怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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48)怪談「お岩の娘」

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お岩——。
 四谷怪談として語り継がれる、怨霊の名である。
 しかし、語られるのは彼女の無念ばかりで、ある噂には触れられない。

 「お岩には、娘がいた」

 そして、その娘もまた、母の呪いを受け継いだという——。

***********************************

 この話を聞いたのは、東京・四谷にある小さな居酒屋だった。

 語ってくれたのは、地元の住人であり、古い言い伝えに詳しいSさんだった。

 「四谷怪談の話は有名だけどな、本当に恐ろしいのは“その後”なんだよ」

 私は興味を持ち、Sさんに続きを促した。

 「“その後”とは?」

 Sさんは、日本酒をちびりと飲み、静かに話し始めた。

 「お岩には、娘がいたらしい。名前は記録に残っていないがな。

 母親が死んだあと、娘は親戚に引き取られたらしいんだが……奇妙なことがあったそうだ」

 Sさんは、言葉を選びながら続けた。

 「その娘、生まれつき右の目が見えなかったらしい」

 私は、背筋が寒くなった。

 「お岩と同じ……」

 Sさんは頷いた。

 「そう。母親と同じように、片目がつぶれていた。だが、それだけじゃない——」

 Sさんは声をひそめた。

 「夜になると、娘は必ずこう呟いたらしいんだよ」

 『お母様が、呼んでいる……』

 お岩の娘は、成長しても村人たちから疎まれた。

 その顔立ちは母親に似ており、片目を閉じたままじっと人を見つめる仕草が不気味だったという。

 だが、最も恐れられたのは——

 夜になると、誰もいないのに娘が誰かと話すことだった。

 「お母様……どうして、泣いているの?」

 「大丈夫よ、私がいるわ……」

 部屋の隅で、誰もいないはずの場所に向かって囁く娘。

 そして——

 翌朝になると、村の誰かが必ず不幸に遭う。

 ある者は階段から転げ落ち、ある者は突然、激しい熱を出してうなされた。

 村人たちは恐れ、こう噂した。

 「お岩の呪いだ」

 村人たちは、ついに娘を恐れ、彼女を山中の寺に預けることにした。

 しかし、それが最悪の結果を招いた。

 娘が寺に移された夜——

 村に、異変が起こった。

 村の者たちが一斉に悪夢を見たという。

 夢の中で、血まみれの女がこう呟いていた。

 「娘を返せ……娘を……」

 そして、翌朝。

 娘の姿は、消えていた。

 彼女の寝ていた布団は冷たく、窓は開いていた。

 まるで——

 何かに連れ去られたように。

 私は、Sさんの話に引き込まれていた。

 「それで……娘はどうなったんですか?」

 Sさんは、ため息をついた。

 「それがな、誰も知らねぇんだよ」

 「行方不明?」

 「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」

 Sさんは、じっと私を見て言った。

 「今でも、東京のあちこちで、“お岩の娘”を見たって話がある」

 「え?」

 Sさんは、ポケットからスマホを取り出し、一枚の画像を見せた。

 それは、ある商店街の防犯カメラの映像だった。

 そこに映っていたのは——

 古い着物を着た少女。

 そして、彼女は——

 片目をつぶして、じっとカメラを見つめていた。

「見ているの?」
 私は、寒気を覚えた。

 「これは……いつの映像ですか?」

 「去年の8月。四谷三丁目の近くだ」

 Sさんは、スマホをしまい、さらに続けた。

 「最近、四谷怪談の舞台になったお岩稲荷神社の近くで、妙な噂があるんだ」

 「妙な噂?」

 「深夜、神社の前を通ると、女の声がするらしい」

 Sさんは、低く囁いた。

 「ねぇ……見ているの?」

 私は、背筋が凍った。

 「まさか……お岩の娘が、今も……?」

 Sさんは、ゆっくりと頷いた。

 「もしかすると、お岩の怨霊が消えたわけじゃないのかもしれねぇな」

 私は、その夜、四谷三丁目の駅へ向かう途中、神社の前を通った。

 昼間は人通りの多いこの場所も、深夜になると静まり返っている。

 鳥居の前で立ち止まり、何気なくスマホを取り出してシャッターを切った。

 帰宅後、写真を確認した私は——

 スマホを床に落とした。

 そこには、私が撮った神社の鳥居の画像が映っていた。

 しかし、鳥居の前に——

 片目をつぶった少女が、こちらを見つめていた。

 そして、その写真の隅には、うっすらと文字が浮かび上がっていた。

 「ねぇ……見ているの?」

***********************************
 
 もし、あなたが四谷の近くを訪れることがあれば——

 決して、夜の神社の前で写真を撮ってはいけない。

 そして、もしも——

 耳元で「ねぇ……見ているの?」と囁かれたら。

 絶対に、振り向いてはいけない。

 なぜなら、その瞬間——

 お岩の娘は、あなたの後ろに立っているのだから。
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