怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo

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95)送り火の村

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1
 これは、私の祖父が昔、実際に体験した話だ。

 祖父の故郷は東北の山奥にある小さな村だった。今ではもう廃村になってしまったが、祖父がまだ若かった頃は、田畑を耕しながら細々と暮らす人々がいたという。

 その村には、送り火という奇妙な風習があった。

 お盆の時期になると、村人たちは夜になると家々の前に火を灯し、川沿いまでその火を運んでいく。そして最後に、村はずれにある**「送り場」**と呼ばれる場所で火を焚き、先祖の霊を見送るのだという。

 普通のお盆の送り火とは違うのかと思ったが、祖父は首を振った。

 「先祖だけじゃないんだよ……。あの火は、村に紛れ込んだモノを送るための火でもあったんだ」

 ――「紛れ込んだモノ」?

 私は祖父の話に耳を傾けた。

2
 祖父が十八の頃、村でお盆の準備をしていた時のことだった。

 その年は妙なことが続いていた。夜中に知らない子供の声が聞こえるとか、誰もいないはずの田んぼ道に人影が立っているとか。

 「送り火の準備を怠ると、村に“迷いもの”が入ってくる」

 村の年寄りたちはそう言って、普段以上に念入りに火を焚いた。

 そして迎えたお盆の夜。村人たちはいつものように火を灯し、列をなして川沿いを歩いた。

 祖父も家族とともに送り火に参加した。しかし、歩いている途中で、ふと違和感を覚えた。

 ――村の人間が、一人多い。

3
 送り火の列は、村の家族ごとに順番が決まっていた。だが、その夜、祖父の家の前後にいるはずの家族の間に、見知らぬ女が混ざっていた。

 髪の長い、痩せた女だった。白い浴衣のようなものを着ているが、顔はよく見えない。

 「……誰だろう?」

 村は小さい。知らない人間がいるはずがない。

 祖父は気になり、そっと女の方を見た。

 その瞬間――

 女が、ぎょろりとこちらを見た。

 顔色は土気色で、目は異様に大きく、口が裂けるほどに広がっていた。

 「――おくって……」

 かすれた声が、祖父の耳元で響いた。

 祖父は悲鳴をこらえ、目を逸らした。

 これは村に迷い込んだモノだ。送り火で送らなければならない。

 それを悟った祖父は、震えながらも列を乱さないよう、歩みを進めた。

4
 やがて、送り場に到着した。

 そこには大きな焚き火が用意されており、村人たちはそれぞれの火をそこへと投げ入れていく。

 その瞬間だった。

 見知らぬ女が、火の中へふらりと歩き出した。

 村人たちは誰も声を上げなかった。

 女はふらふらと焚き火の前まで進み――

 ふっ、と消えた。

 まるで最初からそこにいなかったかのように、跡形もなく消え去ったのだ。

5
 火を見つめていた村の長老が、低く呟いた。

 「今年も無事に送れたな……」

 祖父はそれを聞いて、背筋が寒くなったという。

 村の送り火は、先祖を送るだけのものではなかった。

 迷い込んだ“モノ”を送り返すための儀式でもあったのだ。

 「送り火を怠ると、あの女のようなものが村に住みつく。そして……やがて村人の誰かがいなくなる」

 祖父はその言葉を聞き、ぞっとしたという。

 それ以来、村では毎年欠かさず送り火が行われた。

 しかし、時代が変わり、村の人口が減るとともに、この風習も忘れ去られた。

 そして――

 送り火をしなくなった年、村は大雨で崩れ、廃村になった。

 祖父は今でも言う。

 「あの送り火は、本当に必要だったんだ。今でも、あの“モノ”が彷徨っているかもしれない……」
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