怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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47)怪談「夜道の口裂け女」

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1970年代後半、日本全国を恐怖に陥れた都市伝説——口裂け女。
 白いマスクをつけた女が、「私、きれい?」と囁き、
 答え方を間違えれば、ハサミで口を裂かれるという話。

 しかし、これは単なる作り話ではなかった。

 実際に彼女を見たという者が、未だにいるのだ。

 これは、数年前、とある地方都市で起きた出来事である。

***********************************

 Tさんは、都内で働く会社員だった。

 その日は出張帰りで、最寄り駅に着いたのは午後11時過ぎだった。

 駅前のコンビニで缶ビールを買い、歩きながら飲んでいた。

 家までの道は、住宅街を抜ける暗い道。

 街灯は少なく、人通りもほとんどない。

 酔いが回り、ふらふらと歩いていると——

 奇妙な女が、前方に立っているのに気づいた。

 女は、薄暗い街灯の下にぽつんと立っていた。

 ロングコートを着ており、顔の半分は白いマスクで覆われている。

 長い黒髪が肩にかかり、不自然なほど動かない。

 Tさんは、なんとなく嫌な気配を感じたが、気にせず通り過ぎようとした。

 しかし——

 「ねぇ……私、きれい?」

 女が、不気味なほどゆっくりとした声で問いかけてきた。

 Tさんは、息を呑んだ。

 まさか——

 本当に、口裂け女なのか?

 Tさんは、一瞬冗談かと思い、苦笑しながら答えた。

 「まあ、きれいなんじゃない?」

 その瞬間——

 女は、ゆっくりとマスクを外した。

 そして、Tさんの目の前に広がったのは——

 耳元まで裂けた口。

 Tさんは、全身に鳥肌が立った。

 女の口は不自然に裂け、歯茎がむき出しになっていた。

 そして、血のような赤黒い筋が唇を伝っていた。

 「これでも?」

 女は、にやりと笑った。

 Tさんは、恐怖で足がすくんだ。

 「な、なんだよこれ……冗談だろ?」

 女は、一歩、また一歩と近づいてくる。

 Tさんは、必死で後ずさった。

 そして、全速力で逃げ出した。

 しかし——

 足音が、背後からついてくる。

 カツ……カツ……カツ……

 ヒールのような音が、確実にTさんを追いかけていた。

 Tさんは必死で角を曲がり、裏道へと駆け込んだ。

 だが、そこで愕然とした。

 目の前に、さっきの女が立っていた。

「見つけた」
 Tさんは、息が詰まるほどの恐怖を感じた。

 どう考えても、この時間であそこから回り込めるはずがない。

 だが、女はそこにいた。

 そして、またゆっくりと囁いた。

 「ねぇ……私、きれい?」

 Tさんは、頭が真っ白になった。

 「いや、えっと……とてもきれいです……」

 女は、しばらくTさんをじっと見つめ——

 ゆっくりと口を開いた。

 「……じゃあ、同じようにしてあげる」

 Tさんは、その瞬間、咄嗟にポケットの中にあった缶ビールを投げつけた。

 カシャン!!

 缶が地面に転がる音と同時に、女の姿は消えた。

 Tさんは、恐る恐る周囲を見回した。

 女の姿は、どこにもなかった。

 心臓の鼓動が激しくなり、しばらく立ち尽くしていたが——

 どうやら、本当に消えたようだった。

 Tさんは、息を整えながら家へと戻った。

 そして、玄関の鍵を閉め、ようやく安心した。

 「……なんだったんだ、今の……」

 恐怖のあまり、全身に汗をかいていた。

 とにかくシャワーを浴びて落ち着こう——

 そう思い、Tさんは浴室へ向かった。

 シャワーを浴び、鏡の前に立ったTさんは、自分の顔を見つめた。

 「本当に、口裂け女なんているのか……?」

 そう呟いた時——

 鏡の中の自分が、微かに笑った。

 Tさんは、背筋が凍った。

 そして、もう一度鏡を見直した。

 そこには——

 耳元まで裂けたTさんの顔が映っていた。

 Tさんは、恐怖のあまり叫び声を上げた。

 だが——

 その叫び声は、鏡の中のTさんの口から聞こえた。

 翌朝、Tさんは行方不明になった。

 友人たちが訪ねると、部屋は鍵がかかったまま。

 警察が突入すると、中は異常に寒く、誰の姿もなかった。

 ただ——

 浴室の鏡には、こう書かれていた。

 「私、きれい?」

***********************************

 もし、あなたが夜道で白いマスクの女に声をかけられたら——

 決して答えてはいけない。

 そして、もしも——

 鏡の中の自分が、微笑んでいたら。

 その瞬間、あなたの顔は——

 もう、元には戻らないかもしれない。
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