッカー周辺に現れる。
 傘を拾ってしまうと、後ろに女が立っている。
 だが、奇妙なのは——

 傘を拾った人の“その後”が、一切記録されていないことだった。

 新宿東口 午前2時
 私は、深夜の新宿東口に向かった。

 時間は午前2時。
 駅前の喧騒は少し落ち着いていたが、それでも酔客やタクシー待ちの人々がちらほらいた。

 「……本当にあるのか?」

 私は半信半疑で、コインロッカーの前へ向かった。

 そして——

 そこに、赤い傘はあった。

 古びた赤いビニール傘。

 まるで誰かが忘れていったかのように、ロッカーの前に置かれている。

 「……マジか」

 私は、そっと傘に手を伸ばした。

 その瞬間——

 背後から、冷たい息がかかった。

「それは、私のよ」

 私は、心臓が止まりそうになった。

 振り向くと、すぐ後ろに女が立っていた。

 彼女は、異様に長い黒髪をしていた。
 顔はうっすらとしか見えなかったが、口元だけが赤く濡れていた。

 私は、逃げなければと思った。

 だが——

 足が動かない。

 新宿駅の東口は、さっきまでと同じはずだった。

 しかし、何かが違う。

 周囲にいたはずの人々が、すべて消えていた。

 タクシーの列も、コンビニの明かりも、どこにもない。

 まるで——

 自分だけが、異界に引きずり込まれたようだった。

 女は、にたりと笑った。

「代わりに、なってくれる?」

 私は、何のことか分からなかった。

 すると、足元の赤い傘が、ゆっくりと開いた。

 その内側には——

 無数の手形がついていた。

 私は、叫び声を上げた。

 その瞬間——

「おい、大丈夫か?」

 声がした。

 気がつくと、私は地面に座り込んでいた。

 そこは——いつもの新宿東口だった。

 周囲にはタクシーの列。
 コンビニの明かりが見え、酔っ払いの笑い声が響く。

 私は慌てて振り返った。

 女は、いなかった。

 だが、地面を見ると——

 赤い傘だけが残されていた。

 私は、這うようにその場を離れた。

 翌日、記事を書くためにあの傘のことを調べたが、あの夜のことを説明できるような情報はどこにもなかった。

***********************************

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。

 あの赤い傘を拾ってしまったら——

 もう、元の世界には戻れなかったのかもしれない。

 そして、私は気づいた。

 SNSを検索すると——

『新宿東口で赤い傘を見た。拾おうとしたら、後ろから誰かが囁いた——「それは私のよ」って』

 そんな投稿をしているアカウントを見つけた。

 だが、そのアカウントは——

 翌日から、一切更新されていなかった。
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