怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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49)怪談「都会の雪女」

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雪女——。
 それは、冬の山奥に現れるという伝説の妖怪。
 吹雪の夜、道に迷った旅人の命を奪い、白い吐息とともに消えていく。

 しかし、最近になって奇妙な噂がある。

 「雪女は、都会にも現れるようになった」

***********************************

 これは、都内のとあるビジネス街で起きた出来事だ。

 冬になると、決まって起こる奇妙な失踪事件。
 仕事帰りのサラリーマンが、ある晩を境に姿を消す。

 「泥酔して帰宅途中に行方不明」
 「防犯カメラには映っていない」
 「共通して、最後に目撃された場所は繁華街の小さな横道」

 そして、唯一の手がかりが——

 「白いコートを着た女と一緒にいた」という証言。

 Tさん(30代男性)は、広告代理店に勤めるサラリーマンだった。

 その日、仕事帰りに同僚たちと飲みに行き、終電を逃してしまった。

 冬の寒空の下、Tさんはふらつきながらタクシーを探していた。

 しかし、なかなか捕まらない。

 「ったく、寒いな……」

 コートの襟を立てながら歩いていると——

 「寒いですね……」

 不意に、後ろから女性の声がした。

 Tさんが振り向くと——

 白いコートを着た女性が、そこに立っていた。

 女は、異様なほど色白だった。

 透き通るような肌に、長い黒髪。
 コートの下に見える指先は、凍えるほどに白かった。

 「タクシー、捕まりませんね……」

 女は、静かに微笑んだ。

 Tさんは、酔った勢いもあって、気さくに話しかけた。

 「こんな夜に、どうしたの?」

 「私も帰るところでした。でも……寒くて……」

 Tさんは、妙に惹きつけられた。

 冷たい空気の中にいるのに、彼女の吐く息はまったく白くならない。

 「良かったら、一緒にどうですか?」

 Tさんは、何気なく誘った。

 女は、一瞬微笑み——

 「ええ、行きましょう」

 そう言って、Tさんの腕にそっと手を絡めた。

 二人で歩きながら、Tさんは何気なく足元を見た。

 しかし、そこには違和感があった。

 彼女の足跡だけが、残っていない。

 自分の足跡は雪の上にくっきりと残っているのに、
 彼女の足元は、まるで雪を踏んでいないかのように無傷だった。

 「……?」

 Tさんが不思議に思い、顔を上げると——

 女は、じっとTさんを見つめていた。

 そして、微かに微笑みながら囁いた。

 「ねえ……寒くないですか?」

 Tさんは、急に全身が震え始めた。

 酔いが急速に冷め、凍えるような寒さが体を襲う。

 「さ、寒い……?」

 吐く息が白く凍りつく。

 だが——

 彼女の吐息だけは、まったく白くならなかった。

 「……あなたも、凍ってしまえば寒さを感じないわ」

 女は、Tさんの頬にそっと指を当てた。

 その瞬間——

 Tさんの肌が、氷のように凍り始めた。

 Tさんは、恐怖に駆られ、必死で逃げようとした。

 だが、体は思うように動かない。

 足元が凍りつき、まるで氷の塊のようになっていた。

 「あなたは、私と同じになるのよ」

 女は、静かに微笑んだ。

 そして——

 Tさんの意識が、徐々に遠のいていった。

 翌朝、Tさんは発見された。

 とあるビルの裏手で、氷のように冷たくなっていた。

 医者の診断によると、低体温症によるショック死の可能性が高い。

 しかし——

 雪も降っていないのに、Tさんの体は凍っていた。

 そして、最も奇妙だったのは——

 Tさんの手には、女性の長い黒髪が絡みついていたことだった。

 この事件の直後、目撃情報が続いた。

 「白いコートを着た女性が、夜道に立っている」
 「彼女と話した男は、翌朝、凍え死んで見つかる」

 そして、ある防犯カメラの映像には——

 Tさんが、一人で歩いている姿が映っていた。

 隣に、誰かがいるはずなのに、映像には何も映っていない。

 ただ——

 Tさんが突然立ち止まり、誰もいない空間に手を差し伸べる瞬間があった。

 まるで——

 誰かに誘われたかのように。

***********************************

 もし、あなたが都会の夜道を歩いている時——

 「寒いですね……」と、白いコートの女性に声をかけられたら。

 決して、返事をしてはいけない。

 そして——

 彼女の吐く息を、よく見てほしい。

 もし、それが白くなかったなら——

 その瞬間、あなたはもう——

 凍りついた彼女の世界に引きずり込まれているのだから。
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