怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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38)消えた救急車

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これは、ある救急隊員が体験した出来事である。
 東京都内で十年以上勤務し、多くの緊急搬送を経験してきたA隊員。
 しかし、ある夜の出動は、今までのどんな現場とも違っていた。

***********************************

 その日、A隊員の所属する救急隊は、午後11時過ぎに出動指令を受けた。

 「40代男性、意識不明、呼吸なし。○○区△△町、マンション302号室」

 深夜の出動は珍しくない。
 A隊員と同僚2人は、すぐに現場へ向かった。

 しかし、出動中に指令センターから再び連絡が入る。

 「通報者と連絡が取れません」

 現場へ向かう救急車の中で、A隊員は違和感を覚えた。

 「でも、最初に通報は入ってるんだろ?」

 「ええ。確かに119番にかかってきた記録があります。でも、その後、何度かけ直しても応答がないんです」

 何かがおかしい。

 だが、現場に着いてみると——

 さらに不可解なことが起こっていた。

 マンションの前で車を降り、隊員たちはすぐにエントランスへ向かった。

 管理人はすでに不在だったが、インターホンで他の住人に声をかけ、エントランスを開けてもらった。

 隊員たちは302号室を目指す。

 しかし——

 マンションの部屋番号は301号室までしかなかった。

 「302号室なんて、最初から存在しないんじゃないか?」

 「いや、でも通報は確かにこのマンションから……」

 しばらく考え込んでいると、不意に——

 エレベーターの奥から“何か”が覗いているのが見えた。

 エレベーターは誰も操作していないのに開いていた。

 A隊員が懐中電灯を向けると——

 奥に、誰かが立っていた。

 暗闇の中に、妙に不自然な姿勢でたたずむ人影。

 それは、まるで“こちらをじっと見ている”かのようだった。

 「……すみません、救急隊です。通報した方ですか?」

 声をかけた瞬間——

 エレベーターのドアが、音もなく閉じた。

 誰かが乗っていたはずなのに、表示パネルにはどの階にも動いていないことが示されていた。

 通報がいたずらだった可能性も考え、A隊員たちは撤収することにした。

 救急車に戻り、指令センターに連絡を入れる。

 「現場に302号室は存在せず、通報者とも連絡が取れませんでした。撤収します」

 すると、指令センターの担当者が妙なことを言った。

 「……隊員さん、どこにいるんですか?」

 「どこって……○○区△△町のマンション前ですが?」

 「おかしいですね。GPSの位置情報が、そこではなく……」

 「どこになってます?」

 「別の場所に……動いていることになっています」

 A隊員は、思わず周囲を見回した。

 確かに、彼らはマンションの前にいる。

 だが、指令センターのGPSでは、救急車は10km以上離れた郊外の山中にいることになっていた。

 混乱しながらも、隊員たちは救急車に乗り込み、基地へ戻ることにした。

 しかし、エンジンをかけた瞬間、車内の通信機が**ザーッ……ザーッ……**と不気味なノイズを発した。

 そして——

 「助けて……」

 かすかに、女性の声が混じっていた。

 「……誰だ?」

 A隊員が通信機を手に取ったその時、車内のすべての照明が消えた。

 そして、真っ暗な車内で——

 誰かが“後部座席”に座っていた。

 A隊員は、恐る恐る後部座席を振り返った。

 すると、そこには青白い顔の女性が座っていた。

 ぼさぼさの髪、痩せこけた顔。
 まるで死んだように動かない。

 「……誰だ?」

 隊員の一人が震えながら声をかける。

 すると、その女がゆっくりとこちらを見た。

 そして——

 「もう、間に合わない……」

 そう呟いた瞬間、車内の照明が元に戻った。

 しかし、後部座席には誰もいなかった。

 何とか基地へ戻ったA隊員たちは、すぐに指令センターに報告した。

 すると、驚くべきことが判明した。

 その日の救急車の運行記録が、一切残っていなかったのだ。

 GPS履歴にも、ログにも、その日の出動自体が記録されていない。

 それどころか——

 その救急車は、もともと「半年以上前に廃車になったはずの車両」だった。

 「そんな馬鹿な……俺たち、確かに乗って出動したんだぞ?」

 しかし、彼らが乗っていたはずの車両は、倉庫の中で埃をかぶったまま動かされていなかった。

 A隊員たちは、戦慄した。

 自分たちは、一体どの救急車に乗っていたのか?

 それからしばらくして、A隊員は過去の記録を調べた。

 すると、数年前——

 あのマンションの302号室で、一人の女性が急病で亡くなっていたことがわかった。

 本来なら助かったはずだったが、救急車が到着する前に息を引き取ってしまったという。

 それ以来、そのマンションには存在しない「302号室」から、何度も救急通報がかかっている。

 そして、その通報に出動した救急隊員たちは——

 必ず、何かを“見てしまう”のだ。

***********************************

 もし、あなたが救急車を呼んだとき——

 「少しでも違和感を覚えたら」、決してその車には乗ってはいけない。

 なぜなら、それは——

 「もう間に合わなかった人」が乗ってくる車かもしれないのだから。
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